22・謁見の間での断罪 (後)
「以上の報告を踏まえた結果、フェリカは失踪ではなく拉致、横領もスコラッティ公爵の指示による偽装ということがわかりました。
……ああ、横領は確かにあったのでその書類を渡しておきます。犯人は先程密告者を金で黙らせた上司です。
金額は単体であればさほど問題にはなりませんが、期間は十年を越えるので裏付けをとるのも苦労するでしょうね」
「そんなにか……いや、よくぞ調べてくれた」
「いえ、僕はフェリカの無実を証明したかっただけですから。
あの頃の僕は本当に子供でなにも見えていなかった。だからフェリカが苦しんでいることにも気づけなかった。己の不甲斐なさに反吐が出る想いです」
「そ、そんな風に自分を卑下してはいけないわ。
あなたがフェリカを想い心を痛めていたことは陛下やわたくし、それに捜索に関わった全ての者が知っていますよ。あなたはよくやりました」
「でしたら、フェリカの汚名はこれで灌がれたのですね」
「うむ。フェリカ・ドゥルーフ子爵令嬢……いや、もう婦人と言うべきか。彼女にかけられた罪はすべて棄却しよう。苦労を強いてしまったドゥルーフ子爵らにも労りの言葉と共に早く知らせてやらなくてはな」
「吉報を知らせる前に、スコラッティ公爵の処罰はどうしますか?」
両陛下から労いの言葉を受けた王子はこちらに振り返らぬままスコラッティ家の処罰を申請した。
それを聞いたエリザベルは髪が逆立つほど衝撃と怒りを感じた。
「シームレスよ。スコラッティ家はお前の妻、エリザベルの生家なのだぞ?それに」
「それがなんだというのです?」
お前などわたくしやスコラッティ公爵家の後ろだてがなければただの愚鈍な王子ではないか!
自力で王太子になれないくせに、たかだか自分が子飼いにしていた子爵家の侍女が消えたくらいでギャーギャーピーピーと小賢しい。
誉れ高い宰相をしているスコラッティ公爵家と領地があるのかないのかさえもわからない小物子爵、どちらが国として重用されるべきか一目瞭然だろう。
確かに父は女に対して恐ろしいことをしたが相手はしがない子爵令嬢だ。些事にもならない。
むしろ一瞬でもスコラッティ公爵家当主に見初められ寵愛を受けたことを感謝するべきだ。
それに政略結婚なのだから未来設計があって当然の話。それをグダグダと悲観ぶって罪だ責任だと騒いでくる。
この国で一番の権力を持っているのは国王だ。その国王が言い淀んでいる裏をなぜ汲み取らない?
わたくし達を敵に回せばそれこそ国が倒れるのだとなぜ気づかないの?!
スコラッティ公爵家は貴族筆頭。誰もが頭を垂れ敬う。王家の次に発言権を持っているが資産は王家より上だ。
その公爵家に歯向かうということがどういうことか、このボンクラに一度知らしめなくてはならない。そう確信した。
「スコラッティ家はエリザベルの生家ではありますが、公爵が無罪放免というのは承服できません」
「その公爵に私的制裁を下したのはお前だ。確かに公爵がしたことは許されることではないが、横領も偽装で公爵がやっていたわけでないのだろう?
実際横領していた者には厳罰を言い渡すつもりだが、公爵は儂が刑を見定める前に目を失わせたお前にも罪がある。それで帳消しだ」
国王は呆れた顔で息子を見、頭を押さえながら溜め息を吐いた。王子の勝手な暴走で不要な諍いや尻拭いを考え頭を悩ませているのだろう。
だが、そんな甘い考えをエリザベルは許さなかった。
「陛下。発言してもよろしいでしょうか?」
怒りを呑み込み、悲壮感を装いながら辿々しく申し出れば、同情を滲ませた目で許可がおりた。
「殿下は殊の外お怒りのご様子。これではいくら殿下を慮ってもお声は届かないでしょう。
ましてやわたくしは殿下が目の敵にしている公爵の娘。とすれば、わたくしは殿下のために暇を頂きたく存じます」
「い、暇ですって?!ま、まさか!!」
「離縁……離縁すると申すか?!」
両陛下の慌てた声にその場にいた貴族達が一斉にざわめきだした。彫刻のように固まっていた空間が衝撃で息を吹き返したかのようだ。
それはそうだ。片や子爵令嬢の侍女程度でしかない女に入れ込む愚鈍な王子。片や臣下の中で最も敬われた宰相の娘だ。
比べるまでもなく、まともな頭があればどちらにどれだけの価値があるのかわかるだろう。
未来の国母が別居ないし離縁する方が大きなスキャンダルなのは至極当然のことだ。もっと慌てふためいたっていい。
王子はまた見誤り失態を犯した。まったく愚鈍な夫を持つと苦労する。早く目を覚まさせなくては。
こんなくだらないことで皆の時間を割くなど王子がやってはならない。周りも迷惑するし政務にも支障が出るではないか。
心底呆れた顔で愚鈍な王子を見ると落胆を混じらせた溜め息を吐いた。
「そうなったとしても仕方ありませんわ。なにせ殿下はわたくしよりももうこの世にいないご令嬢の虜になっているのですもの。
ここにいればわたくしのせいだと斬られるかもしれません。ああ、恐ろしい!
王家に嫁いだ時にそれ相応の覚悟はしていますが、敬意も尊重もない上に共に歩む気もないとあれば国政も荒れましょう。
さすればわたくしは大人しくここを去った方が己のため、ひいては国のためと考えました」
「そんな……も、もう少し、いや考え直してくれ!そなたがいなければ」
「父も宰相職を辞して領地に父娘仲良く引きこもろうと存じます。自業自得とはいえ、この目では以前のような緩急をつけた采配などもう振るえないでしょうから」
「エリザベルさん……」
浅い呼吸を繰り返す父を見やり、垂れてきたものを拭った。
言葉を発しなければもう起きているのか寝ているのかわからないだろう。痛ましげに父を擦るエリザベルを王妃は涙ぐんだ瞳で義娘を呼んだ。
両陛下が嫌がるのも無理はないが、取り消すつもりはない。
無事領地に戻った暁には王家簒奪の準備だ。肥沃な土地には今まで育て上げた屈強な兵達がいる。
金を出せば王家などいとも容易く屈服させられるだろう。
スコラッティ家がどれほどこの国に仕え、どれだけ他貴族に慕われているか思い知るがいい。
我がスコラッティ家が敵になれば、バカな王子とそれを育てた両陛下などに守る値しないとこぞって手を引き見捨てるはずだ。
そしてこの国の王は、女王はあなたしかいないと、すべての貴族がわたくし、エリザベルにかしずくのだ。
……そう、そうよ!なんで気づかなかったのかしら?!
時間を無駄にして才のない者のお守りをするよりも、もっと実りがあることがあったじゃない。
わたくしがこの国の女王になる。
現国王は弱腰外交だし、第一王子は暗君にしかならない。元々国政はわたくしが執るようにと父からもいわれていた。
わたくしもそれが最善だと思っていたが、邪魔ならば王家も取り払ってしまえばいいのだ。
わたくしを蔑ろにする今の王家など不要。
そうと決まれば自分の演じる役も自ずと決まった。
不信を露に怯え、離縁も辞さない頑なな態度でいれば「いいんじゃない。離縁すれば」と聞き覚えのある声が割って入ってきた。
誰だ?と睨み付ければ差し込む光に反射してキラキラ輝く銀色が見えた。
こちらを見る瞳はスカイブルーで、エリザベルが愛してやまない、待ち焦がれた人だった。
「ラヴィエル!!」
喜色と非難を混ぜた声で名を呼んだが、彼はふいっと顔を背け国王を見やった。
今までならわたくしにかしずいて挨拶代わりにご機嫌伺いをしてくるのに。無視するなんてあり得ないのに。
もう一度呼んだが、見えた横顔が心底うざったそうに「あー煩い虫がいるなぁ」と周りに飛ぶ虫を払う仕草をした。
「国王。先程の話だが、こちらを先に片付けたい。妻を殺したあちらの伯爵家に罪を与えたいんだがどう思う?」
「う、うむ。そうだな。……爵位を二つ落とし領地を没収。新しく迎える当主は血が薄い者とし、現伯爵家は国外追放とする」
「なぜだ!」
叫んだ声のする方へと目を向ければ、陰険そうな似た顔の面々が先程の者らと同じように膝を突き後ろ手に拘束されていた。
飛んだ話に頭が追いつかなかったが、彼らの顔を見て嗜虐趣味を持ちサルベラ・ピイエリドを殺害した伯爵家だと気づいた。
「なぜもなにも王命で結ばれた妻を、不貞を働いたからといって私刑にしては王家も示しがつかないだろう?
それとも伯爵家は王家に謀反を抱いているのかな?」
「まっまさかそんな!!」
「なら刑は妥当だな。文句があるなら後で言ってみるといい。余罪を増やしてもいいのなら」
そんなこと言えるはずもなく、伯爵家は頭を垂れ刑を受け入れた。
「次にその王命の出所だが調べはついたのかい?」
「ええ。エリザベルでした」
「わ、わたくしは知らないわ!!」
振り向かないラヴィエルのせいで父と出ていくタイミングを失っていたエリザベルは自分の名前が出てきて咆哮した。
一回目の王命は王子を唆し国王に印を押させたが今回は政務の一部を扱っているエリザベルがこっそりと行っていた。
印章は王と王妃、王子と王子妃と少しずつ細部が違う。だが大元は同じなので違う部分を細工して封蝋を押したのだ。
まさかそれがバレたというの?いや、書類は父が巧妙に隠して王にサインさせた正式なものだ。気づくはずがない。
そう思い、張り詰めた息を吐いたが此方に振り返ったラヴィエルがわたくしを見たことで吐いた息を飲み込んだ。
王子と親しげに話すラヴィエルを見て嫌な予感が過る。
「王子妃殿下はそういうだろうと思い、これを持ってきたんですよ」
見えるように掲げられたのは封筒だ。その奇妙な封蝋には覚えがあった。
その表情を嗅ぎとったラヴィエルが目を細め怪しく微笑む。
「王子妃殿下はこの封蝋に見覚えがあるようだ」
「あ、ありませんわ!た……ただ、王家の印にしては少し変だと思っただけで……!」
「そうですか。ならば他の方々にも確認していただこう」
そういってラヴィエルは王子に渡し、王妃や王にも手渡された。
それを見ながらごくりと喉を鳴らす。傍らにいる父も息を詰まらせ身じろいだ。
「ああ、そうそう。王子妃殿下はなぜ私がこの封筒を持ってると思いますか?」
「え?」
なぜ?そんなの、誰かがラヴィエルにただ渡したのでしょう?
その者を見つけたらキツい折檻が必要よね。上の者がすることに疑問を抱き、告げ口をしたのだから。そんな憤慨した気持ちを抱えれば予想外の答えが返ってきた。
「それはね。私の妻がサルベラ・ピイエリドだからだよ」
背筋を氷でなぞるような声の冷たさと一緒にラヴィエルの顔から貴重な笑みすら消えていた。
彼の冷ややかで突き刺すような瞳にぶるりと震えた。
前までなら欲情した雄が獲物を狙っているそれだと片付けられたが、今はそんな気持ちにはなれなかった。
まるで体の芯から凍らせ、粉々に砕くような痛みを連想させる睨みに王子とはまた違った息苦しさを感じた。
ラヴィエルが結婚?誰と??
「王子妃殿下。あなた方は我々にケンカを売ったんだよ。
私達はユーザニイアの国王が認めた正式な夫婦だったが、生家が此方にあるという理由だけで王命を使い離縁を強制した。
これは明らかな越権行為であり、ユーザニイアに対しての冒涜だ。
本来ならば、ユーザニイアの民になったサルベラを話し合いもなく離縁させることはできない。
だが、この釣書は王家の権限を行使するものだった。国王は覚えはないといっていたがサインは本物だと確認がとれている。
この件はすでにユーザニイアの国王に伝えてあり遺憾表明をいただいた。その臣下、マカオン商会もこの国に対して遺憾の念を抱いている。
王子妃殿下。これはこの国を、国王を欺き、国家間を揺るがした最悪な事件なんですよ」
「そ、そんな……」
まさか、そんなことはあるわけがない。そんなつもりはなかった。わたくしはただあの女が無様に踊り、苦しみ嘆くのを見たかっただけだ。
あの女の人生はわたくしの余興でしかないはずだった。
あり得ない。あり得るわけがない。あんな女にそんな価値などなかった!国王に認められた結婚?ふざけるな!
あの女は嘲笑されるべき傷物で、色欲にまみれた恐ろしい女だ。
性欲解消の道具としてならまだしも、きらびやかな社交界などに出て普通の人間として扱っていい存在ではない!
けれどどうしたらいい?今更あの封蝋をどうにかすることはできないだろう。
勅命の釣書は国王のせいにできても封蝋は国王のものではないと容易にバレてしまう。まだ王子や王妃の方が近いがあの二人は当然否定するだろう。
だったら別の人間を犯人に仕立てるか。
いや、印章は持ち出し禁止で、自分以外の人間には保管場所も知らせてはいけない決まりになっている。
エリザベルも知らぬ存ぜぬを突き通した上で、上手くいけばすべてが有耶無耶にできるかもしれないがユーザニイアがそれで納得するかは微妙なところだろう。
隣国にあるユーザニイアは小国なのだが自国の製品を多く輸出している。昔、諸外国が競って戦争をしていた時はその足掛かりとしてどこかしらの属国になっていた。
それ故にユーザニイアは外交に特に力を入れ、マカオン商会などが積極的に他国で商売をしている。
今ではユーザニイアが持つ情報は金に等しい価値を持っていた。
そのユーザニイアが怒っている、となるとそれ相応の代償を支払わなくてはならないだろう。
さすがに戦争など仕掛けてこないと思うが、誰かの首くらいは差し出さないと折り合いがつかないかもしれない。
この国は国王が弱腰外交にしているが大国で兵士も資産も多い。ひと度戦争になれば此方の方が有利なので容易に制圧できるだろう。
だがそうなれば諸外国も黙ってはいないはずだ。さすがに連続で、自国同等以上の大国、帝国と戦える気概はない。
父が采配をとればわからないが、恐らくユーザニイアを制圧するよりは多少高くても賠償金を支払った方がまだマシだというだろう。
まったく、こんな時にバミヤンはなにをしているんだと思い出した名前に憤慨した。
妹の尻ばかり追いかけるからサルベラに逃げられるのだ。側近を免職になった時だって誰にも擁護されないまま、推薦してやったわたくしにも伺いがこないままクビになったのだ。
まだここにいれば、封蝋を偽装したという大役を押しつけてやるというのに。使えない。まったく使えない。あー腹立たしい。
読んでいただきありがとうございます。




