帝国から来た厄災・2
一部不快に思うところがあります。ご注意ください。
「可哀想だから教えてさしあげるわね。わたくしとラヴィはこのユーザニイアで出逢ったの。
その頃の彼は学園の生徒でわたくしは留学生だったわ。わたくし達は互いを一目見た時から恋に落ちたの。
その日からお互い愛称で呼び合うくらい仲睦まじい関係だったのよ?
あまりにも仲睦まじく寄り添うものだから嫉妬していた人達ですら暖かく見守り、わたくし達を手放しで応援してくれるほどだったわ。
ラヴィとの学園生活は甘く切ない日々だったわ。だってわたくしはいつか帝国に帰らなくてはいけない身。
どんなに互いを愛し合い、周りが祝福していても帝王であるお父様には逆らえないの。
だから別れの日にラヴィはわたくしにいったわ。『必ずサリーを迎えに行く』って……!!」
聞いてもいないことまでベラベラと教えてくれたが最後の最後でピクリと反応してしまった。
その顔を目敏く見つけたサリュリーンは嬉しそうに嗤い重そうな頭ごとこちらに倒してきた。頭分もだが王女は身長が高く物理的に見下ろされている。ヒールも高いのかもしれない。
視線を合わせた瞳は愉悦に歪んでいた。
「あなたも確か〝サリー〟という名前だったかしら?王女であるわたくしと被る呼び名を使うだなんて不敬罪もいいところだけど……まあ国が遠いし不問にしてあげるわ。
それにほんのちょっとだけどあなたに申し訳ないと思ってるの」
「……?」
「ラヴィがいっていたの。あなたのことを誤って妻にしてしまったのはわたくしの愛称と同じだったからだって。
離ればなれになった後もわたくしのことが諦めきれず、ずっと想っていてくれていたんですって。
あなたにも覚えがあるんじゃなくて?
サリーと呼ばれながら、熱がこもった目で見ているのにどこか遠くを見ているような、そんな彼を。
ごめんなさいね。ラヴィはあなたの名前を呼んでいたわけではないの。サリーと呼びながらわたくしのことを深く深~く想っていたのよ」
「…はぁ…」
「わたくしと再会してお互いの気持ちを確かめあった時、ラヴィはひどく後悔していたわ。
『なぜサリーと似ても似つかない、足元にも及ばないあんな名前だけの女と結婚してしまったのだろう』と。
わたくしを信じて待っていればあなたなんかと結婚なんかしなかったのにって。
わたくしのせいで余計な不和をもたらせてしまったのね。わたくしが尊い帝国の王女だから……。
だからわたくしはこう言いましたの。『わたくしへの想いが本物ならばそれを受け止めますわ』と。
ラヴィはすぐにわたくしにプロポーズをして婚姻を結んだわ。こんな小国で誓いあった結婚なんてすぐに離縁できるでしょうけどラヴィはここの臣下ですものね。
どんな障害があっても二人で力を合わせて乗り越えましょうとベッドの中で誓い合いましたのよ、ウフフ」
ちょいちょいぶっ込んでくるわね、ベッドの中。そんなに嬉しかったのかしら。嬉しそうな顔だけど。
後ろでは「はいギルティ。ついでに旦那様もギルティ」とシエラがブツブツと呟いている。
聞こえないように配慮してるみたいだけどメリッサの目が怖いからギリギリ聞こえるように呟いているのかもしれない。
「ラヴィ、随分長い間帰って来ていないでしょう?」
「ええそうですね。ドラゴン討伐に向かったと聞いております」
「ププーッ!勇者再臨と言われたラヴィがドラゴンを倒すのにこんなに時間がかかると思ってるの?!」
何も知らないのね!小国過ぎて新聞がないのかしら?と嗤う王女を黙って見ていると、優雅に扇子を扇ぎながらサルベラを見下ろした。
「ドラゴン討伐はもうとっくに終わっているのよ?フフフっ。
まあその前からわたくしが所有する邸に住んでいたし、わたくしの護衛も昼夜問わずしてくれていたけれど。
ドラゴンを倒した後はお父様に認められて公爵の爵位と広大な領地をいただいたのよ!素晴らしいでしょう?
でもラヴィは爵位も領地もいらないからわたくしを妻に欲しいと言ってくれたの!
他国の人間が帝国の、しかも王女を娶るには強いドラゴンを倒す習わしがあるわ。でもドラゴンは神出鬼没でずっと現れなかったの。
それでラヴィも諦めていたんでしょうけど……でもドラゴンが現れたと知り、ラヴィは自ら前線に立ったわ!
そしてわたくし達の愛を証明するために戦い、見事勝ち取ったのよ!
あなたが今すべきことは自分の心配ではなく、わたくしのためにドラゴンに打ち勝ったラヴィを讃え、強い愛で結ばれたわたくし達を祝福すべきなのよ!!」
声高に熱の篭った演説をする王女に対してサルベラ達の場の空気がどんどん冷えていく。
若干あちらの屈強な騎士達が察したのか、視線が丁度サルベラ達が入らない上の方に向けたまま固定している。
これはあれかしら。結婚したことを祝ってほしいのかしらね?
もし本当に帝国で結婚したなら大々的にパレードをするでしょうし。
わざわざ小国のユーザニイアに来て圧力と自慢話をしてるのもおかしすぎる。
……でもまあ、そろそろ疲れてきたからお開きにしたいわ。
「サリュリーン第三王女様」
「何かしら?やっとわたくしとラヴィの結婚を祝う気になった?」
「はい。この度はご結婚されたそうでおめでとうございます。そこでいくつかお聞きしたいのですがよろしいでしょうか」
「……ちょっとトゲがあるわね。まあいいわ。会うのは今日で最後になるでしょうから答えてあげる」
「卒業されてからドラゴン出現まで間が空いたのはなぜですか?」
「は?だから言ったじゃない。わたくしが帝国の王女で、たとえラヴィがこの国の王子でも格上だから結婚できないと…だから諦めていたって。
なに?愛されていなかったのが悔しくて粗がないか探しているの?そんなことしなくても粗なんてないわ!すべて真実だもの!!」
「そうでしょうか?わたくしが知るラヴィエルは欲しいものに対して真摯な人です。どんなに遠くても関わろうと努力します。
この場合はわたくしの結婚とドラゴンが現れるまでの空白な期間です。
わたくしが知るラヴィエルなら下手な結婚などせず、あなたを信じ続けたでしょう。
そして帝国に、あなたに関わるために商会を使って何かしらの縁を作っていたはずです。
ですが実際はわたくしと結婚し、帝国との取引もまだない」
「はあ?しょ、商会と取引してないからどうだというの?!そんなことをしなくても直接わたくしに言えばいいことじゃない!!」
「学園の同期だから会いたいといって他国の、しかもしがない小国の貴族に帝国の王女様を会わせますか?わたくしなら何か下心があるのではないかと入念に調べますが」
ブッとカインが吹き出した。場の空気を考えて!和んでしまうじゃない。
「そしてあなたのようにホフマン帝王も商会をよく思ってらっしゃらないのなら面会をお許しにならないでしょう」
「な、なんでよ!」
「ラヴィエル・マカオン・セバージュ。マカオンはマカオン商会の名前として代々受け継がれております。そしてラヴィエルはその代表なのです」
「はぁ?!嘘でしょう?!ラヴィエルが、貴族があんな乞食紛いな商売をしてるなんて!」
「この国ではそれが事実です」
余程ショックだったのか、サリュリーンは扇子を落とした。それを拾い差し出せば、じっと食い入るように扇子を見つめたまま彼女は固まっていた。
高位貴族も商売する人はいるが、生国ではあまりいい顔をされなかったことを思い出した。貴族はそんなことをするなという風潮が帝国では色濃いのかもしれない。
「そして今、彼は何のために帝国に拠点を置いているのですか?」
「……は、はあ~?!だ、だからいったでしょう?!わたくしと結婚するためにドラゴンを倒しに来たの!
倒した後は結婚して新婚生活を満喫してるっていったじゃない!!もう忘れたわけ?!」
「でしたらなぜこちらに?帝国に妻であるあなた様の邸があるのなら小国にわざわざ来る必要はないと思いますが」
「だーかーらー!あなたと離縁するためだっていったでしょう?!」
「では、ラヴィエルは今教会か陛下に許可を貰いに伺っているのですね?」
「……そ、そうよ!だからあなたはさっさと荷物をまとめて早急に出ていきなさい!!ホラ早く!!」
「でしたら、いささか齟齬が起きますわ。帝国に拠点となる王女様の邸がありますのに、なぜ帝国を出てこちらに新居を作る必要があるのでしょう。
別荘ならここを潰して建て替えればいいだけのこと。
公爵領にある公爵家を勝手に取り壊すということは、国内の者であっても不敬罪に問われてしまいます。
それが帝国の王女様の気分でなされたのなら、国家侵略罪に問われてしまいますが……」
本人は気づかなかったようだが、ベラベラと気分で話し続けてるせいで食い違いが起きていた。
第三王女だから降嫁は免れないが、帝王が国内で住めるように準備したのならそこに留まればいいだけのこと。
重婚になってバレればラヴィは罪に問われるだろうが優先度だけでいえば、王女が願った通り私の方が離縁させられるだろう。
放置しておけばいいのにわざわざこっちに来て悲劇のヒロインぶるなんてお芝居でも安っぽい話だ。
幸せになりたいのか、幸せだとみせつけたいのか。後者は道化にしかならないと思うのは私だけ?
罪に問われると言われて動揺する王女に嘆息を吐くと、それが癇に触ったらしく声を荒げた。
「もういいわ!いうことを聞かないのなら意地でもわからせてあげる!
お前達、命令よ!この者達を速やかに外に連れ出しなさい!!逆らうなら痛い目に遭わせても構わないわ!
帝国の王女であるわたくしに逆らったらどうなるか体に刻みつけてあげる!!」
進み出た騎士達にカイン達も構え緊迫する。ここで戦えばどちらも無傷ということにはならないだろう。かといって部外者も素直に帰ってくれそうにもない。
というか、いきなり現れて王女とか、帝国とか、妻とか、偽者とか、離縁とか……!いい加減にしてほしいわ!!
「お母さま…っぼくたち出ていかなきゃいけないの?」
懐かしくもエリザベルを思い出し余計に頭を悩ませていると、この緊張感に似つかわしくない、愛らしい高い声が聞こえた。
振り返れば次男が長男に隠れながらサルベラを見ている。今にも泣きそうだ。
そして妹を抱えるユバルインも強張った顔でこっちを見つめていた。
「やだ。もしかしてラヴィの子供……?うわ!嫌だわ。三匹も邪魔なけだものを作ってるじゃない……!!家畜じゃないんだからホイホイと産まないでほしいわ!」
扇子の下でボソリと呟いたみたいだが、嫌悪感丸出しの顔ではっきりと聞こえた。
―――三匹、ですって?
聞こえた使用人達からも一気に殺気が吹き出した。
「サリュリーン第三王女様。ひとつお伺いしてもよろしいかしら?」
「……な、なにかしら?」
「出ていくのはわたくしと子供達でよろしかったかしら?」
子供達を動物のように扱われたことでカチンときたサルベラは据わった目で王女に問いかけた。
騎士を威圧する使用人達に驚いたサリュリーンは動揺したが、すぐにニヤリと扇子の下で笑い、目を細めた。
「ええそうね。あなたのような泥棒猫の血が入った汚れた子供なんてたとえラヴィの血が入っていてもセバージュ侯爵家に相応しくないわ!
残しておく価値もないしけだものと一緒にさっさとどこかへ消えてちょうだい!!
ラヴィの正統な後継者は由緒正しい帝国の血を持つわたくしが産むの!!それがラヴィに相応しい、セバージュ侯爵家に相応しい道筋なのよ!!!おわかり?」
さも今お腹に命が宿ってるかのように愛しげに擦るのでサルベラはお粗末な演技にゲンナリした。
後ろの子供達を見ればシエラ達が耳を塞いでくれている。
緊迫した空気を肌で感じて聞こえなくとも長男なんかは大体察している顔をしているけど、目を合わせてしっかり頷いた。私が、守らなくては。
前を向き、深呼吸をしてから王女を見据え、笑みを作った。
「それはそれは。王女様という高貴な身分でありながら婚前交渉とはいい笑い者ですわね。社交界でもさぞや人気者でしょう」
「はあ?!べ、別に笑い者ではないわ!婚前交渉なんてしてないわよ!なにを勘違いしてるの?!バッカじゃない?!だからラヴィに捨てられるのよ!」
「それも夫が帰ってきてから聞きますわ」
「あなた、たかだか侯爵夫人のくせに生意気よ?!わたくしの方が偉いのよ?!帝国の王女よ?!負けたくせに何でそんな態度がでかいのよ!!
わたくしの許可なく邪魔でしかないけだものを産んだくせに、あなたよりも高貴な身分であるわたくしを愚弄するなんて!!
可哀想だからあなた達を追放するだけにしようと思っていたけれど気が変わったわ!
あなた達がいたらラヴィとわたくしの幸せな結婚生活はいつまでも成立しない!
お父様達の目がないこの国まで来ればラヴィと二人きりの新婚生活がずっと楽しめると思っていたのに!!子供なんて本っ当邪魔!!何で存在するのかしら!しかもわたくしのラヴィに似ているなんて穢らわしい!!
二度と会えないように奴隷に落としてどこかの国に売り払っ……キャーッ!!!」
ぼとりと羽根と盛られた髪の毛が落ちる。バラバラになった髪の毛が視界を遮ったところで気づいたサリュリーンが悲鳴を上げた。
「お嬢。聞くに耐えません。殺しましょう、今すぐに」
「ダメよ。相手は帝国の王女様なんだから……と言いたいところだけどさすがのわたくしも腹に据えかねたわ」
隣にはナイフを手にしたカインがかなり不機嫌な顔で王女達を睨んでいる。殺気だった目に、子供達にはその目を見せないでね、と心の中で伝えた。
子供達はカインが好きだから、その顔は驚いて泣いてしまうかもしれない。
読んでいただきありがとうございます。




