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9・ウエディングドレスは誰のもの?

誤字報告ありがとうございます。

 



 目の色だけで、言葉だけで信用してしまうなんて。なんて愚かで純粋なのだろう。


「この国の法律を詳しくは知らないが、三親等以内の結婚は許されてなかったはずだぞ。

 主に継承問題の関係で、隣国でも爵位没収に匹敵する厳罰が下される。以前王家で相当な骨肉の争いがあったのだろうな。

 もしこれを隠蔽すれば腹の子供もろとも処刑され、関わった者達も全て処罰される。


 そこまでいかなくとも、禁忌とされるほどの大罪を犯してまで愛を貫きたいと、それだけの価値がその男にあるのか?」



 淡々としたラヴィの言葉にその場が静かになる。

 それだけじゃない。どんなに固く結ばれた愛でも肉親同士の結婚は許されない。生まれた子供が何かしらの不幸を呼ぶと信じ恐れられているのだ。


 血と家の存続を重んじる貴族が嫌厭するのは至極当然で、関係を持ったとしても愛人より日陰の扱いを受ける。


 誰だって不幸になりたくはない。平和に暮らしたければ死ぬまで隠し通さなくてはならない関係なのだ。知られれば周りから謗りを受け貴族として致命傷になる。

 だからバミヤンがサルベラと結婚するのは手段として正しい選択をとったが、その後の行動が間違っていた。


 跡継ぎを産むのはサルベラの役目であり、関係の秘密をバラされないように延々とサルベラの許しとご機嫌を乞わなくてはならなかった。

 バミヤンはすべて逆の行動をとったのだ。そしてナリアや他の使用人達も追随した。内情を知ったサルベラが婚姻を続けたいなどと思うはずがない。


 自分が招いた結果だというのに、処刑と聞き、ナリアの顔が青くなってる。


「で、でも、お兄様は本当は血の繋がらない兄妹だって、」

「お前の両親は違うといっているが?ああ、妊娠して学院にも通うことを止めたからそんなことも理解できなくなったのかな?」

「なんですって?!ナリア!!」

「ヒィ!」

「どういうことだバミヤン!!お前が管理するというから寮ではなく通わせることにしたんだぞ!」

「違っ!え、いや!通ってる!通ってますよ!!」

「試験の日に無断欠席し、出席日数も足りず、提出物もしていないのならご息女の卒業は見送りでしょうね」

「そうなのか?!バミヤン!!」


 たとえ勉強していても学院で習うような話ではないが、ラヴィはお前達の落ち度だといわんばかりに冷たく返した。

 遅れて学院を卒業できないかもしれないとわかったベグリンデール家の人達が顔色を悪くする。一部はわかっていて休んでいたでしょうに、さも今気づいた顔をしていて滑稽だった。


「お、お兄様ぁ~!!あの方が苛めるんです~!うわっ!!」

「ああナリア!おいお前!さっきから何なんだ!名乗りもせず勝手に居座り話に割って入ってくるなど不敬だろう?!

この家が伯爵家と勿論知っているんだろうな?!」


 殴り疲れた義母から逃げたバミヤンは痣と傷を作った顔でナリアを抱き締めた。

 ドレスに血がつくかもと顔を歪めたナリアが慌てて離れようとしたが、バミヤンは気づかずラヴィを睨みつける。


「不敬は貴様だバミヤン!この方は私が是非にとお誘いしてお越しいただいたのだ!!」


 その睨みを遮ったのは義父だった。彼は怒りと焦りを露にバミヤンの前に割って入り、ラヴィを紹介した。


「当商会を使っていただぎありがとうございます。マカオン商会代表のセバージュです」

「マカオン商会、代表……?!」

「ウソ。格好いい……!」


 年上だがバミヤンよりもすべてが整っているラヴィにナリアは頬を染めた。今まではちゃんと見ていなかったらしい。

 マカオン商会の者だとわかったから現金にも認識したようだ。


 フラフラと花の蜜に呼び寄せられる蝶のように、ナリアはうっとりとした顔でラヴィに近寄ろうとする。

 ラヴィの見た目は特に貴族の女性に好かれやすいのだが、他に唯一がいるナリアもお気に召したようだ。

 それに気づいたバミヤンは苛立たしげにナリアの腕を掴み引き留めるとラヴィを睨みつけた。



「なら話は聞いていたな!ナリアのためにもっと素晴らしいウエディングドレスを用意しろ!

 期限はそうだな半年……いや、花が美しいのはあと四、五ヶ月位までだからそれまでに揃えておくんだ!」


 あまりの製作の短さにぎょっとした。

 居丈高な態度でも十分失礼だがあまりにも職人を軽んじた、侮辱した言い草にこめかみが引き吊った。恐らくカインも同じ顔だろう。

 許されるのなら殴ってやりたい気持ちを堪えているとラヴィが冷ややかに嗤った。


「ご冗談を。手縫いのドレスを数ヵ月で仕上げろ等とは。ドレスは細工が凝れば凝るほど時間がかかります。最低でも半年から一年は必要です」

「そんなにかかるのか?!先日作ったウエディングドレスはすぐ出来たじゃないか?!」

「それでも半年はかかりました」


 当たり前の話をさも驚きラヴィを愚弄しているが、通常の結婚だって一年程は準備期間にあてている。

 ウエディングドレスなどのオーダーメイド製作や日取りの場所の準備。参列者の根回しや招待状などやることがたくさんあってそれでも時間が足りないことがある。


 短い期間でも結婚式ができたのはベグリンデール伯爵領管轄の融通がきく教会で、ラヴィの根回しで職人達が物凄く頑張ってくれたからだ。

 だからあのグレードのドレスを新たに作るとなるとそれ相応の時間が必要になる。


「お兄様。この前のドレスより質が落ちるなんて嫌よ。生まれてくる子供にも美しく着飾ったわたくしの姿を見せたいわ」

「そうだな。おい!追加料金がかかってもいいからすぐに取りかかれ!ベグリンデール伯爵当主である私の命令だ!!」


 この男はさっきの話を聞いていたのだろうか?

 肉親同士が表だって結婚すればどうなるか。ナリアを前にしたら忘れてしまうのか?それともナリアの前では格好つけたいとでも思っているのか。

 そしてこんな短い期間にまた式をあげたら確実に顰蹙も買うだろうに、それも思いつかないのだろうか。


 ……まあ、私の結婚式は最低限の身内くらいしか参列者がいなかったからどうとでもなるとでも考えているのかもしれないが。

 王命というのもサルベラを縛りつけるハッタリで、実際はそれほど重要ではないのかもしれないなと思い至り、視界が暗くなる。

 それを思いついた人物が誰かわかったからだ。


 ふっと肩に重みがかかり、顔を上げるとラヴィがサルベラの肩に手を乗せじっと見つめていた。目が合うと小さく微笑み前を向いた。


「でしたらこうしてはいかがでしょう。本命のドレスは後にして先日マカオン商会を通して作られたウエディングドレスを手直しして使うというのは」

「いっ嫌よ!その人のお下がりなんて!!世界でひとつのわたくしのためのドレスがいいわ!!だってわたくしのウエディングドレスですもの!」

「ですがそうなりますとすぐには用意できませんよ?人も時間も限りがあるのですから」


 よくもまあぬけぬけといえたものだ。いっていることはそこまでおかしくはないが、そのドレスはお下がりでもなんでもなく元からナリアのものだ。

 そのためバミヤンは不思議そうな顔をしたが、見栄をはりたい彼はナリアの意見を尊重した。


「お兄様ぁ~っ」

「おい!セバージュとかいったな!ナリアが望んでいるんだ!なんとかしろっそれが商人だろうがっ!!」

「生憎、私ができるのは人と商品を繋げるまでですので。もの作りは専門外です」

「……っ!使えない奴め!!」


「だったら見てから判断すれば良いんではなくて?すぐに欲しいのならサイズなり手直しして少し変えてしまえばいいのですから」


 ありえない注文をするバミヤンに待ったと唱えたのは義母だった。それもそのはずで義両親はこれも知らなかったのだ。

 すべてを自分達でやり遂げたいという息子の意見を尊重し、バミヤンを手伝いたいと申し出たナリアを快く思い二人に任せ義母達は教会の根回しと自治領に引っ越すための準備に明け暮れていた。


 そのため式当日、サルベラのみすぼらしい、地味で質素なドレスを見て伯爵家として恥ずかしいとさんざん嘆いた。

 バミヤンにも愚痴をいえば、サルベラがドレスの直しを何度もして、他にもやることなすこと気に食わないと我が儘をいっていたから予算を食い潰したと。だからあんなドレスにしかならなかったと返された。


 参列者が親族だけで恥は最小限で済んだがその招待状もサルベラがサボって準備しなかったせいだと、すべて自業自得だとバミヤンにいわれていた。

 その招待状も本当は、自分達の結婚に気を取られていたバミヤンとナリアが忘れて、まあいいかとわざと招待状を送らなかっただけなのだが。


 だがここにきて、そのすべてが嘘ではないかと……いや、嘘だとわかってしまった義母は怒りを押し込め、作った本物のウエディングドレスを見せろと命令してきた。



「ですがあのドレスは……」

「私も完成品がどんなものか見たいな。仕事の都合で見れなかったからね」

「ええ。私ももう一度ウエディングドレスを着たサルベラ婦人を見たいですな」


 いい淀むナリアにラヴィと義父も義母に便乗した。もう逆らえる空気ではなくなりバミヤンも「いいじゃないか。一度くらい」と、ナリアを気遣わしげに見てる。

 どうやらバミヤンはあのウエディングドレスがどうなったかを知らないらしい。

 そこへ、席を外していたカインが戻ってきた。


 後ろの侍女達の手もドレスを持っていて合計三着がテーブルの上に置かれた。

 色もデザインも違うが共通するものがひとつ。触り心地の良さそうな生地を見つめ目を痛ましげに細めた。



「申し訳ございません。ドレスは既に解体されており、ナリア様やナリア様付きの侍女らに配られておりました。

 此方は新品が好きなナリア様が殊更気に入ったということでご自分のドレスを手直し付け加えさせたものです。

 此方は侍女が自分用に手直ししたもの。他は処分か誰かに下げ渡したようです」


 手に取り、義母と一緒に手触りを確認して少し泣きたい気分になる。見ただけだったが、手が込んだウェディングドレスはとても美しかった。

 これを着れたなら自分はとても幸せだと思えるような、そんな職人の時間と技術が詰め込まれた逸品だった。


 それがもうなく、パーツだけが再利用されていた。何度もそのまま使えるものでもないのでどこかしらで使われるのは服の行き先として幸せなのかもしれない。

 けれど、作られた労力に見合ったものの使われ方だったかは疑問が残る。



「それがどうした!式は終わったんだ!役目を終えたドレスをどう扱おうと関係ないだろう?!」


 丹精込めて作られたウェディングドレスを注文し、愛する人に着せ、満足するまで堪能したであろうバミヤンは、だからなんだとカインに噛みついた。

 バミヤンからすればナリアのために用意したのだから今の状況が理解できないのだろう。彼の言い分は間違いではない。


 前提を取り違えなければ、だが。


「きゃあ!」

「何をするんですか母上!!」


 おもむろに立ち上がった義母はナリアの頬を打った。息子はぶっても妹には手を上げたことがなかった己の母にぎょっとして固まっていると義母は冷たくナリアを見下ろした。

 彼女の気性を考えれば泣くか食ってかかりそうなものなのに、ナリアは頬を押さえたまま黙っている。


「どうした?」

「このドレスがサルベラさんのためにわたくしが用意したものだったので。恐らくこの部屋と同じで勝手に持ち出し、勝手に解体したものを縫いつけたのでしょう」

「……」

「このドレスは確かに古く流行りからもずれていますが、わたくしの母とお義母様からの結婚祝いとして頂いたドレスなのです。

 着るにしろ着ないにしろ、伯爵夫人となったサルベラさんに受け継ぐつもりでした。

 それをこんなゴテゴテと、下品に切り刻むなんて。これはわたくしとベグリンデール家への侮辱ですわ!

 それをしたのが、血を引いた娘だったなんて……なんと嘆かわしい」


 静かに声をかけた義父に、義母も淡々と答えたが所々声が震え、目を真っ赤にしてナリアを睨んだ。

 襟周りは大きくされ、腰周りも裾も白い光沢のある布が縫いつけられているので元を想像することができない。


 ただ、色がとてもシンプルで落ち着いているところを見ると、ナリアにとっては物足りない、義母にとっては伯爵夫人らしく威厳が見せやすいドレスだったのだろう。




「それで?サリーのウェディングドレスはどこにあるのかな?」


 ふっと割って入ってきたラヴィの目は冷たく、笑ってもいなかった。この質問もわかった上でだろう。

 元々物を大切に扱わない人間を心底嫌っているが、この件に関して特に思い入れがあるようで相当怒っているのが見てとれた。


「そ、それはそこの女が、サルベラが当日にダメにしたんだ!折角マカオン商会のコネを使って作ってやったのに!!ダサいレンタルドレスを着たお前なんかとバージンロードを歩かなくちゃならなかった私の気持ちを考えろ!!」


「レ、レンタルドレス……?」

「しかも当日に?」

「はい。当日に渡されたのでサイズも合っていませんでした」


 静かに泣くナリアの肩を引き寄せ、サルベラを指差しながら怒鳴りつけた。

 ウエディングドレスが切り刻まれてもう元には戻らないのだとわかり、わかりやすくサルベラに罪を擦り付けてきた。

 しかし義両親が疑問に思ったのはそこじゃなかった。


「お陰で私がどんなに屈辱的な気持ちだったか!!ほとんど参列者を呼んでなかったから良かったものを!そうでなければベグリンデール家はいい笑い者だったぞ!!」



 信じて任せたというのに当日に用意できずレンタルドレスを着せたなどと伯爵家としての矜持はないのかと義父は怒鳴りつけたかったが、ラヴィに制され空気を噛んだ。


 結婚できると喜んでいたというのに、実際は本物のドレスではなくレンタルドレスを着させて、サルベラを辱しめ侮辱したことに義母は血管が切れそうなほど憤った。




「成る程。現伯爵は自分のお陰でマカオン商会と取引できたと、そう仰るのですか」


 マカオン商会の名を出したバミヤンにラヴィの空気が一層冷たくなる。バカなことをしたのはバミヤンだが、自分の商会を愛しているラヴィを想うと申し訳ない気持ちになった。







読んでいただきありがとうございます。

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