30・王子の微笑み
本日は2話更新しております。
こちらは2話目です。
「その後、フェリカさんの容態はいかがですか?」
馬車までもうすぐ、というところで心に留めていた人の名を出した。
フェリカ・ドゥルーフは王子が探すよりも先にマカオン商会が匿っていた。それが件の彼女だとわかったのはたまたまだったという。
好色な商人が貴族受けがいい娼婦がいると聞きつけ行ってみたら受けがいいどころか心を壊した不憫な娼婦だったと、似た者同士が集まった飲みの席でこぼしたのが最初だった。
その時はそんなこともある話だとその場にいた者達は流したが、後日その娼館で事件が起こった。
遊びに来た貴族が娼婦を半殺しにしたのだ。
現場を見た他の娼婦らが騒いで貴族は店の者達に拘束されたが、警備隊に突き出したもののすぐに釈放され、弁償代も雀の涙ほどしか貰えなかったという。
怒った娼館側は半殺しに遭った娼婦の給料から残りの弁償代を奪い取り、丁度病気を発症していたこともあって厄介払いといわんばかりに下級娼館へと下げ渡した。
だが下級娼館とて病気持ちな上に仕事もろくにできない娼婦は困る。残っていた金を抜いて医者を充てがいはしたが、死なない程度にしか面倒を見なかった。
そんな話をまた飲みの席で聞いた好色の商人はなんとなく気になりまた会いに行った。
相変わらず焦点が合わない不憫な娘だったが、治りきっていない怪我が痛々しく骨折した腕も元には戻らなそうだった。
それでなんとなく様子を見に来てはあれこれ世話を焼き、怪我の回復を手伝った後にマカオン商会に連絡をつけた。
目的は効き目のある薬か傷が残っても隠せる化粧を探すためだが、見える傷がなくなり綺麗になっても娼婦の心は壊れたままだった。
自らベッドに誘うのに、次の瞬間には悲鳴を上げて暴れ狂う。
部屋の隅で震えていれば、ある貴族の名前を挙げ何度も許しを乞い泣きながら気絶する、というのを繰り返すのでこれはおかしいと思ったそうだ。
マカオン商会からはカインの祖母が直々やって来て娼婦の容態を診たらしい。
そこでもフェリカが貴族ということはわからなかったが、女の勘というやつか虫の知らせ的なものか、普通の娼婦とは違う何かを嗅ぎとった彼女は付き合いのある好色な商人に娼婦を買い上げるか、手を引くか選択を迫ったそうだ。
手を引いた場合はマカオン商会で買い上げるつもりだったようだが、これも何かの縁だろうと妻に先立たれ子供らも巣立っていった商人は後添えのつもりで娼婦を買い上げた。
その後は郊外の家で長閑に暮らしていたが病気は進行性が早いものだったらしく、娼婦は日に日に衰弱していったという。
その頃になってやっとマカオン商会を伝手に騎士団の隊長と王子が姿を見せた。
買い上げる前から事情があると踏んでいた商人は、いきなり来訪した二人に驚いたもののすぐに受け入れたそうだ。そして娼婦に引き合わせた。
そこで初めて商人はフェリカ・ドゥルーフだと知り、王子達は再会を果たしたのだ。
「相変わらず寝てる時間が多いけど思ってたよりは元気にしてるよ。……あ、最近やっと私に慣れたみたいで、前みたいにいきなり暴れて殴られるっていうのはなくなったかな」
「そ、そうですか……」
「隊長と一緒に行ってた頃に慣れたと思ってたんだけどねぇ。仕事で来れなくなって間を空けたら忘れられてしまったみたいで……久しぶりにフェリカの前で泣いてしまったよ」
宰相の目をかい潜るため視察と称して内密にフェリカの元へ訪れていたが、最初のうちは彼女は悲鳴を上げ暴れたという。
これは自分の穢れた姿を王子や隊長に見られ狼狽したものか、ただ単に自分を虐げる見知らぬ男だと思って恐怖したのか、実のところわかっていないらしい。
病気のせいもあるがフェリカは下級娼館に来て人と話すことを止めてしまっていた。
それでも商人や女性には笑みを見せたり、何か話そうと口を動かしたりはしているという。
王子が「隊長とどっちが先にフェリカに笑顔を見せてもらえるか競争したんだ」と話す姿は本当に楽しげで愛しそうに目を細めた。
「今でも夢みたいだと思うよ。二度と会えないと思っていたから……無実だと信じていてもそれでも不甲斐ない私が嫌になったのでは?と不安に思う日もあった」
「殿下……」
「余命すらわからない病気を憎んだこともあったし、こんな辛い思いばかりしてきたフェリカをいっそ楽にしてあげた方が幸せなんじゃないかと思ったこともあったかな。
でもそれは全部私の独り善がりな想いで、彼女の顔を見たら『ああ、生きてて良かった』と思ってしまうんだ。勝手だけどね」
「……」
「あまりにも勝手な妄想をするものだから隊長に……いや、ジュールに『私の妻は私が守ります。そっとしておいてください』て怒られてしまったんだけどね」
「……もしかして、騎士団をお辞めになったのですか?」
さすがに何度も二人で訪れることが出来なくて一時期会いに行けなかったそうだが騎士団の隊長・ジュールは辞職願を出して一人でフェリカに会いに行ったらしい。
妻、というのも事情を知った商人がならばと二人の結婚を取り持ってくれたという。大分時間が経ってしまったが二人はやっと名実共に夫婦になれたそうだ。
「こっちではフェリカを看取るまでの仮辞職ってことになってるけどね。
ジュールがいないのは手痛いけどいつかはそうなるんだし、それに少しでも長くフェリカに生きていてほしいから、父上達には潔く諦めろ、ていってある」
衰弱が著しく、儚くなるのも時間の問題かと思われたが、王子達が現れてからは緩やかになり今は現状維持が続いているらしい。
隊長が毎日通うようになってからが特に顕著で、フェリカの表情が増えたという。
睡眠時間が増え、衰弱から回復させることは叶わないらしいが二人の穏やかな時間は今も延び続けている。
その時間を王子が守っているのだと思った。
乗ってきた馬車に着くとカインがドアを開け手を差し出した。引き継ぐように王子の手が離れたが呼ばれた気がして彼の方を見やった。
「今度は是非王都にも遊びにきてください」
「……仕事関連でよろしければ」
残念なことに、戦争を切っ掛けに撤退したマカオン商会はまだこの地に戻っていない。それに気軽に遊びに行ける立場でもないので眉尻を下げた。
「なに、セバージュ侯爵夫人として堂々と来ればいいんですよ」
「それでも顔は知られているでしょうし」
「言いたい者には言わせておけばいいんですよ。あなたはあなただ」
今なら私が煩い虫共を黙らせてあげられますしね。とニッコリ微笑む王子はあの頃よりも威厳というか黒い微笑みになっていた。
「サリー・セバージュ侯爵夫人。今はこのお名前でよろしいですか?」
「ええ。はい」
いきなりフルネームを呼ばれて目を瞪ればカインが手を引き促してきたので馬車に乗り込んだ。
「道中お気をつけて。セバージュ卿にもよろしくお伝えください」
「シームレス殿下もお元気で」
「ええ。どうか良い旅を」
タイミングを見計らってカインがドアを閉めると合図と共に馬車が走り出す。窓の外を見れば後方に王子が最後まで見送ってくれた。
「めっちゃガン見してましたねあの人」
「え、何が?」
しばらく馬車に揺られているとカインがそんなことを漏らした。聞けば王子が私のお腹を気にしていたという。
「まあ、わかりやすい格好をしているものね」
黒だから目立たないと思うがデザインはお腹に負担がかからない仕様になっている。
なぞるように撫でればカインがまたとんでもないことを呟いた。
「まさか、まだお嬢のこと諦めてなかったりして」
「え、なにいってるのカイン。殿下はわたくしに興味なんてないわよ?」
「どうですかね~?最初はともかくなんだかんだ気にかけてる素振り見せてたからお嬢のこと気があってもおかしくないと思ったんだけど」
「変な勘繰りは止めなさい。不敬よ」
王子の視線にさっぱり気づかなかったから冗談にしか思えなかったが、カインがラヴィエルに報告しなくては、と言い出したので間違っていたら王子に迷惑だからやめなさい!と慌てて止めたのだった。
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次回は1話のみ更新。
その次は本編最終回を予定しております。




