第78話 神狼の目醒め
ーアッシュsideー
「チッ…転移スクロールは少ねぇってのに…」
そう言いながら魔人の男がスクロールを発動させると僕たちはいつの間にか地下街のような場所に転移していた。
「着いてこい、反抗すればその都度1人ずつ殺す。」
絶対零度の視線に射すくめられ、僕たちは大人しく着いていく。
大きな檻の前にたどり着くと魔人の男が檻の扉を開ける。
「入れ、今日からしばらくお前らの家だ。」
その言葉は僕たちに深い絶望感を抱かせた。
もう教会へ帰ることができない、シスターにも会えない、そう思うも涙が溢れてきた。
チビたちの何人かは声を上げて泣き始めてしまった。
「はぁ…うるせぇな。」
魔人の男が腰に差した鉈を取り出す。
その瞬間、僕の悲しみの感情や涙が全て焦燥感に変わる。
「ま、待ってください!」
子供たちの盾になるように立って両手を広げる。
子供たちを守るために必死だった。
でも、僕の必死な姿を見て男は顔を覆う布の下で笑みを浮かべた。
「チッ…2度目はない。」
そう言って魔人の男は檻の扉を閉めると立ち去って行った。
みんなで身を寄せ合う、まだ生きているということを、お互いの命をより近くで感じるために。
「みんな、ごめんね…僕が守らなきゃいけないのに…」
つい弱気な言葉が出てくる。
でもプリシラがゆっくりと首を横に振る。
「そんなことないよアシュにぃ。」
「怖いけど、アッシュ兄ちゃんとプリシラ姉ちゃんがいるから怖くないよ。」
「私も怖いけど怖くない!!」
みんなが口々にそう言ってくれた。
ほんとにいい子たちだ…だからこそ、絶対にチビたちだけでも生きてここから出さなきゃ…!!
すると檻の外から拍手をする音が聞こえてくる。
「おーおー泣けるねー!血の繋がらない家族の愛、良いじゃないか!」
「!!」
檻の前にはさっきの人間の男が立っていた。
男はロングコートの内ポケットから葉巻を取り出す。
そしてナイフで葉巻を切って口に咥えようとして直前で止め、葉巻でプリシラを指す。
「そうだ、お前はもう買い手が着いたぞ、おめでとう。」
そう言って葉巻を咥えて火を付けた。
…葉巻を吸う前にこの男はなんて言った…?
僕の呼吸が荒くなり心臓が早鐘のように鳴る。
理解したくなかった、なんで、なんで、なんでなんでなんで!!
「ど、どうし…」
「どうしてだって?…ああ、買い手が着くのが早過ぎるってことか?そりゃぁこっちから売り込んだからよ。」
「え…」
何を言っているんだこの男は…?
「顔良し、他のガキを守るために俺の前に立つ度胸もある、そして身寄りもないから誰も探さない、そう言う女のガキを求めてるさる高名なお方がいてな…お前にはそこに行ってもらう、てことで…おい、連れてけ。」
男はそう言って周りにいた適当な人員を使う。
屈強な男がプリシラを脇に抱える。
プリシラは涙を流して大人しくしている。
「お、健気だね〜…抵抗したら他の奴がジャリを食うってのをよく分かってる、これは依頼主もさぞ喜ぶだろ。」
ダメだ…連れて行かせたら…
でも、僕は弱い…
僕は一瞬地面に視線を落とす、そしてプリシラを見る。
プリシラの目は僕に助けを求めていた。
その瞬間、僕の中で何かが弾けた。
「うわああああ!!!!」
爆発的な魔力が僕の体内から溢れ出る。
「…来たか。」
人間の男がそれを邪悪な笑顔で見つめているのに僕は気付かない。
気が付くと僕の視点はかなり高くなっていた。
「(なんだこれ…?)」
「ウハハハハハ!!ようやく目覚めたか!!」
人間の男は嬉しそうに言う。
それが無性に腹立たしくて僕は怒鳴りつけようとした。
『ガルアアア!!!!』
自分のものとは思えない獣声と共に僕の前にあった檻や人が吹き飛ぶ。
「(僕の身体が僕のものじゃないみたいだ。)」
「うーん…覚醒したは良いが、まだまだ弱いな…ん?ああ、なるほど…分かった。」
男は誰かと話していたかと思うと僕の目を見る。
「悪いが俺はここいらで退散させてもらう、ちと厄介な奴が来てるみたいなんでな。はぁ〜折角フェンリルなんて貴重な存在に会えたのに勿体ねぇなぁ……ま、次会う時は全力で殺してやるから楽しみにしとけ。」
そう言うと男はゾッとするような笑みを浮かべて気付いたらいなくなっていた
「(神狼…そうか、僕はやっぱり魔人族のみんなとは違ったんだね…獣のような耳としっぽ、みんなにはなかったもんな……いや、ショックを受けてる場合じゃない、今はとにかくみんなが逃げられるようにしないと…!!)」
僕はそれから狼の姿で暴れ回った。
でも広い上に敵の人数が多過ぎた、しばらく暴れ回ると僕とチビたちのいる檻を中心に囲まれてしまった。
『グルルルルル…(マズイ…感覚で分かる、もうこの姿も長く保てない…)』
僕の心が折れそうになったその時、上から何かが降ってきた。
土煙の中から大きくて凶暴そうな男が現れる。
その姿を見た瞬間、僕の獣の本能が大警鐘を鳴らす。
逆らってはダメだ、確実に殺される、でも…みんなのために僕は引けない…!!!!
「おい、おめェがアッシュか?」
『グルルルル…(なんで僕の名前を…!?)』
「アッシュ!お待たせしました!!」
更に上からエマお姉ちゃんが降りてきた。
僕は呆気に取られる。
『…(本当に…来てくれた…!!)』
僕よ体から力が抜けていく。
視線の高さが元通りになる、僕はお姉ちゃんの元へ歩み寄ろうとしたが身体が言うことを聞かずそのまま意識を失った。
「ん…」
目が覚めると僕の前には山が二つあった。
その間からエマお姉ちゃんが顔を出す。
「あ、目が覚めましたか?」
「え…」
僕は事態を飲み込むとすぐに起き上がった。
「ご、ごめんなさい!!」
「あはは、気にしなくて大丈夫ですよ。」
僕はキョロキョロと周りを見回す。
どうやら地下街ではないみたいだ。
「ここは地上です、他の子供たちはリューゴさんがきっと助け出してくれます。それまで待ちましょう。」
その声からは絶大な信頼感を感じた。
僕はエマお姉ちゃんの言葉を信じて待つことにした。
そうしてしばらく待つと、ボロボロになった大きな男の人がチビたちを連れて地上扉からでてきた。
僕は嬉しさでどうにかなってしまいそうだった。
助かった喜びでみんなで抱き合い泣きながら喜ぶ。
その後は色々なことがあった、いつもシスターが話していた商人さんが現れたり、2度目の転移スクロールを体験したり…今日だけで沢山冒険をした、僕は…いや、俺はきっと今日のことを一生忘れないだろう。
とても綺麗で優しくて強いお姉ちゃんと、大きくて怖いけど優しくて暖かいオーガのような人のことを…




