29・墓参りは王子様と
(1/2)本日は2話更新予定です。
薄曇りの涼やかな風が吹く日。黒いドレスを着て目的の場所に向かうとそこには先客がいた。似たように黒い服を着ていた彼が振り返り、こちらを見てやんわり微笑んだ。
「やぁ、奇遇だね」
「殿下もお元気そうで何よりです」
淑女の礼をすれば腕を差し出されたので礼をいってエスコートをしてもらった。静かな墓地には自分達と互いの従者しかいない。
風が吹く度に近くに植えてある櫟の木が、さわさわと葉を擦り合わせている。
花束を置き、黙祷を捧げれば隣の彼がふいに声をかけてきた。
「気にするなといっても君は気にしてしまうんだろうね」
「……わたくしの半身、みたいなものですから」
少し強めな風が吹き会話が途切れた。
「そういえば、こちらのドタバタで報告出来なかったけど、戦争は無事終結したよ。とはいっても戦争というより小競り合いになってしまったけどね」
馬車までの道すがら、エスコートしてもらっていると、ふと思い出したように切り出された。
ラヴィエルが望んで始めた戦争はものの数日で終わった。彼がいっているのはその後の事後処理のことだ。
エリザベル元王子妃は公爵領に戻り部隊の編成をしたが、貴族はともかく平民が多い冒険者や傭兵に嫌厭され思ったほど人員は集まらなかったという。
かさ増しにその二つを使おうと思っていたらしいので部隊はひどく見栄えが悪かったことだろう。
肝心の強さだが健闘したもののマカオン商会の足下にも及ばずあっさり降伏したそうだ。
そして戦争を買って出たエリザベルは戦争が始まったと同時に姿をくらませていた。
傘下で最後までつき従っていた者達をあっさり見捨て、父親であるスコラッティ公爵は目が見えないため邸に放置して出ていったとのことだ。
公爵に関しては多額の資金と医者を置いて行ったので見捨てたというより、ラヴィエルがこれ以上公爵に手を出さないと読んだのだろう。
雲隠れしたエリザベルが見つかった場所は意外にも公爵領内で、森奥の山小屋に例の異国人の奴隷と一緒にいたという。
見つけた捜索隊は王直属の騎士団だったのだが、またというかなんというか二人が愛し合っている最中に突入したらしい。他人事ながら不憫だと思った。
スコラッティ公爵家傘下で戦争に参加した者達だが、爵位に関わらずすべての貴族を褫爵とした。
また、短期で血もさほど流れなかったこともあり、当主以外の刑罰を不問とし、当主は強制労働が課せられた。
今回参加しなかったスコラッティ公爵家傘下の貴族は多数あったため巨額の罰金刑、当主交代を命じている。
これにより爵位を返上したり社交界に出られなくなるほど困窮する者が増えた。
傘下というだけで権威を振るっていた貴族は、一転して家を危険にさらす厄介者という汚名をかけられ社交界で居場所をなくし離縁する者が続出しているらしい。
徴収したお金は戦争で荒れた土地の修繕費に充てられるとのことだ。
公爵邸にいなかった王女……娘がエリザベルと一緒にいなかったので一時騒然となったがこちらは乳母が隠していたことが判明した。
折角生まれた命が戦争のいざこざで失われては可哀想だと思い匿っていたらしい。
最終的に平民のどこかの家の養子になる予定だが、今回の件が落ち着くまでは乳母が守り育てるという。
「本当に、似ていないのですか?」
「残念ながらね。ああでも、目鼻立ちはエリザベルにそっくりだよ。目の色も彼女の色だった」
「そうですか……」
なんとも気まずい。振ったのは自分だけれど。
「もう片方の親はわからずじまいですか?」
「ちょっとカイン!」
しまった、と考えていたところ後ろに控えていたカインが合いの手を入れるがごとく口出ししてきて慌てた。しかし彼は気にした素振りはなく、質問に是と返した。
「ピンクの髪色を持つ者がまったくいなくてね。エリザベルの交遊関係を洗ったが何一つ出てこなかったよ」
「突然変異ってやつですか?だとすると、本物の可能性もあったりするんじゃ」
「いや、それはないだろう。妊娠期間について改めて母上が指揮をとって調べ直したし、他も含めて私の子というのは難しいと判断した。
そうでなくとも王位継承者として難が出やすい女児であり、私の弟の方が順位も優先もされるので争いを生ませないためにも、どこかの土地で平穏に暮らさせる方がいいだろうと判断した」
丁寧に説明してくれる王子にカインはそうですか、と深々と礼を述べた。
「気にしなくていい。一応残れたが継承権は弟のものになった」
「そうなのですか。では王太子になられたのですね」
おめでとうございます、と祝いの言葉を述べると王子は優しげな顔で微笑んだ。
今回の件で王子は廃嫡以上の罰を覚悟していたらしい。
エリザベルを放置して国を窮地に立たせたこと、スコラッティ公爵にしたことなどを踏まえて平民落ちはあるだろうと解釈した。
しかし母親である王妃が抗議をし、王家に留まることになった。
残ったが残りの人生は国に尽くし、弟君が王位を継いだり子が生まれた時は臣下に下り一代限りの公爵として過ごすとのことだった。
ちなみにスコラッティ元公爵だが、諸々の罪で本来なら処刑されてもおかしくない立場だったが、今の環境の方が罰になるのでは?とのことで身分を剥奪され平民落ちしている。
夫人はいち早く離縁を申し出て実家に逃げ帰っていたが、国王がそれを許さず、現在は元公爵を介護しながら夫人の実家が所有する別宅に居候として住んでいるそうだ。
家付きの見張りの者がいうには、目を失って以降塞ぎ込むことが増えた元公爵は、同じく平民落ちしたというのに社交界にも出られない、贅沢もできなくなったと毎日ヒステリックにいびってくる夫人にキレて、互いに罵りあい物を投げあう泥試合を展開しているらしい。
主に食事中に起こしているものだから、元公爵の服もベッドも床も至るところが汚れ、しかも汚ならしいと夫人も放置するからケンカ後はさながら家畜小屋状態になっているという。
そして彼らは居候の身なのでそう遠くない日にそこを仲良く追い出されるだろうと聞いた。
スコラッティ公爵家は爵位がふたつ下げられ伯爵位になり、王家に忠実な親戚筋に引き継がれることになったとのことだ。
「側近だった方々は王太子様の側近になられたのですか?」
「いや、全員辞退している。弟にはスコラッティ公爵の息がかからない者達に守ってもらいたいと思ってね。
いつ何時野心を持って掌を返すかわからないから……じっくり父上と選んでいくよ」
他なら多少野心があってもスコラッティ公爵よりはマシだろうしね、と王子が疲れた顔で肩を竦めた。
第二王子だった弟君は王子は現在学院に通われている。少し離れていたお陰でエリザベルの影響は少ないが、兄を見てきたせいか少し女性不信なところがあるらしい。
側近もだが婚約者も大人達が鋭意選別中とのことだ。
「君はあまり興味ないだろうけど側近の妻だった者達は全員社交界から消えたよ。まあ、それで安心できるわけではないけど、少なくとも煩かった声は聞こえなくなるはずだ」
「そうですか、」
興味がないというよりはあまり触れたくないというのが本音だが。
悪い噂製造拡散機だったエリザベルの友人達は、事態を重く見た家族らが貴族籍を抜き放逐したり、厳格で有名な修道院に入れたりときらびやかなドレスを纏う社交界から真逆の場所へ追いやられていた。
中にはうまく逃げおおせた者もいたらしいが、その家族と王子が先頭に立って探し出し強制労働や奴隷落ちになったと聞いている。
中でも逞しいなと思ったのは国から一番遠い帝国にまで逃げた者だ。御者をたらしこんで逃げきったが肝心の身分証がなかったために捕縛され牢に入れられているそうだ。
どこの国にも裏道があって身分証がなくても一定の金額を支払えば通れる税関だが、彼女は辿り着くまでに倹約することなく隠し持ってきていた有り金を湯水のごとく使っていたらしい。
辿り着いた時に持っていた価値あるものはネックレスだけで、それを差し出すようにいわれたが彼女は断固拒否した。
愛人から貰ったお気に入りのものだから手放したくないとごねにごねてそこで捕まったようだ。
彼女曰く、貴族なら家名を言えば簡単に入れると思っていた、らしい。
国を出た時点で貴族ではなくなっていたのだが、貴族と公表したお陰で国に問い合わせの連絡が入り、居場所を自ら知らせてしまった。
今後は交渉で問題がなければ身柄を引き取り、母国で重い刑罰に処せられるだろう。
散々悩まされた人達だったが、少しずつ静かになってくれたらいいなと願った。
「そういえば、その社交界に頻繁に顔を出されているようですね」
又聞きだが聞いた時は少し驚いた。私がまともに出席したのはデビュタントくらいでそれ以降はわからないままだが、この人もああいう空間は好きではないと考えていた。
公式以外はエリザベルに任せきりで政務にかかりきりだと隣国にも噂が届いていたくらいだ。
どんな心変わりだろうと聞いてみると王子は困った顔で笑みを作り「見張りと牽制だよ」と答えた。
「なるべく多く、いろんなパーティーに出てそれぞれの思惑を知ろうと思ったのが最初だけどあまりにも雑音が煩くてね。
品がない噂をしている者は片っ端から粛清するぞって脅して回ってるんだ」
「……それは、その」
それでいいのか王子様。そのうち人が寄りつかなくなりますよ?
「味方がいなくなりそうなことしてますね」
「カイン!」
心の内をなぞったかのような言葉にドキリとして、睨んで叱れば王子は可笑しそうに笑った。学院時代ではなかった影のある笑い方に視線が引き寄せられる。
「それがそうでもなくてね。彼らの噂は声高に広めて居丈高に爵位を振りかざすから周りからもそれとなく嫌われていたんだ。
そのお陰で前よりも話せる仲間ができたし思ったよりは居心地も悪くないんだ」
皮肉なことにね。と自嘲する王子にあの日以降、彼も一人だったのだと知った。
側近達は王子の味方だっただろうが、エリザベルのせいで腫れ物の扱いだったらしい。
王太子になるかもしれない者が卒業パーティーという公の場で婚約破棄を言い渡し辱しめられたと涙ながらにエリザベルが『謁見の間』で語ったのだ。
内々で収めればよかったのにエリザベルは未遂でもあの辱しめは断固許せないとした上で、父親を使い、王族、重鎮臣下、側近らを呼び集めその中で王子を非難した。
現場を知らない者達は誰もがエリザベルの話に同情したらしい。
行動を起こした理由もエリザベルにいいように利用され気づいた時には信用は地に落ち、孤立していたという。
元々執政はエリザベルが執り王子を傀儡にするつもりだったようだからいい機会だと思われたのだろう。
少しは王子にも安らげる時間が増えればいいなと願った。
読んでいただきありがとうございます。
本日は2話更新予定です。




