第82話 長きに渡る因縁
久々の日本食を食い終わった後、俺と天龍は最初にいた和室に戻ってきた。
「さて、アズラエルについてだったな。」
「おう。」
「その前にお前は死徒についての知識はあるのか?」
「全くねェ。」
「だろうな、そもそも死徒は人間界の者ではない。」
「人間界…?」
「まずはそこからだな、いいか、この世は3つの界層に隔てられている、まず一つが我々が今いるこの人間界、そして神やそれに付随する神性を獲得している神的存在がいる天界、最後に悪しき存在…人間で言うところの悪魔が住まう獄界、この3つのうち天界と獄界が互いに睨みを効かせているからこそこの世界の均衡は保たれているのだ。」
「それを人間側は知ってんのか?」
「無論、知らない。」
「魔人族は獄界から来たヤツらなのか?」
「ハッキリ言って違う、この魔国ジスターヴと呼ばれる大陸はアズラエルが住み着いたことで獄界との繋がりが密になったのだ。それ故にアズラエルを媒体として獄界の魔力が少しづつではあるがこの地を蝕み、そして汚染したのだ。その結果この大陸に住まう人間から異形の子が生まれるようになった。」
「それが魔人族…」
「左様、故に彼らも人間と変わらん。しかし魔の存在と繋がりができたことで魔力に関する感覚が強まっていると言ったところだな。」
「なるほどなァ…なら死徒どもは獄界からこの人間界に来たってことか?」
「それは違う…そもそも奴らは元は神的存在に仕える天使だったのだ。」
「神…マジかよ。」
「神性を持つ者は往々にして力が強大なため基本的には人間界に関わることはない。地上の生物が全て死に絶えるようなことでも起きん限り神共が手を出すことはないだろう。」
「結構放任主義なんだな。」
「良く言えばな、死徒は詰まるところそいつらに仕える使徒だった者達の成れの果てだ。」
「ほーん…」
「使徒は全部で10体、そしてその半数以上が死徒に堕ちた。」
「…それでも神とやらは動かねェのか?」
「ああ、人類だけが滅びるくらいじゃ動かんだろう、獄界に住まう連中が直接関与でもしてくれば話は別だろうがな。」
「そりゃありがたい神もいたもんだ。」
「フッ全くだな、話を戻そう。使徒の中にある序列は第一〜第十使徒まで存在する。アズラエルは第五使徒だった、強さの序列で言えば良くも悪くも真ん中だ。」
「じゃァ少なくともグレゴリよりは強ェわけだ。」
「ハッキリ言って桁が違う…第一〜第三使徒は所謂落ちこぼれと揶揄されていた。第一使徒であったグレゴリはその落ちこぼれの1人だ。」
「あれで落ちこぼれか…」
俺はあの時戦った【言霊】を巧みに操り多少俺を苦戦させた悪魔を思い出す。
「…私の心配は杞憂だったようだ。」
「あ?」
「そんなに嬉しそうな顔をするとは…お前は戦うのが好きなのだな…」
「……」
「ハッハッハ!そんな顔をするな、分かりやすいお前が悪いのだぞ。」
「チッ…おめェもいつかぶっ倒す。」
「む?今ではないのか?」
「今は、いい…」
俺はそう言ってバタバタとデザートの取り合いで大騒ぎしている女衆に目が移る。
「フフ、お前は存外心根の優しい奴だな。」
「ケッ言ってろ。」
「…この遺跡を出てから見える1番背の高い山へ行け、そこにお前の目的があるはずだ。」
「随分曖昧な言い方するじゃねェか。」
「さすが元天使なだけあって千里眼から隠れる術を持っているらしい、山の頂上だけ見通せん。」
「逆にそれが怪しいってことか…」
「そういうことだ。」
「分かった、今度来た時は俺と戦えよ。」
「ハッハッハ!楽しみにしておいてやろう。」
俺はそれを聞くと立ち上がる。
「今日は泊まっていくといい。」
「…そうさせてもらう。」
その後部屋から出て遺跡の中を見て回っていると、やけにモンスターが少ないことに気付く。
「…まぁ守護龍が4体も住んでるしなァ…」
そんなことを独り言りながら遺跡の壁にデカデカと描かれる壁画を見る。
4体の龍が人型の何かを取り囲むように描かれている。
「……守護龍も元は神に仕えてたとかか…?」
しかし隣の壁画にはその槍のようなものが刺さった守護龍が横たえ、その中心で人型の何かがまるで悪魔のように凶悪な顔で笑っているように見える。
「あ…?神に裏切られたってことか…?いや、そもそもこの真ん中のヤツが神かすらも分かんねェか…獄界についての壁画もあるんだろうが…」
俺はぐるっと周りの壁画を見回すが先の2枚の壁画以外は破損がひどくほとんど見えなかった。
「…まるで謎解きRPGだな。」
「リューゴさーん!!」
後ろからエマが駆けつけてくる。
「もー!お散歩行くなら声掛けてくれても良かったのに!!」
「ああ、悪ぃ。」
「でも珍しいですね、リューゴさんがこういう遺物に興味持つの。」
「…エマは、神を信じるか?」
「へ?神様…ですか?…う〜ん、でも神話生物の守護龍もいますし…いない!と断ずることはできないかな〜って感じですね。」
「…そうか。」
俺はそう言って凶悪な神と思しき者が描かれた壁画を見る。
エマもそれに倣って壁画を見る。
「わっすごい立派な壁画ですね…」
「ああ…」
俺は言い知れぬ不安を感じながらもそう返した。
ー???sideー
ひとつの場所に老若男女様々な者たちが一堂に会していた。
しかしそれぞれが溢れんばかりの神性と魔力の持ち主である。
巨大な長テーブルを挟んで両側に3人ずつ座り、玉座のような場所に1人、白い髭を蓄えた隻眼の老父が座る。
「…どうやら本格的に死徒が動き出したようだぞ。」
杖を着いた老人がしゃがれた声で言う。
「とは言ってもまだ精々第一死徒だろう?」
筋骨隆々の歴戦の猛者の風格を漂わせる偉丈夫がそれに答える。
その横から14、5の金髪緑眼の少年が顔を出す。
「天使たちからの報告だと第五死徒も人間界に潜伏してるみたいだよ?」
『静まれ。』
隻眼の老父の一声でその場が静まり返る。
「死徒は捨て置いて構わん…」
「!!…宜しいのですか?」
先程の偉丈夫が怪訝な顔で尋ねる。
「構わぬ、いずれ敵となろうとも我からすればみな等しく塵芥よ…他に報告は?」
すると扇情的な格好の女が手を挙げる。
「アタシからひとつ、あのトカゲどもはどうするんです?守護龍、なんて呼ばれて随分調子に乗ってると思いますけど。」
「…ふむ、ヘレネ、ヌシに一任する…好きにするがいい。」
「フフ、分かりました。」
女は嬉しそうに舌なめずりすると恭しく頭を下げて下がる。
「…もう無いな、では今回はこれで閉会とする。」
隻眼の老父がそう言うと集っていた面々が光の粒子となって空気に溶けた。
そして誰もいなくなったこの場に老父は1人残る。
「…150年前に殺したと思っていたが…いつの間にやら神話生物扱いとは…全く忌々しい…」
白い髭を撫でながら息を吐く。
「ふむ、いずれ我らが直接動かねばならんかもしれんのう…」
そう言って笑う老父の顔は邪悪に歪んでいた、まるで壁画に描かれていた神のように。




