第35話 拳王
チャイナ男の黒く染った手を見て驚くも、俺はそこまで動揺しなかった。
だが逆に俺の黒く染った鬼哭を見てヤツの方が取り乱し、チャイナ男は俺から距離を取った。
「貴様…それをどこで知った?」
「あァ?」
すると男は拳を握りそれを黒く染める。
「厳しい肉体の鍛錬と血の滲む魔力操作の修練を経て至る肉体強化の極地…【黒纏】、これは我が祖国シンでしか学べぬ技法…どこで知った。」
「知らねェよ、俺は前から使えてた。」
「答える気は無い…か。ならば拳で聞き出すまでよ。」
「ハッ!そっちのが分かりやすくて良いぜ。」
俺は鬼哭を振りかぶって迫る。
チャイナ男が足を踏み締めると地面が割れ、男の拳とぶつかった俺の鬼哭が僅かだが押される。
俺は咄嗟に後ろに飛び衝撃を逃がす。
ヤロウ…!!俺が後ろに逃げさせられた…!!!!
だがチャイナ男も驚いた顔をしている。
「なんと…加減無しの一撃だったと言うのに、後ずさるだけとは…!!」
「こっちは生まれて初めて後退させられて心底腹が立ってるがなァ!!」
そう言ってもう一度鬼哭を振りかざし、突貫する。
「何度来ても同じことよ!【龍激】!!」
地を割るほどの踏み込み、そして放たれる拳。
俺はさっきより力を込めて鬼哭を振るった。
すると今度はチャイナ男が吹き飛んだ。
「ぐおあっ!?」
チャイナ男は空中で身を翻して着地する。
「ククク…さっきはまるで本気ではなかったということか!」
「たりめェだ、すぐ終わらせちまったらもったいねェからよ。」
「カッカッカッカ!なんとも不遜な男よ!ならばこの技…受けてみせぃ!!【崩拳・龍極】!!!!」
チャイナ男は大きく踏み込み、気付けば俺の懐にいた。
「チッ…!」
俺は咄嗟に鬼哭と腹に魔力を流し黒纏を使う。
そしてチャイナ男の拳が俺の鬼哭にぶつかると同時に魔力で形成された龍が現れる…四足の龍じゃねェ…青龍ってやつか…!
そして青龍は俺を飲み込み、地を削りながら突き進み王都を覆う壁に激突して大爆発を起こした。
「ふぅー…俺はこれで退散だな。アレ食らって生きてるんなら、俺に勝ち目は無さそうだしな、ククク…」
チャイナ男はそう言って姿を消した。
瓦礫の山を吹き飛ばす。
青龍も悪くなかったが、拳の威力が半端じゃなかった。
鬼哭で受けたのに衝撃のみで腹を打たれ俺の腹が少し赤くなった。
辺りを見回してもチャイナ男の姿はない。
魔力感知を使ってもそれらしい魔力を感じない。
「チッ…逃げられたか。」
俺はそう言って腹をさすりながら宿に戻った。
ちなみに宿屋の親父からは腹を壊したのかと爆笑されたが、無視した。
翌朝、いつものようにギルドの食堂に向かう。
椅子に腰掛けるとミーナが走り寄ってくる。
「リューゴさん!今朝の貼り出し見ましたか!?」
「はぁ〜あ……なんかあったのか?」
俺はあくびをして、寝惚けながら聞く。
「昨日の夜に北門の通りで大規模な戦闘があったらしくて…外壁が一部壊れてしまったとか。」
「………ああ、昨日のケンカか。」
「えっ!!リューゴさん何か知ってるんですか!?」
「いや、昨日変なヤツに絡まれてその時のケンカで壁をちょっと壊しちまった気がすんだよなァ…」
「その話…詳しくお聞かせ願えますか?」
後ろに修羅と化したクロエが立っていた。
表情は変わらないのに怒ってるのが伝わるって器用なヤツだな…なんてどうでもいいことを考えながら俺は昨日、アサシンの集団と恐らく助っ人として呼ばれたであろうチャイナ男のことをクロエに話した。
事情を聞いたクロエはどうやら怒りを収めてくれたらしい。
「中華服に拳法の使い手…十中八九、シン国の人間でしょう。ですが何故シンの人間がリューゴさんを…?」
「多分だが、アイツは傭兵だ…それもかなり長いことやってるベテランだ。」
「何故分かるんですか?」
「引き際の判断が良かった、戦場で生きるためには必要なスキルだ。」
俺は学生時代のケンカに明け暮れた日々を思い出す。
「……1人、思い出しました、シン国生まれの傭兵を。」
ここでミーナが声を上げる。
「聞かせろ。」
「確か、名前はリー・フェイロン…だったかな…?」
「…驚きました、シン国で【拳王】と呼ばれるSランク冒険者ですね。」
「やっぱりか…道理で強ェわけだぜ…」
「お話してくれた冒険者さん曰く、シン国からの極秘依頼をこなしている噂があるとか、ないとか。」
ミーナに情報を流している冒険者は何者だよ…
まぁ今はそれはいい、だとしたらそれでヤツが俺に絡んでくる理由はなんだ…?
「分からねェな…」
「そうですね…不気味です。」
「怖いですね…」
俺たちの胸に一抹の不安を残し、重たい空気が流れた。
ーリーsideー
俺はタバコを吸いながらとあるギルドのテラスで雲を眺めていた。
タバコを吸いながら思い出すのは昨日戦ったあの男だ。
アイツ強かったなぁ…
俺の必殺の崩拳を打ち込んではみたが…生きてるだろうなぁ、あれは…
国からの依頼は王都に現れたスーパールーキー『鬼神』リューゴをシン国に連れ帰るか、消せとの命令だった。
ま、俺の国まで流れた噂じゃあ当然の反応かな。
「守護龍2体の打倒にこの大陸の五大ギルドの一角である『ノアの方舟』を1人でほぼ壊滅に追い込んだとか。」
そりゃあ国も欲しがるわけだ。
そんな強ぇ奴が国に入ればいざってときに防御機構として働いてくれる。…と国は思ってるみたいだが、それは多分無理だ。
鬼神は自分の理に則して行動している。
国の指示だからとか、そんな理由で戦うことはきっとない。
むしろ、怒らせるだけかもしれん。
「まぁそもそも鬼神を生け捕りにするってのが土台無理な話なんだがなぁ…」
俺はあの戦闘を思い出す。
拳を打った感触はまるで山を殴り付けているようだった。
ヤツから貰った一撃はまるで隕石がぶつけられているようだった。
そんな半ば自然災害の化身とも呼べる男を生け捕り、とはお上の気が知れない。
故に俺はヤツを消す方にシフトチェンジしたわけだが…
「はぁーあ…いくらアイツに恨みを持つギルドと手を組んだって言ってもよぉ…一回負けてるわけだろ…?…はぁ……不安だ…」
俺がそう愚痴っていると後ろから気配がした。
「そう言わないでくれ、リー・フェイロン。君の情報を掴み、接触できたのは本当に幸運だった。それはそうと、腕の調子はどうかな?」
そう言って薄く笑うこのキザな二枚目は、俺が手を組んでいるギルド『ノアの方舟』のギルドマスターとか。
「いらん世話だ。…それと、ハッキリ言うぜ、俺は鬼神には勝てねぇ。もし、俺の噂を宛にしてんなら他を当たりな。」
「フフフ、構わんさ。確かに『シン国最強の拳』には期待したくはあるが、君はあくまでヤツを釣るためのエサだ。掛かりさえすれば後はこちらで上手くやるさ。」
そう言い男は余裕を含んだ不気味な笑みを浮かべる。
正直、俺はその様子を見ても全く楽観などできなかったし、そもそもコイツみたいに"勝つためなら何でもやるタイプ"が苦手だ。
俺は再び鬼神との一騎打ちを思い出す。
アイツは真っ向から戦ってくれるから楽しかった、本当に楽しかったんだ。
俺は真っ青になった腕を内功で回復しながら煙を吐く。
俺の尽きない悩みとは反対にタバコの煙はプカプカ浮かぶと宙に溶けて消えた。




