第45話 動き出す悪意
まずは結果から言うと、賊は弱かった。
1発殴れば死ぬ、それだけ。
だが技術はあった。
俺の拳をいなそうとしたりカウンターで突きを放ってきたり。
…まぁ、全部実行できずに俺に殴られて終わったんだがな。
「エマの方も終わったか…」
「この人たちちょっと強かったですね、魔力も身体能力も並って感じなのに苦戦しちゃいました。」
「まぁ最初はそんなもんだろ。」
エマはどうやらコイツら"武士"の戦い方に慣れてないのもあって苦戦したみたいだ。
「わぁ…みんな刀持ってる…これ王都だと貴重なのに…」
「文化の違いだな、これだけでも面白ェ。」
「フフ、ですね。」
そんな和やかな会話を野武士が死屍累々と並んでいる中で話す。
「村の連中は家の中に籠ってるみたいだな、今のうちに死体は森に投げ込んでおけ。」
「はーい!」
そうしてしばらくしてちょうど死体処理が終わったあたりで村人達が静かになったのを不審に思ったのかチラホラ顔を出してきた。
「住民の方達は無事みたいですね。」
「ああ、タイミングが良かったな。」
俺とエマがそう話していると家のひとつからガタイのいい中年の男が出てきた、やけにボロボロの格好してんな…
「あなた達が賊を討ってくれたのか?」
「まぁ成り行きでな。」
「そうか…感謝する、私はこの村の長をしているムドウという者だ。大したもてなしはできんがゆっくりして行ってくれ。」
「あの、どうして皆さんは逃げようとしなかったんですか?」
「それを聞くということは…やはり君たちはこの国の人間では無かったのか。」
「はい、つい先程この国に到着しまして。」
「それは災難だったな。この間までは他国との交流こそ少なかったものの、ここまで閉鎖的ではなかったんだがな…」
「…何かあったのか?」
「国を治める将軍様が急死なされてな…新たに将軍の座に就いたカゲミツとか言う男がこの国を腐敗させたのだ。」
「もしかして他国との交流を断ったのも…」
「ああ、現将軍だ…それどころか奴は村同士の交流すら禁じた。この国の未来は見た、それは破滅以外に無い…!!」
「……前の将軍は違ったのか?」
「ああ、素晴らしいお人だったよ。よく城を抜け出して市井を歩くものだからお付きの方たちは苦労されていたようだがな…」
ムドウは懐かしそうに、そして寂しそうに微笑む。
「そういえば君たちはどうしてこの国へ?」
「強ェヤツを探しに来た。」
「リューゴさん服の新調じゃなかったんですか…」
「なるほど、それならこの国で一番栄えている将軍のお膝元である華町へ行ってみるといい。だが気を付けてくれ、将軍は大層女好きだ。そっちのお嬢さんはあまり目立たない格好をした方がいい。」
ムドウはエマを見ながらそう言う。
「フフン、大丈夫ですよ!私は強いですし、何よりリューゴさんは生きとし生けるものの中で最強ですから!!」
「ははは、そいつは頼もしいな。」
「…ムドウ。」
「なんだ…?」
俺はマジックバッグから金貨が大量に入った袋をムドウに投げた。
「この国の通貨がこれで良いのか知ねェが、やる。」
「な!!貰えるわけがないだろう!?」
「情報料だ、少し色をつけてやる。」
俺はそう言ってニヤリと笑うとムドウが言っていた華町とやらに向かって歩き出した。
「フフ、ムドウさん受け取ってください。リューゴさんは目の前で苦しむ人を放っておけないタチなんですよ、それでは!」
エマがムドウに何かコソコソ言って俺の後を着いてくる。
「リューゴ殿か…大層な御仁だ…」
その俺たちの背中を眺めながら立ち尽くすムドウの目には涙が滲んでいた。
「…意外です。」
「あ?」
道中歩いているとエマが唐突にそんなことを言い出す。
「リューゴさんならもっと将軍って言う方に興味を示すかと思ってました、いかにも強そうですし。」
「…なんかワクワクするような噂とかがあればな。」
「リューゴさんみたいに?」
「ハッハハ、俺みたいな経歴持ちだったら最高だな。」
「冗談でもやめてくださいよ…そんな人同士で戦ったらこの国無くなっちゃいますよ。」
「ま、俺と同じくらい強ェヤツは今のところいねェし、期待もしてねェ。」
「リューゴさん相手に少しは粘れる相手がいるといいですけどね〜。」
そんな話をしながら歩き続けていると別の村を見つけた。
だが様子がおかしい…
「……人の気配を感じねェ…」
「ですね…野盗に襲われてるわけでもないのに…」
俺たちは村に入り、目に入った家の扉を無造作に開ける。
すると中には骨と化した人間の死体があった。
「酷い…リューゴさんこれ…」
俺は家の中を見回して確信する。
「……餓死したみたいだな、それもかなり前に。」
「…現将軍の政策によるもの…ですよね。」
「だろうな……行くぞ、俺たちは部外者だ、どうしようもねェ。」
「はい……あ〜〜!ギルドの美味しいご飯が恋しいです…」
「……だな。」
俺はギルドの連中を思い出して同意した。
その後村をひと通り散策したがとくに情報は無かった。
「あの、私思ったんですけど…」
「あ?」
「現将軍はなんで国全体が弱体化するような政策をとっているんでしょう?」
「……もしかしたら、そこにモミジが俺たちを呼んだ理由があんのかもなァ…」
ーモミジsideー
リューゴ殿達が追い出されてしばらく経った。
私は部屋の中で布団に身を投げ呆然と天井を見ていた。
あの2人のことだ死んではいないだろう…だが、今の私は軟禁状態にあった。
部屋の前に見張りの臣下が立てられている、タジマの差し金だろう。
時間を置いて冷静になった私は今の状況を振り返ることにした。
「前将軍である父上が謀殺されたのは間違いない。だがそれを知っている者はタジマの他に信の置ける者しかおらぬ…」
そして私は里を出る前のタジマとのやり取りを思い出す。
『父上は殺されたのだ!あのカゲミツという痴れ者の手によって!!』
『落ち着いてくだされモミジ様!それが本当のことであるならばことさら慎重に動かねばなりませぬ!!』
タジマは私の肩を掴み力強く言う。
『しかし…』
『モミジ様、貴女は前将軍の直系…であるにも関わらずあの男が将軍へ召し上げられたのはそれはつまり城内のほとんどが敵ということに他なりませぬ。』
『そんな…!』
『外へ助けを求めるです…!!』
『外…?』
『きっと我々の力になってくれる者が現れます…!タジマの勘はよく当たるのですぞ。』
そう言って優しく笑うタジマに私は強く頷いた。
そして私は翠を駆り里を飛び出した。
私は回想の海から浮上する。
「…おかしい…私を外へ行かせたのはタジマだ。それなのに私が連れてきた"力になってくれる者"を追い出した…」
嫌だ、考えたくない…そんなことあって欲しくない…
そう思うも私の理性はある1つの可能性を強く示唆していた。
「裏切ったのか…タジマ…!!」
私は布団を強く握って、絞り出すようにその事実を口にした。
「ようやくお気付きですか、姫様…」
ニタニタと厭らしい笑みを貼り付けタジマが扉の前に立っていた。
「……貴様ッ!!」
私は掴みかかろうとするが違和感を感じ踏みとどまる。
「ふふふ…無駄ですぞ姫様、もはや貴女にはこの状況をどうこうする力など」
「貴様誰だ…?」
「……は?……ふ、ふふふ…現実を受け入れられないのも分かりますが」
「私は貴様が何者か聞いている。タジマは私と2人の時は"モミジ様"と呼ぶのだ…!」
「………ハァ〜…これはやらかしたな〜…」
タジマの姿をした者が頭をかきながら軽薄そうな口調で喋り出す。
「このジジイを殺した時に記憶も覗いたんだけどなぁ…使い分けてんの全然気づかなかったわ。俺ってホント詰めが甘いんだよなぁ。」
メキメキと音を立てて身体の大きさも顔も変わっていく。
そして現れたのは透き通る金髪で片目を隠した小柄な少年だった。
「で、偽物だと分かったのはいいけど…どうする?」
ニッコリと貼り付けたような笑みを向けてくる。
私はすぐさま自分の後ろの窓を叩き割り、指笛を吹く。
「来い!翠!!!!」
「クルルルル!!!」
飛竜が繋がれている小屋から翠が飛び出して私を背に乗せる。
そしてそのままリューゴ殿達が飛び去って行った方角に飛んで行く。
「早く知らせなければ…!」
私はその一心で空を駆けた。
「あちゃ…ま、いっか。とりあえずモミジちゃんの里の掌握は済んだし、カゲミツくんも喜んでくれるでしょ。」
少年のそんな呟きは私の耳には届かなかった。




