21・謁見の間での断罪 (中)
過激な表現(身体的欠損)があります。ご注意ください。
名前が出たことでチラリと騎士団隊長を見た子爵は、笑みは作らなくとも目が愉悦を滲ませていた。
「だっだって、フェリカは本当は私のものなんです!彼女だって私が来る度に嬉しそうにキスをして出迎えてくれました!私が来るのを今か今かと待ち続けたとも……!
信用のないあああんな男よりも、私の方が信用されていたし私に惚れ、惚れていたんだ!!
ああ!政略結婚でさえなければフェリカは私と幸せな結婚をしていたのに!!貴様が悪いんだぞ!!
貴様なんかと婚約したからフェリカはあんな不幸なことになったんだ!!」
「……ではなぜ、フェリカを愛するあなたが買い上げなかった?なぜ、見捨てたんだ?」
王子の言葉に子爵はギクリとして余裕の笑みが引きつった。
「み、見捨ててなんかいない!私は愛していた!!愛していたが………っ
あ、あの女!フェリカの奴、私という男がいながらホーザン卿やシュガット卿にも同じように媚びて、はしたなく股を開きやがったんだぞ!!
男なら誰でもいいんだ!あんな売女、こっちから願い下げ……ぐが、あ?ぅぎゃあああっ」
エリザベルの横を素早く通りすぎたと思いきや、騎士団隊長が子爵を蹴り上げた。
顎を思いきり蹴られたようで、尻餅をついたまま何が起こったのかわからない顔で呆然としていたところを隊長の足が股を踏みつけプチ、という音が聞こえた。
その音にそこにいた男達は顔を真っ青にさせ、中には耐えられず股間を隠したり顔を背けたりしていた。
「当たり前だ。フェリは仕事をしていたのだから。貴様は金を支払うただの客だ。それ以上でもそれ以下でもない。
……もっとも、貴様を幼なじみのイバールと認識できていたかはわからんがな」
痛みで悶え苦しむ子爵を横倒しにした隊長は胸を踏みつけ、躊躇なく利き腕を剣で斬り落とした。
たがそのままだと失血死するので手早く応急処置が施されたが、あまりのことに子爵は気絶したまま粗相をしていた。
「御前を汚してしまい申し訳ございません」
「気にするな。お前が動かなければ私が殴り殺していた」
「シームレス……」
「陛下にお聞きする前にこの者達から聞くことが残っております。お前達はなぜいくつもある娼館からあそこを選び、フェリカを見つけた?答えよ」
昔、血を見て卒倒していたはずの王子は返り血を浴びた隊長を見ても表情を変えなかった。
そこでふと気づいて鳥肌が立った。早くここから逃げ出せと勘が言っている。
今喋っている王子はわたくしの知る王子ではない。
今まではどっちつかずで優柔不断な態度をとってきたがそれでも最後はエリザベルを選んだ。そうするように仕込んできたからだ。
だが今の王子は確実にエリザベルの敵だと認識した。そう理解して寒気と一緒に毛が逆立った。
「う、噂で……」
「嘘はよくないな。あなた達は初めてあの娼館に行って、真っ先にフェリカを指名した。噂ならもう少し調べるなり確認なりするだろう。
特にあそこは貴族が寄り付かない市民街だ。貴族として前もって売り出していたわけでもなく、ただの娼婦の仕事初日に、貴族であるあなた達の気を引くような噂が立つわけがない」
「「………」」
「あなた達があそこに行くには何かしらの情報がなければおかしいんだ」
「そ、それは多分そこにいる幼なじみとやらが聞きつけたのでしょう。なにやら思い入れが強いようですし」
緊張した面持ちで王子を見つめていれば父が嫌なタイミングで応えてきた。下策だと眉を顰めれば王子は口だけをつり上げた。
「公爵ならそういうと思ってましたよ。確かに彼の執着は並々ならぬものがありますが、もし彼が先に知っていたら他の者には告げずに自分だけ会いに行ったと思いますよ」
なにせ、彼の初恋の相手ですから。と父を見て嗤った。
様子を見ていた王は細く息を吐くと、二人を見てこの場で虚偽の発言は許さないと発した。
「正直に答えよ」
「……わ、私とヘディング卿はローンプレイ伯爵から聞きましたが……」
「……私は、その、『行き遅れが平民落ちしたそうだ。親が醜聞を嫌って市民街の中級娼館にいる』と。
……そういえば、名前を聞いた時、何人と行ってもいいが娼館に着くまで誰にもいうなと……スコラッティ公爵に」
「嘘だ!!!」
伯爵が、ふと思い出したといわんばかりに父を見た。その目は信じられない、というものと、疑心に満ちた目だった。
そんな目で見られた父は自尊心が傷つけられたのか、威嚇するように声を張り上げる。それが肯定だと父以外誰もが気づいた。
「何が嘘なんですか?まっさらだったフェリカを最初に犯したのはあなたじゃないですか」
「はあ?!な、なにを根拠に」
「僕も大人になったので『手足』が増えたんですよ。そして心強い味方もついた。
彼のお陰でこの真相に辿り着いたといってもいい。でもまさか、こんなおぞましい結果を知ることになるとは思ってもみませんでした」
王子と騎士団隊長が目配せをして父の前に立つ。父の背には隊長が立ち、父の髪を鷲掴みにして無理矢理上を向かせた。
「最初はフェリカを自分専用の執務室に呼び出し人払いをした上でことに及んだそうですね?
その頃すでに二人は婚約していて、あなたも祝いの言葉を述べていたのに。
そして醜聞を広めたくなければと脅して口止めをした。従順なフェリカにさぞや気分が良かったでしょうね?
フェリカを傷つけた後もあなたは平然とした顔で過ごしていた。僕や隊長に会って話しても罪悪感を抱かなかった。
何をしてもバレないと思ったあなたは何度か人払いをしては執務室にフェリカを呼び寄せた。
これは引退した者からの密告で、不審に思い上司に報告している。しかしその上司はスコラッティ公爵家傘下の者で、金を握らせ黙らせた。
心配しないように裏付けもしっかりとったよ。その上司は現在拘束していて素直に自供した。何も知らなかったがあなたのためによかれと思ったそうだ」
父があからさまにホッとした顔をした。その顔を見て王子の目がスッと細くなる。
「あまり楽観視しない方がいい。この後は更に不愉快極まりない話だ。
自分の愛人にでもしたつもりになったあなたはフェリカを攫い、今度は公爵家の別宅に監禁してフェリカを凌辱した」
「…っ…」
「足首の腱はその時に切ったんだろうね。簡単には逃げれないように。
散々弄び、何度か妊娠もしたようだけど産ませることもなく、流産するように薬を使ってわざと乱暴に犯したんだってね。
そして、フェリカ捜索が打ち切られた頃に彼女を娼館に落とした。
彼女の体はね。娼館に落ちる前からもう子を産むことができない体になっていたそうだよ。外側は綺麗に戻っても中はぐちゃぐちゃに傷つけられたんだ」
我が父ながら女性に対して酷い扱いだと思った。下手な奴隷よりも劣悪でおぞましい。物以下の扱いに聞いていた女性達が何人か倒れた。
エリザベルも手の震えが止まらなかった。娘に甘い父だが宰相という役職と公爵の地位を守るため冷酷な部分があるとは思っていた。母だって恐らく知らない父の面だろう。
もし仮に父が無罪放免になっても以前のような関係に戻るには時間がかかりそうだと思ってしまうくらいには女として恐怖を抱いた。
重く凍えるような空気に誰もが息を潜め動向を窺っていると、おもむろに王子が手をのばし、父の両頬を持ち上げた。
「フェリカの想い人でもない、ドゥルーフ子爵家に利になる政略結婚の相手でもない、ましてやフェリカが慕う雇い主でもない。
――――お前は誰だ?」
その瞬間、すべての人間が身を竦め息を殺した。
見ているのは父だというのに身動きしただけで息の根を止められそうな感覚に無意識に歯がカチカチと鳴った。
父が誰だと問うならば王子こそ何者だと問いたい。まるで人の皮を被った悪魔か何かにしか見えない。
その異形な彼に、誰も、王や王妃までもが動けず見ていることしかできなかった。
「お前には物事を正しく見る目がなかったんだな。そんな使えない目は潰してしまおう」
「っぁ!!ああああああああっっ!!!」
嫌な音と共に父がビクン!と跳ねる。しかし、頭と両手を隊長に拘束され、王子には顔を捕えられ逃げ道はなかった。
「彼女には隊長がいた。彼はフェリカとの結婚を楽しみにしていたし、子供が生まれた先の展望もあった。
まだそこで伸びている幼なじみに奪われるなら面白くはないが納得しただろう。
だが、お前はなんだ?何処から湧いた?
僕付きの侍女と接点などなかったはずだ。知っていたら僕がフェリカを慕っていたのは見聞きしていたはずだ。
陛下を支える智将のお前がそんなことをするはずはないと思っていた。エリザベルの父親がこんな下賎でふざけた行為をするなどと思いたくなかった。
だというのに……だというのに!!
この王宮で!僕がいる城の中で!僕の侍女を!フェリカを穢しただと?!
たかが宰相ごときが!公爵ごときが!!お前は何様だ!!!」
「やめっぁ!やめてぐれぇ!!うがああああっ!!!!」
膝を突いた足をバタつかせ、言葉は唾液まみれで濁音が混じった。父の悲鳴に凍りついたが王子達が離れたことで我に返り、呻く公爵を急いで抱き起こした。
「ヒイィ!!」
音で想像はできたものの実際を見て悲鳴を上げた。淑女の矜持などいってられないほど恐ろしい姿に吐きそうになる。
こみ上がるものをなんとか呑み込んだエリザベルはハンカチを取り出し目に宛てがった。
「そ、その声は……エリザ…か?」
「そうですわお父様。自分で座れますか?今……」
『そう』だったものを拭き取りますわ、といえず言葉を呑んだ。
「これも使うといい」
「ああ……ありがとうございま」
父の顔を拭きながら、この場をどう切り抜けるかそればかりを考えた。そのせいで誰がハンカチを差し出したか失念していた。
見上げた先にいたのはエリザベルの夫である王子で、親指を拭いたらしいハンカチと爪に残った何かが見えるようにこちらに差し出していた。
それを認識した瞬間、拒絶反応で胃の中のものを吐き出した。
「へえ。あなたでもそんな反応ができるんだ。てっきり人が痛めつけられてもなにも思わないのかと思っていたよ」
心配するでもなく、同情するでもなく、ただ感心した顔に苛立ちを感じた。
たかが宰相?たかが公爵ですって?その力を借りなければお前など王にもなれないくせに!!
「殿下。意地悪はおよしになって……わたくし気分が悪いの。どうかもう少し労ってくださらない?」
「は?自分で汚したくせに、僕にその汚物を掃除させようって?
冗談じゃない!気高い僕がなんでお前なんかのためにそんなことをしなくちゃならないんだ!!不敬だろう!!」
「で、殿下……?!」
「……って、あそこにいるあなたの友人達に言えと命令、いやお願いしたんだよね?」
突拍子もなく叱責してきた王子に面食らった。
しかもそれは、王子が空回りして恥をかいた学生時代に、とある女に向けて友人達にやらせていたことだ。
なぜ今になって……しかもこのタイミングで?
相変わらず笑っていない目で微笑んだ王子は、エリザベルや父を労ることなくさっさと背を向けた。
読んでいただきありがとうございます。




