第60話 凶報
夜中に将軍の居城でドンパチしていたのに町民たちが一切騒がなかったのはどうやらモミジの臣下たちが裏で手を回していたらしい。
翌日になって夜明け前の熾烈な戦いのことが公表された。
モミジはヤマトの歴史上初めての女将軍として町民たちに発表された。
モミジの父親である先々代将軍が善政を敷いていたのもあり割とすんなりと受け入れられた。
前将軍のカゲミツはモミジの小間使いとして召し抱えられた。
モミジ曰く"悪事を働く間もないくらいの仕事と悪事を働く必要も無いほどの給金をやれば問題ない"らしい。
城の中庭の立てられた簡単な木組みの足場に登壇して町民たちに笑顔で手を振るモミジを人だかりから外れた後ろの方で眺める。
「モミジ、嬉しそうですね。」
「…ああ。」
「これからこの国は良くなりますかね?」
「さぁな、それはアイツ次第だろ…行くぞ。」
「フフ、素直じゃないですね。」
そんな話をしながら踵を返して華町の入口まで歩く。
入口でふと振り返る。
「おーーーーい!!!!」
モミジが晴れ舞台用の着物のままバタバタと走ってくる。
その後ろのはカゲミツが大荷物を抱えて着いてきている。
「モミジ!?お披露目はどうしたんですか!?」
「後は腹心に任せてきた。」
そう言ってモミジは悪戯っぽく笑った。
「それよりも!何も言わずに去ろうとするとは薄情ではないか!!貴殿らにはこれを贈らせてくれ、カゲミツ!」
「へ、へい!」
カゲミツの抱える大荷物が広げられると中には俺用に誂えたような下駄や着物に普段着用の和服、瓢箪まである。
エマには草履と着物に簪などの飾り物だ。
「コイツは…悪くねェ。」
「はわぁ…!」
俺は着物と下駄を手に取りニヤリと笑う。
エマも着物を手に取って感激している。
「本当であればもっと盛大に祝いたいところだが…リューゴ殿はそういうの苦手だろう?」
「フン、よく分かってんじゃねェか。」
「ふふ、故にリューゴ殿とエマにはこれを渡しておく。」
金属の枠で縁取られた手のひらサイズの黒い板を手渡される。
「モミジ、これは…?」
「この国はこれから諸外国と流通を持とうと思ってな、それは言うなれば特別待遇を示す身分証のようなものだ!」
「ほう…」
「わぁ!ヤマトの国の品が王国に並ぶの楽しみにしてますよ!」
「うむ!任せておけ!!」
そんな話をしているともう2人ほど歩いてくる。
「おいおい、俺らにゃ何も言わずに言っちまうのかよ?」
「もー!酷いですよ!ちゃんとお見送りさせてください!!」
飯屋の親子トウジとキクも現れる。
「おら、これ持ってけ。」
トウジがそう言うと親子2人が手に持っていた大きな風呂敷を渡してくる。
「実は私とお父さんが夜明け前から仕込みしてたんですよ!なので戦ってるのも実はは気付いてたんです。」
えへへと笑って舌をペロッと出すキク。
俺は見送りに集まった面々を見る。
「お人好しばっかりだな……良い国にしろよ。」
「次はゆっくり遊びに来ますね!」
そう言って俺たちは町を出る。
「達者でなーーー!!貴殿らのことは生涯忘れぬ!!」
モミジが大きく手を振りながら言う。
トウジは鼻を鳴らし、キクは少し涙ぐんでいる。
「…フッ、もう良い国だったか。」
俺はそう呟いた。
町外れの森の中までくると、俺は懐から巻物を取り出し広げる。
「出てこい、黒姫。」
「グルルアアアア!!!!」
俺が呼びかけると巻物からするりと黒龍が現れひと鳴きする。
俺たちは黒姫の背に飛び乗る。
「行け。」
俺がそう言った瞬間黒姫は地を蹴り空高く舞い上がる。
そしてヤマトの面々に見送られながら俺たちは王都の空へ飛んで行った。
黒姫の背に座って早速瓢箪を開ける。
キュポンと小気味いい音を上げて栓が抜け、中から芳醇な酒の香りが漂ってくる。
「ゴク…ゴク…ぶはぁ〜……色々あったなァ…」
「ですねー…」
俺とエマはよく分からんが気が抜けきっていた。
アレだ、デケェ仕事を片付けた後の燃え尽きた感じだ。
「そういやおめェ、前より魔力多くなったな。」
「あ!そうなんですよ!私実は雷の大精霊と契約してたらしくて…」
「ふーん…じゃぁウチのギルドは大精霊の契約者2人になんのか。」
「!!」
エマが目を見開き俺のことを見つめてくる。
そして急に立ち上がる。
「…なんだよ?」
「それですよ!!ウチは今、五大ギルド最弱!『ノアの方舟』と提携してはいるもののそれは変わりません。」
「大精霊の契約者2人をダシにして人増やそうってか?」
「です!」
「やめとけ、その手で集まるヤツらは根性無しばっかりだ。」
「………ですかぁ…」
「ま、そういうのはハービットやらの経営陣が考えるこったな。」
「ですね…あ、私もひと口ください。」
そんな他愛ない話をしていると王都が見えてくる。
「グルァ!」
黒姫がそれを教えるように短く鳴く。
「おう、サンキュな。」
そう言って黒姫の背中を撫でてやる。
「グルル♪」
黒姫はご機嫌そうに鳴く。
そうして王都の近くに降りて黒姫を巻物に戻す。
門に近付くと門兵が俺たちに気付いて敬礼する。
「やや!?き、鬼神殿に雷神殿!?東に旅行に行かれたとお聞きしておりました!!お、おかえりなさい!!」
「おう。」
「ご苦労様でーす!」
そう言って俺たちは中に入る。
「お、お前あんな大物に声掛けてもらえるとかずりぃ!」
「俺サイン貰えば良かった…」
「俺もまさかちゃんと返事してもらえると思わなかった…」
そんなやり取りが聞こえた。
…まるで芸能人だなァ…
そうして久々の中央ギルドに訪れる。
相変わらず弱小の割に中は賑わっている。
…?それにしても今日はいつもより賑わっている気がする。
「あ!!リューゴさん!!おかえりなさい!!!」
ミーナが真っ先に気付いてトテトテと走り寄って来る。
「おう。」
俺はミーナの頭にポンと手を乗せる。
「リューゴさん、おかえりなさい。」
「リューゴくんおっかえり〜!!」
クロエは頭を少し下げ、エレノアはカウンターから手を振ってくる。
俺はそれに片手を上げて応える。
俺はそのままハービットのいるだろう執務室に向かった。
エマは食堂の方でミーナに今回の旅の話を聞かせてやっているらしい。
ミーナは興奮気味で目を輝かせフンフンと鼻を鳴らして聞き入っている。
執務室の扉をノックもせず中に入る。
「おわっ!?ビックリしたぁ…リューゴくんか、おかえり〜。」
「邪魔するぜ。」
「それは扉開ける前に言って欲しかったなぁ!」
「今日はやけに下がうるせェな、なんかめでてぇことでもあったのか?」
「あ、そうかリューゴくんとエマはヤマトに行ってたもんね。実はこの間、ちょうど公募してる冒険者認定試験が行われたんだよ。」
公募…センター試験みたいなことか?
「君みたいに飛び抜けた強さや才能があればスカウトするんだけど基本的にみんなこの公募採用式の試験を受けて冒険者になるんだよ。」
「じゃぁ下にいたのは…」
「そ、ほとんどが新人。」
「そうか…骨のあるヤツがいればいいがなァ…」
「君ほど骨太なのは無理にしても結構見所ある子は多かったよ。」
「ほう…?」
「うわ、やめてよその笑顔…新人の子たちみんな辞めちゃうよ。」
「ハッハハハ!そんな根性無しはいらねェ!!」
「もー…ウチは経営的にギリギリなんだから勘弁してよ〜。」
「……他には?」
「へ?」
「おめェの顔に厄介事があるって書いてあるぜ。」
「んぅ〜君の野性的な肝性には敵わないなぁ……実はねウチのギルドのAランク冒険者がこの王都で指名手配されたんだ。」
「……ザックか?」
「ご明察、彼は君とのケンカの後に目を覚ましてからアビーに暴行を加え、そのまま姿を消したの。」
「アビー…魔法使いの女か。」
「そそ、それでザックは何を血迷ったのか単身ダンジョンに潜り……」
ハービットの表情が暗くなる。
「…何があった?」
「……他の新人冒険者を襲ったんだ。」
「あ…?」
「多分最初は事故だったんだと思う、気付いた時には『新人冒険者狩り』なんて呼ばれてこの王都の市井にも噂が広まっちゃってたんだ。」
「あのバカが…」
「アビーとゲイルはもう知ってる、でもエマにどう伝えたものか…」
「構わねェ俺から話しといてやる。」
「ありがと、助かるよ。」
「ザックの行方は?」
ハービットは首を横に振る。
「もう王都近郊にはいないと思う、でもこの事は南方ギルドとも既に共有してあるから捕まるのも時間の問題だと思うんだけど…ザックは腐っても元Aランク…もしかしたら国外に逃げられるかもしれない。」
「多分もうこの中央大陸にはいねェ…」
「えっ?」
「ザックの魔力は覚えてる、どこにいるかまでは分からねェ…だがもうこの大陸にはいねェ。」
「君の感知範囲は人外だな。」
そう言ってハービットは苦笑する。
「でもその情報はかなり助かるよ、すぐに南方にも伝える。南方以外とも連絡を取り合って捜索の要請をしてみるよ。」
「なんかあれば呼べ。」
「うん、頼りにしてるよウチのエース。」
「フン。」
俺は鼻を鳴らして部屋を出る。
閉めた扉のノブは俺の握り締めた形に変形していた。
ザック…あのザコ…随分舐めたマネするじゃねェか…
この落とし前は必ず付けさせるぜ…必ずだ。




