第39話 歪み
俺は視線をエマに向ける。
「……良いのか?」
「はい、構いません。リューゴさんが万が一…いや億が一にでも負ければ私はザックのパーティに残ります。」
「分かった。」
俺はそれだけ言うとザックの前まで歩いて行く。
「俺の方がエマに相応しいってとこを見せてやる!!」
「くだらねェ…早く始めろ。」
俺がそう言うとザックは斬りかかってくる。
「オラアアアア!!!!」
あ?コイツ、マジか…
剣は俺の肌に傷を付けることなく止められる。
「は…!?」
「おめェ…魔力纏衣も使えねェのに俺にケンカ売ったのか?」
「魔力…てんい…?」
「…バカが。」
「うぶぁっ」
俺はザックの顔を軽く押した。
ザックはゴロゴロと無様に後ろへ転がる。
だが俺はただ軽く押しただけ、ダメージはない…と思ったんだがザックはフラフラとしながら立ち上がる。
鼻から血が垂れている。
「な、何しやがった…!?」
「あ?」
「なんで剣で斬れねぇ!?」
「さぁな…俺ァ丈夫だからな。」
「ふざけんなあああ!!【双雷剣】アアアア!!!!」
雷を纏った剣で俺を斬りつける、が、相手が悪過ぎたな。
俺からすりゃァコイツの纏う雷は静電気だ。
「これで…!」
技が当たり、してやったりと言う顔で俺を見る。
だがすぐにザックの血の気が引いた。
「な、なんで…」
「……クソつまらねェ…終いだ。」
俺はそう言うと踵を返す。
「!!ふざけんなああああ!!!!!」
ザックは絶叫して肩で息をする。
「はぁ…はぁ…どんな卑怯な手を使ってるんだ…!!有り得ねえ!!俺が負けるなんて…!!!!」
俺はデカいため息を吐く。
俺はザックにトドメを刺そうと近付こうとする。
「ぶべはぁっ」
だが、その前にザックは殴り飛ばされた。
殴った人物を見てザックは驚愕する。
「エ、エマ…なんで…!?」
「ザック…見損ないましたよ。」
「!!!!」
「私はリューゴさんの隣に立つために強くなったんです。決して貴方のためではありません。」
「う、嘘だ…」
「嫌いな貴方のパーティに居続けたのは、アビーとゲイルが好きだからです。」
「嘘だ…」
「そして最後に、この際ハッキリ言っておきますが私は貴方が大嫌いです!!」
「嘘だああああああああ!!!!!」
ザックはエマに斬りかかる。
エマは唐突なことに反応ができずバランスを崩す……ことはなく
剣の側面に拳をぶつけて軌道を逸らし、ザックの顔面に剛拳を叩き込んだ。
エマの拳がザックの顔面を撃ち貫く音はなんとも形容し難い音だった。
めり込んだ拳を引き抜くとザックは顔から崩れ落ちた。
「ごぺぁ…」
「ふぅ…今まで散々セクハラパワハラされましたからね、いい気味です!」
気分爽快と言った風なエマ。
ザックのヤツ生きてんのか…?
「あ、大丈夫ですよ。加減はしたんで死んではないですよ!………多分!」
まるで俺の心を読んだかのように補足を入れてくる。
まァ…ひとまずはこれで決着だな。
「あーあ…完全に伸びちゃってる…」
「まぁまぁ、俺が運ぶからさ。」
アビーとゲイルがそう言ってゲイルがザックを肩に担ぐ。
「エマはこれからどうするの?」
「えへへ、勢いでリューゴさんについて行くって言っちゃったけど…」
そう言いながらチラッと俺の顔を窺ってくる。
「……好きにしろ。」
俺はそう言って歩き出した。
「ッ!!はい!!」
そう元気に返事してエマは俺の後ろ走って追ってきた。
ーザックsideー
エマと初めて会ったのは俺がCランクの頃だった。
まだアビーとゲイルの3人でパーティを組んでいた頃だ。
ギルドに飛び込んできた姉妹。
受付で必死に話をしているのを聞いた限り、村を失い妹と生きるために仕事が欲しいらしい。
見てみると姉妹揃ってかなり美人だ。
妹の方は幼いが、姉には恩を売って上手く行けば…へへへ…
そして俺はエマを誘ってパーティを組んだ。
エマはなんと拳で戦う拳闘士を選択した。
俺たち3人はもちろん止めた。
この間までただの村娘だった女に前衛アタッカーのそれも剣以上に至近距離でモンスターとヤりあうなんて到底無理だと。
だが、ここで俺たちの予想は大きく裏切られる。
なんとエマは強かった。
モンスターと戦ううちにどんどん力を付け、俺たちもそれに負けないように強くあろうとした。
結果、俺たちはAランクパーティに昇格し、中央ギルド最強なんて言われるようになった。
そのエマがしょっちゅう口にしていた。
『私を助けてくれた方がいるんです。とても大きくて、とても強い人…もし彼が冒険者になったら私は一緒に冒険したいんです!』
俺はその話を聞いてもとくに何か思うことはなかった。
アイツと会うまでは…
ミュルズ大森林東部の調査、森をピクニックするだけで終わる楽な仕事だった。
だが、王都への帰りに奴と出会った。
名をリューゴと言うらしい。
身長がかなりデカい、その上見るからに分かる鍛えられた肉体。
そして立っているだけなのに放たれる強者特有の圧迫感。
俺はコイツを見た時から嫌な予感がしていた。
そしてその嫌な予感は的中する。
なんと過去にエマを助けたのはこのリューゴらしい。
最悪だ、俺のエマを奪われてしまう。
俺はそれを阻止せんと決闘を挑んだが、この男は俺の攻撃を全て受けているにも関わらず傷一つ付かなかった。
だがそれでも、俺はエマのために立ち上がり挑もうとした。
だがエマにそれを殴って止められた。
な、なんでだよエマ…?
お前は俺のパーティメンバーだろ?
俺の女だろ?
だが突き付けられる現実は違った。
『この際ハッキリ言っておきますが私は貴方が大嫌いです!!』
俺は頭が真っ白になる。
嘘だ、エマはあの男に騙されているんだ。
目を覚ませエマ!!
そして気が付いたら俺はギルドの医務室にあるベッドの上だった。
周りを見回すとアビーが椅子に腰かけて本を読んでいた。
「アビー…」
「あ、起きた?」
「何があった…?」
「はぁ…アンタはエマに斬りかかって逆に1発で伸されたの。」
は?
俺がエマに斬りかかった…?
「嘘だよな…?」
「ホントもホント、エマは『爪牙』を抜けてリューゴさんと行くってさ。」
「そんな勝手許すわけないだろ!!!!」
「………アンタが反対しようとどうしようともう遅いわよ、パーティ脱退は受理された。」
「そんな…」
「いい加減にしなよ…アンタ、エマが入ってからおかしいよ!!」
「だ、だって…エマは俺の…」
「エマはリューゴさんが好きなの、いい加減諦めなよ。」
うるさい
「元々叶わぬ恋だったのよ。」
うるさい
「スッパリ諦めてリューゴさんに認めてもらえるくらいデッカい男になりなよ。」
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい
「うるさあああああああああい!!!!!!!」
「がっ!?う…ぐぅ…ザ…ク…」
気が付いたら俺はアビーの首を絞めていた。
「!!」
「ゲホッ…ゲホゲホッ…ザック、アンタ…」
正気に戻った俺はすぐに手を離す。
だがアビーの怯えた顔を見て俺はギルドを飛び出した。
「待ってザック!!」
アビーの制止の声は俺には届かなかった。




