第34話 極みの拳
翌朝、俺とクロエは宿の1階で合流する。
昨日は縁に恵まれ…いや、怪我の功名か…?まぁどっちでもいい。
ラムダ商会との流通ルートを確保できたクロエはご機嫌だ。
「じゃぁおめェは馬車使って先に戻ってろ。」
俺はそう言って宿を出ようとするとクロエに服の裾を掴まれる。
「あの、一緒に馬車で帰りませんか…?」
表情は変わらないが、その目は少しだけ緊張している。
「はぁ…分かった。」
俺の中にはまだ紳士の心が残っていたらしい、クロエに恥をかかせるより俺が折れる方を選んだ。
結局俺が乗れるサイズの馬車が無く、多少値は張るが"寝台馬車"と呼ばれる中にベッドが備え付けてある長距離移動用の馬車に乗ることになった。
このサイズの馬車だと馬への負担が大きいため、『戦馬』と呼ばれる通常の馬より2回りほどデカい馬の魔物が2頭で馬車を引く。
この寝台馬車の御者はかなり熟練のモンスターテイマーにしかできねェ仕事だな…
そんなことを考えながらクロエと2人で馬車に揺られる。
俺は寝台で横になって、窓の外を流れる景色を見ていた。
「リューゴさん。」
「あ?」
「改めて、今回はありがとうごいました。」
「いらねェよ、当たり前のことしただけだ。」
「それでも…私は嬉しかったです。」
「…フン。」
そこで俺は思い出したように声を出した。
「そういや、なんで治癒士のとこに行ったんだ?」
「そ、それは…!」
「あァ…?言えねェようなことしようとしたのか。」
「リューゴさんの…を……ようとしたんです…」
「あ?」
「…リューゴさんの目を看てもらおうとしたんです。」
「おめェ…」
「でもどうやら、先にリューゴさん自身で治癒士の方の所へ行かれたみたいですね。」
「ああ、これな…ハールヘイムに着く前にもう一体の守護龍とケンカしてな、その時に貰った。」
「なるほど、そういうことでしたか…………え!?」
クロエにしては珍しく大声をあげる。
「でも気付かねェもんか?片目は明らかに人間の目じゃねェだろ。」
「いえ、普通にすっかり元通りですが。」
「……どういうことだ?」
俺は寝台馬車に置いてある簡易ドレッサーの鏡を見る。
そこにはいつもの俺がいた。
「…"馴染む"ってそういうことかよ。」
俺はそう呟いてベッドに腰掛ける。
「……クロエ、今から見せるものはハービットとエレノア以外には言うな。」
そう言って俺は目を瞑り、再度眼を開く。
「!!」
「コイツは龍の眼って言うらしい。」
「…リューゴさん、両眼とも頂いたんですか?」
またしても俺の脳がショートする。
そして眼を開いたままドレッサーの鏡をもう一度見る。
「マジか…」
さすがの俺もこれは予想外だった。
まさか俺の身体に眼が馴染むだけじゃなく、俺の身体も眼に馴染むとは…
考えるのに疲れた俺はベッドに倒れ込む。
「大丈夫ですか…?」
俺は白龍の言葉を思い出す。
『きっと悪いようにはならないと思いますよ。』
「……ああ、問題ねェよ。」
そう言って俺たちは束の間の馬車の旅を楽しんだ。
「…ゴさん、リューゴさん、起きてください。王都に着きましたよ。」
クロエ肩を揺すられて目が覚める。
「あ…?……おぉ…着いたか…」
俺は寝惚けながら馬車を降りる。
もう外は夜の闇に包まれている。
クロエも俺に続いて静々と馬車の階段を降りる。
「ふわぁ〜あ…なかなか長ぇ旅だったなァ…」
俺は首をコキコキと鳴らしながら言う。
「そうですね、今日は宿でゆっくり身体を休めてください。では、私はギルマスへの報告もあるのでお先に失礼しますね。」
「おう。」
俺がぶっきらぼうに返事すると、クロエの姿はフッと消えた。
「……俺の助け必要だったか…?」
そう呟いて俺は宿への道を歩く。
「そういや、今日は朝しか酒飲んでねェなァ……どっかのおとぎ話みてェに無限に酒の湧く瓢箪とかねェのかよ。」
そうボヤきながら街頭に照らされる夜道を歩く。
すると周囲から気配を感じる。
「あァ…?またかよ。」
俺は面倒くさそうに言うと立ち止まる。
「おい、おめェらの飼い主を吐くんなら半殺しで見逃してやる。」
すると俺を取り囲むように影が現れる。
影の中から黒装束のいかにもアサシンですよといった風なヤツらが出てくる。
前回の暗殺よりめちゃくちゃ人数多いなァ…
「……おめェら北の連中か?」
「…」
「…」
さすがにこの手に引っかかるヤツは前回のヤツくらいか。
めんどくせェなぁ…
「めんどくせェなぁ…」
俺がそう言うと、黒装束のアサシン集団が武器を構える。
「ザコの相手はつまらねェから嫌いなんだよ…」
そう言って俺は魔力の圧を放った。
すると、俺の魔力に耐え切れなかった連中は次々と倒れていく。
「そろそろ、この魔力運用方法の名前も付けねぇとな…いや、俺が知らねェだけであるのか…?」
そんな独り言を呟いているとリーダー格らしきアサシンが動いた。
俺の背後から首にナイフを突き立てる。
だが俺の肌に防がれたナイフはそのまま折れる。
「毎回思うが、おめェらみてぇな連中は情報の共有がなってねェな。」
「ごぁっ!?」
俺は呆れたように言いながらリーダーアサシンの肩に拳を振り下ろして気絶させる。
「…で、そこのお前はやらねェのか?」
建物の影から中華服を着た男が現れる。
「ほう、俺の隠形を破るか。」
その瞬間、俺の本能が告げる。
コイツ…初めて会った時のアーサーよりも強ェ!
俺は鬼哭を取り出して臨戦態勢に入る。
「おめェが誰か知らねェが、コイツらといるってことは俺に用があるってことで良いんだよなァ…?」
「カッカッカ!その通りよ。まぁ、俺は強い奴とヤれるならなんでも良いんだがね。」
「ハッハハハ!そいつァ気が合いそうだぜ。」
俺たちの間でビリビリと緊張感が高まっていく。
そして俺たちは同時に動いた。
「【雷鳴怒濤】!!!!」
「【白虎爪】!!!!」
俺の黒く染った鬼哭と中華服の男の黒く染った手がぶつかり火花を散らした。




