24・加担した者達
暴力的なシーンがあります。
これは由々しき問題だ。そして絶対に王子を許してはならない。ブルブルと怒りに震え王子を睨んだがまたしてもラヴィエルの声に遮られた。
「王子妃殿下。あなたに手枷をしなかったのはシームレス殿下の温情なんですよ。妻であるあなたのプライドに傷をつけないように。あなたなら潔く罪を認めると信じているんです」
わたくしの国を貶めようとする男に信頼などあるものか。認めるものか。温情をかけるというなら、その役立たずな侍女だか娼婦だかの後を追いかけて消えてほしいわ。
わたくしのことを想うなら今すぐラヴィエルを裏切り王家に差し出せばいい。それだけのことなのに手枷?罪を認める?笑える話だわ。
そんなものをはめる日なんて一生来るはずがない。だってわたくしは何も間違ってない。裁かれる罪なんて一切ないのだ。
「ドゥルーフ婦人やサルベラのどちらかに素直に謝罪すれば彼も私ももう少し猶予を見るつもりだったが、王子妃殿下にそんなつもりがないのなら致し方ない。
早々に開戦するとユーザニイアの国王に報告しよう」
「まま、待ってくれ!!何かの間違いだ!なあエリザベルよ!」
こっちに振ってくる国王にエリザベルはまた怒りが沸いた。
それくらい自分でなんとかしなさいよ!!あなたが国王でしょ?!臣下のわたくしくらい守れなくてどうするのよ!
だから弱腰外交しかできないと諸外国に揶揄されるんだわ!!
ああーもう、腹立たしい!腹立たしいわ!お父様が無事なら全部はね除けられるのに!!
「あの、ラヴィエル様。これは何かの間違いだわ。わたくしは何も」
「私は本心からの謝罪以外は受け取らないよ。戯れ言はもう聞き飽きた」
「……っ」
王子にひとつやふたつ嫌味を投げて、話題を逸らしてやろうかと思っていたら出鼻を挫かれた。
苦々しく唇を噛みラヴィエルを睨み付けるも、彼は凪いだ態度でこちらを見ている。
前までなら、その麗しい唇に傷がつくからと親指で撫でて手ずから紅をひいてくれたのに!なんでわたくしにばかり意地悪をするのよ!!
悔しそうに、そして誰もが心配して声をかけたくなるような表情を作って目を伏せると頭の上から溜め息が聞こえた。
「……ここには王子妃殿下の同期が多く集まっている。彼らにも私がどうしてこの国に経済制裁や戦争を求めているのか、その原因である王子妃殿下の話を聞いてもらおうか」
「は?っそんな…!……恥ずかしいわ。ラヴィエル様、お止めになっ」
「あなたは公爵令嬢時代に、特に学院生活で煩わしい上の世代がいないことをいいことに女王として君臨していた。
貴族学院が社交界の縮図ともいわれている所以だが、あなたはそれを有効活用し、とても楽しい学院生活を送っていただろう。
シームレス殿下が入られた後は多少大人しくなったようだが、持て囃され続けた感覚を忘れることができなかった。
元々気に入らない人間を下等生物に置き換え排除していたあなたは、ある日格好の獲物を見つけた。
サルベラ・ピイエリド子爵令嬢だ。
子爵令嬢が自分の婚約者である第一王子殿下と話しているのを見たあなたは、周りが恐れ声がかけられないほど怒りを露にしていた。
しかし、この時点で齟齬が起きている。二人が話していた内容は下位貴族が多く専攻している学科についてのことだ。
そしてそこには他の生徒も、サルベラを話し相手に選抜した教師も同席していた。
あの場は教師から頼まれたサルベラが他の生徒を代表して第一王子殿下と話しただけであり、そこに恋慕もあなたへの嘲りもなかった」
周りがどよめいた。その声の出所はスコラッティ公爵と縁が薄い者達だろう。
言葉を遮られ苛立ったが、口を開くとラヴィエルに止められる、という図を数度繰り返され不満げに彼を睨み目で訴えた。
「だ、だったらなんだというの?わたくしだって間違いくらい犯しますわ。花も恥じらう娘が嫉妬するのはおかしいことなのですか?!」
「サルベラを貶めることを決めたあなたの行動は早かった。公爵家傘下の令息令嬢に声をかけあっという間に噂を広めさせた。
『サルベラ・ピイエリドは色目を使って婚約者のいる第一王子と逢瀬を繰り返している』、
『婚約者に隠れて第一王子はお気に入りの子爵令嬢と二人きりで密会をしている』、
『庭園でひと目を憚らずいちゃいちゃと貴族らしからぬ距離間で触れ合っていた』、
ここにいる王子妃殿下の同期、近しい年齢の者達はこのどれかの噂をひとつは聞いただろう。そのすべてが嘘だと知らずにあなた方はいいカモが現れたと喜び自らイジメに加担した」
「そ。そんなの嘘よ!!」
悲鳴に似た金切り声で誰かが叫んだ。
「淑女だというのに礼儀がなっていないな。あなたは……ハインベルン侯爵の、今はミライヤ・モルディ伯爵夫人ですね」
「そ、そうよ!わ、わたくし達はそんなことしていないわ!た、確かに……中にはそういった噂を信じて手を下していた人もいるかもしれない!
でもあれは全部ピイエリドさんの自作自演だったはず!!わたくしはなにもしていないわ!!」
「『ピイエリド?とかいう貴族なんているの?子爵?ああ、だからね。溝鼠は大人しく端を歩いて頭を下げてればいいものを。
エリザベルお姉様の邪魔をするというならわたくしもなにか制裁を与えなくてはいけないわね』」
「え、なんで、知って……」
「『教科書を切り刻むなんてどうかしら?子爵は貧乏だから新しいのが買えなくなって苦しむはずよ!
それにお姉様がいっていたあの子爵令嬢が考えつきそうな拙い嫌がらせにもピッタリよね!!』でしたか?
お姉様ですか。随分王子妃殿下を慕っているのですね。
まあ、スコラッティ公爵家傘下にいるのですから恩恵は沢山受けているのでしょうが……自作自演……フッ今のあなたのことをいっているんですか?」
「ちがっ違うわ!!……っお、お父様!!!」
いかにも自邸で話していたことをそのまま復唱したラヴィエルにミライヤは顔を蒼白にさせ、近くにいた父親に泣き縋った。
前に出てきたハインベルン侯爵は具合の悪い顔色だった。
「さて、侯爵には選んでいただこう。娘と私、どちらを信じているのかお聞かせいただけるかな?」
「…………む、娘です」
場はどう考えても不利だったが侯爵は娘を守りミライヤは泣き崩れた。それを聞き流しラヴィエルは次にピイエリド子爵夫妻を呼んだ。
そのことにエリザベルは大いに驚いた。怖々と最後尾から出てきた夫妻は憔悴しきった顔をしていて、とてもみすぼらしかった。
娘が殺されたからそんな顔色かと思ったが態度はオドオドしていて落ち着かず、周りの顔色を窺ってるみたいだ。
本来なら殺した相手である伯爵に詰め寄り激昂して殴ってもおかしくない事件のはずだが、二人は居心地悪そうに身を寄せあっている。
まるで場違いな所に呼ばれて困惑しているように見えた。そんな義両親である二人を気遣うでもなく、ラヴィエルは淡々と教科書はどう切り刻まれたのかを問いかけた。
「わ、わかりません……」
「……覚えてません」
「はぁ。相変わらず使えませんね。あなた方は。娘のことなのに何も知らないですむと思っているのか?」
此方をチラチラ気にしながら、恐らく嘘を答えた子爵夫妻にラヴィエルは不快な顔を隠しもせず嫌味を投げた。
そしてカインという従者らしき青年を呼び寄せ教科書がどうなったかを再度問いかけた。
「主にナイフで切り刻まれていました。表紙はなくなり、中まで貫通しているページもありました。
特に後半はこれから勉強するであろう場所を見越して手で破り捨てた形跡もありました」
「嘘!!嘘よ嘘!!わたくしはなにもしていないわ!!」
「ふむ。本来なら教科書程度で罪には問えないがあれはサルベラが買った大切な教科書でね。本当に困ったらしいんだ。
あの両親には物を大事にしないお前が悪いとお門違いな説教をされてね。みかねた教師が貸してくれるまで何も見ずに学ぶしかなかった。
その頃の成績も悪かったらしくてそのことでも嫌味をいわれていたんだよ」
まるで小さい子供に言い聞かせるように丁寧に優しく言葉を紡いだ。そしてとある方向を見やると見たことのある教師が輪の中から進み出た。
「彼はサルベラに手を差し伸べてくれた唯一の者だ。ああ、いっておくが彼は第一王子派でサルベラに手を差し伸べたのはこれが最初で最後だ。
噂も知っていたというが、なぜ悪女でしかないサルベラを助ける気になったのかな?」
「それ、は……義妹のミライヤが、ピイエリド子爵令嬢の教科書を、切り刻んでいるところを見た、からです」
「嘘よ!お義兄様!嘘を仰らないで!!」
「なぜ、切り刻まれている教科書がサルベラのものだと思ったのですか?」
「……他の、生徒達の前で、ピイエリド子爵令嬢の前で、見世物のように切り刻んでいたからです」
「お義兄様!!!」
「ああ、それで良心の呵責に苛まれ手助けをしてくれたのですね。それに引き換え、淑女とは思えない金切り声で叫ぶ夫人はどこの家の者かな?
マナーを習得したから卒業できたのではなかったのかな?それを教えるのは君達教師の役目だと思っていたが違うのかい?」
「面目次第もありません」
深々とお辞儀をする教師にミライヤは真っ赤な顔で義兄を睨んだ。確かあの教師は婿養子だったはず。正義感に酔って助けたのだろうがとんだ足手まといだ。早々に離縁させた方がいい。
あんな男、傘下に入れておいても恥になるだけね。不要だわ。
国王に善きに計らうよう口を開いたがその前にラヴィエルが話しかけてしまい出遅れた。
しかもラヴィエルの従者がナイフを取り出し侯爵の両手を前に差し出させると手が床につくように腕を踏みつけた。
「残念だよ侯爵。あなたとの取引は悪くなかったのに。愚かな娘を育てたものだね」
「……言葉もありません」
「学舎で学ぶ気がなかったなら、その有効な時間をサルベラにあげてほしかったよ。彼女もこの国で幸せになる未来があったのに。
教科書だけなら厳重注意で済んだだろうが、衆人環視の中他者にもサルベラは軽視していいものと思い込ませ辱しめた。これは貴族であるサルベラの矜持を傷つける忌むべき行為だ。
それにマナーも貴族としての自覚もないそこの出来損ないのことを事前にモルディ伯爵家に伝えたかな?伝えていないのならそれはあなたの監督不行届だ。
サルベラにした罪と共に責任を父親であるあなたにとっていただこう」
「ま、待ちなさい!それだけでなんの罪になるというの?!ミライヤは認めていないわ!それなのに侯爵に責任をとらせるの?!」
ぎょっとして慌てて止めれば無表情のラヴィエルがこちらを向いた。
「それだけ?ここまでされたと教えてやったのにまだ『それだけ』のことといえるのか。王子妃殿下ともあろう御方が随分と視野の狭い、非情なことを仰る。
これがあなたやご友人でしたら怒り心頭で気前良く反逆者達を公開処刑したでしょうに。というか、これだけ証拠が出たのに他に何を認めさせる必要があると仰るのか?」
「で、ですから、ミライヤは認めていませんわ。戯れ言も時にはいうでしょう。もしかしたら他に犯人がいるかもしれ」
「あなたがしでかした王命の偽装のようにですか?語ってくれるのでしたら今ここでお聞かせ願おうか。………おや、だんまりですか。仕方のない方だ。
ならばあなたをお姉様と呼ぶこの似非淑女のドレスをサルベラの教科書と同じようにすれば、己がどれだけ愚かなことをしたか認めるかな?
それとも黙って、もしくは囃し立て喜んでいた傍観者達を挙げ連ねればその時の状況が想像できるかな?その者達もここに呼んでいるからずらりと並べられるぞ。
えーまず最初は公爵家であるズージア」
「待たれよ!!」
木偶人形の如く黙りを続けていた国王が叫んだ。どの家の名をいうつもりかわかったからだ。名前を遮られた公爵家は先代の王の妹が降嫁した家だ。
たかだか子爵令嬢のイジメくらいで叩かれても痛くも痒くもない家柄だが、この流れで名が出れば後々なんらかの問題があった時に不利になる可能性があった。
見本とならなくてはならない高位貴族が率先して下位貴族が虐げられているのを傍観していた。それは上に立つ者が下の者を見下し守らないということだ。信用できない相手に尽くす者などいない。
真っ青な顔で呆然としている公爵令息は甘やかされた凡庸な男だ。ささやかな醜聞でも倒れてしまうような存在だからこそ、王は泥を他の生け贄に被せようと思ったのだろう。
国王はハインベルン侯爵を睨みつけるとエリザベルの無言な訴えを簡単にいなし、ラヴィエルに罰を与えることを認めてしまった。
「いやあ!お父様ぁっ!!」
悲鳴と共に従者が屈みこみナイフを振り上げた。
たまらず顔を背ける者、蒼白になり口を押さえる者で騒然とする中、従者は赤く染まったナイフを大きく振ると近くに血が飛び散ったらしい者達から悲鳴があがった。
彼だって陛下の臣下!なぜ止めないのですか!と詰るように国王を睨んだが、彼は気まずい顔のままエリザベルの視線から逃れるように背けた。
侯爵に視線を戻せば両の手が真っ赤に染まっている。よく見れば指の方向がおかしいようにも見える。
原型は留めているがあの手はもうまともに使うことはできないだろう。ハインベルン家はスコラッティ家によく尽くしてくれていたのに。
泣きながら謝るミライヤが痛々しい。責めるようにラヴィエルを睨んだが肩を竦められただけだった。
「どうせなのでサルベラを虐げ辱しめた準主犯の方々も紹介しておこう。
皆王子妃殿下のご学友でとても仲が良く、卒業し結婚後も異国の男達を共有しあえる密接で淫乱なご関係だ。勿論スコラッティ公爵家傘下でもある。
ああ、当時を思い出しやすく旧姓で呼ばせてもらうがご容赦を。
パメラ・オニール侯爵令嬢、
ヒンディー・ムールガイン侯爵令嬢、
スーザン・モルトン伯爵令嬢、
マリリカ・パージア伯爵令嬢、
トリビア・ジュゼッペ伯爵令嬢、
カーマイリー・キッシュルズ伯爵令嬢。
この者達は率先して行動し、王子妃殿下が有利になるようにサルベラを貶めた。
イジメの方法は指示されたものや彼女達が考えたものがあり、中には実践しなかったがサルベラを階段からつき落とそうとしたこともあったらしい。
それも自作自演にするつもりだったのだから彼女達はかなり豪胆な性格なのだろう。
……ああ、彼女達が加担した証拠だが、十代の調子に乗った小娘が頑張って秘密にしたところで、友人や使用人にポロリと簡単に吐き出しているので省略させてもらう。
あえてあげるならパメラ・オニール侯爵令嬢とスーザン・モルトン伯爵令嬢だろうな。
前者は婚約者の前で浮気相手だったバミヤン・ベグリンデール元伯爵のプレゼントより質が悪いものを寄越した際、
『何で同じ伯爵位なのにこんな貧相なものしか寄越せないの?!エリザベル様に言いつけてあの女と同じ目に遭わせるわよ!』と脅している。
後者は厚顔にも衆人環視の中サルベラにインク瓶を投げつけ、汚れた床を綺麗にしろと顔やドレスを押しつけ拭かせていたらしいな。
学業成績は良かったようだが、貴族令嬢が使用人でもない者に、それも同じ貴族にそんなことをするのか?と疑ったよ。
スーザン・モルトン伯爵令嬢は常日頃から使用人に繰り返しそういった暴力を振るっていたのだろうな。
でなければ爵位関係なく学べる、平等と謳われた学院で、そんなはしたない蛮行に及ぶはずがない!
こんな恐ろしい不良物件を引き取ったピースマイン侯爵家には同情するよ」
名前を出された友人達の親や夫達は羞恥で顔を赤くさせ怒りを露にしてる者から、嫌悪で友人から顔を背ける者、泣いている者と悲惨な光景だった。
読んでいただきありがとうございます。
短編あげました。残虐成分は少量なのでお気軽に読めます。
異世界転生/悪役令嬢/ざまぁ/
https://ncode.syosetu.com/n7091hl/




