とある男爵令嬢の話・3
不快な言葉が散らばっております。ご注意ください。
みんなわたしのことを待ってるはずだから早くここから出してほしい、と言うと、シームレス達が変な顔をした。
あれ?もしかして王子達とわたしの関係伝わってない?
結婚はできないけど一生わたしだけを愛するってみんな誓ってくれたんだけど。
ほとんど最終イベントまで行けたからわたし以外の女を選ぶわけないんだけど。
「セイラ婦人。あのオバサン、とは誰のことだい?」
「それはラヴィエル様に取り憑いてる悪魔みたいな化物のことです!
自分はラヴィエル様の妻だと勘違いしてる不細工な使用人が高貴で尊いわたしに嫉妬して襲ってきたんですよ!
でもわたしを傷つけられて怒ったラヴィエル様がギタギタにして殺してくれたはず!………ちゃんと跡形もなく消せましたよね?」
あれ?何でみんな驚いた顔で固まってるの?
もしかして逃げられた?えーっどうしよう?!
「………ここにセバージュ卿を連れてこなくて良かったよ」
「まったくですね」
「え?なんの話ですか?」
「こちらの話だ。それで?その化物とやらに襲われたと言ったがどこを怪我したというのかな?見る限りどこも怪我をしていないようだが」
「え?………あ!体です!体をぎゅうって握りしめられたんです!!折れたんじゃないかっていうくらいすっごく痛くて!服を脱げばすぐわかりますよ!」
「さすがに未婚の女性にそんなことはさせられない。とりあえずそのことは信じよう。そしてその化物とやらがセバージュ侯爵夫人のことを言っているなら、私達は何もしていない」
「うそ!そんなに強かったの?!」
あのラヴィエルが倒せないなんて!もしかしてこれが裏ルートだったりするの?!
いやでもわたしが攻略を始めてから一度もモンスターに遭ってないし、ゲームだって弱そうな動物のモンスターくらいであんな恐ろしい化物なんて出てこなかったわよ?!
恋愛ゲームは恋愛がメインなんだから戦闘なんていらないのに、何で入れるんだろうって思ってたくらいなのに。
出すにしてもちょちょいっと倒せるくらいの、わたしがダレない程度にしてくれないかしら?あんな化物じゃ萎えるに決まってるじゃん!クソゲーかよ!
あーもう!バグだったらどうしよう!わたしのハッピーエンドルートなくならないわよね?ユバとラヴィエルとのラブラブエロエロ新婚生活もまだできるわよね??
と震えていると世間話をするかのような気軽さでシームレスが声をかけてきた。
「さっきから気になっているのだが、なぜセバージュ侯爵夫人を〝オバサン〟だの〝年増〟だの〝使用人〟だのと侮辱するのかな?
あなたはユバルイン君と婚約すると言っていなかったか?未来の御母堂に対して無礼が過ぎないか?」
「え、だって化物ですよ化物!あんな化物がお義母様な訳ないじゃないですか!
それにあの人、『サリー』は自分のだからわたしに名前を変えろって言ってきたんですよ?!ありえなくないですか?!」
「?あなたの名前はセイラ、ではなかったかい?」
「わたしの愛称が『サリー』なんです!わたしだってずっとサリーって呼ばれて愛されてきたのに!
わたしの方が似合ってるのに何でわたしが変えなきゃいけないんですか?あっちが変えるべきでしょ?!こんなのおかしいですよ!」
愛称くらい別にいいだろ、というのと、そもそも侯爵夫人の名前と男爵令嬢の愛称を天秤に掛けるまでもない話だろ、とセイラ以外全員が思ったし顔にも出ていたが、鬱憤が溜まっていたセイラはただ愚痴りたかっただけなのでシームレス達がどんな顔をしているか知ろうともしなかった。
「それに、」
「あなたの言い分はわかったが、ではなぜセバージュ侯爵夫人が異形の姿に変わった時、あなたの癒しの力で浄化してさしあげなかったんですか?
聖女ならお手の物だと思っていましたが、」
「………え?」
プンスカと思い出し怒りでイライラしていたらシームレスが変な質問をしてきたので目を瞬かせた。
わたしの癒しの力であの使用人を?ババアを癒す??
「ぷはっ!なんで?え、マジで意味わかんないんだけど。何でわたしの貴重~な力をあんな化物に使わなきゃならないの?それをやってわたしに何の得があるの?好感度上がる?
あんな化物の好感度上がっても意味ないじゃん。あんな害獣は殺処分した方が手っ取り早いし、此の世にいない方がみんなのため、世界のためになる……うぎゃ!……いっったぁーーい!!!何すん」
何すんのよ!と叫ぼうとした。椅子ごと倒され見上げると無表情なのに恐ろしい雰囲気で見下ろす従者がいて口を閉じた。
この男、聖女で貴族であるわたしの椅子を蹴って転ばせたんだ。
なんて陰険なの?!と憤慨したが人殺しのような暗い目に顔を背けることしかできなかった。
「公爵。知らないで決まりだ。コイツは魔物も魔王も知らない」
「あ、あんたこそ何様のつもり?!わたしをこんな目に遭わせてただですむと思ってるの?
わたしがラヴィエル様にちょ~っとお願いしただけで、あんたはボコボコにされて、仕事もクビにできるんだから!!」
「できるものならやってみろ。俺はセバージュ侯爵家の従者だ。逃げも隠れもしない」
「はぁ?!嘘っ」
そんなの聞いてない!
てっきりシームレスの従者かと思ってたのに。
いやでもわたしが言えばラヴィエルは愛するわたしの方を優先してくれるはず。
そう信じて従者を睨み上げれば、顎を掴まれ無理矢理視線を合わせてきた。首が痛いじゃない!!
「………フン。何が美容に気を遣っているだ。説得力に欠けるな」
「し、仕方ないでしょ?!お風呂だってお湯だって用意してくれないんだから!水だってまともに使わせてくれないのよ?!
それさえできれば、あと化粧道具さえ持ってきてくれれば」
「愚かだな。お前の化粧は美を引き立てるものではなく隠すものじゃないか。白粉の使い過ぎでこんなにも肌ががさつき乾燥している。
十代なら若さで補えるはずだというのに……ああ、そういえばお前は年齢を詐称した二十代の年増、いやババアだったな」
「な、なんですって?!」
「お前の肌年齢の話だ。とても二十代とは思えないほどガサついている。そのうち肌が地割れを起こすんじゃないか?
それに引き換えうちの奥様は素肌がきめ細やかでお前よりも瑞々しく綺麗だぞ。見せ方の違いを手抜きと勘違いされては困るな」
煽るような言い草に苛立ちを露にしたが手を離されまた転がされた。なんとしても言い返したいと蓑虫のように蠢いていると騎士が引き起こしてくれた。
これで対等に話せる!と思ったがシームレスとムカつく従者が背を向けたので慌てて引き留めた。
「ちょ、ちょっとどこ行くのよ?!」
「用も終わりましたし帰ろうかと」
「わたしの話し相手をしに来たんじゃないの?!」
質問に答えてあげたんだから今度はわたしの話を聞きなさいよ!食いつけば従者に睨まれヒッと身を強張らせた。
「お前はバカか?何でお前なんかのために公爵の貴重な時間を食い潰させなければならない?こんなところに長居する価値などないだろうが。
お前が口説いていた令息らと同じように優しくされると思ったら大間違いだ。むしろここで殴り殺されないだけ有り難いと思え」
「ひっ酷いわ!何でそんな恐ろしいことが言えるの?!」
自分のことは棚上げにして殺すなんて言う従者にセイラは涙目で叫んだ。心が傷ついた!慰謝料よ慰謝料!わたしを泣かせたことを後悔させてやる!
わたしは優しくされるべき聖女なのに、なんて無礼な奴!これもラヴィエルに訴えてやるんだから!そう息巻いた。
「……お前、本気で言ってるのか?お前は高位である俺の主人を散々侮辱したんだぞ?それを聞いて平常でいられると本当に思っているのか?怒らないと本気で思っているのか?
だとしたらお前の頭の中はおが屑か綿しか詰まっていないんだろうな」
ギロリと睨まれ竦んだが反射的に叫んだ。
「だからあの女は化物だって言ってるでしょう?!あんた達は騙されただけ!ラヴィエル様とユバが怪我をする前に化物を倒さないと世界がなくな…きゃーっ」
ドゴン!と爆ぜた音と一緒に背中に風圧を感じて振り返った。部屋の端にあった粗末な寝台が爆発したみたいに粉々になっている。
わたしのベッド!と叫んだが誰も同情してくれなかった。
従者は鼻で笑って寝台を直さないように伝えておく、なんて言ってきた。なんて卑劣な奴なの!魔法をこんな風に使うなんて!
「今に見てなさい!王子が会いに来たらあんたのことすぐに捕まえて八つ裂きにしてやるんだから!!」
「楽しみにしてるよ。元男爵令嬢……ああ、二十代で年増のババアだっけか」
怒ると本当にしわしわなババアだな、と嗤う従者に椅子をガタガタさせ怒りを表したがまったく通じなかった。
「……だがまあ無理な話だろうな。王子は廃嫡になり幽閉されたし他の令息らも貴族籍を抜かれて放逐されたり、廃嫡だけで済んでも領地から一生出られないってのもあったし。
どんなに願ってもお前を迎えに来る者も、会いに来る者も、いないだろう」
「え?どうい、うこと?」
王子がはいちゃく?幽閉??他のみんなもほうちく?
聞き覚えのない言葉に目を瞬かせた。
「お前達がこの国の有用な婚約を一斉に破棄して王家や自分の家に泥を塗ったんだ。当然の話だろう?」
「ちなみにあなたも養子縁組が解消されていまして、平民に戻っていますよ」
ええっ?!そんな、嘘でしょう?!
「で、でも、わたしはユバと婚約したから……」
「ユバルイン様も廃嫡されて侯爵領に蟄居されている。なので勿論お前との関係も白紙だ。
ユバルイン様もお前と二度と会わないと両親の前で誓い誓約書にサインした。もしまたお前の上っ面の魅了にかかり、添い遂げようなどと考えたら死を以て償う、というものだ。
ついでに勘違いをしているからこれも訂正してやる。
ユバルイン様とお前はまだ正式に婚約していなかった。口約束だけで手続きはまだだっただろう?
それなのに結婚するとまで周りに触れ回り、卒業パーティーでは堂々と旦那様と奥様に成り代わりわたしが女主人だと宣言したのだ。
社交界でも国でも一目置かれている奥様を前にしてだ。傲慢無礼にも程がある」
え?じゃあ、わたしはユバと結婚できないの?ラヴィエルの幼妻にもなれないの?
「ああ、ではスコティッシュ男爵夫妻が亡くなられたということも知らないんですね?」
「え、」
と顔が強張った。
わたしを引き取ってくれた男爵が死んだ?
つい直前までわたしを手放したことを死ぬまで後悔しろ!と悪態をついていたが本当に死ぬとは思ってなかった。
というか冗談だし。本気で思ってなかったし。え?嘘。マジで??
「何?そのたちの悪い冗談。全然笑えないんだけど。嘘ならもう少しマシな嘘を」
「嘘ではありませんよ。あなたは王家の大切な後継者を洗脳し、将来有望な他の高位貴族らも振り回し悉く堕落させた。
ここまで大量に婚約破棄をさせたことで、国がどれだけ損害を被ったかわかりますか?
責任を感じた男爵は陛下に爵位、領地の返還を記した手紙を残して夫妻共々自害したんですよ」
「な……っ」
嘘でしょう?だってこんなのシナリオになかったじゃない。こんなバッドエンドだってなかった。
わたしが幸せに暮らしました。って終わるようにしたかったのに何でこうなるの?!
「だって、みんな最愛の人を、わたしを見つけたのよ?それだけなのに何でそこまでするの?人を好きになってはいけないの?まさか、誰かが脅したんじゃ」
「そうやって誰かのせいにするんですか?すぐ他人のせいにするのは母親譲りなのかな?中身は別でも似たのでしょうかね?」
「単にあっちの世界でも似たような屑女だったんじゃないですか?」
ショックか大きくて憎まれ口にもまともに反応できない。だってちょっと前までは最高に幸せな生活をしていたはずなのに。
わたしがお姫様で妻で最高の恋人になれる未来が待っていたのに。
「一番わかってないのは自分の罪の大きさを認識していないことじゃないですか?未だにここに入れられた理由を知らないみたいだし」
どういうこと?
「あなたにはこのユーザニイアという国を転覆させようとしたスパイの嫌疑がかけられています。
この国で尊ぶべき王子や高位貴族令息を使い、彼らの婚約者に不要な瑕疵を突きつけ国を混乱に招いた。
そしてこの国で最も信頼されているマカオン商会の代表であるセバージュ侯爵家の夫人に数々の暴言を吐き、排斥を試みた。
セバージュ侯爵家のご子息には家庭不和を招くように誘導し、家族を敵であるかのように思い込ませ孤立させた。
この件はあなたが愛してやまないセバージュ卿も大変お怒りだそうだよ」
「その通りです。旦那様はユバルイン様と何ら関係のない罪人のお前に一切の温情をかけるつもりはないそうだ。
家族を傷つけた者は徹底的に潰すと宣言している。お前は家族でも恋人でも友人でもなんでもない、赤の他人だからな。
そして旦那様が此の世でもっとも大切にしている奥様を淑女らしからぬ言動で侮辱し続けた。お前は旦那様の逆鱗に触れたんだ。命があると思うなよ」
真っ青になった。
従者が言うことは嘘かもしれないが気迫に呑まれて頭が回らなくなった。
読んでいただきありがとうございます。
もう少し続きます。
補足。
前の世界のセイラは地味顔で化粧映えしない女子。
顔にかなりのコンプレックスを持っていて似た顔のオタクな姉をいびってはストレス解消していた。
彼氏はいたが長続きしないため使い勝手のいいおじさんを好むようになる。
転生して無双してしまったがために我慢と理性ストッパーが壊れ脳ミソおか屑になりました。




