第50話 刀将『辻斬りのイゾウ』
俺が目を覚ますと部屋には誰もいなかった。
床に血のシミと……奥歯?が転がっている。
「あの忍者のヤツか…?」
そばに置いていた瓢箪を掴んで中の酒を起き抜けにガブガブと飲む。
「ま、いいか…そんな簡単に捕まるようなタマじゃねェし…」
そう言って俺は宿を出て町をぶらつく。
華町って言われてるだけあって夜でも町の中は昼のように明るい。
「……あ?」
人のごった返す通りで俺に向けられた殺意を感じ取った。
俺はぐるっと周りを見回すとすぐに殺気の主を見つけた。
「随分汚ェ身なりだなァ…」
それが率直な感想だった。
…アイツの腰に差した刀、とんでもねェ業物だな。
刀自身から圧を感じるぜ。
俺は人通りの多い道を離れ森の中に入る。
侍は俺の後ろをピッタリ変わらねェ距離で着いてくる。
森の中の開けた場所に出る、その場所は月が照らし明るくなっていた。
「おめェ誰だ?」
「ワシの漏れ出た殺気にあんな敏感に気付きゆうとは…おま
んなかなか強いのお!!」
「……」
「そんな怖い顔するんやないき!ワシの名はイゾウ!最強の人斬りじゃあ…!!」
「俺を狙うってこたァ…カゲミツってヤツの腰巾着か?」
「あん?……ああ!あのヒョロガリのおっさんのことがか!ワシは強え奴とヤれると言われて着いてきただけじゃ、他のことはなんも知らん!!」
「さぁ!お楽しみじゃ!!」
そう言うや否や刀を抜く、惚れ惚れするような見事な刀だ…素人目にも分かる。
そしてイゾウからさっきよりも濃い殺気が放たれる。
俺は不機嫌だったが一転、思わず口角が上がる。
「わははは!おまんもワシと同じじゃのお!戦うのが何よりも好きなハミ出しもんじゃ!!」
「ハッハハハ!この国に来て大したヤツらもいねェと踏んでたがおめェは当たりだなァ…!!」
「抜かせ!それはワシの台詞じゃあ!!」
イゾウは刀を大上段から振り下ろしてくる。
俺は鬼哭を引き抜き、諸共弾き飛ばそうとしたがイゾウは刀を止め人とは思えん動きで胴切りに切り替えた。
だが俺の腹と刀がぶつかる金属音が響く。
「なぬ!?」
イゾウは驚いて飛び退く。
だが驚いたのは俺も同じだった。
「わはははは!なんちゅう硬さじゃあ!腹ん中に鉄でも仕込んどるがか?」
「おめェもまるで獣みてェな動きしやがって、山育ちか?」
お互いに獰猛に笑う。
そして再び駆け出した。
お互いにもう油断も慢心もない。
不規則な軌道の斬撃と一撃が必殺級の爆弾たり得る拳撃の応酬が幾度となくかわされる。
「怖いのお!おまんの拳はまるで破城槌じゃ!!」
「ほざけ!あんなもん比較にならねェよ!!」
俺の拳に合わせ、イゾウの刀が振るわれるもまたしても皮膚に弾かれる。
「ぬあ〜〜!その頑丈な身体は厄介じゃのお!!」
「おめェ、まだ本気じゃねェだろ?」
戦っていて気付いた。
この男は"楽しむ"ために手を抜いている。
俺がそう言うと、イゾウは刀を構えたまま話し出す。
「すまんのお…ワシは戦うのが好きなんじゃ。金より、酒より、女より、何よりも互いの命を削り合うてぶつかり合うこの時間がな。じゃがのう…ワシは強うなり過ぎた。ワシは自分より強いもんに会いとうて色んなやつに死合を申し込んだ!じゃが分かったんはワシが最強っちゅうことだけじゃった…じゃが!そこに!!おまんが現れた!!しかも今のままだとワシは負けるかもしれん!!これはさすがのワシも…『本気』を出さにゃあいかんなあ!!」
そう言うとイゾウの刀が黒く染まる。
「こいが力を知っちょるか!?りーとか言う奴が言うとったが…えーと…なんじゃったかのう…?」
「…黒纏か?」
「それじゃあ!あん?おまんがなんでそれを知っちょるんじゃ?」
俺は鬼哭を黒く染める。
「!!くくくく…わーはははははは!!!!最高じゃあ…!!おまんは今までで1番の獲物じゃあ!!!!」
するとイゾウは先程以上の速度で接近してくる。
コイツはほんとに俺と似てやがる。
だが、残念だが…本気じゃなかったのはお前だけじゃねェ。
俺は速度で牽制し、後ろから斬りかかってきたイゾウを刀ごと吹っ飛ばした。
イゾウは森の中を跳ねるように吹き飛んでいくも、地面に刀を突き立てて止まる。
「な、なんじゃ…!?おまん何かしゆうがか!?」
「悪ぃな、俺もこっからは『ちょっと本気』でいくぜ?」
俺の周りをバチバチと蒼い雷が迸る。
「はは…こりゃァ…きっついのお…」
イゾウは乾いた笑みを浮かべて冷や汗をかく。
「いくぜ、【雷鳴怒涛】!!」
「ぬおっ!?【我流剣法・柳】!!」
俺の瞬速の振り下ろしの衝撃を身体の関節全体を使って受け流し、己の身体の隣に着弾させた。
我流でここまでできんのか…!?本物の天才だなコイツ。
「なんちゅう重さ、なんちゅう速さじゃあ…!!これが『ちょっと本気』とは…恐れ入る…!!」
イゾウは痺れる手で刀を構え直す。
「これがワシの生き様じゃ…!!!!」
刀を肩に担ぐように構え、逆の手を相手を制すように前に出す。
「おめェ…その構え…」
「カッコイイじゃろうが…!ワシの編み出した最強の構えじゃ!!」
「ハッハハハ…次の一撃は全力でいってやる。」
俺がそう言うとイゾウは目を爛々と輝かせて笑った。
「ほうか!おまんという高みにワシの剣がどこまで通じるんかハッキリさせゆうが!!」
イゾウは地を蹴る、そして地を這うように駆ける。
「【韋駄穿】ッ!!!!!」
イゾウは更に加速する、そして気付けば俺の後ろに刀を振り抜いた体勢で立っていた。
袈裟懸けに痛みが走る。
服がはだけ、血が滲んでいる。
「フン、やりゃァできるじゃねェか。」
「わはは!どんなもんじゃ!」
もはや力を絞り尽くしたイゾウは俺に振り向き、してやったりと笑う。
「天晴だぜ、イゾウ…【覇殴・鬼哭】!!!!」
俺はイゾウの顔面に鬼哭をフルスイングで振り抜いた。
全力全開手加減一切無しの本気だ。
普通なら間違いなく死ぬ、だがイゾウはこの土壇場で進化して見せた。
それならば…と期待せずにいられない。
イゾウは弾丸のように吹き飛んでいき、遠くから何かに激突する音が聞こえた。
「あの野郎…俺にぶん殴られても刀握ったまま飛んでいきやがった…」
俺はイゾウの飛んで行った方をしばらく眺めていた。
「フン、ちゃんと死に損なっててくれりゃァ良いがな。」
そう言って俺は宿までゆっくり戻って行った。
その夜、エマとモミジが宿に戻ると月を眺めながら上機嫌に酒を飲む俺の姿を見て互いに目を見合わせて不思議に思ったらしい。




