開戦
馬鹿長くなった。切りどころ分からなかった。
悪魔の子の出現で街は混乱に包まれていた。
逃げ惑う民衆、警報の音に子供の泣き声、飛び交う怒号。
そんな広場から、少し離れた建物の陰に二つの人影があった。
「あのババア、勝手に出ていきやがって!隙をみてガキを攫うんじゃなかったのかよ!」
短身の青年は怒っている様子だった。そんな彼を宥めるようにもう一人が話す。
「子供の目の前で父親が切られるなんて、サーシャさんが見ていられる訳ないですよ~」
パンのような物を食べながら、おっとりとした声で話す長身の女性はこの状況にあまり驚いていないようだ。
物陰から噴水前を観察しながら青年は自問自答していた。
「これからどうするんだよ。俺達まで出ていったらあの男が来るかもしれないし・・・って!いい加減食うのやめろよルルっ!」
聞く耳を持っていないのか、ルルは空を見上げていた。見上げたまま空を指す。
「見てレオ君、知らない人が来てますよ~」
レオは指差された方に顔を傾ける。そこには確かに人がいた。街の上空で静止している。
その人物もまた、街の中央を注視しているようだった。
――――――
辺りが少しずつ静かになり、噴水が立てる水の音が聴こえ始める。
少しの沈黙を破ったのはマハドだった。
「またこうしてお会いする事ができて嬉しく思います。嘘ではありません、本当に嬉しいのです。あの時僕らを助けた事を今ここで後悔させられるのですから」
そう言い切ると氷の柱に捕まった剣を握り、魔力を込める。それに呼応して、剣身が姿を変える。
銀色だった刃は紫色の光に包まれ、まるで生きている蛇のようにうねり始める。その衝撃に耐えられず、氷塊が割れる。
「そうかい、元気そうで私も安心したよ。助けてやったのに簡単にくたばられちゃ、助けた甲斐がないからねぇ」
サーシャの口ぶりはどこか自信に溢れていた。
相変わらずの減らず口に苛立ったのか、マハドはサーシャ目掛けて剣を振る。お互いの距離は15メートル程離れていて、刃が届くはずはなかったが、紫色の剣身が瞬時に伸び、一気に間合いを詰めた。
剣が伸びる事が分かっていたのか、サーシャは水平に移動して躱す。空を切った剣は地面に大きな斬撃の跡を付けた。
「本当に血の気が多いねぇ。久しぶりにあったんだ、昔話でもしようじゃないか」
そう和やかに話す、サーシャの余裕っぷりにイライラが募る。
「その話はあの世でしましょう。先に行って待っていてください」
先程の斬撃よりも数段スピードを上げて縦横無尽に剣を振る。その全てをサーシャは躱しきる。
だが、少しずつ斬撃がサーシャを捉え始め、サーシャに僅かだが傷をつけた。その数秒後、斬撃が完全にサーシャを捉える。躱せないとわかり、瞬時に氷の短剣を作り出し、右手でそれを使い何とかガードした。だが一瞬動きが止まってしまう。その隙をマハドは見逃さなかった。剣を振る右手ではなく左手を広げ、サーシャに向け、魔法を放った。
まともに魔法を受けたサーシャは、地面に落とされる。
身体が重い、重力魔法の類だろうか。重圧に耐えきれず片足を地面に着ける。
サーシャは魔法を解くより術者を攻撃する方が適切だと考えたのか、重力に逆らわず両手も地面に着けた。身体の中にある魔力を手の先に送り出す。範囲魔法を放とうとした時―――
サーシャの身体は吹き飛ばされた、街の建物に凄い速さで突っ込み土煙を上げる。
だが、サーシャを吹き飛ぼしたのはマハドではなかった。さっきまでサーシャが居た場所に少女が立っていた。
「やりましたわ!お兄様!ギリギリで防がれてしまいましたが、確実に腕の骨はもらいました!」
マハドをお兄様と呼ぶ黒髪の少女は、その場でクルクルと回り、黒のドレスを振りながら嬉しそうに話す。
少女を見たマハドは、表情が少し明るくなったように感じた。
「来ていたのかユイナ、よくここが分かったな」
それを聞くと回るのをやめて、目にも留まらぬ速さで兄に詰め寄りながらしゃべりだした。
「ヒドイですよお兄様!城に戻りましたらお姿が見えないので私とても心配で、、、兵隊さんに尋ねましたら、お兄様はこちらに向かわれたと聞いて急いで駆け付けたんですのよ!」
妹に詰め寄られ若干の戸惑いの表情を見せながらマハドは話題を変えた。
「そんな事より油断するな。サーシャさんが何の策も無しに姿を現したとは考えにくい」
キョトンとした表情でユイナは問いかけた。
「サーシャさんとは私が先程蹴り飛ばしたおばさんの事ですの?大丈夫ですわ、今頃痛みで悶え苦しんでいることですわ」自信満々に話すユイナの右後ろで、瓦礫が動く。
その奥から金髪の女性が折られた右腕を庇いながら出てくる。額からは綺麗な鮮血が流れていた。
立ち上がったサーシャを見て、ユイナは少し驚いた。
「よく動けますわね、女性が痛みに強いと本で読んだ事がございますが、本当だったようですわね」
歩くだけでも辛いのか、サーシャの足が止まる。
だがボソボソと呟き始める。呟きながら両腕を前に向ける。折れた腕を持ち上げた痛みが全身を駆け巡ったが、構わず両の手を重ね合わせ目を閉じた。
何をしているのか一瞬分からなかった。だがすぐに二人は気づいた。
ユイナは戸惑いの声をあげた。
「あのおばさん、街ごと凍らせるつもり!気が狂ったのかしら!」
だがあまりに無謀だ。そんな広範囲の魔法を発動させるにはかなりの時間がかかる。
戦闘中にそんな事が可能な訳がない。ユイナは詠唱を止めるべく地面を力強く蹴った。
「そんな事やらせる訳ないでしょ!」
飛び込んでいくユイナを声を荒げてマハドは呼び止める。
「戻れユイナ!あの女が一般人を巻き添えにするような事をする訳がな―――」
その刹那、サーシャがひと際大きな声を上げた。
「今だよ!!あんた!!!!!!」
次の瞬間、閃光が辺りを真っ白に染めた。
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