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5・サロンでの再会、と

 



 カイン曰く。

 頑なにサルベラと会わせなかったのは、サルベラに名前を教えなかったのは、ナリアがバミヤンの妹で、唯一だということをサルベラに知られないため、だったらしい。


 そう聞かされた時、そんなまさか、と瞠目した。



 だって顔ははっきり覚えていないにしても学院内でナリアという伯爵家の娘はブラコンとして有名だったのだ。

 ベグリンデール家から打診があった時にも、ひと通り家族構成と伯爵領について調べている。


 そして結婚式で義母が『ナリア』が欠席した話をしているのだ。

 というか、顔を合わせて自己紹介してなくても、互いの家族の名前くらい調べるし覚えて当たり前だろう。家族になるのだから。


 だというのに頑なに会わせないなんて、ただの心象が悪い義妹だし、その義妹は己の醜聞を隠す気すらない。そもそも兄妹揃って隠蔽が稚拙だ。

 これで隠しきれていると思ってるなら、彼らの頭は恋という麻薬のせいでお花畑になっているとしか思えない。



 義両親がベグリンデール家のタウンハウスに戻ってきた日、サルベラは前触れもなく部屋に閉じ込められた。

 恐らくナリアのお付きの侍女だかが、サルベラの具合が悪いからとか、会いたくないといってるとか義両親に嘘をついて引き合わせないようにしたのだろう。


 もしかしたらナリアがサルベラに会いに行ったのは予定外だったのかもしれない。

 だから告げ口されないように閉じ込めたのだと思う。


 しかしその間は食事もままならない。出られないのだから仕方ないのだけど。

 義両親が領地に帰るまでまだ時間がかかるようなら窓から逃げ出そう、とカインと相談していた。

 ドアを壊してもいいが、玄関までとなると多勢に無勢なのは間違いないのでリスクは減らすべきだ。


 そんな話をしていたが思っていたよりも早く部屋の外に出れることになった。義両親が会いたいとサルベラを呼び出したのだ。


 その義両親と顔を会わせることができたのは閉じ込められてから三日後だった。

 その夜の義両親は劇場に向かい、バミヤンはナリアが招待されたという独身限定パーティーの付き添いで邸を出ていた。


 芝居もまだ始まってなさそうな時間に義両親が帰ってきて、尚且つサルベラを呼んでいると執事が伝えてきた時は、多少怖じ気づいていた。


 なにせナリア付きの侍女達が意気揚々とサルベラの態度が悪いと、一度説教をする必要があると義両親が怒っていたというのだ。

 怖がる姿を見たくてニヤニヤと廊下で待つ彼女らに、サルベラは平然とした態度で姿勢を伸ばし、義両親がいるというサロンへと向かった。

 悔しそうな侍女達に少しだけ溜飲を下げる。


 出入口で待っていた侍女長には余計なことを喋るな、ときつく言い渡されカインと一緒に睨んだ。この家の上下関係は本当におかしい。

 中に入ると義父の楽しげな声が聞こえてきた。そこにいたのは義両親ともう一人。

 振り返りカインを見ればニヤリとメイド姿の彼が笑った。



「あ、あらやだ、ナリアを呼んだつもりだったのに。……しかも、まあ、サルベラさんたらなんです?そんな使用人のような格好をして。また何か、ガーデニングでもなさってたの?」


 使用人のような?いいえ、これが普段着ですが。

 ガーデニング?いいえ、部屋に閉じ込められているので仕方なく刺繍をしていただけですが。


 いち早く気づいた義母が私の格好を見て顔を引きつらせた。相当変な格好をしてるような気にさせられるが、子爵家で普段着として着ていたワンピースなのでそこまで変な格好ではない。はず。


 しかも呼び出したかったのはナリアだったとか。パーティーに出掛けたのを忘れたのだろうか。

 だがいないのは確かなので、ついでに客人が()()()()()()とでも思って執事が気を利かせて私を呼び出したのだろう。


 とりあえずぎこちないながらも「義母様達に早くお会いしたくてうっかりしてしまいましたわ」と笑顔で返したら、「そう」と素っ気なく顔を背けられた。

 義母の態度がおかしい。義父も難しい顔をしているところを見ると心配していた通り、この家の者達からよくないことを吹き込まれたようだ。


「本当はナリアに紹介したかったんだが仕方がない。

 サルベラ。紹介しよう。この方はマカオン商会をとり仕切ってらっしゃる、セバージュ殿だ。

 知っているかもしれんが、マカオン商会はこの国で一番大きな商会で、王家とも懇意にしている。

 隣国とも取引を……いや、拠点が隣国でしたか。失敬。色々手広く仕事をなさっていてな。妻はいい茶葉が多いと興味津々らしい。

 私は琥珀色の酒に興味があってね。白ワインとはまた違った風味で、初めて飲んだ時はむせてしまったよ。だがあの辛味がいい。クセになるいい味だ」


 義父が立ち上がりもう一人の男性を紹介してくれた。が、長い演説を打ち切るように立ち上がった。

 実はその後ろで執事がマカオン商会と聞いて「え!」と驚いた声をあげていた。義両親と男を連れてきた御者には商人としか聞いてなかったのだろう。

 それがまさかマカオン商会の代表とは知らなかったようだ。


 立ち上がった男性はサルベラを見るなりパァッと冷たい表情を明るくして、長い足を使い、待ちきれんばかりにサルベラを抱き締めた。



「久しぶりサリー。元気にしていたかい?」



 え、なにその設定。

 ぎょっとして隙間からカインを見れば彼も驚いたように目を丸くしていた。多分レアな笑顔が眩しすぎたのだろう。営業スマイルともいうけど。


「えと、お久しぶりです。セバージュ様」


 名前は知っていたが、愛称で呼ばれるような仲ではなかった。なので、

「もう、ラヴィと呼んでくれないのかい?」

 と聞かれても困ります。呼んだことありませんよ??


 密着していた体を少し離したが距離が近い。顔が見れるようになった分、近さをまざまざと感じるくらい眩しい。


 さらりとクセのない銀髪を揺らし、長い睫毛の奥には澄んだ青空のような瞳がこちらを見ている。

 人によっては冷たい氷のような瞳だと揶揄する者もいるが、好きな話をしている時の生き生きとした目を見たらそんなことをいう人はいなくなるだろう。

 キラキラと子供のような瞳は一途でとても美しい。


 美しいのはこの外見も声もなのだが、と苦笑すると、目の前の彼は眉尻を下げ、呼んでくれないのか?と小首を傾げた。十分大人のクセにおねだりが上手い。



「ラヴィ様。お元気そうでなによりですわ」



 あー顔が熱い。面と向かっていうの凄く恥ずかしい。しかも憧れの人の愛称を呼ぶなんて不敬じゃないのかな?

 寂しそうな顔から一変してニコニコと外に向ける笑顔とは違う身内用の笑みにサルベラが固まった。希少を通り越して天然記念物並の尊さに気を失いそうになる。



「あの、セバージュ殿はサルベラとお知り合いだったのですか?」


 倒れそうなサルベラを誘い、自分の隣に座らせ満足そうにしているラヴィに義父が恐る恐る声をかけた。

 お知り合い、というか。


「おや、知らなかったかな。ピイエリド家とは遠縁にあたるんですよ。遠縁ですがサリーとは商会を通して懇意にしてましてね。

 本当は結婚式にも出たかったんですが、いつの間にか終わっていて、非常に、残念に思っていたのですよ」


 ピイエリド家が小さな商会を持ってるのは知ってますよね?あれ、うちの子会社なんですよ。と、ニッコリ営業スマイル。


「ラヴィ様。スベーラでございます」

「やはりサリーはこれを選んだか。好みだと思っていたんだよ」

「ええ。香りも色もとても良いと思います。味も申し分ないかと」


 カインがお茶の用意をし、四人に差し出すとすかさず品評会が始まった。すでにカイン伝手に聞いているはずなのだけどニコニコと聞いてくれている。


 というか、大伯母の紹介で仕事の手伝いをしていただけの関係なんですが。

 そんなに話を盛って大丈夫なのかな?と少し不安になったが、嬉しそうに微笑むラヴィを見たらどうでも良くなってしまった。


「さぁベグリンデール卿もご夫人もお試しください。マカオン商会でこれから売り出す予定の隣国の茶葉です。

 ああ、サリーには前々からモニターとして協力していただいてるんですよ」


「も、モニター……?」

「サリーには貴重な意見を何度ももらっていましてね。最近だと王妃様が開いた茶会で出されたものでしょうか。

 酸味の強いレーモを使ったタルトを考案したのも、それに合う茶葉の選別したのもサリーなんですよ。

 中でも私のお気に入りはやはり花の砂糖漬けですね。隣国ではそこそこポピュラーなのですがこちらでは食べる習慣はなかったでしょう?


 薔薇の砂糖漬けが注目され始めたところで、スヒアを売り出してはどうかとサリーから連絡が来た時は驚きました。

 お陰で今ではどのパーティーにもスヒアの砂糖漬けが皿を彩っている。彼女は素晴らしい商才を持っていますよ」

「そ、そう、ですか……」

「確かに淡い色の花が食べられると聞いて驚いたけれど…あれが……。それにレーモのタルトも甘過ぎず、とても美味しかったですわ……」

「恐れ入ります」


 生家の子爵家が商売をしているのは調べればすぐ出てくるが、ベグリンデール家は特に子爵家の商会に対して特別待遇や利益ある話を振ってくることはなかった。

 両親の商会は小さく、領民向けだったし、伯爵家もマカオン商会程ではなくとも有力な商会と繋がっていたから特に興味はなかったのだろう。


「サ、サルベラさんも教えてくださればよかったのに……っ」


 なんて顔色の悪い義母が聞いてきたが、マカオン商会と繋がっているのはよく調べればわかるし親族なのも遠いだけで隠してはいない。両親は毛嫌いしているが。


 婚約中に点数稼ぎでマカオン商会の物を贈ったら「こんな高価なものを贈らなくてもいいのよ」と子爵家の財政事情を心配されたな、と思い出した。


「以前、子爵家では手が出ないマカオン商会の物をお贈りした時に気づかれているものと……」


 顔を引き吊らす義母に合わせて歯切れ悪く、申し訳なさそうに返せば、そうだった。といわんばかりの気まずそうな顔をした。


 義母は、バミヤンやベグリンデール家に媚を売るためにサルベラが無理をしていたのだと思っていたのだろう。

 商会の手伝いをして得た給料と割引で随分格安で手に入れたからそこまで痛手ではなかったのだが。


 マカオン商会は王家とも取引しているとあって高額の商品を多く取り扱っている。

 そのため『王家、高位貴族御用達』という仰々しいものが商会の名前の前後にくっついているのだ。

 なので普通の子爵家が買えるはずもなく、ものによっては商品ひとつで家が傾くためマカオン商会のものは憧れのブランドになっている。


 なので実家に買わせようとした義妹が欲しいネックレスは絶対に買えないものなのだ。割引してもらっても破産寸前だろう。

 勿論伯爵家だって一大決心ともいえる買い物になるわけだが。


 そう考え、優雅に座る彼を盗み見る。

 ここにラヴィが現れたのは閉じ込められて更に身動きがとれなくなったサルベラ達を心配してのことだろう。

 定期的に外と連絡をとっていたカインまでもがサルベラと同じ部屋に閉じ込められたのだ。何かあったのでは、と動いてもおかしくはない。


 逆に義両親は棚ぼただっただろう。かの有名なマカオン商会のラヴィから直々に声をかけられたのだ。

 しかも嫁はマカオン商会と親戚として繋がっている。これを縁に好条件の取引が出来る可能性も高い。


 だが、サロンで話を聞いている使用人達は別だ。ある意味、子爵位以上に価値がある、もっといえば金のなる木だったサルベラの新事実にサロンの空気が一気に冷える。

 陽射しの暖かさを貯めやすいサロンだが、日も暮れたのもあり一気に冬に戻ってしまった。


 義両親は気まずい顔だが、執事や侍女長らは困惑と恐怖で顔を強張らせている。

 特に後者はこの家でのサルベラの日々の扱い思い出し顔色を悪くしていた。

 ここで告げ口でもされれば減給は確定。最悪クビもありうるだろう、そんな顔だ。


「そうそう。うちの商会が仲介したウエディングドレスもさぞや美しかったんだろうね」


 ニコニコと知らぬ顔で今思い出したといわんばかりにラヴィが切り出し、カインが口を押さえた。笑うなら外に出た方がいいわよ。


「え?セバージュ殿。その、ウェディングドレス、とは?」

「贔屓にしてくださっているベグリンデール伯爵……その頃はまだご子息でしたか。

 彼からの要望で王家も利用している有名なデザイナーを紹介したんですよ。

 生地も針子も最高級を用意したので王家の花嫁に負けないくらいのものが出来たと礼状と共に聞いたのですが。

 ………まさか、花婿の両親が式に参加しなかったなんてことは」

「い、いえいえいえ!!そんなことは!」

「ウェディングドレス!!ええっあれですわね!あれ!」


 にっこり、圧を込めて義両親に微笑むと、二人は大慌てで嘘をついた。

 義母なんか侍女長に同意を求め『どういうこと?』と目で聞いている。


 あの日サルベラが着ていたウェディングドレスは確かにウェディングドレスだったが、既存の安っぽいものだった。


 勘違いでは?とつっこむには躊躇する空気で、だからといってあのみすぼらしいドレスが有名デザイナーとは、王家の花嫁にも負けないくらいのものとは義両親も到底思えなかったようだ。


 それもそのはずで、義両親は伯爵領への引っ越し準備に追われていたから知らないのだ。

 結婚式はバミヤン達に任せきりで、支出は報告書で確認しているかもしないがこの分だと何も知らないかもしれない。

 バミヤンがラヴィに知られているほど常連だということも初めて知ったようだ。


「そのウェディングドレスですが」

「サビンナ様!」


 仕方ないと口を開けば侍女長が目を吊り上げ声を荒げた。余計なことを喋るなといいたいのだろうけどここで止めるのは愚策よね。


「?誰のことだ?サビンナ?」

「あっい、いえ!あの、えと、さ、サルベラ、様と……」


 眉を寄せ睨んだラヴィに侍女長は萎縮し、今まで見たことがないくらい狼狽した。どもりつつも正解の名前を紡いだのにそちらの方が間違いに聞こえる。

 ナリアがまったく覚える気がない上に適当な名前を大量生産したからわからなくなったのかもしれない。


「きみ、この家に来てから何年経つ?」

「こ、今年で、に、二十二年でございます…」

「長く勤める使用人を重用するのは情もわくし利にかなっているが、女主人の名をわざと間違えるのはベグリンデール家の習わしか何かですか?」

「い、いいえ!違います!」


 冷えた声に義父が飛び上がるように否定した。

 見たことがなくても正しい名前、正しい発音、正しい情報をいつでも答えられるのは従者の常識だ。知らなければそれを教育するのが主人の役目。

 外部の人間に従者の落ち度を知られれば、家の恥、主人の恥に繋がる。使用人の立場が上なら失態はより深刻にみられるのだ。


「しかもこの家の女主人の言葉を遮ったようだが?ご子息は跡を継いだのではないのですか?」

「つ、継ぎました!サルベラはこの家の女主人で間違いないです!!」

「いいえ!いいえ!遮ったつもりはありません!たまたま、そうタイミングが悪かっただけで」

「黙れ!貴様っ侍女長!言葉を遮るとは何事か!!たった今から侍女長の任を解き、ただの侍女として……いや、下女として再教育をする!!わかったな?!」


 そんな!と悲鳴じみた声をあげた元侍女長は泣き崩れた。



「それで、可能ならばそのウェディングドレスを着て見せてほしいのだがどうかな?」


 人目を憚らず泣く元侍女長を冷たく見下ろしたラヴィは強制的に黙らせる言葉を吐いた。

 それがどういうことかわかった者や元侍女長の顔色が一気に青くなる。



「え、ええ!ええ!そうねっわたくしももう一度見たいわ!」


 ダメ押しに追撃してくる何も知らない義母に隣の執事も青白くなった。おでこが汗でテカテカに光り滝のように流れ落ちている。

 それを眺めながら自業自得よね、とサルベラはそ知らぬ顔をしたのだった。









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