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4・義妹 ( 2 )

 



「バミヤン様の妻?お待ちになって。ナリア様は誰とご結婚なされたのですか?」


 頭の痛い会話だが気にしたら負けだと自分に言い聞かせた。合いの手をいれると何か癇に触ったらしいナリアの眉がピクリと動く。


「バミヤンに決まってるでしょう?!わたしはバミヤンと結婚したのよ!バミヤンが本当に愛しているのはわたしだけ!!

 公にはあなたと!渋々、嫌々、本っ当に仕方なく!わたしのバミヤンが結婚してあげたけど!その前夜にわたくしとバミヤンは二人きりで『本当の』結婚式をあげたのよ!

 だから先に夫婦なったのは!バミヤンの本物の妻は、わ・た・し!ナリアなの!おわかり?」


 あっさり言質がとれてしまったわ。それがどれだけ軽薄な言動かわかっていないのね。

 侍女達も驚きもしなければ止めもしない。みんな事情を知った上で容認しているのね。なるほど、なるほど。


「ああ、月がさす清らかで神聖な教会でわたくし達は誓いの言葉を交わし結ばれたわ!

 ウェディングドレスを着たわたくしをバミヤンは愛しそうに見つめ、何度も愛の言葉を囁いてくれたの!

 ひとつになれた時、本物の夫婦になれたのね、てバミヤンの胸で泣いてしまったわ!バミヤンは泣いているわたくしを抱き締めて美しく愛しいといってくれた。

 二人で上り詰めた時は人生で最高の幸せを感じれたのよ!


 ……あらいやだわ!ドレスをダメにしたことはサリーシャには秘密だといわれていたのに!……クスクス。まぁでもあなたも簡素な結婚はできたのだし、もう無効よね~?」



 まあ大変!と狼狽したように見せていたが、口は嬉しそうにニヤけていた。隠せないなら最初から笑えばいいのに。傷つくほど好感度はもう残っていないから。


「ドレスのサイズは~……う~ん、フフッあなたにはちょ~っと合わなかったでしょうけど……あ!もしかして使用後のあれを着たの?!そのまま?い、嫌だわ、汚らわしい!」


 侍女達とクスクス嗤いながら「そこまでしてバミヤンに愛されてると思い込みたかったのかしら」と見当違いなことを並べ悦に浸るナリアを無表情に見返した。


 知ってましたよ。

 ウェディングドレスは婚約中に見せてもらったけど、サイズ合わせはなぜかしてもらえなかったそれ。

 当日はきらびやかな真っ白いドレスではなく、くすんだ灰色のようなレンタルドレスを着せられた。

 既存だからサイズはいまいちだったし、ベールもなんだか黄ばんで見えて気味が悪くてつけなかった。


 式には欠伸を噛みしめ眠そうな顔とくたびれたタキシードの新郎。気分が悪いからと参列を休んだ妹。

 これで気づかないなんておかしいくらいわかりやすく、バカにされていた新婦。

 隠す気すらなくて今思うと笑えてしまうくらい滑稽だった。


 だというのに、私が怒りも泣きもしないだなんてどうして思えるのかしら?日が経てば経つほど怒りが蓄積していっているのに。

 拒絶反応で顔をしかめれば、ショックを受けたと勘違いしたのかナリア達が上機嫌に胸を張った。



「……そうですか。前日に。よく間に合いましたね」

「やだ!本当に何も気づかなかったの?!フフッ

 私達の式はあなたと同じ教会だったのよ?でなければバミヤンは遅刻してたわ。だってわたくし達朝まで………フフフ!

 あの教会には当分行けないわね。だって至るところでいろんなことをしてしまったもの。フフ、フフフ!」


 思い出して恥ずかしくなってしまうわ!と頬を染めるナリアに内心、うげぇ。と舌を出した。神聖な教会で何してんだ。この罰当たりめ。


「それにしても、白い結婚なんてよくよく考えると不憫ね~。バミヤンの妻にもしてもらえず、愛してももらえない、肩書きだけの妻だなんて!

 でも仕方のないことなのよね。だってあなたは傷物、なんですもの」


「………」


「第一王子のシームレス様を誑かしたんでしょう?それだけでも恐れ多いのに王子様の婚約者であるエリザベル様の手を煩わせるなんて……あなた相当よ?

 だからといって、厄介者を押し付けてくるのはどうかと思うけどぉ。


 そういえば、あなたの名前を聞くだけでみーんな嫌そうな顔をするのよ?

 社交界にあなたの居場所なんてないのね。むしろバミヤンがあなたを救ってあげたようなものだわ。

 まったく、王子様もこんな人のどこがよかったのかしらね?高位貴族にいない下品な所作が自由そうに見えて物珍しかったのかしら?クスクス。

 そんな興味、一時的なものでしかないのにね~」



 事も無げに放られた言葉はサルベラの心の奥には届かなかったが、傷つけられた、肉が見えていた部分には十分に届いた。


 自分の世界が無音になり視界が黒くなる。

 瞬きすれば元に戻ったが目の前のナリアは顔を強張らせ口を閉じ此方を凝視していた。周りの侍女達は顔を真っ青にしてサルベラを見たまま固まっている。

 そんな彼女達を無表情に眺めながらフッと微笑んだ。思考はあの日を思い出していたが視線はナリアに張り付けた。


 ああ、ナリアは少しあの女に似ているのね。


 そうわかったら腹立たしい気持ちと一緒に黒く、よくない感情が吹き出た。

 獲物を食い殺す、ハンターのような気持ちでナリアを見れば彼女は悲鳴をあげ仰け反った。


 つい一ヶ月前までは、仕方がない、どうしようもないと諦めていたけど、情もなく、利益もなく、意味もなく蔑まされる理由はないのだと気づいた。


 私を守るのは私だ。下位だからと卑下する必要はない。

 自分の矜持のために、名誉を守るために、声をあげると、自由になると私は決めたのだ。



「……ナリア様。ひとつお聞きしてもよろしいかしら?」

「な、なな何かしら?」

「わたくしがここに住むようになってから学院に一度も行かれてないようですが……そろそろ試験があるのではないですか?」


 心がざわついて毛が逆立ったが、ひとつ呼吸を置いて無表情に聞くと、ナリアは分かりやすく狼狽した。


「え?!そ、そうだったかしら?!で、でもここずっと、えっと……そう!吐き気がおさまらなくて!お医者様にも無理をするなっていわれてるから!だから休んでいるの!

 試験までには治すつもりよ!そうでなければ後日受けるわ!」


「そうですか。私の記憶では一昨日と昨日のパーティーがあった日がそうだと思ったのですが」

「え?」

「今年が最終学年ですし、お義父様もお義母様もご心配なさっていたはず。お話はもうしましたの?」


 学院は休んでるくせにこの妹はパーティーには行ってるのよね。

 しかもドレスを新たに二着も新調していることも知っている。

 それと試験期間は早々変わらないから二年以降は誰でも予測がつくと思うのだけれど、うっかり忘れて病欠したみたいだ。

 貴族の学校なんてコネ作りがメインで学業は二の次だけど、無事卒業生になれれば社交界で縦の繋がりが作りやすくなる。

 在学中はたいしたことがない存在でも卒業生というだけで箔がつくのだ。


 だからサルベラの親も卒業だけはしろと強くいっていたのだが。

 試験も出ず、出席もしない、学院に対してたいした貢献もしていないとなるとナリアの卒業は難しくなるんじゃないだろうか。


「ぱ、パーティーは夫人としてよ、夫人として!バミヤンを一人で行かせるわけにはいかないでしょう?!あなたは着ていくドレスもないし呼ばれてもいないのだから!

 夫人としての仕事がどれだけ大切か、お母様もお父様もわかってくださるわ!」


 いい加減つっこんであげた方がいいかしら。


「おかしいですわね。バミヤン様には我が唯一がベグリンデール家の女主人を取り仕切ると仰ってましたが」


「そうよ!それがわたくし」

「ですが、バミヤン様とナリア様はご兄妹、でしたわよね?……血の繋がった」


 シン、と部屋が静まり返る。

 顔が強張り、青くさせた者は意味を理解したのだろう。当のナリアは不穏な空気を察したがまだわかっていないようだ。


「何をいっているの?いきなり……別にどっちだっていいじゃない。わたしとバミヤンは真実の愛で結ばれているのよ?!

 幸せなわたし達に嫉妬したからって変なこといわないでちょうだい!」


「ええ、まあ。真実の愛とやらで結ばれているのは構いませんが……お聞きしますが、バミヤン様からどうして結婚出来なかったかをお聞きしましたか?」


「理由?だからさっきもいったでしょう?

 エリザベル様が口出ししてきて、王命の婚姻を無理矢理結ばさせられたのよ!

 それさえなければわたくし達は結婚できたっていっていたわ!!

 だからある程度ザンバラをここに住まわせてやったらどこか遠くの、二度と帰ってこれないようなキツくて厳しい修道院に入れてわたしと幸せに暮らそうって!!

 それまでは辛くても二人でやっていこうって!」

「ですが、それができるのは最低でも血が近すぎないのが最低条件のはずですが」


 不愉快そうに顔を歪めるナリアにいい加減気づいたらいかが?と追撃したが、何かに気づいたようにいきなり勝ち誇った顔になった。


「あ~わかったわ。あなた、わたしが妬ましいのね。だから〝実の兄妹が~〟とかいって言い負かしたいんでしょう?

 でもお生憎様!わたし、そういう戯れ言になれてますの!公式ではそう、てことになってるだけだもの。でもそんなことはわたし達の愛の前では些事でしかないわ!」

「血の繋がりが些事、ですか」

「そうよ!大事なのはここ!心と心の繋がりが大切なの!サリンジャーはみんなから嫌われているから、そんなこともわからないんだわ!

 支離滅裂なことをいう前に少しは愛について学んだらどう?そうしたらバミヤンと結ばれたわたしの愛がどんなに素晴らしく尊いか、真実の愛で結ばれたわたし達がどれだけ固く結ばれているかわかるはずだわ!」


「……そうですか、それは、それは」


 あの男、とんでもない嘘をついたわね。妹の妄想癖よりもずっとずっと非道で罪深いわ。

 まあ、言動を見る限りナリアも都合のいいことしか覚えてない可能性もあるけど。


 正しく情報を認識していれば、書類上正式に認められた妻である私にこんな横柄な態度ではいられないし、『真実の愛』なら尚更大人しくしておくべきだった。


 せめて本当に義理の兄妹であれば救いようもあったのに。



 まだいい足りないナリアを、ドレスの準備をしなくていいのか?と侍女達に振って追い出した。

 義妹様は今日もお出掛けなのだ。パートナーは勿論バミヤンだろう。


「妹と何度も踊るなんてどういう神経をしているのかしらね」


 カインに聞けば小さな舞踏会だったそうだが、それにしたって浅慮だろう。

 三回以上踊るのは婚約者か結婚した伴侶のみだ。あのナリアのことだから二回で止めるなんて気遣いもしなかっただろう。

 いくら愛していても妹がしていいことではない。それを許す方も許す方だ。


 遅かれ早かれ義両親の耳にも入るでしょうね、とカインが用意してくれた安いらしいお茶を飲んだ。


「カインが淹れたお茶はとても美味しいけど茶葉もいいわね。確か隣国のスベーラだったかしら」

「よくわかりましたね。新茶ですよ。この茶葉は新しい方が上品で、その後は酸味が強くなるから貴族にはあまり好まれないけどお嬢はどっちが好き?」


「どちらも好きよ。両方にいいところがあるもの。ああ、でもこの茶の酸味は市井の女性の方が好きかもね」

「なら、時期が過ぎたらそっちにも卸せるか聞いてみるよ。安くはできないだろうけど」

「なるべく試飲してもらって商会の常連の方々に広めてもらうしかないわね。

 味は保証できるからあとはパッケージにアジャルを載せればば商家で流行ると思うわ」

「アジャルですか。そういえば実だけ流通用に名前をつけたんでしたっけ。アジャルはこちらでも人気ですから葉も使えるとわかれば動く者もいそうだな」

「そっちは任せるわ。スベーラの方は女性受けしやすい絵描きにデザインしてもらって。専用の袋を作れば量り売りでも目立つと思うわ」


 色と匂い、そして味を確認してカインを見ると「仰せのままに」と恭しく頭を下げた。

 それを見たサルベラはふっと微笑むと、カップを持ち残りのスベーラを飲み干した。


 さすがはマカオン商会。目利きも味も最高品質ね。








痛い目と後処理いたします。

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