8・大暴露
人によっては不快に思うかもしれません。
そして此方を見て申し訳なさそうに顔を歪め義母が頭を下げた。
「ごめんなさいサルベラさん。本当に、なんと申し上げたら良いか……」
「いえ、過ぎたことですから」
「お母様!もう出て行く他人の話よりわたくしの話を聞いてくださいな!!
ウエディングドレスはマカオン商会に用意してもらおうと思うの!!あそこなら前のよりもっともーっと!わたくしのために素晴らしいドレスを用意してくれるわ!!」
「わたくしのため、」といって窓際に立っているラヴィが小さく呟き吹き出すように嗤った。
娘の言葉に困惑したのは義母だ。
「ナリア。何をいっているの?マカオン商会は商品を扱うだけでドレスは作らないわよ」
「ドレスは作らないけど仕立て屋を紹介してくれたわ!凄いのよ!わたくしがこうしたいっていっただけでぱぱっと手直しするの!!
刺繍が気に食わないっていったら生地から選び直してくれたわ!しかも更に美しくて手触りのいい高級品を用意したのよ!!
鏡に映った姿は本物のお姫様みたいで何度も回ってしまったわ!」
うっとりとするナリアにバミヤンもその姿を思い浮かべたのかうんうん頷きながらバカ正直に「あの時のナリアはどこかの国の姫かと思うくらい美しかったよ」とべた褒めをしている。義両親がここにいることを忘れたようだ。
だから次もマカオン商会に頼むわ!と意気込むナリアにそんな機会があればいいわね、と眺めた。
「刺繍を、生地選びからやり直させたですって……?」
と顔面蒼白の義母。仕立て屋とのやり取りを知らないサルベラでさえも気まずそうな顔で背けた。
一流の針子に刺繍縫いをリテイクさせるということはもう一着作らせたも同義だ。しかも簡単に変えたのだろう。その労力も価値も鑑みないまま。
「式はやっぱり花が咲いて空が青々しい時期がいいわね!冬なんて寒くて嫌だわ!
せっかくのウエディングドレスが映えないもの!!教会は……あ!大聖堂なんてどうかしら?」
「おいおい。あそこは王族があげている厳粛な場所だぞ。雰囲気はあるが手順や規則が厳しくて伯爵くらいじゃ面談も通れるかどうか」
「王子様の側近のお兄様なら夢じゃないわ!想像してみて!
静粛な大聖堂に響き渡るパイプオルガン。壁側には白い甲冑を着た騎士が並び立ち、席を埋め尽くすほどの参列者がわたくし達を見てるの!
バージンロードを歩くわたくし達はお揃いの真っ白な衣装で宝石は互いの色のアクセサリーをつけるのよ!!
勿論指輪はプラチナでお揃いのものね!大きなカラットがついているのがいいわ!!
みんなが羨望の眼差しで見つめる中、お兄様と愛を誓い合うの!!きっと素晴らしい式になるわ!!」
「ん~っそうだなぁ!何を着てもナリアは似合うが白はお前の肌に馴染んでいて、よく似合っていたな!」
「ねぇお兄様。マカオン商会なら良い品が多いですしあそこにまた頼みましょうよ!ベグリンデール家のためなら喜んで請け負うはずですわ!」
途方もない、子供のような夢を楽しげに語り、それを愛しげに見ながら頷く兄妹はとても絵になる。それはいいことだ。
内容さえ聞かなければ、だが。
「……ナリア。お前、いつからバミヤンを……」
好きになったんだ?と最後まで口にできなかった義父は苦々しくバミヤンを睨んだ。
始まりはどちらかはわからないが関係を作った責任はバミヤンにあると義父は考えているようだ。
しかしそんな親心などわからないナリアは恥じ入るように頬を染め、何度もバミヤンと目を合わせながらおずおずと口を開いた。
「お父様。お母様。黙っていてごめんなさい。この気持ちに気づいたのは最近なの。
でもお兄様は昔からわたくしに優しかったわ。その愛情をずっと家族愛だって思っていたの」
「私もナリアにこの想いを伝える気はなかった。私もずっと妹として愛してると思っていたから。
だが、そうじゃないと気づいてしまった。そこの女からナリアを守っていくうちに一人の女性として愛してしまったんだ」
「わたくしもよバミヤン!!あなたに守られて本当の、真実の愛に気づいたの!」
ひしっと抱き締め合う二人だけの世界にあーはいはい。という気持ちになる。
ちなみに両側は暗黒に染まった空気を纏っていて、ここに親子水入らずでいたら確実に血が流れていた。という殺伐とした雰囲気になっている。
なんでこれだけ近いのに気づかないんだろう?と呆然と見ていたら、陶酔した顔のナリアがこっちに振り向いた。
「……見てルベリー。お兄様とわたくしはこんなに思い合ってるの。
あなたがどれだけお兄様を愛しても、真に愛し合ってるわたくし達の前ではつけ入る隙なんてこれっぽっちもないわ。
だからもう諦めて。いい加減お兄様を解放してあげてほしいの」
羨ましいでしょう?あなたには絶対叶わないことをわたくしはいつでも叶えられるの。愛の言葉も包容も。
あなたなんかお兄様から見たら紙屑と同じなのよ?その上惨めに捨てられて可哀想に。
……と、いったところだろうか。わかりやすすぎる。
バカバカしいが返す言葉はもう決まっていた。
「お好きにどうぞ。離縁?上等ですわ。そこの方に思い入れもありませんし熨斗をつけてお渡ししますわ」
「私の優しいナリア。そういってやるな。私達は真実の愛で結ばれているがこの女との結婚は王命なんだ。
別れたくとも別れられない。仕方ないことなんだ。本当は私もこんな女と離縁したい。だが見ろ!不細工な顔で私に泣いて縋っているだろう?名ばかりの妻でもこの女にとっては最高のご褒美……ん?え?」
こちらも悦に入っているのかサルベラの言葉が遅れて入ってきたようで驚いた顔でこちらを向いた。阿呆面だが咳払いをして気を取り直した。
「ですから、どうぞ離縁なさってくださいといいましたが?」
「はあ?バカか?王命だぞ?それを離縁だと?王に逆らうっていうのか?……ははっ!バカだバカだと思っていたがそこまでとはな!」
「……」
「いいか?お前はまともな結婚ができない傷物なんだぞ?!離縁してどうする?修道院にでも行くのか?そこにお前なんかの居場所があると思ってるのか?
……くだらない!バカなことは考えないで大人しく私のいうことだけを聞いていればいいんだ!」
侮辱した言葉に目を細めたが怒りを表す前に義父の靴が飛んでいった。
それはそのままバミヤンの顔に当たり、ラヴィが「ナイスコントロール!」と手を叩いて褒めた。
「バミヤン様。お気遣い感謝いたしますわ」
「はあ?いや、気遣ったわけでは……」
「ですが王命でも真実の愛には敵いませんもの。わたくしは潔く引き下がりますわ。
その方が生まれてくる子供のためにもなりますし」
鼻息荒く、そのまま突進していきそうな義父を諌め、視線を下げた。視線の先には己の腹だ。
一層真実味が増すように見つめ顔を上げてにっこり口許だけ微笑んだ。
すると「え?」と義両親が驚き目を瞬かせた。子供?とサルベラとバミヤンを見比べる義両親。この話はまだ話してなかったから驚きが大きい。
暫く固まっていたがすぐに動いたのは義母だった。
「それは素晴らしいことだわ!男の子なら後継者よ!女の子でもきっと可愛いはずだわ!」
「そ、そうだな!だったら尚更離縁などしないでほしい!私達の孫になるのだから!」
「だ、そうですよ」
義父も好意的に声をあげたがサルベラはニッコリとナリアを見た。
ねめつけるような目で睨んでいたナリアだったが自分に注目されるとパッと明るく微笑み、両親に向かってアピールするかのように手をお腹に当てた。
「後継者はわたくしが産みますわ!!だから安心してください!お父様お母様!!」
「は?え?ナリア、あなた……え?に、妊娠、して、いるの??」
自信満々のナリアに対して、恐る恐る、戸惑った声の義母は信じられないと目を瞪った。
それはそうだろう。義母も義父も真っ当な貴族だ。婚前交渉はこの国では好まれないし未婚で妊娠などもっての外だ。
しかしナリアの着ているドレスはお腹周りがゆったりしていて、お腹を擦った感じもぽっこりしているように見え開いた口が閉じれなくなっていた。
義両親はその醜聞で社交界を賑わせている先人がいるからと口酸っぱく子供達に言い聞かせていたのだが、まったく伝わっていなかった。
元気に頷くナリアとは正反対の空気で義両親が固まっているのをサルベラは構わず口を開いた。
「兄弟のいないわたくしにとってお二人は憧れだったのですが……ナリア様はもうすでに妊娠八ヶ月だとか。
あら、そうなるとバミヤン様はわたくしと結婚、いえ婚約をする以前から実の妹と爛れた関係を結んでいたのかしら?まるでナリア様との関係を隠すために望んだ結婚にも見えてしまいますわねぇ。
あの日、わたくしに白い結婚を宣言され、王命の結婚など真実の愛の前では塵芥に等しいと仰っていましたが、こうなることを見越していた発言だったのですね。素晴らしい兄妹愛ですわ。
真実の愛で結ばれているナリア様とならどんな困難にも耐え抜いていけるでしょうね」
にっこりとあの日の夜にいわれたことを復唱して微笑むと、ギロリとバミヤンを睨んだ義母が鬼の形相で立ち上がった。
「あぎゃ!!は、母上?!ぎゃあ!!」
「この、バカが!!屑め!!なんたる恥を!王家を塵芥などとお前ごときが!!我が家を貶めた上に妹のナリアまで辱しめるなんて!!」
「痛い!痛い!母上!!」
義母は扇子を振り上げると思いきりバミヤンに叩きつけ、扇子が折れるとスカートを持ち上げヒールで何度も踏みつけた。
淑女としてはとても品が良いとはいえないが、それだけ義母が怒っているのはわかった。
よもやまさか、溺愛していた愛娘が息子と出来てた上に子を作るほど仲が良いとは思うまい。
ベグリンデール家は真っ当な貴族だが、兄妹の愛で正妻であるサルベラを貶しても内々の話で終われるものだと考えていた。
義母は単に仲が良い兄妹だと信じて、いつか見合う高貴な家に嫁がせるつもりでいたのだから絶望も一層深いことだろう。
義父もナリアを嫁がせるつもりだったが、バミヤンを睨んでいた辺りでうっすらと気づいたみたいで、顔を赤黒く沸騰させたまま射殺さんばかりにバミヤン達を睨み付けていた。
「止めてお母様!!バミヤンが死んじゃうわ!!
わ、わたくしが子を産めば跡取りも問題ないじゃない!サビエルなんかいなくてもベグリンデール伯爵家は安泰なのよ?!きゃあ!」
「お前もいつまでサルベラ婦人の名前を間違えれば気がすむんだ!!お前の義姉だろう?!
それに兄妹は結婚できないと、バミヤンがサルベラ婦人と結婚した時にどうしてわからなかったんだ?!」
義父に頬を打たれナリアの大きな目から涙がこぼれ落ちた。
恋に恋して何もかも抜け落ちているのだろうが、本当にナリアは気づかなかったのだろうか。
「だって!だってバミヤンお兄様があんなとるに足らない女の名前なんて覚えなくていいっていいましたわ!
伯爵家の女主人は美しいわたくししかいないっていいましたもの!トーマスだって他のみんなだってそういってくれたもの!!
お兄様との子供だって産めばサバンナは能無しの役立たずになって王命であっても簡単に追い出せるって!そうしたらこの家でわたくしと二人で幸せに暮らそうって、そういってくれたもの!!」
「だから、なぜ兄妹が結婚できると思ったんだ?!」
「だってお兄様とは本当は血が繋がらない兄妹だって!目の色が違うのが証拠だって!お父様やお母様が認めないだけで本当は結婚できるって!そういったわ!」
ああ、そういう風に言いくるめていたのか。
本当の兄妹でもナリアならそれでも構わないとかいいそうだが、義兄妹だと信じていた者は使用人にもいたらしい。驚き恐れる表情に呆れて溜め息を吐いた。
読んでいただきありがとうございます。




