とある男爵令嬢の話・1
全4話ですが、作中もっとも不快な台詞を羅列したものになりました。ご注意ください。
目を開けると質素な天井が見え、視線を下げれば質素な部屋に似つかわしくない鉄棒が見え眉をひそめた。
「なんでわたしがこんなところに入らなきゃならないの?」
セイラ・スコティッシュ。
それがこの世界でのわたしの名前だ。
根暗な姉がやっていたゲームを奪い取って遊んでいた世界にある日突然降り立った。
目覚める直前、姉に突き飛ばされて世界が真っ白になったが、瞬きをして意識が覚醒したら姉が消え、世界が変わっていた。
最初は名前にも生活にも慣れなくて不便だったけど、今はあっちの世界が夢だったように思う。
寝ても覚めてもあっちの世界に戻れないし夢にも見ないからこっちの世界を楽しむことにした。
前世よりも不便極まりない世界だったが、ひとつ気に入っているものがある。それはわたし自身だ。
窓ガラスに映るわたしは自分がいうのもなんだが完璧で美しかった。絶世の美女というやつだ。
前世はいくら化粧をしても限界があったし元がそこまで良くなかったから整形したかった。
でも整形するにはお金が必要で、化粧品も服もアクセサリーもバカにならなくていつも金欠だった。
それがすっぴんでも誰もが振り返るこの美貌に我ながら羨望の溜め息が出てしまう。
顔が完璧ならプロポーションも完璧だった。聖女の力があるとかで男爵に養女として引き取られたのだが、初めて姿見を使って自分を見た時は感動してしまった。
焼け過ぎていない肌はきめ細かく、くすみひとつない。
どんなに大きくしたくてもできなかった、パットでかさ増ししていた胸が自然と谷間を作れるくらいになっていた。
これはこれで肩凝りが辛いと後で知ったがヒップラインも長い脚も全てがわたしの理想通りだった。
ピンクの髪の毛も最初はバカっぽくて合わせる服が大変だと思っていたが髪の毛自体はアレンジしやすく、男爵令嬢になってからはそこそこマシな格好ができるようになった。
この世界がゲームの世界だと気づいたのは学園に入ってからだ。見覚えのある令息達がこぞって声をかけてきて、わたしは街でアイドルと出逢ったようなテンションで喜んだ。
ゲームでは聖女の力を高めるために王子達と親密になっていき、障害を乗り越え告白イベントを迎える。そして結婚式でハッピーエンド。
特にこれといった内容はなく、ただ単に男を落としていき貢がせていくゲームだ。
それを言うと姉は憤慨したが、二次元に囁かれるだけで尊いとか、過去を知るからこそ告白されて泣くとかまったくさっぱり理解できない。
処女は無駄に妄想するから現実が見えていないのだろう。
それでも暇潰しには丁度良かったのでいろんな男を攻略してあげた。
その男達が目の前にいる。それだけでテンションが上がった。
だって前世では二次元だったが今は直接話せるし触れるしキスもできる。
しかも相手は超イケメンだ。前世ならお近づきになることすらできない相手にセイラは胸が躍った。なにせわたしは絶世の美女。
王子達ですら見つめるだけで頬を染め、わたしを称えてくれる。
なによりわたしに興味があるのに落とさない手はない。むしろ全員落とす!そう意気込んだ。
攻略してる間はとても楽しかった。自分が知ってる通りに動いて、好感度が上がって、わたしに恋をする。
こういうわかりきった動きをされるのは興醒めでつまらない、という人がいるだろうがそんなことはない。
わたしの掌で美男子達が思い通りに動きかしずくのだ。それがつまらないなんて勿体ない話だと思った。
一通り男達を落とした後は、今後をどうするか考えた。
ゲームと違って結婚後も物語がある。どうせなら楽しく過ごしたい。
少し悩んだ結果、ユバルイン・セバージュに決めた。
彼は銀髪とアイスブルーの瞳が美しく、わたしに負けないくらい肌も透き通るほど白くきめ細やかだった。
ゲームをしている時もわりかし好きな顔だったのと、プレゼントしてくれたものが一番高価でセンスがあったのが決め手だ。
二人が並べばあまりの神々しさに誰もが羨み称賛したわ。ピンクの髪の毛もユバが隣にいるととてもしっくりときて、わたしの目は間違ってなかったと自画自讃した。
そうしてこのまま順風満帆に面白おかしく生きていけるのだと、そう思っていた。
陰りが見えてきたのはユバを選び結婚の話をしてからだ。
成人は前世より早いくせに結婚までが長い。両家の承認と顔合わせ、婚約したら婚約式があって、それなりの期間を経た後にようやく結婚、といった流れだ。
これが一、二ヶ月くらいに収まるなら我慢もするが一年二年とかかるらしい。とても長い。
結婚式の半年から一年前は式やらウエディングドレスやらの色々な準備で追われるからだが、卒業してぽんと結婚出来ないことにガッカリした。
ゲームではエンディングですぐ結婚式だったから余計にショックだった。
その次に驚いたのはセックスだ。貴族って結婚式以降じゃないとセックス出来ないだなんて誰が決めたの?!と初めて知った時心の中で叫んだわ。
だってセックスよセックス!互いに想い合って盛り上がったらすることはひとつでしょう?!好きならひとつになって気持ち良くなりたいでしょ!普通は!!
だというのにいい子のユバは初夜まで待って、と引かないしキスだってお上品にくっつけるしかしてこない。
まあイケメンのキスは大変満足できるものだったが、くっつけるだけのものは子供っぽくて物足りなかった。
ていうか、今が一番セックスに興味津々でヤりたい時期じゃないの?!わたしの裸体を夜な夜な思い浮かべては自分の息子を慰めてるんじゃないの?!
キスだってべちょべちょにするくらい、シたいものじゃないの?!修行僧かよ!
だからといって今更他に乗り換えるのもどうかと思い、仕方なく結婚式まで我慢しよう思ったが、卒業パーティーで運命の出逢いをした。
ユバにそっくりな紳士を見つけたのだ。
聞けばユバの父親だというではないか。
どう見繕っても三十代にしか見えない。いや前髪を垂らせばもっと若返るだろう。うわーうわー!とセイラのテンションが上がった。
未来のユバの姿がこれだ!というのとセイラの好みは年下よりも年上だった。
前世でも金欠で困って援交というかパパ活というか、そういうことをして大人からお小遣いを貰っていた。
しかもユバの父、ラヴィエルはマカオン商会の代表で勇者の末裔で美丈夫ときた。ドストライク過ぎて一瞬ユバを忘れたくらいには暴走したかもしれない。
ラヴィエルに冷たくあしらわれたような気がしたが、そんなの気にならないくらいラヴィエルに見惚れた。
ラヴィエルならユバよりももっとずっと贅沢をさせてくれるだろうし、幼妻なわたしを溺愛してくれるだろう。セックスだってきっと気持ちいいはず!
姉もユバには裏ルートがどうのって言ってた気がするし、これのことなのかも!と期待した。
きゃーっどうしようどうしよう!ユバと結婚したらラヴィエルと住むことになるんだよね?!
あの声と眼差しで『サリー』って呼んでほしい!前世のわたしの名前っぽかったし、こっちでも親しい人には呼んでもらってるもの!
親密な関係になりたいって言ったらラヴィエルは戸惑うかな?義娘に迫られたらラヴィエルはどんな顔をするかしら?!
きっと『どんなに私が恋焦がれても君は息子の妻だ。私達は結ばれてはいけない運命なんだ。すまない。だが想うだけは許してほしい。私の心はサリー、君と共にいる。
君を困らせてしまうだろうが言わせてくれ。〝愛してる〟。世界でただ一人の愛しい人』
って、切なそうにラヴィエルが言うんだわ!燃える!押し倒されたい!
ユバはわたし一筋でわたしが望めば誰といても気にしなかった。こういう時ゲームキャラって面倒がなくて楽だなって思う。普通なら修羅場だものね。
だから心置きなくラヴィエルにも接近できるというもの。なんならユバとの婚約中にラヴィエルともデートしたり、気持ちいいこともしてみたい!
既婚者だからユバみたいに小難しいこと言わないだろうし!テクニックだって凄いはず!ウフフ!
こんなイケオジとシたら腰が立たないくらいどろどろにされちゃうんじゃない?!きゃーっどうしよう!
ラヴィエル無しじゃ生きれない体にされちゃう~!わたしにはユバっていう旦那様がいるのにぃ~!
と未来の義父と夫とのドロドロな三角関係を思い描き悦に浸った。
だが話をしていくうちにおかしなことになっていった。
サリーはユバの母親の名前で、セイラが使ってはいけないというのだ。
たまたま同じ名前になっただけなのになんでわたしだけが使えないのかと憤慨した。だったらお前も変えろよ、と思ったが女主人だから許されるらしい。それを聞いて更に腹が立った。
しかも女主人だと、ユバの母親とかいう女はあり得ないくらいババアだった。うっそ。この不細工がラヴィエルの奥さん?マジありえないんだけど!わたしを騙そうとしてるんじゃないの?!
使用人かと思ってたのにユバの母親と聞いて戦慄した。
いい年したババアが化粧もろくにしないでパーティーに出るとか頭おかしいんじゃないの?!
うげーっやだやだやだやだ!こんな大人にはなりたくない!ボケ老人かよ。ノーメイクなんて裸で外を歩き回ってるのと同じなんだけど!最悪!
このおばさん鏡持ってないの?持っててあれとか、ラヴィエルへの冒涜だわ!ラヴィエルが可哀想!
ラヴィエルに肩を抱かれ意気揚々としているババアに殺意が沸いた。
ラヴィエルの奥さんはわたしみたいに美しくて、わたしみたいに若くて、わたしみたいに美を維持してる人がなるべきなのよ!
間違っても目尻の皺とかほうれい線をさらけ出しても気にしない恥部丸出しのババアなんかじゃないわ!
何でユバもラヴィエルもあのババアに何も言わないの?!あのババアに騙されてるんじゃないの?社交界で絶対笑われてるわよ。ほら今だってみんなが不審な目でこっちを見てるじゃない!
美男美女の中に場違いなババアが混じってるからだわ!景観が損なわれるのよ!今すぐ警備隊に捕まえてもらって牢にぶちこんでもらわなきゃ!
不細工は生きる価値なんて無いのに!だからみんな一生懸命メイクして着飾ってるのにあのババア何勘違いしてんの?
あーもー面倒臭いけどわたしが排除しなきゃダメよね。だってわたしは社交界や世界を導く美の女神だもの!!
わたしが代表して勘違いの不細工ババアを罰しなきゃ!わたしはこの世界を美しく塗り替える救世主なんだから!
「……まったくなんなの?ゲームなら同じ名前でもスルーするのに何でここではダメなんだろ。バグ?ていうか、わたしがヒロインなんだからわたしがサリーでいいわよね?普通ならそうよね?」
「?セイラ?」
ブツブツと喋るセイラを詳しがったユバは近い距離でこちらを覗き見た。さらりと揺れた銀髪とアイスブルーの瞳がキラキラとして美しかった。
ああもう、マジ無理!見れば見るほど遺伝子が勿体ない!美しい者は美しい者と結婚して美男美女を後世に残すべきなのよ!
間違ってもあんな不細工でリスクしかない劣性遺伝子を入れるべきではないわ!!
なんでそんなこともわからないの?前世の方が科学が進んでいるから?政略結婚なんかしてるから?
あんなババアしか選べなかったなんてラヴィエルが可哀想。不幸過ぎる事故だわ。ババアのせいでEDになってたらどう責任とってくれんのよ。
あーあ、あのババアじゃセックスも気持ち良くなれなかったんだろうなぁ。どう見ても不感症っぽいもん。ラヴィエル可哀想。ラヴィエル頑張ったんだろうなぁ。あー可哀想!
わたしなら若いしあそこもすぐ濡れるしどうやったら男が喜ぶかも、一緒に気持ち良くなる方法も知ってたのになぁ。不細工を見ながらセックスなんてマジ可哀想。
こんな美しくて目の保養になるわたしと出逢えたんだから、ラヴィエルはきっと今夜からわたしを思い浮かべて一人エッチするんだわ。あのババアとの記憶を消すために。当然よね。
あ~っ早くラヴィエルを慰めてあげたい!気持ち悪い不細工ババアの記憶を完璧で美しい新妻であるわたしで塗り替えてあげたい!
相性のいいセックスは最高に気持ち良くてめちゃくちゃハマるってラヴィエルにも知ってほしい!あのババアとじゃ絶対気持ちよくなれなかったんだろうし。
ラヴィエルとわたしの方が絶対体の相性いいし!そしたらみーんな幸せになれるじゃん?やばっ想像したら濡れてきたかも(笑)
あ~っ待ちきれない!今夜わたしに会いに来てくれないかな?呼んだら来るかな?待ちきれなかった、て壁に押しつけられて野外セックスになったらどうしよう!声我慢できるかしら?キャハッ
あとはぁ、ユバルインともたくさんセックスして~、子供もできたら産まなきゃだしぃ、あ!いつか3Pもしたい。ユバはラヴィエル似だからラヴィエルの子供作っても問題ないかも?
ぷはっ!ヤバッ!わたし子沢山じゃん!前世は結婚もしてなかったのに!笑える!
え?ラヴィエルの奥さんとか、ユバの母親とか言ってる虚言癖のババア?
あーいらないいらない。だってババアに女性ホルモンなんてないし。だからこれっぽっちも魅力を感じないんだわ。
性感帯ももう石化してるんじゃない?カラカラに干からびてるでしょ。ラヴィエルとだってとっくの昔にセックスレスになってるに決まってる。
ラヴィエルは紳士だから気を遣ってあげてるけど、自分がどんな不細工かもわからないような耄碌ババアより、若くて美しくて抱き心地最高なわたしの方がいいに決まってるわ!
あんなババアなんてもう用無しよ!よ・う・な・し!アハハッ
きっとババアのあそこもろくに使われないまま役目を終えて閉じちゃったんだろうなぁ。プププッでもまー仕方ないよね。不細工でババアなんだし。それに不感症じゃラヴィエルじゃなくてもつまんないもん。
でもそしたら本当に生きてる価値ないんじゃない?ラヴィエルを前にして濡れない女なんて、人としても終わってるじゃん!最悪!ラヴィエルに謝れよ!!それで今すぐ消えてなくなれ。
死ぬだけのババアに名前もいらないよね?あんなババアより何百倍も美しいわたしの方がラヴィエルとお似合いじゃん!絶対にそう!だってわたしヒロインだし!なんだって叶うはず!
あ~っ!ラヴィエルとユバルインの甘酸っぱくてエロエロな新婚生活、楽しみだわ~っ!!
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読んでいただきありがとうございます。
セイラは現実を見ているようで見ていない、ゲーム感覚で物事を見ているのでいろんなところがバグってます。




