3・義妹 ( 1 )
人によっては不快かもしれません。
誤字報告ありがとうございます。
珍客が現れたのはそれから程なくしてだった。
社交シーズンが始まり、パーティーやらに出掛けるバミヤン達を窓の外から眺める日々だったサルベラはカインと一緒に黙々と計画を進めていた。
義両親は明日タウンハウスにやってきてそのままシーズン中、連泊する予定になっている。
妹のバースデーパーティーはそれはそれは派手に開催されていた。あまりにも賑やかで遠い場所のサルベラの部屋にも声が届いたくらいだ。お陰でサルベラ達の食事が忘れ去られた。
もしかしたら義両親が体裁を整えなさいといわんばかりに呼びつけるかと思われたが、最後までドアを叩かれることはなかった。
バミヤン辺りが適当な理由を作って上手くサルベラを欠席させたのだろう。着ていくドレスもないのでそれはそれで助かったが。
ただ、会ってみるまでは義両親も加担しているとみておいた方がいいだろう。なんせ伯爵家全員が敵なのだから。
新人メイドとしてカインが来てくれたが孤立無援状態で無理をしたくないし、カインをなるべく危険に晒したくない。
ただ逃亡するだけなら簡単かと思っていたのに、と溜め息を吐くと部屋のドアがノックされた。
義両親が来ることになり、その準備に追われている使用人達が食事でもない関係のない時間にやって来るとは思えない。
何かトラブルでもあったか?とメイドの格好をしたままのカインに対応してもらうと、なんともいえない顔で訪問者を伝えてきた。
その名前に少しばかり驚く。
自己紹介をやっとする気になったのか、それとも牽制か。
なぜこのタイミングで?と思いつつもとりあえずカインに頷き入室を許可した。
「あらやだ。使用人の部屋と勘違いしたのかしら?本当にここに、えっと……例の方がいるの?」
「はい。そちらにいるのが……ぷ!……コホン。地味で質素な服を着ている方がそうです」
「ええっ?!使用人ではないの?てっきり針子か洗濯係かと思ったわ!
クローゼットは?あらやだ小さい!こんなものに何を入れるの?シュミーズくらいしか入らないんではなくて?……フフッ。
バミヤンったら、わたしを一番愛しているからこちらの方のことを忘れてしまったのね~!
うわやだ!見てみなさい!平民のようなドレスばっかりだわ!!フフフッアハハハッこんなのを着て外を歩いてきたの?!
わたしなんてクローゼットに入りきらないほどたくさんドレスを買ってくれるのに!!……はぁ~これが愛の差なのね。厳しい現実だわ~」
明るい少女ような高い声が部屋に響く。楽しそうな声に一瞬、学生時代の、女子だけの集まりを思い出した。
部屋に足を踏み入れたのはお腹に負担がかからないようなゆったりとしたドレスを纏っているバミヤンの妹と、にやついた顔でこちらを見ている妹の専属侍女達だ。
彼女達は部屋に入るなり、部屋を無許可で勝手に物色し始め、クローゼットの中身を笑いながらこれはありえないと侍女達と笑った。
それから狭くて何もない平民みたいな部屋ね、こんなところでよく生きていられるわ~、と好き勝手に評価して部屋の中も無作法に眺めては嘲笑った。
この部屋をこういう質素な部屋にしたのはあなたでしょうに。それをわざわざ扱き下ろすためだけに来たわけ??
「住めば都と申しますわ。必要なものがすぐ手に届きますもの。不便はありませんよ」
勧めたソファも汚ならしいといってハンカチを二枚敷いてから座っていた。
見た目はボロいけど毎日掃除してるから綺麗なんですけどね。
嫌みの仕返しに微笑んでみたが通じず、クスクスと此方を見ながらこそこそと聞こえない声で話し合っている。低レベルな光景だわ。
「ここは狭くて息が詰まるわ。用件を済ませて早く戻りたいからお茶は出さなくて結構よ」
「安物は結構といっているのよ!そんな飲めないものをナリア様に出さないでちょうだい!!」
お茶の準備をしていたカインに居丈高に侍女が叱りつける。
準備していただけでなんでそんな大声をあげるかな。眉をひそめその侍女を睨めば、勝ち誇った顔で睨み返された。
気弱設定にしているけど、カインにも威圧的に絡むなら容赦しないわよ?
「そこのあなた、確か男爵家の出よね?あえていいますけど、わたくしの元の家よりも爵位が低いくせにその態度はなんなのかしら?」
「は?」
「その傲慢な態度があなたの主人に恥をかかせてるということも理解できないの?」
これだから男爵家の出は、と鏡のごとく呆れた顔で教えてやれば侍女は顔を真っ赤にし、泣きそうな顔で妹様に縋った。
「えーっと、サ、ザリンさんだったかしら?わたくしの侍女を苛めないでほしいわ。この伯爵家の大事な使用人なのよ」
「サルベラですわ。ナリア様」
自己紹介をまだしていないとはいえ、義理の姉の名前を間違えるなんて何を考えているのかしら?
私に用があるというし、策略か?と思ったけどナリアの顔は『あらそんな名前だった?』みたいな驚いた顔で侍女達を見ている。勿論、謝るつもりもない。
そっちがそのつもりなら私も好きにするわよ。
「肩書きだけでも伯爵夫人は伯爵夫人ですわ。
そうでなくともわたくしは子爵令嬢です。
上の者に対して不敬な態度をとったこの者を叱ることは上に立つ者として当然の権利ですわ。
使用人の不始末は主人の不始末。下の者が上の者を侮辱する行為は、非常時の際必ず不祥事を起こすでしょう。
そのような者を侍らせていれば、いつかナリア様にも危険が及ぶかもしれません」
もう既に危険だと思うけど今は置いておく。
さてどう出る?とナリアを窺えば、彼女はぽかんとした後、クスクスと笑い出し、他の侍女達もそれに倣った。
「仕える者が失敗した時に庇ってあげるのも上に立つ者の努めですよ、サリバンさん」
もう名前忘れたのか。早いでしょ。カインが吹き出しそうになってるんだけど。
うまいこといってるつもりだろうけど、下に見ている相手なら上位でもバカにしていいって、いってるようなものなんだけどね?それじゃ統率なんてとれないわよ?
溜め息を吐きたい気持ちを抑えつつ「ご用件は何かしら?」と問えばナリアはポン、と手を打った。
「傷物で部屋の外を歩くことも怖くてできないサーバルさんにベグリンデール家の者としてどうあるべきかお教えに来たのよ。
まったくあなたったら嫁いできたのになに一つ女主人としての仕事をしていないというじゃない。バミヤンが嘆いていたわ。
嫁いできたのだからベグリンデール家としてひとつくらいちゃんと働いて、わたしの……ベグリンデール家の役に立つべきだと思うの!
あ!社交はしなくていいわよ。わたしが出るから。そっちじゃなくてあなたにしてほしいのはお金の調達ね。実家の子爵家へ急いで繋ぎを送ってほしいのよ。
ベグリンデール家の領地が大変なんですって。だからあなたは実家からお金を用立ててほしいの」
はあ?と危うく声が出そうになった。
本来、嫁ぐ時に持たせた持参金で終了なのだけど。子爵家がそんなほいほいお金を出せるとお思いで?
そうじゃなくても借金の話は当主同士で決めるものなのよ?そんなことが漏れれば醜聞間違いなしだというのに。
それに実家の子爵家に金を無心するのもおかしい。うちはそんな羽振りのいい新興貴族ではない。わりと昔からある古参の子爵家だ。
借金はしていないが経営は下手な方なので持参金だってカツカツだった。
そんな嫁の家に用立てろなんてただの圧力でしかない。下を守るのが上の役目じゃなかったのか?
「マカオン商会で見たネックレスがとても綺麗だったのよ。バミヤンとわたしの目の色が入った物なのよ!素敵でしょう?
けどお父様がいる間は買い物をするなっていうのよ?
お父様達がどのくらいここにいるかはわからないし、その間にあのネックレスが売れてしまったら嫌なのよ!
だからわたしの代わりに子爵家でピイエ……ピラフビラ?どうでもいいわね。とにかくあなたの家の名義で買いたいのよ!いいでしょう?」
何がいいでしょう?よ。私はもう名義はベグリンデールなんですが。実家は出たんですが。家名も覚えてないくせに買ってもらおうだなんて虫がよすぎるんじゃない?
嫁いだ嫁の財布も自分の物とかいいだすんじゃないでしょうね??どういうお金の使い方をしているかしら??
「ご冗談を。マカオン商会は高位貴族御用達の商会です。紹介状もなく子爵家ごときがそのような商会と接点を持てるはずもありませんわ」
取引出来たとしてもお金を出すのははピイエリド。ネックレスは妹の手に入るだなんて実家に破滅しろといってるようなものじゃない。
前に調べた時はベグリンデール家に他家に頼らなくてはいけないほどの負債なんてなかった。
チラリとカインを見たが特に反応がないので調べた情報に間違いはないのだろう。
ならナリアの独断でお金を無心しに来たということかしら。もう少しベグリンデール家の財政事情を調べた方が良さそうだわ。
「紹介状はわたくしが書くわ!だから買ってちょうだい!!あれが欲しいの!!欲しいのよ~!!お願い!
わたしは女主人として社交界に出ているの!そのわたしを少しは労ってよ!!仕事はなにひとつせず、こんなうす汚い部屋に閉じ籠って楽に生きているんだもの!それくらい当然の義務よね?!」
義務ってこういう時に使う言葉なのかしら?
「この前のパーティーだって大変だったんだから!誰だかわからないおばさんに婚約者を作れとか、バミヤンがエスコートすべきなのはわたしじゃないとかいわれたんだから!
ご自分がバミヤンにフラれたからって!わたしになにもかも勝てないからって八つ当たりしないでほしいわ!!
だからバミヤンと何度もダンスを踊ったのよ!そしたらあの人悔しそうに睨んで逃げていったわ!!あれはきっと泣いてたわ!いい気味!!
バミヤンのことも、この家のことも、なーんにもしらないくせに口出ししないでほしいわ!!!」
途中から愚痴になり目が虚ろになった。
まともな人から助言が混じっているようだがナリアにはこれっぽっちも伝わっていないようだ。あとバミヤンにフラれたって知ってる人じゃないの?
初めてちゃんと対面したけど、自己紹介はおろか会話のキャッチボールが不可能に近いかもしれない。まるで小さな女の子と話してる気分だ。
この人学院に通って何を学んでるの?とか、マナーや淑女教育どこ行った?という気分になる。
名前もろくに覚えていない人に金を無心する無神経さと自己中心な話し方。見た目が可愛い分とてもタチが悪い人種だろう。
自分のことを棚上げするが絶対まともな友達がいないタイプだ。関わってはいけない。
とんでもない人が義妹になったなと絶望していれば、
「きっとジェラテアが傷持ちで醜聞まみれだから、わたしのことも苛めてくるんだわ~タンジェのせいよ!そうに違いないわ!!うわああん!」
と嘆いていて、それは身から出た錆でしょと心の中でつっこんだ。
「……はあそうですか。ですが、この結婚は王命だそうですから」
「それが一番許せないことよ!!わたしとバミヤンがこんなにも愛し合っているのに!対であるわたし達を逆らえない王命で引き裂くなんて!
わたし達が何をしたっていうの?!こんなのあんまりだわ!!うわああんっ」
悲劇のヒロインのような芝居じみた演技でいきなり泣くナリアに、周りの侍女も「ナリア様お可哀想に」とおいおい泣くので、カインがたまらず吹き出し、慌てて口を手で覆っていた。
いきなり声を荒げるのは心臓に悪いから止めてほしいわ。叫ばないといけない流れでもなかったわよ?
「……なんでこうなったのかしら。わたしはただ、バミヤンと二人で幸せに過ごしたいだけなのに」
恨みがましい目つきで睨むナリアに目を伏せて逃げた。私でなくバミヤンにいってほしい。
「あの人の愛の結晶がここにあるのに」
ポツリと聞こえた言葉に目を瞪った。
愛しそうに自分のお腹を擦ったナリア。ドン引き情報だわ。
「ええ、と……では、あなたがわたくしの代わりにベグリンデール伯爵家の女主人になりたいと、そう、仰っているのかしら」
「ええ!……いいえ!わたしが本当の女主人ですわ!偽者のタンタラよりもわたくしの方が女主人に相応しいもの!
だってわたくしは!わたしはバミヤンの正統な妻!なんですから!」
あ、ヒートアップしたお陰でネックレスのこと忘れたっぽい。
この後思い出して強制されても一旦受けて後日断られたって返すけど。
普通、子爵家に家が潰れるレベルの買い物なんて頼まないし、誰も受けたりしないわ。どこをどう考えたら自分の意見が通るだなんて思えるのかしら。