第56話 覚醒
ーエマsideー
「ぐっ…!!」
嵐のような槍捌きを浅い傷を作りながらもなんとかいなす。
「ほらほらどうした?そんなことでは鬼神が来る前に殺してしまうぞ。」
涼しい顔で振るっているはずなのになんで槍がこんな生き物みたいな動きするんですか!!
「つまらんなぁ…鬼神と戦う前の前座にすらなり得ん。」
リーがそう言った瞬間、私は槍の石突きで頬を殴打される。
「ガハッ」
「弱い…弱過ぎる…鬼神に侍りながらなんだその弱さは?かつての俺の方がまだマシというものよ。」
口の中を切ったか、溢れた血を吐き出してから睨みつける。
「プッ…うるっさいですね…過去のアナタがどうだか知りませんけど、私は成長期なんです。」
「カッカッカ!よく吠える…そういうことは俺の槍を一度でも見切ってから言ってもらおうか!!」
リーが先程とは比にならない速度の突きを放つ。
「(ッ!?速っ避けきれな…!!)」
私はあわや顔面を串刺しにされそうだったが横から棒手裏剣が飛んできてリーの槍の穂先に当たる。
それが功を奏し、軌道の変わった槍は私の頬を掠める。
私は咄嗟に距離をとってモミジの隣に立つ。
「今のはマジで助かりました。」
「今の突きに当てられたのはほとんど奇跡だ、次は期待するなよ。」
リーの魔力と殺気に曝されて今にも逃げ出したいだろうに…よく耐えてくれている。
「(この気持ちには是が非でも応えたいですね。)」
私は最後のなけなしの魔力を振り絞る。
「【神雷女帝】!!」
極大の落雷が私に落ちる。
そして再び雷の貴婦人が現れる。
「ほう…それが先程あのエルフの炎龍を退けた技か。」
「行きます!!」
地を蹴り、リーと肉薄する。
「ぬんッ!!!」
大槍を尋常ならざる速度で横薙ぎに振るってくるが今の私には効かない。
籠手で槍を弾くと掌底を打ち込んだ。
「【破城槌・雷霆】!!!!」
衝撃は雷となってリーの体を駆け抜け背中に突き抜ける。
「やっと一撃…!!」
「やるな…」
「ッ!?…嘘……」
「そんな…!」
私とモミジはあまりの事態に放心してしまう。
確実に決めた、手応えもあった、それなのに…
「いや実に良い一撃だった、かつての俺なら倒れていたかもしれん程だ。」
リーはまるで効いていないかのように講評する始末、いや実際効いていないのだろう。
次の瞬間、リーの姿が消えいつの間にか目の前に迫っていた。
首を掴まれて足が浮く。
リーの槍を持たない方の手が黒く染まる。
「殺すには惜しい逸材だ…実に残念だよ…死ね【断頭・龍牙】。」
「ぐぅ……リューゴさん…ごめんなさい…」
「エマぁ!!!!」
モミジが必死に駆け寄ってくるが間に合わない。
悔しい、情けない、申し訳ない、様々な感情が渦巻き涙となって溢れ出る。
死にたくない、リューゴさんとの約束を守るために。
今のままじゃ逆立ちしても勝てない。
だが、急に身体がフッと軽くなる。
「!?」
目を開けると目の前に凛々しい顔立ちの女の人がいた。
厳しそうな人だけどとっても綺麗…
服は袖無しの着物のようなものを着ている。
その着物から伸びる腕はかなり筋肉質だ、すごい…
「ここはお前の中に広がるひとつの世界だ。」
凛とした声、そして芯の強さに溢れる声。
「私の中の…世界?」
「精神世界と捉えておけ。」
「はぁ…」
私は色々と頭が追い付かず、つい気の抜けた返事をしてしまう。
「返事は"はい"だ愚か者ッ!!」
「は、はい!!」
目の前の女の人に怒られてつい背筋が伸び敬語を使ってしまう。
「私は雷の大精霊トール、貴様の中に宿る精霊だ。」
「ほぇー…………えっ!?今私の中に宿るって言いました!?」
「ああ。」
「私大精霊を使役してたんですか!?」
「図に乗るな小娘、使役などと図々しい…お前は魔力の使い方が下手くそ過ぎる上に回路が錆び付いている、私が気まぐれにほんの少し力を貸してやっているだけだ。」
「そ、そうだったんだ…あの!」
「みなまで言うな、外のことが気になるのだろう?安心しろ、この世界にいる間は外の世界とは完全に切り離されている、時間は動かんよ。」
「そう、ですか…」
一瞬喜びそうになったものの状況が変わったわけではない、私は今まさに殺されようとしている。
「……小娘。」
「なんですか?」
「今からひとつ質問をする、その答え如何によってはお前と正式に契約してやる。」
「!!…アナタがいればリーに勝てますか…?」
「さぁな、それは貴様次第だ。」
「…質問はなんですか?」
「貴様は何のために強くなりたい?」
「それはリューゴさんの隣に立つ「ならん。」
「へ…?」
「それは貴様の真意ではない。思い出せ、そして自覚しろ、貴様の本当の願いを。」
「私の本当の…願い…」
いつも不敵に笑いながら強敵との戦いを楽しんでいたリューゴさん…
いつも傷をたくさん作って帰ってくるリューゴさん…
私は様々なリューゴさんを思い出す。
リューゴさんはいつも傷だらけだった。
そして、そんなリューゴさんを見る度に心配し、自分が歯痒い思いをしていたことも思い出す。
ああ…そっか…
「私、リューゴさんを守りたかったんだ…」
私はポツリと呟く。
その呟きは不思議と胸の中にストンと落ちた。
「もう一度問う、貴様は何のために力を欲す!!」
もう間違えない
「私は…」
だってこの想いは
「大切な人を…」
正真正銘、本物だから!!!!!
「守りたい!!!!!」
私の吠えるような叫びを聞いてトールさんはニヤリと笑う。
「よくぞ吼えた!今こそ貴様に我が真の力を託そう!!」
トールさんが雷の塊となって私の胸に飛び込んでくる。
そして私の胸に吸い込まれるように入ると膨大な魔力が身体を駆け巡り、まるで身体が作り変わっていくかのような感覚に陥る。
『貴様の魔力回路は錆び付いていた、故に私の魔力で錆を根こそぎ焼き尽くした。今なら本来の貴様の魔法が使えるはずだ!叫ぶがいい!貴様の真の魔法を!!その名は──』
私の意識は現実に浮上する。
そして目を見開きその名を呼ぶ。
「【天雷神】!!!!」
瞬間膨大な魔力が雷を纏って吹き荒れる。
「な!?なんだ!!!?」
リーは思わず距離をとる。
あまりの濃い魔力の渦にリーは思わず後ずさる。
「何が起きている…!?」
そして魔力は全て霧散する。
「エマ…なのか?」
私の方を見てモミジは恐る恐る尋ねてくる。
私は音もなく、そしてこの場の者が目に追えない速度でモミジのそばに寄る。
「!?」
「モミジ、少し待っててください。」
「あ、ああ…」
モミジは呆けながらも返す。
そして私はゆっくりリーの方へ振り返る。
「場所を変えましょうか。」
「その姿…一体何をした…?」
私は民家の窓に映る自分を見ると、髪が真っ白になり腰まで伸び、瞳に幾何学的な模様が浮かんでいる。
そして伸びた髪は風もないのに常にたなびいている。
「これが私…」
「まぁいい…所詮は付け焼き刃よ。お前と俺の実力差がこの程度で埋まろうはずもない!!【断頭・龍牙】!!!!」
地面から槍を引き抜きその槍を黒く染めて振り下ろしてくる。
「【神罰・雷霆】。」
私は静かに手のひらを前に出し、圧縮した魔力を放つ。
その瞬間、リーは吹き飛び雷鳴と共に城の一部と城門が消し飛んだ。




