16・王命と釣書
ラヴィにプロポーズをされてから一年半が過ぎた。
結婚を口にしたプロポーズは婚約という間を置かずにあっという間に結婚式を迎えた。
以前ナリアが着たウエディングドレスとは違うがやはり一点もので豪奢な作りのドレスを纏い、実は前々から準備していたのでは?といわんばかりの豪華な挙式を行った。
その一つに王家から『私達からのお祝いだ』という祝言と一緒に軽~い感じでユーザニイアで一番有名で崇敬されている教会を使わせていただいた。
それだけでも恐縮で、執り行われた挙式も緊張しっぱなしだった。なんとか無事やり遂げいざ外に出たら歓声と共に建物以外の場所一杯に人が溢れ返っていて心底驚いた。
街の人はわりとノリがよかったしその教会は街の中心にあり、人の行き交いも一番多かった。けれどそれにしたって人が多すぎるし、皆サルベラ達を待っていたかのような目で手を振っている。
これもラヴィが仕掛けたの?と問えば違うと返された。
まるで王家の結婚式みたいだ、と考えてしまったが実はそこの教会、昔この国や世界を救った異世界から来た勇者マカナ・オダを祀っていたのだ。
その勇者をこよなく愛していた王家は、民衆も慈しみ親しめるようにこの教会を作ったという。
何かある度に王家が祭事で、しかも頻繁に利用していたので勘違いされても仕方なかった。
そうとは知らず、または緊張でそこまて頭が回らなかったサルベラはぎこちない笑顔を浮かべながらも手を振って街の人達の歓声に応えた。
大勢の見知らぬ人達に祝われるという経験は人生初だったのはいうまでもない。
後日、王家を騙った偽者!なんて叩かれるかと思っていたが、そんなことはなかった。
新聞は三面だがそこそこ大きな記事で好意的な文章で取り上げられた。
それくらいで済んで良かったと安堵していたら、マカオン商会がラヴィとのツーショットの絵姿を使った商品を引き出物として売り出したため、サルベラが悲鳴を上げてそれを止めさせたのだった。
その後は仕事にどうしても絡めてしまうサルベラとただいちゃいちゃしたいラヴィが新婚旅行に行ったり、たまにケンカをしたり、仕事も一緒に飛び回ることが増えた。
何より嬉しかったのはサルベラの仲間が増えたことだ。
ラヴィが持っている侯爵家本館には出迎えてくれる使用人達がいる。その人達はラヴィが子供の頃から仕えていて、マカオン商会にも携わっている者がほとんどだ。
『奥様』と呼ばれるのはまだこそばゆくて落ち着かないが、話しやすく居心地がとても良かった。
家を出る前は生家であるピイエリド以外に帰れる家はないだろうと思っていたけど、ラヴィとこの家の元には帰りたい、そう思えた。
◇◇◇
学院を卒業した頃に比べたらとても平和で何もかも順調に進んでいるように思えた頃。
不穏な知らせが届いたのはラヴィが仕事関連で大公殿下への元に行って不在だった日だった。
前触れなくサルベラの両親が面会に来たのだ。いくら親とはいえ子爵家が伺いもなしに侯爵家に押し掛けるのは不敬でしかない。
しかし、爵位の上下をいつも気にしていたのは両親だ。その両親が押し掛けるというのは何か火急のことなのかもしれない。
カインや執事、専属侍女のメリッサに相談してラヴィに早馬を出した。大袈裟かもしれないと思ったが『旦那様がいないのを狙ってきた可能性がある』とカインが言ったためその処置をとった。
あとはラヴィが戻ってくる時間を調整してギリギリまで待たせようとしたが、先に両親が音を上げサルベラを呼びつけた。
やはり両親の様子がおかしい。そう思い、カインやメリッサを連れて応接室に赴くと開口一番に叱られた。
大事な用があるのに親を待たせるとは何事だ!侯爵夫人としての自覚はあるのか?私達より偉くなったからと意気がっているのではないか等々、詰りが学生の時よりも酷くなっていた。
中でも一番酷かった言葉は、
「成金が買った侯爵位くらいで偉いなどと勘違い甚だしい。恥知らずもいいところだ」
とまるで自分達が清廉潔白のような言い方にその場にいた全員の目が鋭くなった。
「それで、ご用件はなんでしょうか」
「!?なんだその態度は!それが親に対する礼儀か!!」
「お父様。いくら成り上がりだろうと国が違おうと、侯爵家は侯爵家です。上の者には徹して従えと仰ったのはお父様だったかと思いますが」
「うぐ、」
冷たい態度とカインやメリッサの睨みで臆した両親はそこでやっと口をつぐんだが、何枚かの封書をテーブルの上に投げて寄越すと「この中の誰かと結婚しろ」と命令してきた。
「………あの、わたくしはもう結婚していますが」
「そんなものは無効だ。だからこんなものがお前に届くんだ」
「そうよ。こちらの国ではあなた達の結婚は認められていないの。ユーザニイアは歴史が浅い小国だもの。平民同士が結婚したようなものなのよ。
王家に忠誠を誓っているのだから貴族の娘としてこの方達の誰かと結婚しなさい」
はあ?とガラ悪く吐き出しそうになった。
認められてない?何だかんだと文句はつけていたが私達の結婚を了承したじゃない!式にだって出席したじゃない!
あの圧巻の挙式を見てもそんなことが言える己の両親に呆れた。バカバカしい。と投げやりに返したかったが、受け取るまで帰らない素振りだったので一応封書の中身を読んでみた。
侯爵、伯爵、子爵、男爵と見てみたが名前がわかる人がいない。家名でわかるのはホールイン子爵家だけだ。
爵位が同等だったのと商会の関連でそれとなく知っているのだが、子供がいるという話は聞いたことがなかった。
離縁された瑕疵付きの娘を娶ろうというのだ。後妻や曰く付きの可能性は高い。だが、その割には釣書の人数が多い気がする。
「王家の方が直々に傷物のお前にご用意くださったのだ。有り難く受け入れ、嫁ぎなさい」
「それがサルベラのためでもあり、私達の家のためでもあるのよ」
なにいってんだこの親は。久しぶりに会ったせいか両親の言葉の歪さが際立って気持ちが悪い。
胸焼けのようなグルグルした気持ちに眉を寄せると渡した釣書を見ていたカインが低くドスのきいた声で両親を睨んだ。
「おい。これはちゃんと裏付けをとったのか?」
「は?な、なんだと?!カイン!使用人のくせに無礼だぞ!!」
「いいから答えろ。ここに来る前にこいつらをちゃんと調べたのか?どんな人間か、どんな噂があるか、嫁いだらどうなるのか細部までしっかり調べたのか?と聞いているんだ!!」
「ひぃ!!」
真正面から怒鳴られ母親が悲鳴を上げソファから飛び上がった。やはりというかろくに調べてなかったらしい父親はバツが悪い顔で逃げるようにカインを見ないようにしている。
情けない両親の姿に溜め息をこぼしたサルベラはカインに知ってる情報を教えてもらった。
まだ一度も結婚していないが愛人が何人もいて、娼館通いも頻繁で家に寄りつかない侯爵家。聞けば誰もが顔を歪める性癖を持つ男爵家。一族総出で妻を奴隷のようにこき使う伯爵家の後妻。
どれもバミヤンに負けないゴシップまみれの家ばかりだ。
ホールイン子爵は他よりはまだマシ?で負債持ちくらいらしいが、見知りのはずの父親に聞いてもビクス・ホールインがどんな人間かは知らなかった。
「こんな悪癖ばかりの家にお嬢を放り込むっていうならそこのピイエリド夫人が離縁して生け贄になってもらうことを推奨するね」
「なっ?!嫌よ!私はもう結婚してるのよ?!」
「お嬢も結婚してるんだよ」
それなのに軽々と離縁して問題しかない家に嫁げなんてどんな鬼畜だ。怒り心頭なカインは両親を睨んだまま続けた。
「あんたらがろくに調べず意気揚々と進めたベグリンデール家がどんだけ酷い家か教えたよな?
俺のばーさんが怒り狂ってあんたらの商会を潰してやるって脅して来たのを止めたのはお嬢だぞ?もう忘れたのか?
恩人である娘を王命だからとまた悪魔に売るのか?それでも親なのか?」
ただ離縁するだけでも理由が最悪だし、その嫁ぎ先も最低なところしかない。少し嫁ぎ先の家のことを知り両親の顔色が悪く、目が泳いだが父親は頑なだった。
「これは王命なんだ。臣下は上の者の命令に従うしかない。従わなければ忠誠心を疑われる。そんなことになれば私達の家はひとたまりもない」
だったらそんな家潰してしまえばいいじゃないか。と思った。
バミヤンと結婚した時ならいざ知らず、ラヴィと結婚して一年以上も経ってからなかったことにしろという方がおかしいと思わないのか?娘の幸せはどうでもいいのか?
強気な態度を改めない父にサルベラは苛立たしげに溜め息を吐くと、腹に力を入れて両親を見つめた。
「わかりました。この釣書はわたくしが預かります」
「お嬢、」
「ですが勘違いなさらないでください。預かるのは夫であるラヴィエルに見せるためです。それにわたくしはラヴィと離縁するつもりは毛頭ありません」
「フン!どうだか。あの男は器量の良さを活かして王子妃に取り入っていると聞く。王女をお産みになった王子妃は更に美しくなられた。あの美貌の前ではあの男など簡単に骨抜きにされて」
「訂正してください」
聞きたくない名前にカチンときた。よりにもよって王子妃の話題を出すなんて。
自分達だって嫌な思いをしたはずなのに、まだ従うことができるのかとおぞましい気持ちで両親を睨んだ。
「ラヴィエルは聡明な方です。そんな方を、わたくしの夫を愚弄することはたとえ親でも許しません。あの男、と蔑称を使うのもです。
彼はあなた方よりも尊い爵位を持つセバージュ侯爵です。言い直せないのなら名誉毀損で貴族院に訴えますよ」
娘に訴えるといわれ、父親が目を剥いたが本気だとわかると苦々しい顔をしたものの言い返さなかった。
不満は残ったが釣書を渡せたことで肩の荷がおりた両親は「早く決めて王家に報告するように」や「こんな娘に育てたつもりはなかった」などと言いたい放題嘆いて玄関ホールへと向かった。
見送りなんて本当はしたくなかったが礼儀を欠くわけにもいかず、サルベラ達も溜め息混じりに足を進めた。
「では必ず王命に従うのだぞ」
「これ以上親不孝をしないでちょうだい」
使用人達に睨まれながら両親がドアを開けようとすると、その前に執事が遮りドアを大きく開く。
気が利いてるのか利いてないのか微妙なタイミングに両親は嫌そうな顔をしたがそこに立っている人物を見て真っ青になった。
「ただいま。サリー」
両親を無視して足を踏み入れたラヴィは、サルベラにキスをして挨拶をすると、かい摘まんでカインが説明しだした。
両親はこの内に逃げたかったようだが使用人達に阻まれて逃げられなかった。後を危惧してのことだろうが子爵が侯爵に挨拶もなく帰るなんてあり得ない。
昔からマカオン商会や大伯母を目の敵にしていたが、嫌いにしても両親の態度は目に余った。
そうこうしている内に事情を聞き終えたラヴィの目が据わり、両親は青白い顔になった。
「離縁!これは面白い冗談だ。なぁ義父殿!」
「……」
「私に何か至らぬところがあるのなら教えてほしい。私はサリーを幸せにするために全力を注いで頑張っているんだ。その頑張りをあなたが知らないわけないだろう?
それに私達の結婚はユーザニイアの国王夫妻から直々に祝福されたものだ。それを反故にするなんてそれこそ不敬ではないのかな?」
「そ、それは……」
「お父様、」
モゴモゴと歯切れの悪い父親に自分の父も戸惑うことなんてあるのかと少し驚きながら声をかけた。
此方に向けられる視線は強く睨み付けられているがバミヤンよりは怖くなかった。
それが親子の愛情故なのか、あれだけ大口を叩いたくせにラヴィに強く出られない情けない大人だとわかってしまったからかはわからないがさっきよりも少し心に余裕が持てた。
「わたくしが至らぬばかりにあなた方に多大な迷惑をかけました。そのことについては申し訳なく思っております。
ですが、ラヴィと出会ってわたくしは一人の女としての幸せを掴んだのです。その幸せをわたくしは手放したくありません。
もしあなた方の娘であることで離縁しなければならないのなら、わたくしは親子の縁を切りましょう。
わたくしはただのサルベラとして、ラヴィエルの妻として生涯ユーザニイアに尽くしましょう」
たとえラヴィと離縁しても平民に落ちても自国には戻らず一生ここで生きていく。
そう決意を言葉にすれば両親はなんともいえない、気まずい顔をした。
「お前がいうなら縁を切ってやろう。後でとやかく言っても戻すことはできないぞ」
「構いません。わたくしにはラヴィとこの家の者達とマカオン商会がありますから」
信頼している人達を見て笑顔で両親に視線を戻した。
「随分と威勢のいい啖呵を切ったね」
両親が乗った馬車を見送っていると隣からそんな言葉が聞こえ見上げた。
「はしたなかったでしょうか」
「いいや。惚れ直した」
こめかみにキスを落とされ、頬が染まるのと一緒に視線を下げると「うちの奥さんが可愛い!」と抱き締められた。
「本当に親子の縁を切られると思う?」
「わかりません。でもたくさん迷惑をかけてきたのは確かですから」
親子の縁を切られること自体はたいして困らないとわかっているが、少し寂しく思えた。
自分で言ったのにいざ繋がりがなくなるのかと思うとショックらしい。
そんな哀愁漂う表情を見たラヴィは後でこっそりとカインの祖母に連絡を取り、サルベラの籍を抜かないよう仕向けてもらおうと思った。
なくても困らない生活は用意できるがどんなに酷い親でも親は親だ。踏ん切りがつくまでは親との繋がりを残しておきたい。
カインの祖母に言えば脅すなりなんなりしていいように計らってくれるだろう。彼女もサルベラが大好きなのだ。
しかし、だ。
「随分とナメられたものだ。サリーも、俺達も」
頬に赤みが残るサルベラが上目使いで見上げてくる。役得だが、いつも怒られない程度にスキンシップをとどめるのが難しい。
頬を指の腹で撫でればサルベラの瞼が震えた。
「そろそろ計画を本格始動させようと思う。ついてきてくれるかい?」
種を撒き、準備は整った。あとは予定通りに動かすだけ。
視線を合わせればサルベラは真剣な顔で「勿論よ」と頷いた。
読んでいただきありがとうございます。




