第30話 龍の眼
俺は白龍の身体から降りてそのまま待つ。
まだ終わってねェ…
「おい、いい加減起きろ。」
『ゴフッ…フ、フフフフ…貴方を格下に見ていたさっきまでの私を張り倒してやりたい気分です。』
白龍はゆっくりと立ち上がる。
『もう油断も慢心もしません…ここからは本気です。』
白龍を中心に絶対零度の風が吹き荒れる。
「面白ェ…!退屈させんじゃねェぞ!!!」
俺も魔力を放出する。
白龍と俺の魔力がぶつかりあう。
『ガアアア!!』
白龍が吼えた瞬間、俺を囲むように鋭利な氷柱が出現する。
「!」
俺は無視して全て身体で受ける。
傷はひとつもない、だが違和感を感じた。
なんだ今の氷柱…?
『フフ、受けましたね…?私は氷を司る守護龍ですが、この極寒の世界には貴方たち人間が知らないモノがたくさんあるんですよ…例えば、毒とか。』
そう言って白龍は俺から距離を取る。
どうやら毒が回るのを待つつもりみてェだな。
……だが、いくら待っても何も起こらない。
『な、何故です!?冰毒は人間たちの知らぬ未知の物質ですよ!?何故凍らない!!!』
毒…?
「……その"ひょーどく"ってヤツはバジリスクドラゴンの毒より強ェのか?」
『かの毒竜は何種類もの毒を体内で生成し、しかもそれを混ぜ合わせて攻撃に使います。あれは毒と言うより死そのものですよ。』
俺はそれを聞いてニンマリと笑う。
「じゃあおめェの毒は俺には効かねェな。」
『何を……まさか…!?』
「俺ァその死から生還した男だからよ。」
『馬鹿な…私ですら受けるのを憚られるあの猛毒を…!?』
「ハッハハハ、本気でヤるって言ってもドラゴン至上主義は早々変えられねェなァ?」
『この…!!………良いでしょう…ならば私恥も外聞も捨てて戦いましょう。』
そう言うと、白龍を包むように吹雪く。
吹雪が収まると、中から白髪を後ろで纏めた和装の女が現れた。
手には新雪のように白く、身の丈より長い刀を持っている。
「大きい獲物はただの的、ですからね。」
「おめェら龍はみんな人型の方が強ェのか?」
「そんなことないですよ。私と妹が特殊なんです…甚だ遺憾ではありますが、ね。…では、改めて守護龍が一柱、白龍オルム。」
「リューゴだ、楽しくなりそうだぜ。」
俺たちは距離を保って睨み合う、そして膨れ上がる緊張感。
どこからか氷柱が地面に落ちた。
その瞬間同時に駆け出す。
「【白樺】!!」
長刀を一振しただけで俺を四方八方から斬撃が襲ってくる。
俺は鬼哭を地面に突き立て魔力を流す。
「【奈落】。」
瞬間、足元から俺を囲うように雷が放たれる。
その雷によって斬撃は相殺される。
白龍は長刀を器用に納刀すると身をかがめる。
「…!…その長ェ刀で居合かよ…」
「【居合・白百合】!!」
俺は鬼哭で受ける。が、肩に衝撃が走る、そしてその瞬間凍る。
「うぉ!?」
「なんて硬さ…!!本当に人間ですか貴方は!?」
俺は肩の氷を払う、もちろん肌に傷はついてねェ。
「居合をあえて受けさせ、その上で神速の引きでもう一度斬りつける…銀龍もそうだったが、おめェらそんなのどこで覚えんだ?」
「愚妹も言っていたはずでは?」
「「戦場を駆け抜けた日々の賜物(です)。」」
「ハッハハハ…」
「フフフフ…」
2人で笑い合う、次の瞬間鬼哭と刀がぶつかる。
そして高速の応酬、常人には俺たちの鬼哭と刀は見えねェだろうな。
「【招雷・轟】!!」
「【流水穿牙】!!」
俺の雷を纏った鬼哭を刀で受け流し、カウンターで突きを放ってくる。
「なっ!?」
俺はその切っ先を歯で止めた。
そして、そのまま刀を噛み砕いた。
「プッ!…それが名刀やら何やらだったら折れはしなかったなァ…」
「本当につくづく人間離れしてますね貴方は…ですが、折っても無駄です。」
パキパキと音を立てて再び刀が再生する。
そりゃァそうか…白龍の魔力を食って作られた刀だもんなァ…
「随分嬉しそうですね…貴方の笑顔は背筋が凍りそうです。」
「ハッハハハ!面白ェ冗談だ!!」
そう言って俺は鬼哭を振り降ろす。
白龍はそれをかわす。だが、甘ェ。
「うぐっ!?」
白龍の腹に俺の蹴りが入り、壁に叩き付けられ倒れ込む。
「得物を持ってるからってそれしか使わねェと限らねェ…ケンカの鉄則だぜ。」
「ゴホッゴホッ…勉強になりますね…」
白龍は立ち上がりながら言う。
そして白龍の周りがキラキラと輝き出す。
「なんだァ…?」
「これはこの山の環境、そして生態系を著しく狂わせるため使いたく無かったのですが…」
更に遺跡内なのに雪が降り出す。
「…!」
冷やされた空気が雪雲を作り出して雪を降らせてんのか。
しかも…あのキラキラしてんのは周りの水分が目に見えて凍ってんのか。
「おいおい…期待させるじゃねェかァ!!」
俺も魔力を放出する。
片や雷を呼び全てを焼き尽くし、片や雪を降らせ全てを凍てつかせる。
「貴方…本当に人間ですか…!?」
「人間様を…舐めんなよ…!!」
お互いの魔力の密度が上がっていく、遺跡はもはや死に体、どんどん倒壊していく。
天井も崩れ落ち、空が覗いている。
そして、互いに次の攻撃に全てを乗せる。
「【怒屠滅鬼】!!!!」
「【絶凍の矢・白龍】!!!!」
俺は全身から雷を迸らせ、黒く染まった鬼哭が唸りをあげる。
白龍は氷の弓を形成し、魔力、そして冷気のみで形成された矢を番え放つ。
上位存在である龍の矜恃と全てを喰らう鬼の狂気がぶつかりあう。
その余波は遺跡を消し飛ばずに飽き足らず、山の半分を氷漬けにし、半分を焼け野原に変えた。
熱気と冷気が混ざり合った妙な温度を感じたまま俺はボロボロになった服を破り捨てて土を払う。
「うっ…ガフッ…ハァ…ハァ…」
「ハッハハハ!ちゃんと生きてんな!よしよし…」
仰向けで倒れる白龍の元へ行くと、俺はゴソゴソとカバンを漁って1本だけ買っていたポーションを飲ませてやる。…まァ、龍に効くか知らんが。
「ハァ…ハァ…恩に着ます…」
「別に恩は感じなくてもいい、次ヤる時にもっと強くなっとけ。」
俺はそう言って歩いて行こうとする。
「お待ちを…」
「あん?」
「貴方は何故この北の地に…?」
白龍は唐突にそんなことを聞いてきた。
「あ?……この目を治すためだ。」
「やはり…ですか…でしたら…」
白龍はヨロヨロしながらも身体を起こす。
「私が貴方に眼を授けます…」
「あァ?なんのマネだ。」
「フフ…龍は…恩には報いる種族です…さぁ…目を瞑ってください…」
俺は言われた通りにする、タダでくれるってんだから貰って損はねェ。
俺は白龍の前に座る、すると白龍の指が眼帯の上から俺の目に添えられる。
そうして、しばらく経つと白龍が手を引っ込めた。
「良いですよ。」
俺は眼帯を取って目を開ける。
「お?…おお?前より見やすい…てことは治ったのか。」
「なんだか、反応が薄いですね…まぁいいです。治った、と言うよりは我々龍の眼を貴方に授けました。馴染むまで少し時間を要しますけど、すぐに慣れますよ。」
「ヘェ…」
「……コホン、龍の眼は魔力の視認と自他問わずステータスを見ることができます。」
「ステータス!」
「わっ!?な、なんですか急に…そうです、ステータスです。あと貴方の中には既に人とは別の血が混ざっていましたから…正直、龍の血が混ざったことで何が起きるか分かりません。」
「随分、適当だなァ…」
「すみません、でもきっと悪いようにはならないと思いますよ。」
「…根拠は?」
「だって貴方は…強いですもの。」
そう言って微笑む白龍に毒気を抜かれる。
良い女の笑顔はひとつの武器だなァ…
「フン、当然だな。」
そう言って俺は立ち上がって行こうとするが、途中で立ち止まる。
「……楽しかったぜ、オルム。」
俺は振り返らずに背中越しにそう言って山を降りて行く。
山の麓に降りると、山の頂きから龍の咆哮が響いた。
その声はどこか嬉しそうだった。




