親に愛されるのは当たり前じゃない
「えっ、誰!?」
目の前に見知らぬ外国人男性の顔が見える。
整った顔立ちで鼻が高く、白い肌に蒼い目、綺麗に切り揃えられた金髪、だいたい20代後半ぐらいだろう。黒い長袖のシャツを着て――
って!そんな事はどうでもよくって、とにかく顔が近い、キスされるんじゃないかってぐらい近い。
泣きながら、聞き馴染みのない言葉を叫んでいる。でも悲しそうな表情ではなく、すごく嬉しそうだ。
でも、やっぱり近すぎる。引き剝がそうとして手を動かした時、異変に気付いた。
――手があまりにも小さい、自分の手を凝視した事はあまりないが、自分の手じゃないことはすぐに分かった。
生まれたての赤ちゃんみたいな手だ。
えっ、これが俺の手?戸惑いはしたが、自分の手だという感覚はあるし、思い通りに動かせる。
両手の感触を確かめようと握ったり、広げたりしてみると、男の手が俺の右手を包んできた。
男の手が俺の手と比べて大きすぎる!巨人みたいな手だ。握りながらまた知らない言語で語りかけてくる。だが恐怖はなかった。とても優しく握ってくれているし、男の手の体温がとても温かくってなぜか安心した。
だが安心している場合ではない、まだまだ確認したい事がある。
他の四肢も確認しようと足を上げると、視界の下から白い布が小さく盛り上がった。
布に包まれていて素肌は確認できなかったが、両足も動かせる。
通じないとは思うが、日本語で話しかけてみた。
「あなたは・・・」
少しだけ発音して話すのを諦めた。
まったく上手く発音できない。歯がない老人のような話し方になってしまう。
それを聴いた男は、本当に嬉しそうな顔をして、俺の舌足らずのような発声のマネをした。
でも、これで分かった。
――俺、、赤ちゃんになってる!?・・・・・
ていうか、今抱っこされてるのか?頭が動かせないからわからないが、たぶんそうだ。布越しではあるが、背中に男の腕であろう何かに支えられている感覚がある。
今のうちに状況を整理しようと記憶を辿る。
さっきまで、学校であいつと一緒にしゃべりながら昼食を食べていたはずだ。
でも、記憶が途絶えた所すらわからない。いつの間にかここにいて、赤ん坊になっていると、で男の態度と、あの嬉し泣きの表情を見るに、この男は俺の父親なのだろうと。
――「ってそんなことあるかっ!!!!」
思いっきり叫んだ。だがやっぱり上手く発音できなかった。。。
男は、俺を抱きしめて頬にキスをした後、近くのベッドに下ろした。
思春期真っただ中の男子に、見知らぬ男のキスは少しきついモノがあったが、口ではなかっただけ良かった。
いつも寝ていたベッドより少し硬いように感じる。見えるのは、男と、薄くオレンジ色に照らされた木目のある天井に、俺の全身を包んでいる白い毛布。男は俺の顔を見つめた後、視界から消えた。
だが、すぐに別の外国人が近づいてきた。
また知らない顔だ。今度は女性だ、歳は20代前半くらいだろうか、金髪の髪を頭の後ろでまとめている。
黒いワンピース?のような服に、白いエプロンを腰に巻いている。身長が高く、スラっとしている。
――俺の母親か?
女は、俺の顔を覗き込んで、急にニカッっと笑った。俺をあやそうとして笑ったのだろう。
だが俺としてはかなりの恐怖だった。身動きが取れない身体に、知らない薄暗い部屋で、知らない外国人女性に顔を覗きこまれたのだから。
笑顔のまま、俺の手に人差し指を滑り込ませ、あやすように、また知らない言語を呟いた。
顔を見て分かった。俺を生んだ人ではないだろう。産後にしては顔色もいい、それに元気すぎる。気が付かなかったが母親らしき人を一度も見ていない。そんな事を考えている間も、女性は俺に話しかけ続けていた。
――だが、俺の手の甲を見て声色が変わった。すぐさま声を上げて誰かを呼ぶように叫びだした。
5秒も経たない内に、最初に見た父親らしき男が近づいてきた。女は俺の手の甲をみせながら鬼気迫る表情で男に話し続けた。それを聞いた男の表情は徐々に悲壮感に溢れていった。
手の甲を見てみると、黒くて丸い痣みたいなのがあった。なんだ?俺は何かの病気なのか?それぐらいしか男と女の態度で察することができなかった。
男は何かを懺悔するかのように話しながら顔を両手で覆った。顔は見えないが泣いているのがわかった。今度の涙は、嬉しさ故の涙では無いことは明らかだった。
それからどれくらいの時間、男と女は話あっていたのだろう。
昔、両親が感情を剝き出しにして口論をしていたのと似ていた。その時は俺の事で言い争っていた。今回も俺が原因なのは、言葉が分からなくてもわかった。
男はたまに、立ち上がっては部屋を歩き回り、俺の近くにきては泣きながら俺を抱きしめた。
だが男は何かを決心したのだろう。俺を抱き上げて、部屋を出た。
部屋を出た時、女性の心配そうな声が後ろから聞こえた。だが男は何も答えず歩き続けた
かなり薄暗い軋む廊下を歩き続けて、外にでた。
夜のようだ、それに雨が降っている。男は、俺の顔に雨がかからないように毛布で顔を覆った。真っ暗だ。だが男は一度しゃがんで、明かりを手に取ったのだろう、毛布の隙間から少し光が差し込む。
なにかぼそっと、悲しい声色で呟いてから、男はまた歩き始めた。
10分程歩いた所で男の足が止まった。
毛布を少しずらしたらしい、ランプのような光が差し込んで、かなりまぶしい。
俺の顔を覗き込む男の顔は逆光でよく見えなかったが、悲しそうな声でまた何かを呟いて毛布を掛けた。
また暗闇に包まれる。何がしたかっ――
フワッと浮遊感に包まれる・・・・
えっ、なに?視界が無いから何もわからなっ――
――次の瞬間、、「バシャンッ」という音が聞こえると同時に、大量の水の中に落とされた。
(痛ったぁ、、えっ水?・・なにが起きた?、、、、、冷たい、っ、、は?、、水?・水中?・流されてる?・えっ、、川?・何も見えない・・流れが速すぎて目が、、、開けられないっ・・・)
思考が追い付かない。
(なん、で?、、意味が分からないっ、やぁばあいって、っ、、あの野郎、、なんでっ、、)
必死に空気を求めて、這い上がろうとするが、赤ん坊の身体では何もできない。
それに全身を包む毛布が邪魔で身動きがとれない。
「死ぬ、やばいまじで死ぬ、やばいやばい」頭の中はそれで一杯だった。
(やばい、、、っもう、、、息がっ、、ぁ、、っ、、くる、、しいっ・・)
助かりたい一心で必死に藻掻くが、残り少ない酸素を消費するだけだで、浮上できない。
苦しい。苦しい。苦しい。
(む、、り、、、、もう、、、、、、 ゴハァッ)
大量の水を吸い込んでしまった。
それと同時に、プールの水を飲みこんだ時のような猛烈な吐き気を感じて咳き込む。
だが、水中で咳きができるわけもなく、さらに水を飲みこむ。
(オエッ、、ヤ、、、っば、、、、、、、、助、、、、ケ、、、意識が・ぁ・っ・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――川の底に着いた赤ん坊は、水の流れで身体を揺らされるたびに・・・
何度も、何度も、何度も、、、、、力なく、何度も、、、、、、寝返りを打ち続けた。
まるで生きているかのように――
5年間も水の底で――