第79話 正体
ーアッシュsideー
リューゴ兄ちゃんたちの背を見送る。
本当は2人の冒険について行きたかったけど、きっと俺は足を引っ張るだけだから今は我慢することにした。
でも、きっといつかあの人みたいに強くなってみせる…!!
夜になって教会の近くに気配を感じた。
俺はみんなを起こさないように外に出る
すると嗅いだことのある匂いが近寄ってきていることに気付いた、しかも最悪なことについ最近嗅いだ嫌な人間の匂いだ。
「あーいたいた、やっぱりここだったか。まさかダグリルがやられちまうとはなぁ…」
「な、んで…」
「ここが分かったかって?当然、商品には追跡用の魔法を付与してある…って言ってもここには俺しか来てねぇし、お前らの追跡魔法もすでに解除してある。」
「……なんでだ?」
「ん〜…どこから説明するかな…まぁ簡単に言っちまえば、俺より上の人間の指示だ。」
「……(この男がボスじゃなかったのか…)」
「さて、今回の俺はお飾りのボスとしてでなく1人の使者として来ただけだ。」
「…要件は。」
「俺に黙って着いてくる、それだけだ。」
「……そうすればここには手を出さないんだな…?」
「ああ、約束する。」
「…分かった。」
「よし、んじゃ早速行くぞ。」
男は俺に背を向けて歩き出す。
その無防備な背中に襲いかかろうかとも思うがきっと無防備に見えるだけで簡単にやり返されてしまうんだろうな…クソ、力が欲しい…
今日から歩いてしばらく経ち、かなり森の深いところまできた。
それでもまだ立ち止まることなく森の更に奥深くまで歩いていく。
「…強くなりたいか?」
男が背中越しにそんなことを聞いてきた。
「お前には関係ない…!」
「ウハハハ!関係ない、か…うちの部下に為す術なく敗けたのにか?」
「ッ!!」
「ま、いずれにせよ言うこと聞いてりゃ強くはなれるぜ。」
男はそんなことを事も無げに言う。
怪し過ぎる…強くなれるにしても悪人の手を借りるなんてまっぴらごめんだ。
「ウハハハ、嫌そうだな。」
「当たり前だ、誰がお前らの手なんか借りるか!」
「好きにしな…着いたぜ。」
男が立ち止まると、そこは木々に囲まれた少し開けた場所だった。
だが、これといって何かあるわけではない。
俺は辺りを見回す。
「…?何も無いぞ。」
「そう焦るなって、そろそろ来るはずなんだが…お、きたきた。」
男の視線の先には1人の人間の男が歩いてくる。
俺はその人の姿を見て頭が真っ白になった。
「なんで…あなたが…?」
「おや、アイゼンくんから私のこと聞いてないんですか?」
「ボスがみだりに話すなって言ったんじゃないスか。」
「フフ、そうでしたね。では改めまして、ラムダです、どうぞよしく。」
そう言ってラムダさんはハットを胸に当てて恭しく一礼する。
「騙してたんですか…?」
「そんな人聞きの悪い…そもそも私はみなさんに悪人ではないなどと一言も言った覚えはありませんよ?」
そう言ってニコニコ笑うラムダさん。
とても人あたりの良いその表情に逆に不気味さを感じる。
「…俺に何の用なんですか…?」
「正確には用があるのはアッシュくんにではなく、貴方の中に眠る神狼の力ですが…ま、それは今はいいでしょう。」
そう言いながらラムダさんは懐から1枚のスクロールを取り出す。
「これは転移のスクロールです、今回は教会行きではありませんがね。」
「ボス、双神はどうします?」
「リューゴさんとエマさんですか…エマさんだけならまだ騙し通せるでしょうが、リューゴさんの野生の勘はもはや魔法の域ですからねぇ…ひとまずアイゼンくんにはこれを。」
そう言ってラムダさんは丸薬がいくつも入った小瓶をアイゼンと呼ばれる男に渡す。
「これは?」
「それは『忘却の丸薬』、飲めばその丸薬の材料となったものの持ち主の記憶が消えます、今回はアッシュくんが神狼と化した時の体毛を使わせてもらいました。少し面倒ですが、それを教会の人間全員に飲ませてきてください。」
「へいへい、雑用はお手の物ですよっと。」
そう言ってアイゼンはその場からフッと消える。
「さて、それでは行きましょうか。」
そう言ってスクロールを開いて発動させると目の前が真っ白になった。
そして気が付けば建物の中にいた。
周りを見回すと、そこは豪華な作りではあるものの全体的に色が暗く、冷たくて重たい雰囲気がある玉座のような部屋だった。
「ここがどこか分かりますか?」
「…」
「ここはかつて魔王の城と呼ばれていた場所です。」
「!?」
「フフフ…いい反応ですね、勿体ぶった甲斐があります。」
「…アンタが現代魔王なのか…?」
「いいえ、違います。まぁですが…先代魔王の力を欲している者…とでも言っておきましょうか。」
「なんで俺にそんな話を聞かせた。」
「貴方が私達と似ていたからです。」
「達…?」
ラムダさんが指を鳴らすと周囲から複数の気配を感じた。
「ご安心ください、彼らは私の部活…いや、同胞とでも言うべきでしょうかね。貴方に手出しはしませんよ。」
「……俺に何をさせたいんだ?」
「フフ、聡明な子だ…簡単です、我々の仲間になりなさい。そうすれば、貴方の望む力…強さを与えましょう。」
「ッ!!」
そう言って差し出してきたラムダさんの手は毒だと分かっていても抗うことの出来ない甘い蜜のようだった。
俺は気付けばその手を握っていた、その瞬間俺の意識は闇の中に落ちていった。
ーフラムsideー
「んっん〜!」
私はベッドの上で大きく背伸びをする。
そして少しの間ボーッとして両手で頬を軽く叩く。
「よし!」
それから身支度を整えると、この教会で一緒に暮らす子供たちを起こしに行く。
「ほーらみんな朝だよー!起きてー!!」
「ん〜…まだ眠いよぉ…」
「あと5時間…」
「もー!何言ってるの!今日の朝ごはんはみんなの大好きなソーセージがあるんだよ!!」
そう言うと子供たちは目を見開いて次々とベッドから出てきて食堂に駆け出していく。
「おはよシスター!」
「しすたーおはよ!!」
「ソーセージおかわりある!?」
「もう!現金な子達!」
そう言いつつも私は頬が緩む、そして部屋の中を確認して出ようとした時ふと奥の角に不自然に空いたスペースが気になった。
まるで…そこには元々もう1つベッドが置いてあったかのような…
「…?そんなわけないか、人数分のベッドはあるし。」
そう言ってドアを閉めて私も食堂へ向かう。
「さて、今日も腕によりを掛けて朝ごはんの支度しないと!」
パタパタと廊下を小走りする音が響く、私は思い出せない…少し前まで一緒に朝ごはんの準備を手伝ってくれていた獣人の男の子のことを…




