サーシャ
夕焼けが、街まで続く道とそこにいる人を橙色に染める
「お前がバデル・ガルーシャで間違いないな」
子供を背中に抱える、ガタイの良い男を跪かせてマハドは質問した。
「はい... 」
恐怖を感じながら、後方からする男の声に答える。
それを聴いたマハドは質問を始める。
「その子供はお前の子か?」
恐怖で震える口を動かし、バデルは答えた。
「い、、いえ、私の子供ではありません、先ほど一人でいる所を保護しました。あなた様のお子さんでしたら今すぐお返しいたします。ですから――」
聴き終える前にマハドは言った。
「一つ聞きたいのだが、背中に抱えている子供が悪魔の子供だと分かっているのか?」
この一言によって、バデルの心臓が跳ね上がる。それと同時に自分の過ちに気付き、血の気が引いていく。
「そ、、っそんな・・!し、知りませんでした・・ほ、本当です!ただ小さい男の子を一人にしておけなかっただけで!」
バデルは必死に知らなかったと主張する。
「そ、そうです。先ほど西の丘の上にあるジュリンガの木に手紙を残してあります!あれをみていただ――」
弁明をするバデルの口を視えない何かが封じる。
「どうした?続けろ」
マハドは何をしている?という顔で跪く男の横に立ち、身の潔白を証明しようと必死に口を動かそうとするバデルの顔を覗きこんだ。
耳元で囁く
「何か言いたい事があるのだろう?早くしろ」
何も言えないと訴える男の顔が実に愉快で、マハドは少し笑みをみせた。
「そうか、何も言う事は無いというのだな」
魔力を口元だけではなく、全身に広げ、バデルと、その背中で寝ている子供の身体を持ち上げる。
そのままマハド自身も浮かび上がり、街の中央まで飛んだ。
街に住む、ほぼ全ての人が中央の噴水広場に集められた。
突然集められた群衆で広場は埋め尽くされ、不安そうな声で、辺りは騒然としていた。
噴水の前には高さ1メートル程の指令台が設置されており、その周りを国の憲兵が包囲していた。
そこへ西側の空から、三人の人間が飛んでくる。
降りてきた人間がマハドだと分かると、一段と話し声が大きくなる。
台の上に着地すると、話し声を制止するようにマハドが話し始める。
「よく集まってくれた、シェラマルガの民よ、私は天使の子、マハド」
人々は話をやめて顔を上げる。
「今回集まってもらったのは、悪魔の子が街に侵入したからだ。」
その言葉を聞いた群衆が騒めきだす。
人々の不安を解消するようにマハドは続けた。
「だが、心配はいらない。すでに拘束している」
言い終えると、指をクイッっと曲げ、子供の身体を魔法で持ち上げる。
透明な十字架に張り付けられているような体制で、空中に固定する。
「意識はあるかもしれないが、魔力を使い果たして、今は指一本動かせはしない」
冷静に話し続ける。
「だが、一つ問題が起きた」
そう言うと、子供を持ち上げたようにバデルの身体を浮かせ、同じ体制で固定した。
「この男、バデル・ガルーシャは悪魔の子を街まで連れ帰ったのだ。皆も知っているだろうが、悪魔の子を助けるだけでも重罪」
マハドは語る。
「ましてや、悪魔の子を匿っていたとしたら死罪は免れまい。当然この男は否定した。私の子供ではないと、悪魔の子である事も知らなかったと」
自分の思惑のために語り続ける。
「だが、それが嘘か真かは本人にしか分からない。だから言葉以外で示してほしい」
マハドはそう言うと、バデルを台に降ろした。そして近くの憲兵が帯剣していた直剣を抜き、両膝を突いたバデルの前に剣を放る。
「今ここで、悪魔の子の首を落としてくれ――」
衝撃的なマハドの言葉を聞いて、辺りが緊張に支配される。
「別にやらなくてもいい。その場合、悪魔の子を匿っていたとして、貴様の家族ごと、今ここで殺す」
憲兵が、バデルの妻と娘を台の傍まで連れてくる。バデルの姿を見て、必死に呼びかける二人。
妻と娘を前にしても何も言えず、涙を零すバデルに対して囁く
「簡単な話だ。貴様が嘘を付いていないのなら、知らない子供と家族の命、どちらが大事か、馬鹿でも分かる。それに元々、悪魔の子はこの世界に居てはいけない存在。貴様がやらなくても私がやるだけだ。」
バデルの精神はぐちゃぐちゃだった。何も弁明できず、沢山の民衆の前で張り付けにされ、今から自分の娘と同じ年頃の、男の子の首を切れだなんて・・・・
頭の中では分かっている。家族のために、悪魔の子の首を切る事が正解だって事は・・・でも人間には心がある。正しいと分かっていても自分達のために子供の首を切るなんて――
戸惑うバデルや民衆を気にも止めずにマハドは話始める。
「待つのは嫌いだ、今から10数える。その間に首を落とせ。時間内に落とせなかった場合、悪魔の子の親と見做し、私が貴様ら家族と悪魔の子の首を切る。」
「10・・9・・…」
カウントしながらマハドは考えていた。
この男が悪魔の子と何の関係も無いのは分かっている。だが、そんなのはどうでもいい事なのだ。今この民衆の中に紛れている悪魔の子の生き残りを焙り出す事ができれば。
確実に、この広場に来ているはずだ。昼間の、あの魔力を感じて、様子も確認せずにじっとしている事なんて魔法を使える者なら出来ない。今も息を殺して見ているんだろう。さあ出てこい。
「2・・1・・0――」
バデルの手は真っ赤に染まってはいなかった。
「、、、、できません。でも家族は本当に関係ないんです。どうか私の命だけで――」
マハドは自分の腰に差していた、剣をバデルのうなじ目掛けて振り下ろした。
「・・あなたが出てくるとは、まあ別に以外ではないですが、子供がお好きでしたからね」
マハドの少し嬉しそうな声が響く
「随分と老けましたね、10年ぶりくらいですか、サーシャさん」
そう話すマハドの振り下ろした剣が氷の柱に飲み込まれ止まっている。
その奥で浮遊する、人影が一つ。黒いローブで身を包んでいる。
サーシャと呼ばれたローブの人物はフードをとりながら小言を呟いた。
「女性に歳の話をするなって、教えなかったかねーマハド。まだまだ教える事がありそうだね」
そう言うサーシャの顔は笑っていなかった――