第48話 虐殺妖精ギムレット
飛び立ってから1時間と経たずにモミジの屋敷が見えてきた。
中庭で臣下達が木刀を携えて鍛錬をしている。
俺はそれを見て嬉しそうに微笑むタジマの偽物を見て黒姫の背中から飛び降りた。
「そこに居ていいのは…テメェじゃねェんだよ!!!!」
一直線に偽物に落下し、黒纏を纏った拳でその顔面を撃ち抜いた。
偽物の頭が爆散し頭を失った身体は倒れるが、殺った手応えが無かった。
「酷いなぁ〜〜…誰だい?人の頭を消し飛ばすなんて鬼畜な真似をしたのは〜?」
倒れた身体と周りに散った頭だったものが黒いヘドロのようなものに変わるとひとつの塊になって別の姿を形取る。
その光景を見ていたモミジの家の者たちは動揺し狼狽える。
「な、なんだあれは…!?」
「タジマ殿ではないのか…?」
「しかし、それならばタジマ殿はいつから…」
「おめェらァ!!!!」
俺の一喝で静まり返り視線を集める。
「今は狼狽えるより先にやることがあんだろうが…!!」
俺の怒りの滲む声から言いたいことを察したのか臣下たちハッとする。
「みな!飛竜の準備をするのだ!モミジ様の元へ馳せ参じ、此度の我らの不忠!!思う存分軽蔑してもらえ!!」
『応ッ!!』
1人の武士が声を上げるとみなが応える。
「逃がすわけないだろ?」
そこにタジマの姿から金髪紫眼のガキが攻撃をしようとするが、その前に俺の鬼哭が腹にめり込んだ。
「ゴハァッ!!」
そのまま吹き飛び屋敷内を突き抜けて森の中へ消えていく。
「邪魔だ…!!今はおめェらを守って戦う余裕はねェ…!!」
俺から放たれるあまりの圧に周りのヤツらはたじろぐ。
「かたじけない!モミジ様を連れ戻ったら貴殿にも謝らせてもらうぞ…!」
そう言って指示を出した武士が真っ先に飛竜を駆って飛んで行った。
それに続くようにみな飛び立っていく。
俺はガキが吹っ飛んで行った方に歩いて屋敷を抜けていく。
森の中に入ってガキがぶつかり止まったと思われる大岩の前にくると周りから黒く鋭いトゲが伸びてきた。
だが金属すらも弾く俺の皮膚には通らなかった。
「嘘!?僕の【黒棘】が刺さらないなんて…キミほんとに人間?」
そこには無傷のクソガキが立っていた。
「おめェよりはちゃんと人間してるよ。」
「アハハハハ!そりゃそうさ!僕は人間じゃないもん!!」
それを聞いて得心いった。
人の心が分からねェからこんな真似ができたのか…このガキ。
「何者だおめェ…」
「フフ、僕はギムレット、『虐殺妖精ギムレット』。劣等種の人間より遥かに優秀な魔人族の中でも貴族位を与えられた選ばれし者がこの僕さ。」
「ハッ!劣等種だの言ってるが貴族位やらその選民思想やらまるで人間みてェなこと言うじゃねェか。」
俺はこのガキが気付かず人間臭いことをしているのを聞いて鼻で笑う。
「…は?」
次の瞬間ガキの足元の影が大きく広がり俺の影すら覆われて見えなくなる、そして周りの木々が影の中に飲み込まれた。
「お前ムカつくね…僕ら魔族はお前たち人間と違って長命な種族だ…!真似たのはお前たちの方だろうが!!」
ガキが手を振り上げると俺の足元まで広がった影からさっきのトゲが生えてくる、俺はそれを身体で受け止め事も無げに弾く。
続けざまにトゲを生やして俺を攻撃してくるが、どれも肌の表面に傷すら付けられない。
だが、その様子を見ていたガキはニヤリと顔を歪める。
「キミさぁ…その頑丈さに助けられてるけどあんまり賢くないんだね。」
「あァ?」
「僕が意味もなくこんな攻撃してると思う?」
ニヤニヤとしながらやたら説明口調で言ってくる。
「僕の魔法は影の魔法…魔法を得意とする魔人族の中でもレアな固有魔法さ。そして【黒棘】は強制的な幻惑と遅効性の毒の付与が主な効果だよ。」
なるほどなァ…それで勝ち誇ったような顔してたのか。
「因みに解毒剤はちゃんとあるんだよ?ま、それも僕が持ってるからキミに万に一つの生きる希望すら無いんだけどね!アハハハバファあッ!!」
俺は問答無用でガキの顔面をぶん殴った。
ガキは吹き飛んで倒れる、そして倒れたまま何かブツブツ言っている。
「…な、殴った…?僕の、子爵である僕の綺麗な顔を…?劣等種の人間が殴った…!?」
「殴られたのは初めてか?クソガキ。」
「絶対に許さねぇ…!!ぶっ殺してやる…!!」
ガキはゆらゆらと立ち上がると影の中から巨大な戦斧を取り出した。
「貴族だけあってなかなかスマートな得物じゃねェか。」
「うるせぇ!!そんな態度もすぐに取れなくしてやる…!!」
ガキが戦斧を担いで駆け出し、フェイントを混ぜて斧を軽々しく振り回す。
思ったより速ェ、だが俺からすれば遅せェ。
俺は簡単に本命の一撃を諸共鬼哭で弾き飛ばした。
「ぐああっ!?」
「おめェ、弱ェな。」
「な、なんで…!?なんで状態異常にならないんだ!!?」
「もう俺に毒の類は効かねェよ…前にキツいの貰ったからな。」
俺はそう言って獰猛に笑う。
「クソッ!【縛る影】!!」
影が鎖のようになり俺の身体に纒わり付く。
「まだだ!【暗黒炎】!!!」
影を伝い黒炎が俺を包む。
肉の焼ける音と臭いがする。
「アハハハハハ!さすがにこれは効くみたいだねぇ!!!」
クソガキは高らかに笑い、価値を確信している。
「…んな…ねェ…」
「…?辞世の句でも読みたいのかい?いいよ聞いてあげようじゃないか!!アハハハ!!」
「…こんなもんじゃねェ…!!」
俺は1歩踏み出す。
影の鎖がピンと張られるがギチギチと悲鳴をあげだす。
「なっ!?クソッ!いい加減くたばれよ!!」
更に多くの鎖と炎が俺に殺到する。
「モミジの受けた痛みは…こんなもんじゃねェ…!!!!」
ほぼ全身を鎖に縛られるが、俺はズンズンと前に歩き出す。
バキンと言う1本の鎖が砕ける音を皮切りに次々と他の鎖もちぎれていく。
そして火傷を大量に作りながらも俺はガキの前に立つ。
「ヒィ…!!な、なんなんだよお前はぁ…!!!!」
「魔界に引きこもって一生考えてろクソガキ…【赫雷・霹靂神】!!!!」
俺は拳にありったけの魔力を纏う。
赫い雷を纏い黒く染まった拳がギムレットの顔面に打ち下ろされた瞬間、赫い落雷がダメ押しのように降り注ぎ周囲を破壊し尽くした。
モミジの屋敷も半分ほど壊しちまった…
「……誰もいなかったのが救いだな。」
そう言って俺は降りてきた黒姫の頭を撫でると、モミジになんと言って謝るか頭を悩ませた。
ーモミジsideー
「はっ!」
私が目を覚ますと視界に入ってきたのは知らない天井だった。
「あ、モミジさん起きましたか。大丈夫ですか?」
横を見るとエマがタオルを絞りながら心配そうな顔をしていた。
そしてその後ろには私の家の者達がみな涙を流して私の顔を見つめていた。
…なぜ、この者達がここに…?
それにリューゴ殿は……ッ!!
「エマ!リューゴ殿はどちらに!!?」
「リューゴさんならモミジの屋敷に殴り込んで行っちゃいましたよ。」
そんな…!あそこにはあのバケモノがいる…!
私の頭と胸には不安と嫌な考えしか浮かばない。
「大丈夫ですよ。」
そんなエマの言葉が耳に入ってきた。
「リューゴさんなら、大丈夫です。」
何故か分からない。
だが、エマのその言葉は私の胸にストンと落ちた。
落ち着いた私を見て、エマは頷く。
すると、大勢の臣下の中から武士の1人が私の前に出てくる。
「姫様、我々は主である貴女様に背き、タジマ殿の皮を被る物の怪にいいように使われてしまいました…この失態、如何様にもお裁きくだされ…!」
そう言って家臣団はみな額を地面に付ける。
「良い、ならば沙汰を下そう。お前たちの一生を私のために使え、こき使ってやる。」
私がそう言うと家臣団の筆頭の男が顔を上げる。
「は…?で、ですが私どもは…」
「もう…!私の目の前から居なくなってくれるな…!!」
涙が溢れ出す、泣くつもりなど毛頭なかった。
だが、父上に先立たれ、タジマは私の知らぬ間に殺されてしまっていた。
こんな思いはもう…したくはなかったのだ…
私が泣き出す様を見ていた臣下たちはみなお互いの顔を見て頷き合う。
「姫…いや、モミジ様…リューゴ殿に助けられなければ一度は死んでいたであろうこの命…!これより我が身我が心は全て!貴女様のために燃やすと誓いましょうぞ!!もう二度と我々の中から裏切る者など出しませぬ。」
みなが片膝を着いて私を見る。
「うむ…!心して仕えよ!!」
『はっ!』
そしてその数時間後、私の屋敷の方から赤い光の柱が落ちるのを見たと言う者が続出することとなった。
そして更に数分後に黒姫の背に乗って戻ってきたリューゴ殿に頭を撫でられて屋敷を半分壊したことをぶっきらぼうに謝られた。
フフ、こんなもの惚れない方がおかしいというものだ。
私は家臣団に囲まれて褒めそやされ、困っているリューゴ殿を微笑ましく見ていたエマの隣に立つ。
「エマよ。」
「はい?」
「これからは友であり、ライバルだぞ。」
「!!…譲りませんからね。」
そう言ってお互いに笑い合う。
父上の敵討ちは未だ諦めておらぬ、だが今少しの平和を私は享受することとした。




