7・元凶の帰還
人によっては不快に思うかもしれません。ご了承ください。
「では、行こうか」
ラヴィと共に背を向けたところで義両親に再び引き留められた。
「ま、待ってください!もう少し、もう少しだけ話す時間をいただけませんか?」
「そうです。わたくし達はサルベラさんともっと話す時間を作るべきだったのです!結果は変わらなくても、どうか、サルベラさんと話をさせてください!」
振り返れば涙を溜めた義母が後生だからと訴えた。隣にいるラヴィも無理に出ていく素振りはなく、カインや自分に危害を加えそうになかったので承諾した。
そのまま夫人部屋でお茶を飲みながら話し合いをしていると部屋の外が騒がしくなった。
ドアの向こう、廊下から楽しげな笑い声が聞こえてくる。それがバミヤンとナリアだとわかると義父は立ち上がったが、それをラヴィが引き留めた。
酒が入ってるような陽気で楽しげな声が途切れる。どうやら隣にあるバミヤンの部屋に入ったらしい。
目配せをするラヴィの指示で物音を立てずに部屋を出る。
そして廊下にいた、バミヤン達についてきた使用人達は義両親に気づくとオロオロとしだしたが無言の圧力で黙らせた。
ドアの前で少し待ってから静かに部屋の中へ入る。床にはストールやヒール、タイにジャケットが主寝室に向かって散らばって落ちていた。
その寝室へと続くドアは半開きだが、先程の楽しげな会話とは裏腹にとても静かだった。
一歩ずつ近づいていくとボソボソと話す声とベッドが軋む音が聞こえる。
緊迫した空気に耐えかねたのか、我慢できずに義父が走りだし勢いよく寝室のドアを大きく開け放った。
次の瞬間、悲鳴と「なんで父上が?!」という動揺したバミヤンの声が聞こえる。
見たくないな、と足が止まったがラヴィに肩を抱かれ逃げれなかった。
主寝室に足を踏み入れれば、品の良い大きなベッドにほとんど何も着ていない男女。否、兄妹がいる。
胸を隠し、またもや悲鳴をあげるナリアと義父に髪を捕まれベッドから引き摺り落とされたバミヤン。修羅場というのはこういうのをいうのだろう。
「いやぁ!!なんでここにお母様達がいるのよぉ!」
「この!この!馬鹿者があ!!貴様はなんという、なんということをしでかしてくれたんだ!!」
「ち、父上がはっま、待ってくだ!ごはっ」
「みんな出ていってええ!!!うわぁあん!!」
「ははっ阿鼻叫喚」
大騒ぎの中、カインの半笑いの声はさして響かず、ベグリンデール家の者達はしばらく互いを罵りあった。
◇◇◇
話し合いと着替えのため、一旦夫人部屋に戻りバミヤン達を待った。
やって来たらやって来たで一人は腫れ上がった不貞腐れ顔の兄が妹の肩を守るように抱きしめ、もう片方は被害者面で号泣していた。
どちらも先程の情事が連想できるような格好だったが全員で無視したのはいうまでもない。
「どういうつもりだ!私の両親に何を吹き込んだ。お前はいつもいつもホラばかり吹いて使用人を惑わし、ナリアを苛めてきたな!
なんの恨みがあるんだ!!ナリアはこんなにも美しく優しい妹なのに!!」
睨んでくるバミヤンに、何かいわれるだろうなと思ったが、噛みつかんばかりに罵倒されて面食らった。
あまりの声の大きさに反射的に萎縮したくらいには驚き震えた。
なんで私?と視線を下げれば、バミヤンが優位に立ったものと思い込み声を荒げた。
「父上!この女の言葉を鵜呑みにしてはいけません!昨日もお伝えしましたがこの女は父上と母上の目が届かなくなった途端、ナリアを虐め私よりも偉いのだと我が物顔でこの家にのさばっているのです!」
「……」
「私は、か弱く可哀想なナリアを守るため、こうやって常日頃共に過ごしているだけ。悪いのはこの女なのです!!」
意気揚々とサルベラを責め立てるバミヤンに、やっぱり義両親に誤解を招くことをいっていたなと半目になった。
ベグリンデール家を乗っ取られたバミヤンは虐げられているナリアを必死に守っていたのだと涙ながらにでも語ったのだろう。
結婚式以降顔を合わせていない義両親は血の繋がった家族の言葉を信じたのだろうが、今となっては滑稽でしかない。
兄のバミヤンに肩を抱かれ、必要以上に寄り添っているナリアは泣きそうな顔で震えながらも大きく頷き同意している。
それを義両親に挟まれながら眺めていたがサルベラと目が合うと、ナリアは目だけ勝ち誇ったような輝きで楽しげに嗤った。
「ナリア。パーティーでは何人の男性と踊りましたか?」
「え?」
いきなり義母に声をかけられナリアは驚いた顔で聞き返した。
義両親達は観劇だが、ナリアは独身者限定のパーティーに出ていたのだ。
本当なら義母と参加する予定だったが、成人したのだからと義母を断り、代わりにバミヤンをパートナーにして出席していた。
パーティー出席を勧めたのは義母なので事前に何人かピックアップしていたらしい。
どこの家の令息か、この令息かと矢次に聞かれナリアは気まずい顔を隠しもせず目を泳がせた。
「まさか、誰とも、一曲も踊ってないというの?」
「そ、それは……いえ!踊ったわ!一人だけど!とても素敵な殿方だったの!!」
目を吊り上げた義母の圧力にナリアは短く悲鳴を上げ答えた。
だが踊ったという答えに義母は後ろに出した鬼のような気迫と気配を消すと、あからさまにナリアがホッとした顔で息を吐いた。
それを見たサルベラは察してしまった。その踊った、素敵な殿方がバミヤンだということを。
チラチラとバミヤンを見ながらニヤつくナリアも、満更でもない顔で鼻の下を伸ばすバミヤンも大根役者が過ぎて気か付かないフリをする方が難しいのでは?と思ってしまった。
「そう。なら良かったわ。ちなみにその方はどこの家柄かしら?ナリアの心を射止めたというならとても素敵なのでしょうね」
「そ!そうなの!とても素敵な方よ!!
バミヤンのよ、いえ、お兄様のような頼りがいがあって優しくて周りの女性も放っておけないそんな人で」
「そう。では他の方はどうだったの?」
「え?」
「今日のパーティーはそろそろあなたも婚約者を選ぶ時期だと思い母が選んだ方々です。その中にあなたの未来の旦那様がいたかもしれないわ。
そうでなくとも良家の子息も多数参加していたのですから、他にも気になる方がいたでしょう?」
「え?」
嬉々とした顔から一変してナリアの顔が強張る。それを見たバミヤンが慌てて間に入った。
「そ、そうだ!ナリアは具合が悪くなって一曲だけ踊って帰ったんだよ!な?」
「え、ええ……少しはしゃぎ過ぎてしまったみたいで!」
「ナリアはか弱いから仕方ないさ」
しおらしくするナリアを優しく諭す光景は美しい兄妹愛に見えなくもないが、見つめ合うぬるい空気を誰もあたたかく見守る気はなかった。
「それはおかしいな。そのパーティーは日中のみで日が暮れる頃にはお開きになるはず。一曲しか踊ってないのならもっと早く帰ってこれただろう?」
しかも、具合が悪いというなら早く休ませるべきではないのか?とラヴィにつっこまれバミヤンは顔を引きつらせた。
「す、少し休ませてもらってたんだ!それから帰ってきたから遅かっただけで」
「だが貴様は酒を飲んでいるようだが?妹が寝込むほど具合が悪いというのに自分は酒を飲んだのか?
そして家に帰ればそのナリアに介抱してもらったと?………バカも休み休みいえ!」
バン!と大きく叩かれたテーブルにバミヤンとナリアが口を閉じ飛び上がった。
まさか義父にここまで怒られると思ってなかったのだろう。これはヤバい、と思ったのかナリアはすぐさま義母に泣きついた。
「お母様。違いますの!本当はお兄様が具合を悪くしてしまって!
でもわたくしの付き添いなのにそれがバレたらお兄様が怒られてしまうから……そしたらもうわたくしのエスコートをしてくれなくなるんじゃないかって思ってしまって……それで……ふえぇん」
「ナリア…!そんなことあるわけないだろう?!お前のためなら仕事だって休むさ!!」
休んじゃダメでしょうよ。
茶番劇にいっそう呆れたが義母は冷静だった。手は怒りで震えていたけど。
「バミヤン、あなたもです。
この前のパーティーは必ず夫婦で参加するようにと言いましたよね?それなのに妹と参加するなんて。主宰の夫人から苦情をいただいているのですよ」
「そ、そんな……だってあのパーティーは内々のものだったじゃないですか。
それにその女が行きたくないと我が儘をいってナリアに押し付けたんです!!だから悪いのはそいつで」
「そうですか。ですがどんなパーティーでも主宰の指定や意向に従うのがマナーです。しかもあなたは成人し家督も継いだ身。
自覚なく振る舞えば、後々自分の足を引っ張ることになるのですよ」
「うっ…」
「はぁ……いつまでも学生気分では困るんだ。ナリアもバミヤンに甘えてばかりいないでベグリンデール家の者として外を見て学びなさい。
サルベラのように嫁ぐ身なのだから」
「そんな……っ」
ショックを受けるナリアにバミヤンは痛ましそうな背を撫で、サルベラを睨んだ。
この状況が私のせいだとまだ思っているらしい。
困ってラヴィを見れば笑みを浮かべ頷いた。
「まあ、いいではないですか。サリーはこの家を出ていくのだし二人を結婚させてあげれば」
「な!!セバージュ様っ何を仰るんですか!この二人は」
「え?本当?!……きゃあ!やったわ!!やっと出ていくのね!だったらお願いお父様!離縁したらわたくしとバミヤンを結婚させて!!」
「ナリア!!お前まで何を言い出すんだ!!」
「だってこのサリンジャー?が出ていくんでしょう?だったら離縁もすればいいじゃない!そうすれば晴れてお兄様が自由になるもの!
ねえお兄様!!今度こそこの部屋を使っていいでしょう?もっとわたくしらしい部屋にしたいわ!!」
「あ、ああ。そうだな!ナリアの好きにしたらいい」
外野であるはずのラヴィが発した言葉でここまで歓喜するとは思わず、サルベラは驚いた。
遅れて事態を呑み込みバミヤンも喜んだが、義両親は怒りを隠しきれない顔で固まったままだ。この温度差にまだ気づかないらしい。
「ナリア。ねぇナリア。聞き捨てならないわ。あなた、この部屋の内装を変えたのですか?」
「?ええ、そうですわ。女主人に似合う素敵な部屋にしようと思って」
怒りで震える義母の声に対してナリアはあっけらかんとした顔で答えた。
自分が女主人になれるとわかったから隠すのもやめたのだろう。
朗らかな笑顔のナリアに対して感情を押し殺して笑みを作る義母との温度差が怖い。
「この部屋はわたくしが直々にサルベラさんのために改装したのだと知っていて更に手を加えたのですか?」
あらそんなことが。だからこの部屋を気にしていたのか。
「この部屋に入った時驚きました。なにせナリアの部屋とまったく同じ内装、同じ調度品が揃っていたのですから」
「えぇ…?うーん。だって、お母様の趣味は古くさ……いえ、わたくしの好みではなかったんですもの。
あ、サニベランだってこっちの方が華やかで品があって素晴らしいっていってましたのよ?」
「……サルベラさんはこの部屋に入ったのは初めてだそうよ」
「あら、そうだったかしら?じゃあいっていたのはスーザンね。
でももう、どうでもいいことじゃないかしら。そこの人はこの家から出て行くんですから。最初から必要なかったんですわ」
そんな話つまらないわ、とナリアはにこやかに適当にいって切り上げた。
そんなことより、と結婚式の話をしだしたナリアに義母は唖然としていた。昔から兄のバミヤンを慕っていたがこれは異常ではないかと思い始めたようだ。
仕方がないので元侍女長を呼び寄せ、前に座る二人には聞こえないようにこの部屋のことを義母が問いただした。
前々からナリア好みの部屋に改造しようとしていたこと。義両親が出ていったその日から着工したこと。
義母が用意したものはすべて処分交換し、交換した質の悪い調度品はサルベラの部屋に押し込んだそうだ。
改装したのにこの部屋が空き部屋なのは義両親が来るということで泣く泣く元の自分の部屋に戻ったらしい。
サルベラの粗末な扱いに義母が憤怒の顔で侍女長を睨み付け、彼女は泣き腫らした顔で竦み上がっていた。