第36話 怒りと誇り
俺は今、メシを食い終わって食堂で駄べりながら考えていた。
いい加減そろそろちゃんとした靴を仕立てようと思う。
頑丈な下駄が欲しいが…あれは東の方にしかねェだろうなァ…和服も欲しい、丈夫な龍に攻撃されても破れねェやつ…」
「サラッととてつもないものを要求しますね…」
俺の横にいつの間にミーナが立っていた。
「あァ…声に出てたか…」
「リューゴさん、それなら東の国に行ってみるといいんじゃないですか?」
「そうしてぇのは山々だが…」
「あぁ…例のシン国の傭兵さんが気になるんですか?」
「そういうことだ。」
リーがどこの誰に雇われていて何が目的でシン国とやらからこの国まで来たのか、それがハッキリするまではここから離れられねェ…こういう時にギルドとしての力が弱ェってのは困ったもんだなァ…
「……そういやァ、このギルドの中で俺を除いて1番強ェヤツは誰なんだ?」
「それでしたらうちのギルドマスターですね。」
そう言ってクロエが後ろが歩いてくる。
「あァ…ハービットかァ…他には?」
「次点で男女2名ずつで結成されたAランクパーティ『爪牙』がこのギルドで最強かと。」
「うぅ…でも私、『爪牙』の男性の方達苦手です…」
「ミーナ…それはみんな同じ気持ちよ…」
「ハッハハ、俺に絡んできてたイヌ野郎みてェなヤツでもいんのか?」
俺は茶化したように言ってエールを煽る。
「…」
「…」
「ハッハハハ!図星かよ!」
「あっ!で、でも!エマさんは別ですよ!」
「エマァ…?」
「『爪牙』の前衛アタッカーを務める女性拳闘士です。ミュルズ大森林の小規模な村に住んでいらしたのですが…」
話しながら少し表情が暗くなるクロエ、俺はその話を聞いてこの世界に降り立った時に助けた女を思い出した。
「……賊に襲われたか?」
「え…?」
「リューゴさん、エマさん知ってるんですか!?」
「ここに来る前に妹と2人で賊から逃げる女を助けた。」
「すごい!運命じゃないですか〜!!」
「フフ、エマさんいつも仰ってましたよ。『私を助けてくれた、あの人みたいに強くなるんだ。』って。」
「フン、興味もねェな……そういや、あの時の賊は騎士の格好してたなァ…」
「恐らくそれは王都の騎士の格好をしていたのでしょう。エマさんの村で作られていたポーションは効能が凄まじく、王都の特産品のひとつでしたから。」
「あの村から仕入れてたわけか…だからラムダとのルートができるまでポーションが品薄だったのか。」
「仰る通りです、結局村を襲った賊は誰に雇われたのか分からず終いでした…ですが、私達は十中八九『ノアの方舟』が絡んでいると思っています。」
「なんだ、またアイツらか。」
「あそこのギルドマスターはハッキリ言って危険です。」
「…?マーセルがか?」
「名前は存じ上げません…『ノアの方舟』のギルドマスターは用意周到、慎重、そして冷酷無比、利益のためなら手段を問わないことで有名です。それなのに誰も顔はおろか名前も知らないんです。」
「ちょっとした都市伝説みたいになってますもんね!」
ミーナが少し楽しそうに言う。
「なるほどなァ…」
…マーセルはギルマスじゃなかったってことか。
『ノアの方舟』…随分キナ臭くなってきやがったなァ…
そんな風な話を3人でしているとギルドの扉が力強く開け放たれる。
俺は入ってきたヤツの姿を見て目を見開く。
「マーセル…!!」
「良か…た…リュ…ゴ殿…」
そう言ってマーセルは倒れ込む。
俺はすぐにマーセルの側に寄る、マーセルの身体には無数のアザと切り傷があった。
「…医務室に運ぶぞ。」
「分かりました。エレノア、ここは任せるわ。」
「ほいほーい、蚊帳の外だったエレノアちゃんは寂しくカウンター番してますよー」
「今度パフェ奢ってあげるから。」
「まっかせてよ!!私以上にカウンター番に向いてる受付嬢なんていないんだから!!」
現金なヤツだぜ…
そんなやり取りを横目に俺はマーセルを肩に担いで医務室へ運んだ。
俺が部屋の外で待っていると、医務室からクロエが出てくる。
「幸い命に関わる傷はありませんでした。ですが彼女には栄養失調の症状が見られます。……私の推測でしかないのですが…彼女、ギルドから逃げてきたのではないでしょうか…?」
「…そうかもな。」
俺はそれだけ言うと医務室に入る。
ベッドで横になるマーセルはスゥスゥと規則正しい寝息を立てている。
…マーセルの本質は善だ、拳を交えてそれはよく分かった。
だが所属していたギルドが如何せん良くなかった。
"利益のためなら手段を問わない"つまりそれは流れなくていい血が流れることも、利益のために進んで血を流すこともあるということだ。
「おめェにはさぞ堪えたろうな…」
俺の中に言い知れぬ感情が沸き起こる。
腹の中でマグマが煮え滾るようだ。
笑えねェぜ『ノアの方舟』…身内をこんなになるまで追い詰めるたァよ…
「……」
俺は拳をキツく握り締める。
俺の周りには雷がバチバチと迸り、部屋がガタガタと揺れ始める。
「リューゴさん落ち着いてください、患者の前です。」
クロエに諌められ、俺は漏れ出た魔力を抑える。
「悪ぃ…」
「いえ、気持ちは私も同じですので。…ひとまずマーセルさんが目を覚ますまで待ちましょう、私はエレノアや今ギルドにいる冒険者の方々に情報を共有してきます。」
「あァ、頼む。」
そう言ってクロエは医務室を出て行った。
「許せよ。」
俺はそう言うと龍の眼を使ってマーセルのステータスを見る。
マーセルのステータスの中に『奴隷』や『物理苦痛耐性』、『精神苦痛耐性』という文字を見つける。
「外道が…」
俺はその中である称号を見つける。
『折られた正義』
それを見つけた瞬間、俺の腹に溜まりに溜まったものは限界を越えた。
俺は窓から外へ飛び出ると、そのまま雷を纏い南へ駆けた。
あっという間に『ノアの方舟』の拠点に着くと魔力を探る。
デケェ魔力が2つある2階の部屋に壁をぶっ壊して入る。
「なっ!?何故ここに鬼神が!?」
「さがれ!…鬼神…何しにここに」
リーがギルマスであろう男を庇って前に出る。
何か言いかけるがその前に技を発動する。
「【放雷玉枝】。」
バカが、後ろに下がったぐらいで逃げられるかよ。
部屋の中に無数の雷の球が出現する。
これは言わば動体検知式の機雷。
「な、なんだこれは!?」
扉に逃げようと動いた瞬間、雷球から『ノアの方舟』のギルマスに雷撃が放たれる。
「がああああ!?!!」
「なっ!?」
リーは勘がいいのかピタッと静止する。
俺はリーの隣を素通りしてギルマスの胸倉を掴み持ち上げる。
「今からテメェを2回殴る、まずはだる絡みされた俺の分だ。」
そう言って地面に叩き付けるとそのまま黒纏を使った拳を顔面に叩き込んだ。
部屋全体にヒビが入り、崩れ落ちる。
俺は龍の眼を使ってギルマスを見つける。
ギルマスは魔法を使って氷の壁を作り出すが、俺は無視して突っ込む。
容易く壁を壊してギルマスに接近する。
「うわああああ!!来るな!!来るなあああ!!!!」
巨大な氷の槍が幾本も飛来するが俺は全身に黒纏を纏う。
槍は俺の肌に傷を付けること叶わず次々と砕けていく。
一歩一歩と踏み出す。
「くそっ!!【巨神兵】!!!!」
地面から大槍を持った氷の巨兵が現れる。
そして大槍を俺目掛けて振り下ろす、だが俺が無造作に振るった拳によってアッサリと大槍は砕かれる。
だがそうこうしている内に距離を取られる。
「くっ…リー・フェイロン!!何をしているんだ!!早くこの曲者を討ち取れ!!!!」
巨兵の頭の上に音もなくリーが現れ、飛び降りてくる。
「鬼神、お前さんの気持ちは分かるつもりだ。だからあえて言う、退け。」
「……」
「そうかい…なら仕方ねぇな。」
するとリーは構える。
足を踏み込み床が割れる。
俺とリーは互いに拳に黒纏を纏う。
ギルマスが唾を飲み込んだ瞬間、俺とリーの拳がぶつかり余波で巨兵諸共ギルマスが吹き飛んだ。




