帝国から来た厄災・1
本編から4~5年後の話です。
その日は風が強い日だった。
冒険者の仕事で強制召集されたラヴィはかれこれ半年程邸を空けていた。
最初は絶対子供達に忘れ去られるから、絶対に行かない!!と叫んでいたのだが、現地の冒険者ではどうにもならない古代種のドラゴンが現れてしまい行かざるを得なかった。
『すぐ帰ってくるから!!』
と、予定では三ヶ月の旅路のはずだったが気づけば半年。ドラゴン討伐はなんとかなったらしい、くらいしか聞けずなんとも不安な日々を過ごしていた。
無事ならいいのだけど、と腕輪を見やる。
ラヴィが誕生日プレゼントに昔くれたものなのだが遠くにいてもこちらの体調が伝わる優れものらしい。
平常なら銀、病気なら青、怪我なら緑、命の危険は赤、死は黒…と段階でもっと細かく分かれるようだが簡単にいうとこんな感じらしい。
手紙を送ってみたがまだ返信が来ないのでまだあちらは不安定なのかもしれない。
このままだと下の子供達が父親をカインだと思い込んでしまいそうだ。溜め息を吐き、サルベラはやれる仕事をこなしつつ子供達と共に過ごしていた。
最近は長男のユバルインが進んで手伝ってくれるようになり、商会の仕事も少しずつ関わらせようか、カインと話していた頃だった。
ノックもそぞろに慌てた様子で訪問者が現れたという報告が入った。
ここは侯爵邸で訪れるには事前に伺いの連絡ないし先触れを出すのがマナーになっている。
今日自分に会いに来る客はいなかったし、ラヴィからも聞いていない。試しに執事に聞いてみたがそんな予定はないという。
なら後日改めて、連絡した後に来てもらうしかない。
そういってみたが執事の顔色が悪い。そんなことは言われなくともわかっているはずだ。
だとしたら、断れないような相手が来たということかしら。
「どういった方かしら?」
「……帝国の王女様だと仰っております」
それは追い返せないわね。カインを見ても肩を竦めるだけで答えはない。マカオン商会は手広くやっているが、遠国の帝国とはまだ取引をしていなかったはずだ。
いろんな国を渡り歩いているラヴィなら個人的な知り合いはいるだろうが、その彼はここにいない。
お帰りいただくためにも一度会って話さないとダメだろう。そう思い腰を上げた。
「ラヴィの知り合いかしら」
主に取引相手としての女性の知り合いは多い。友人もいそうなのだがそういった相手はすべて男性だった。
気を遣って紹介しないのかもしれないが結婚した後はむしろ紹介してもらわないと困る。こういう時に。
そう思い聞いてみるとそこにいた者達が歯切れの悪い口調で「恐らく」と付け加えた。
「旦那様の学生時代のご学友かと」
「そうなの?帝国に嫁がれた……は違うわね。王女、だものね」
「……恐れ入ります。留学でこの国にいらしていた方でございます」
どんどん執事の口が重くなっていく。
妙にこの家の人達はラヴィの女性関係を話したがらない。浅くても深くてもだ。
使用人達曰く『奥様に出ていかれてしまったら坊っちゃんは衰弱死してしまいます!』だそうだ。そんな弱い人ではないでしょうに。
私に甘い人だけど出会うまでずっと前線でマカオン商会を支え導いてきたのだ。好きに生きているのに私がいなくなったくらいでへこたれては困る。
そんな人間ならもうとっくの昔に帰ってきてるはずだ。そう考えてサルベラは唸った。
……私もラヴィがいないと困るわ。出ていかれたら私ではマカオン商会を支えきれないもの。
自分が女主人ではなく、主人になったいつかの場合を考えてとても憂鬱な気分になった。
「どうかお止めください!」
とりあえず応接室に通すよう指示したが向かっている途中でメイド達が騒ぐ声が聞こえ急いだ。
玄関ホールに辿り着くとド派手なドレス、縦ロールの金髪と、盛り髪された天辺には大きな鳥の羽がフワフワついたインパクトの高い女性が大柄の騎士を十数人連れて立っていた。
化粧諸々目立つ女性が気になって仕方ないが、物々しい雰囲気に気を引き締めてメイド達を下がらせた。
足元を見れば花瓶が割られ、踏まれた花が散らばっている。盗賊か何かかしら。こんな派手な盗賊初めて見たけれど。
「セバージュ侯爵が妻、サリーと申します。本日はどういったご用件でしょうか?」
「ふうん。田舎貴族だと思ってたけど帝国の挨拶ができるのね。いいわ、答えてあげる。
わたくしはオスミナージュ帝国第三王女、サリュリーン・ディ・ザイヤ・ホフマンよ。今日からわたくしがこの家の女主人となりました。善きに計らいなさい」
「……はい?」
この色々厳つい方々をどうしてくれようか、と考えていたら予想外な言葉が飛んできて目を瞪った。女主人?
「聞こえなかった?わたくしがラヴィエル・マカオン・セバージュの正式な妻だといっているの。これが正式な書類よ。
帝国で由緒正しい歴史あるセントアール大聖堂にて父である帝王と枢機卿からお許しをいただきました。
これはあなた達がどんなに騒ぎ立てようとも、この国の王が拒否しても引き裂けない強固なものです。
理解したならば早急に荷物をまとめてここを出ていきなさい」
はい?と、前に出された婚姻書らしき紙を見ようとしたらすぐに引っ込められた。
互いの名前を書き込む欄はどちらも埋まっていたがラヴィの筆跡かまでは確認できなかった。
なのでそれを確認させてほしいといってみたが、これは大事な書類だから渡せないという。
だったら持ち出し自体ダメだと思うのだけど。
「……はぁ~。あなた察しも悪ければ頭も悪いのね。
本当は温情で使用人として雇ってあげようかと思ったけど……上位の者に対しての態度の悪さ、飲み込みの遅さ、本物の主人が現れたというのに察して引き下がることもできない頭の悪さ、どれも減点だわ。
そんな使えない人間は雇っても後々問題を起こすのでしょうからここではっきり言っておきます。
あ・な・た・は・も・う・用・済・み・なの。
ラヴィはね、このわたくしと二人きりでここに住みたいと言ったのよ。
帝国でもいいじゃないって言ったのだけどお父様達の目が気になるんですって。
一日中わたくしとイチャイチャしたいから二人きりになりたいだなんて可愛いと思わない?
ラヴィったら本当わたくしの前では甘えん坊なのよ。あなたは知らないでしょうけど……フフ。
そういうことだから早く出ていってくれないかしら?ここはわたくしとラヴィの新居ができるまでの仮住まいになるの。
新居はここより広く大きくて立派なものよ!場所はここから近いあそこね。
……え?公爵家がある?そんなの関係ないわ!だって帝国の王女であるわたくしが所望したのよ?!
この国では国王ですらわたくしに頭を垂れなくてはならないの。おわかり?
あそこに決めた理由はそうね。あそこのバルコニーから見る景色がとても綺麗だと思ったの。勿論ラヴィと一緒によ?ウフフ。
仮住まいといってもここでちゃんと生活するからあなたの居場所はないわ。
ああ、あなたの部屋はどこ?改築してわたくしの部屋にするから教えなさい」
随分と勢いよく捲し立てるわね。
こういうの覚えがあるわ。懐かしい気分になったが不快な気持ちに変わりはない。
ぽんぽん進む話にどうしたものかしらと悩んでいると早く部屋を教えろと騎士が前のめりに威圧してきた。
「申し訳ありませんが、夫が帰ってきてから事情を聞き判断いたします。ですので本日はこのままお引き取りください」
「聞いてなかった?今すぐ出ていけといったのよ?!ここはもうわたくしの家なの!
わたくしが正式な女主人だというのに、さも自分が本物だと我が物顔でのさばるのはやめてちょうだい!!不愉快だわ!」
「わたくしはこの家を管理していますが、人事の最高権限は主人であるラヴィエルが持っております。
よって、たとえ帝国の第三王女様でも、夫の正式な妻であったとしても、わたくしがあなたの言葉を聞くことはありません」
「……っくぅ~!!生意気な女ね!!」
癇に触ったのか尊大な態度から顔を赤くし地団駄を踏んだ。
そのわかりやすい態度にシエラが口を押さえてさっきから笑いを堪えている。見た目も相まってツボに刺さったのだろう。私は笑うわけにはいかないけど。
「そこの使用人達!わたくしがラヴィに認められた正式な女主人ですわよ!解雇されたくなければその偽者を即刻捕らえ摘まみ出しなさい!!」
「今度は脅してきたな」
ボソリと聞こえた声はカインだ。チラリと見れば白けた顔でぼんやり立っている。
他は相手が相手なので扱いに困ってる顔をしているがサルベラを捕まえようとする者は誰もいなかった。
「なんなの?!揃いも揃って愚か者ばかりね!わたくしはこのちっぽけな小国よりも大国で、軍事力も強い帝国の王女なのよ?!
わたくしが一言お願いすれば、あなた達を全員路頭に迷わせることだってできるの!
それだけじゃないわ!お父様にお願いすればこんな国あっという間に制圧よ?!意味はわかって?!」
「……知りませんでしたわ。夫はわたくし達どころかこの国までも疎ましいと思っていたなんて。
商会の歴代の代表や大伯母様達がお聞きになったらどんなにお嘆きになることか」
手を頬にあて、心底困ったような顔をすれば王女はバカにしたような顔で嗤った。
「商会?そんなもの、犬の餌にでもしておけばいいわ。あなたこそ何をいってるの?ラヴィは侯爵なのよ、侯爵!
セバージュ侯爵ほどの地位にいる者がそんな貧乏ったらしく小金に群がる下品な商会なんかをするわけないじゃない!」
「……王女様は商会がお嫌いなのですね」
何か嫌なことでもあったのかしら。大分イメージが悪いようだけど。帝国の商会はそうなのなのかしらね?
でも、マカオン商会を貶した上で結婚、ねぇ。チラリとカインを見ると首を振っている。やっぱり騙そうとしてるわよね。
でも婚姻書の紙は本物っぽいし。サインが確認できないのは痛いわね。
正規の手順を飛ばして来たということは宣戦布告も視野に入ってるのかしら。それは困るわね。
ここにいない渦中の人物のお陰で謎が深まるばかりだ。
「サリュリーン第三王女様。ひとつお伺いしてもよろしいですか?」
「なにかしら?やっと出ていく気になったの?」
「この件は勿論、ラヴィエル・マカオン・セバージュも知っているのですよね?」
イライラとしている彼女に嘆息混じりに聞けばサリュリーンは来た来たといわんばかりにニヤリと扇子の下で笑い、目を細めた。
「ええ勿論よ!ラヴィはベッドの中でこう囁いたの。
『やっとあなたとひとつになれた。これ以上至福なことはない。これからは愛するあなたの望みを叶えたい。そのためならすべてを捨ててもいい』って。
ラヴィはわたくしとの約束を果たしてくれたわ。だからわたくしはラヴィの願いに応え、降嫁したの。
わたくしの望みはラヴィと共にあることよ。だからこんなちっぽけな田舎の国にも住んであげられるの。素晴らしい献身的な愛でしょう?」
献身的な愛はどうでもいいわね。
「……約束、とはなんでしょうか?」
「あら!聞いてないの?!プププ、可哀想にラヴィに何一つ信用されてないなんてね。
長く仕えてるそこの使用人達なら知っているんじゃなくて?その者達からも聞いてないなんて本当にあなた、ラヴィの妻だったの?プププ!」
振り返り執事やメリッサ達を見れば誰もが難しい顔をしていた。知らないわけではなさそう。あまりいい話ではないのかしら。
いやでも女性関係はすべてシャットアウトしようとするからもしかしたら大したことないのかもしれない。そう願いたい。
読んでいただきありがとうございます。
全4話の予定です。




