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冤罪で悪役令嬢になりましたが、幸せになることを行使したいと思います!  作者: 佐古鳥 うの
番外編

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ユバルイン・セバージュの悪夢・4

一部不快に思うシーンがあるかもしれません。

 



 今まで苦楽を共にしてきた仲間達の顔が思い浮かび唇が震えた。

 自分の幸せもセイラと幸せになることも大事だが、それと同じくらい支え仕える王子や側近達も大切な仲間ということを思い出した。


 本来ならばどんなにセイラを愛していても、王子が乗り出している時点で自分は身を引かなければならなかった。セイラの手をとってはならなかった。


 その手をとるということは王家を嘲ることに繋がり謗りは免れない。そこでハッとして泣きそうな顔で父を見た。



「あの、もしかして、婚約を()()したことを母上も知って」

「勿論知っている。社交界ではお前達と聖女の愚行は有名だったからな。まったくろくでもないことをしてくれた。

 矢面に立たされるサリーの気持ちも考えろ。私達が選んだ婚約者の家からは表立って抗議を受けているが、すべてサリーが対応しているんだぞ」

「そんな!」


 ということは、母に言った『円満解消』が嘘だと知られ、尚且つ前の婚約者と仲が良かった母がその家から責められていることになる。

 なんてことをしてしまったんだ!と真っ青になった。



「そんなもなにも、愚かな息子の尻拭いをするのは親の役目だ。誠心誠意お前の代わりに謝ったよ。

 この醜聞はうちだけではないから、私に言われる今の今まで気づかなかったのだろうが、サリーは令嬢の汚名をそそぐためにどんなに迷惑だと嫌がれても良縁を繋げられるように奔走していた。

 なぜかわかるか?」


「…っ…」


「サリーも昔、負う必要のない瑕疵で苦しめられたからだ」


 心臓がぎゅっと握りしめられ苦しくなった。僕はセバージュ家に泥を被せただけではなく、母を更に傷つけ苦しめることしてしまったのだと知り頭を抱えた。


 知らなかった。学園では相思相愛でお似合いのカップルだと肯定的な意見しかなかったし、否定があったとしてもやっかみ程度で笑って流せるものだった。


 けれど一度外に出れば見方もガラリと変わる。社交界なんて顕著だ。あそこで否と言われればどんなに正しいと思っていても間違いなのだ。

 自分達がしたことは婚約者達に対しても自分に対しても醜聞であり、両親からすれば恥ずべき汚名になってしまった。


 母を傷つけたから父が怒ってユバルインやセイラを罰したいんじゃない。それだけの罰を与えなければ体裁がとれないほど僕は馬鹿なことをしでかしたのだ。



「……やっとまともに頭が動かせるようになってきたようだな。

 ああ、色々考えられるようになったからと、今更善人ぶって元婚約者に謝罪に行かないように。

 軽薄で不誠実なお前の顔など二度と見たくないそうだ。


 ご両親もお前を見たらたとえ私達の前でも娘に汚名を着せた恨みを晴らすべく殴り殺してやると言っていたからな。命が惜しければ近づかないように」


 豪快だが優しかった前の婚約者の父がそんなことを言うとは思ってなくてショックを受けた。

 だが、それはそうだと思った。だって愛してやまない一人娘だったのだ。それを知っていたのに自分は切り捨てた。セイラしか見えてなかった。


 愚かな自分に唇を噛むと、父が世間話をするかのように母があんな姿になってしまった経緯を話し出した。どうやらセイラの母親が関係しているらしい。



「お前の母、サリーがあの小娘を見て恐慌状態に陥ったのは小娘の母親がまだ公爵令嬢だった頃、サリーをターゲットにして徹底的に辱しめ嘘の瑕疵で貴族界から追放しようとしたことが原因だ。


 サリーの学生時代はとてつもなく辛いものだった。

 小娘も卒業パーティーを潰されたと嘆いていたが、サリーは卒業の日に衆目の中小娘の母親であるあの女に名誉を傷つけられ立ち上がれないほど心を貶められた。


 わかるか?どんなに言い返したくても公爵令嬢の前では子爵令嬢は許しがないと口を開くことすらできない。

 それをいいことにあの女は自分にこそ正義があると嘯き、誰も助けないように誘導し、サリーを悪だとそこにいたすべての者達と共に断罪した。


 弁解も許されず、ただ立って周りに視線で詰られ、貶められる自分を見ているしかなかった。


 私と結婚した後にはあの女は嘘の王命をでっち上げ、わざと難がある家を選び嫁がせた。

 どんな家かわかるか?血の繋がった家族以外の者を虐げ時には折檻も厭わない妻を奴隷のように扱う家だ。


 そこで殺されたと知ったあの女は率先して社交界でサリーがどうやって無様に死んだか、酷い嘲りを含んだ噂にしてばら撒いた。


 私の前では同情するフリをしながら、歓喜した目でこれで心置きなく自分の物になれるわね、とせせら嗤ったんだ」


「……」


「その嘘の王命を事前に知ることができた私達は身代わりを立て死を偽装した。だがそのためにサリーは本当の名前を捨てなくてはならなかった。


 今でこそ安定しているがお前が産まれるまでは精神が不安定で、酷い時はあの姿にも度々なっていた。


 あの忌々しい地でなければ、当時サリーを貶めた屑や愚か者達は懺悔すら聞き入れてもらえず悉く地獄に落ちていただろう。国自体もなくなっていたかもな。

 今も安穏と生きていられることをサリーに感謝するべきだ。


 サリーにとってお前や子供達は精神を安定させる要だったんだ。

 だがもう此の世にいないはずのあの女とそっくりな女が現れた。

 しかも大切な息子の新しい婚約者として。

 お前達が何も考えず、何も気づかず、嬉々として挨拶に来た時サリーは再び恐慌状態に陥った」



 聞いて頭が真っ白になった。僕は母が好きだった。だから期待に応えたかったし早く大人として認めてほしかった。


 セイラが聖女というところも打算に入れていたのは間違いない。きっとセイラなら母も気に入ってくれて素晴らしい伴侶を手に入れたと褒めてくれる、そう思っていた。


 前の婚約者を母達が決めたことに反感を持ち、その婚約者と母が仲が良くしてるのを見て疎外感を感じていたのを今更思い出した。


 もしセイラになんの因縁もなかったとしても、前の婚約者を気に入っていた母がセイラをすぐに気に入るはずなどなかったのに。

 自分が正しいと思いたかっただけで母のことなど何も考えてなかった自分に気づいてしまった。


 じわりと込み上げる涙に唇を噛んで耐えた。



「だが小娘自体にはなんの瑕疵も思い入れもない。中身が異世界人となればサリーを貶めるためにお前達に近づいたわけでもないだろう。

 ただ小娘は髪色以外のすべてがサリーを追いつめたあの女に、あまりにもそっくりだった。


 もしお前があの小娘と結婚すればサリーは表面では祝福できても傷つくだろう。お前のことも必要以上に心配し体にも影響が出るかもしれない」


「……」


「仮にあの小娘がセバージュ家に嫁いだとして、その後どうなると思う?

 どんなに窘めても間違いなく小娘はサリーの名を奪い、立場を奪い、私達の目を掻い潜って必ずセバージュ家から追い出すだろう。

 人が使えるなら殺すかもしれない。お前の妹も消すかもしれないな。エリザベル(あの女)なら間違いなくそうするからだ。


 あの時の態度を見る限り、自分の方がセバージュ家の女主人に相応しいと本気で思っているだろう。

 義母になるかもしれないサリーを捕まえてサリーの名は自分の物だと、女としての役目が終わったのだから自分に譲れと、死ねとさえ言ったんだ。


 私はサリーと家族を守るためにあの女と同等の警戒をせざるを得ないと確信した」


 だから母や妹達が傷つけられる前にユバルインの記憶を消してすべてなかったことにするのが自分の役目だと父は静かにいった。



 しばらく沈黙が続いた。悔しさで込み上げた涙がひとつ、ふたつ零れて足に染みを作っている。嫌な汗もずっと流れていて着ている服が不快になってきた。


 自分はもう王子の側近として栄誉ある仕事に就くことは出来ないだろう。セバージュ家も継げるかわからない。


 セイラを選べば待つのはセイラの介護と幽閉だ。愛しの人を選んだ代償に見知らぬ土地で二人きり。

 聞こえはいいが現実はもっと過酷だろう。正直盲目のセイラと幸せになれる想像ができなかった。



「父上。ひとつ疑問があるのですが」


 家を出ていくことは構わない。母や家族に迷惑をかけたのだからそれくらいなら甘んじて受けよう。けれど考えていくうちにあることを思い出し父を見た。


「聖女の癒しの力があれば、たとえ目が潰れていても元に戻せるのではありませんか?」


 これはセイラとの結婚生活に期待したからではない。確証があれば言わずに二人手をとって何処かに逃亡すればいいだけの話だ。


 そういう意味ではなく、聖女の力は絶大。それが異世界の者となれば母のあの姿を治すことができるのでは?と思ったのだ。



 聖女と聞いて恋に落ちるより前、最初に思い浮かべたのは確かに母だった。

 あのような異形の姿は見たことがなかったが時折、体か苛まれているような苦しそうな顔をしているのは知っていた。


 だから癒しの力なら母を苦しみから解放できるんじゃないかと、都合がいいことを考えていた。



「確かに聖女の力なら血に苦しむサリーを二度と異形にしないくらいの癒しを与えることは可能だろう」

「なら、」

「本物ならな」

「……え?」


 驚き父を見ればセイラのあの力は本物ではないと断言した。


「異世界の知識を持つのだから勇者同等、聖女の力もあって不思議ではないが……あれはダメだな。


 姿形が変わったくらいで婚約者になれたかもしれない相手の母親を化物だの殺せだのと喚くことしかしなかった。

 本物の聖女なら波風を立てる前に癒していただろう。勇気ある異世界の者なら見た目にとらわれず対話を試みたはずだ。


 それに力も弱過ぎる。あの時自分の喉を治したようだが、魔力を循環させればすぐに消える程度の()()()()()嫌がらせだ。


 体内だからお前は失念して無様に踠いていたが、聖女の力を以てすれば私の嫌がらせなど涼しい風が通った程度にしか思われないものだ。

 それがあそこまでわかりやすくかかったのは修行不足、もしくはたいした能力ではないということだ。比べるなら娘の水魔法の方が治癒効果が高いだろう。

 それともお前になら聖女らしい姿を見せていたのか?」



 苦しむ人達に手をさしのべ、重病人をたちまち祈りの力で癒すという偉業。それが大多数が考える聖女の姿だ。


 いつも高位貴族のように美しく保っていたセイラ。美容の話に特に興味を示し、市井の話も好んでしていた。

 それからパーティーに着ていくドレス。これは聖女では味気ないものしかなく、男爵ではセイラに相応しいドレスがなかったから着ていくものがないと嘆いていた。

 僕達はそれを不憫だと思い競ってドレスや装飾品を贈った。



 セイラはとても喜び、パーティーではなくても悪目立ちしない程度の装いで贈られたものを身につけるようになった。

『嬉しかったからちゃんと身につけてるところを見てほしくて』という彼女はとてもいじらしかった気がする。


 だが、そこまで思い出してもセイラが休日に教会に行ったり病人を癒したりする話は思い出せなかった。


 休日は誰かしらとデートをしていたし、長期休暇中も誰かしらの家に遊びに行っていて男爵家に帰ったとも、教会で何かをしたという話も噂もついぞ聞かなかった。


 授業でも聖女だからと魔法の効果が薄くても、座学が不得意でも誰も何も言わなかった。放課後一緒に勉強ができる建前が出来たと僕達は喜んでばかりで違和感を感じなかった。


 じわりと滲んだ汗に思わず手で口を覆った。思い返せばおかしなところが目についてしまう。

 そこでやっと前の婚約者が言っていた苦言の意味がわかった気がした。



 ああ、これはダメだ。本当にやってはいけない過ちを僕達は犯していた。見捨てられて当然、軽薄で不誠実だと詰られて当然だ。


 婚約者を差し置いて四六時中セイラと共に居ようとしたのだ。

 しかも破棄する前から婚約者達よりも高価で見映えがする物をセイラに与え続けた。愚かだという言葉以外思いつかない。


 そして思い出す限りセイラは『聖女』という肩書きはあったが、それ以外は飛び抜けて美しいだけの、普通の男爵令嬢だった。



「その様子だとお前の前でもまともに力を示さなかったようだな」

「う、……あ…ぅ。はい。剣の練習で擦り傷程度の怪我を治してもらいましたが……思い返せば怪我をしてもセイラを慕っていた者にしか癒しの力を使ってなかったように思います」


「それに、冒険者ギルドからの要請も学業と教会の勤めがあるからと断られている。

 聖女として今後も価値があるかどうかは教会が見定めるだろうが、恐らく望む結果は得られないだろう。


 なにせ一番確実で、効果的な場面である『変異してしまったサリーを癒す』、という機会を自ら逃したんだ。

 たとえ結果が得られなくても、聖女としての役目を果たしたということで私やサリーがお前達の結婚を正式に認めただろうに」


「あ……っ」


「私というエサに釣られて欲を出した結果がこれだ。お前には理想の姿を見せていたかもしれないが、私からすれば浅知恵もいいところだったよ。

 欲しいものは全部手に入れなくては気が済まない。邪魔だと認識した者は人も心も踏みにじる。あの女と同じ強欲な娘だった」



 お前を手に入れてもまた欲しくなったら王子や側近達にも手を出していたかもな、とぼやかれまた真っ白になった。


「お前にとって私達が疎ましいと思うこともあっただろう。私も子供の頃なかったと自信を持っては言えない。だがお前を想っているのは確かだ。


 そしてサリーは私よりも誰よりもお前を心配していた。あの時恐慌状態に陥ったが理性を手放さなかったのはお前がいたからだ。お前がいたからサリーは踏み留まった。

 お前がどんなに大人ぶっても私達から離れようとしてもサリーだけはお前を大切な息子だと思っている。


 あの後だって、お前に怖い想いをさせていないか、もう母とは呼んでもらえないかもしれないと落ち込んでいたよ」



 僕はもう成人していて、冒険者登録もしていて、モンスターを倒したり恐ろしい場所にも踏み込んだことがあった。

 商会の仕事も少しずつだが手伝っていたし後継者として恥ずかしくないくらいにはずっと頑張っていた。


 だからもう、怖いものなんてないのに、僕の母は一人だけなのに何でそんなことを言うのかわからなくて、子供扱いするなよ、と思って、よくわからない感情がこみ上げてきて目から涙が零れ落ちた。



「ユバルイン。これが最後の質問だ。どうする?お前はセイラ・スコティッシュと添い遂げたいか?」


 嗚咽を噛み締めるユバルインを暫し見つめた父は、ゆっくりと聞きやすい声でそう問いかけた。













読んでいただきありがとうございます。

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