ソロキャンプを愛する救世主は焼き芋とフォークダンスで異世界を救う
紅白 宴、名前がめでたすぎて小中高と揶揄われ、いつか改名してやると心に決めている二十二歳。職業は電子機器開発事務員という何でも屋。複数の資格者から便利に使われる事務の女の子。職場は男女平等と言いながら、コピーやお使い等の雑務は全部宴。事務で雇われたのに、チェックという名目でCADを使う仕事も押し付けられる。
お茶汲みは廃止されたものの、数種類のペットボトル飲料発注管理も宴の仕事。お昼の注文弁当の注文も宴。所謂隠れた雑務が全部回って来る。給料は高卒の地域最低額、入社してから年数千円の昇給のみ、特別手当は雀の涙。おうふおうふ。
プロッターの用紙の補充は使い切った人がやると張り紙までしているのに、『納期で忙しいからお祭りちゃんお願い』と平気で言う。コピー用紙包みだってかなり重いのに、A0のプロッターロール紙は比べ物にならない程重い。事務の女の子が持ち上げる物じゃない。先ずは片側持ち上げて、何とかセットしたら反対側。取り落として足の上に落ちた時に集まってきた野郎どもが『大丈夫か?用紙の端とか歪んで無いか?』と言った時は殺意が湧いた。
っていうか、お祭りちゃんとか呼ぶな。
確かに、歪んだ用紙ではきちんと製図が出来ない。用紙自体の値段も高い。それは知っている。だったらお前らがセットしろよと思ったので、A0プロッターもA1プロッターも複合機も、明日は確実にセットしないといけない状況で、『歯が痛いんですぅ。明日歯医者さん寄ってから出社しますぅ』と言って手元にある翌日の仕事をきっちり終わらせて帰宅、翌日は行きつけの歯医者さんの当日予約で検診とクリーニングして貰ってから『麻酔かけたら体調が悪くなったので今日は休ませて下さい』と電話して、デパ地下でちょっと良いご飯をテイクアウトして家で過ごしてやった。
翌日、ギリギリまで頑張ったらしい残骸もあったし、あちこちから『お祭りちゃんが休みだったから大変だったよ』とか言われたけれど『そうですか?そんな緊急な仕事ありました?』と言い返した。結局その後の状況は変わらなかった。
どうでも良いけれど、最後の紙を使いたく無いからって、トイレットペーパーを数センチ残してホルダーに入れっぱなしみたいな真似をするな。鬱陶しい。毟るぞ、課長の大切な残り僅かなポヤポヤを!野郎ども全てに対するイライラを纏めてぶつけてやるぞ!
それでもって『アレェ?紙が少ないかもぉ?じゃあ、後で出力しようかなぁ?』とか言いながら、こっちチラチラ見んな気持ち悪い!『どうしよう』のチラ見が可愛いのは幼児までだ!大負けに負けて、小学校低学年までだ!それ以上は自分で何とかするか、はっきり言葉に出せ!出したら死ぬのか?そんな程度で死ぬのなら、潔く死ね!声に出されても『そうなんですかー?今直ぐ用紙を変えたらどうですかー?』って返すけどね!
ーーーーーー
「よし!キャンプ日和!」
平日は仕事で苛々の毎日だけど、休日になれば楽しいソロキャンプ。安い給料をちまちま節約して少しずつ揃えたキャンプ用品を、新車だけど型落ちで安かったミニバンに載せて、無料や格安のキャンプ場に向かう。クーラーボックスには格安スーパーで買った食材。良いんだよ、外で食べたら美味しさ倍増だから。無敵スパイス掛けたら無敵ですよ?無敵マキシマムなだけに。
キャンプなら泊まりでもデイでも良い。女一人に声を掛けてくる鬱陶しいキャンプメンも居るけれど、先ずは丁寧に断って、それでもしつこかったら黙って鉄串に肉とかブッ刺しつつ睨めば、捨て台詞吐いて消えていくから後は管理人さんに報告するだけ。
そして夜は焚き火。大きくても小さくても良い。眺めているだけで和む。確かに火は危険だけれど、逆に外敵から守ってくれる人類の叡智。
「よし!寝よう!」
今日は少々肌寒いのと、近くの区画で弾けきった連中がウェイウェイ煩いので、車の中で寝る事にする。管理人さんが何度も注意していたから、ご退場になるかも知れないけれど、注意の度にペコペコ謝る位は正気だから、結局残った挙句に夜中に大騒ぎになって巻き込まれる可能性があるもんね。自衛大事。
ミニバンちゃんの運転席を倒し寝袋と毛布をセット。自分もセット。ロック確認。安全確認。おっけぇ。星を見ながらお休みなさい。
ごごごごごごごご……。
おかしな揺れで目が覚めた。地震?
窓の外に閃光が走っている。雨は?降ってない?これから豪雨になるやつ?天気予報では暫く晴れだったのに。
寝る前にきちんと火の始末はした。外に何か残しておいていたずらされても困るから、荷物は全部車に載せてある。
「眩しっ!」
ドンっ!
目が、目があああああ。
「どこの天空の城だああああ!」
視界がチカチカした状態で思わず叫ぶと、車の窓にペタリと張り付く笑顔の人、人、人。
「ひいいいいいいい!」
『『『『『◎◇○■△、◎◇○■△!』』』』』
なにこれ怖い。ええと、どうしよ。
①小市民的に成り行きを見守る。
②このままフルスロットル。走り去る。
③少なくとも敵意はなさそうなので悠然とドアを開けて鷹揚に振るまってみる。
④多分、夢。二度寝突入。
⑤危害を加えられる前に、先ずはクラクションで様子を見る。
「えい」
『ぷっぷうううううううううううううううう!』
よく見れば、映画のセットみたいな神殿っぽい所に居るみたい。人もいっぱいいるけれど、服装がおかしい。それこそ古代ローマの映画みたいなの。ロミオとジュリエットみたいなの。スパルタカスみたいなの。三銃士みたいなの。しかも髪の色が、黒、茶、白、金、青、赤、黄、緑、紫、ピンクと色とりどりで怖い。
みんなクラクションに耳を塞ぎつつ、それでも笑顔でこっちを見てる。
なにこれ怖い。
①小市民的に成り行きを見守る。
②このままフルスロットル。走り去る。
③少なくとも敵意はなさそうなので悠然とドアを開けて鷹揚に振るまってみる。
④多分、夢。二度寝突入。
残念ながら神殿っぽい建物の出口部分は階段になっていて、ミニバンちゃんで走り去るのは難しそう。パンクしたら修理出来るのかも分からない。だから②は無理。純粋に状況が分からない今、車を降りるのは嫌だ。③も無理。
大きく深呼吸をして目を瞑った。
『『『『『◎◇○■△、◎◇○■△!』』』』』
起きたらメスティンで炊き込みご飯作るんだ……。
って、寝られるかあああああ!
取り敢えず無理やりドアや窓をぶち破っては来なさそうなので、もぞもぞと寝袋から脱出する。芋虫ゴロゴロ状態では満足に動けない。そして万が一の頼れるアイツ、緊急ハンマーを握る。いや、こっちからぶち破ったりはしませんよ?
そうこうしている間に、窓に張り付いた人達が離れて、一人の女性がこちらに近付いて来た。古代ローマ人風衣装に、ちょっと彫りの深い顔に茶色の髪と茶色の目。うん、少しだけ良かった。これで金髪王冠のキラッキラロミオカボチャパンツが近寄ってきていたら、思いっきりエンジンスタートさせてたよ。
『あqwせdrftgyふじこ……』
ちょっとなに言ってるか分かんないです。
首を傾げると、窓越しに直径十五センチ程の金色の輪っかを見せてくるチャイローマ。それを、手に、嵌める、ジェスチャー。
それから指でトントンと窓を叩いて、輪っかを窓にぐいぐいと押し付けてくる。いや、すり抜けないし。懐かしの昭和の番組スペシャルで見た、日本の脱出王みたいなテクニック無いし。
どうするかなー。開けるか、開けないか。それからあれを嵌めるか、嵌めないか。
一応、状況はなんかあれだ、ファンタジー映画みたいになっている、っぽいのは分かった。分かったけれど認めたくは無い。認めたくは無いけれど、目の前の光景は変わらない。もうワケガワカラナイヨ。
うーん。
両手で顔をゴシゴシと擦れば、困った顔のチャイローマが輪っかを自分の腕に嵌めてみせたり、頭や顔にあててみせたり。これはあれかな?『コワクナイヨー』とでも?
でもねえ、なにがあるか分からないじゃない?見た目人間っぽいけれど、いきなり体が左右に開いて捕食してくるとかB級ホラー映画展開とか、ね?
チャイローマをジト目を向けると、今度は両手を胸にクロスしてから両手を広げてバンザーイ。ラジオ体操?
ええい、このままでは埒があかない。これはもう思い切って窓を開けるしかないかな?でも、昔話でドアや窓をちょっと開けたら、悪者が力尽くで入ってくるシーンって良くあるし、数センチでも開けたく無いかも。
え、ちょっと待って、待って、来るな!お前は来るな!金髪カボチャパンツ!止めろ、美形でも正気でカボパンを履いてマントと白タイツを装着出来る生き物とは、一ミリたりとも分かり合える気がしない。
カボパン来ないでー!と手で押し返す様にすると、チャイローマが何かを察してくれたらしく、謎語でカボパンを止めてくれた。
よし、受け取ろう。カボパンの恐怖に震えるよりマシ。だってほら、カボパンの後にはもっと荘厳な王冠を被ったジジイマントカボパンがいらっしゃるし。ジジカボパンまでこっちに来たら、狂気に囚われると思うの。
ーーーーーー
『ようこそ救世主様。私はバルドル王国ベルベリア神殿の神女スレイアと申します。現在バルバドル王国は魔王フォールトの脅威に晒されております。我が国の守り神ルリタール神のお導きにより、魔を祓い光の力を呼び込む救世主様を召喚する事が出来ました事、心より感謝致します。どうか救世主様のお名前を教えて下さいませ』
意を決してほんのちょっぴりだけサイドウィンドウを開けると、チャイローマが隙間から金色の輪っかを入れて来たので、再度勇気を出して腕に嵌めた瞬間、謎語が理解出来る様になった。
そのまま、サイドウィンドウの隙間に指を突っ込んで力技で下げようとするチャイローマに「いや無理だから」と突っ込んだ所、無駄にキリッとした顔で説明と名前を聞かれたんだな、これが。
知らない人に名前とおうちの場所を教えてはいけませんって小学校でも習ったし、一応一人暮らし女子である私の警戒心は普段から高い。しかも訳の分からない事に巻き込まれている状況で、名前住所電話番号といった個人情報を話すなんて自殺行為だと思う。
こっちの情報は教えなくても、輪っかを嵌めたらあら不思議、頭の中にこの世界の情報が流れ込んで来た。
バルドル王国はアルティルス大陸の東側にあって、ここは首都のベルベリア。アルティルス大陸には一部の少数民族集落を除いて、二つの国しか存在せず、東のバルドルと西のオルランドで大陸の覇権を争っている。
平和を尊ぶ人族のバルドル王国に対して、オルランドは力で治める魔族の国で頂点に人の仇敵である魔王が君臨し、特に国境に近いバルドル人を脅かしている。更に魔族は人間にとって毒である瘴気を生み出す。
今代の魔王フォールトは日々力を増しており、国境の戦いが激しくバルドルの劣勢状態が明確になった時、神殿に守護神リルタールのお告げがあり、召喚の儀式を行って異世界より救世主を呼び出すようにと指示されたと。
で、現在、何故か救世主とされた私が愛車と共に召喚されちゃった訳で。
何か神殿っぽいなと思ったここは正に神殿な訳で。
この人達は私の意思は関係なく盛り上がっている訳で。
嫌すぎる。私の楽しいソロキャンプ休日を返して、ぷりーず。
「とにかくカボパン王国、じゃなくて、バルドル王国の事情は分かったけど、それは王国側の事情だよね?その魔王やら魔族やらがどれだけ悪いか片方だけの話を聞いて判断するのは良くないと思うな」
異世界から躊躇いなく人攫いして、その攫った相手が危機を救って当然って思うような連中の話だし。
『実際に魔族を見ていただければ、異形の姿と悍ましさをご理解していただけると思います』
異形って、キングカボチャパンツとプリンスカボチャパンツも十分異形なんだけど。ダメ押しに白タイツ履いてるし。白タイツを履いていいのはバレエダンサーとかスケートの人とか、脚線美で魅了する仕事の人だけだと思う。私は。
『この後、救世主様歓迎の宴を開いて、その後、選ばれし者達と魔族殲滅、瘴気浄化の旅に出ていただきます。救世主様を降臨を喜ぶ私どもに、どうか御名を教えていただけますでしょうか』
「えー、勝手に殲滅や浄化の旅とか言われても。だって魔族は異形で悍ましいんでしょ?そんな魔族を見た事のない私なんか、恐怖でショック死しちゃうんじゃない?」
『いいえ、異世界の救世主様には大いなる神の祝福が与えられておりますので、魔族からの攻撃を全て無効にする事が出来ますし、念じるだけで魔族を塵と変える事が出来ます。ささ、ご安心して宴の場にどうぞ。そして私どもに救世主様の御名を呼ぶ光栄を賜りますようお願い致します』
何その厨二病の絶対殺すビームと俺は傷一つつかないバリアみたいな力。限りなく嘘くさいけど、嘘だったらこんなに大騒ぎして人攫いしたりしないよね。そこは信じても良いのかも知れない。
それと、やたらと名前を聞きたがるのは何で?そこも気になるし、状況は自分で確認したいよね。
「一応自分の目で確認して来るから歓迎会はご遠慮します。じゃあ」
ハンドルを握りエンジンを掛けると、チャイローマが必死の表情で窓に張り付いた。やだこわい。
『お一人で視察に行かれるのは危険です!せめてせめてお名前を!』
「また、名前。えっと、琥珀よ、琥珀」
自分の浮かれた名前は余りにも嫌すぎると落ち込んでいた小学生の時、隣の席の図鑑が大好きな何とか君が「紅白って名字に似た名前の琥珀っていう宝石があるよ」と教えてくれて以来、仲の良い子には琥珀って呼んで貰っている。お祭りちゃんって呼んでくるデリカシーの無い奴らは皆敵だ。
咄嗟に本名を教えないナイスプレイ私。
『救世主コハク様ですね。ありがとうございます。その腕輪を握って念じればこの城の方向に光を放つので、視察が終わり次第お戻りください。皆の者、救世主コハク様の邪魔にならぬ様、道を開けるのです!』
神殿の出口らしい方に向かって人混みが割れた。隠れて見えなかったけどゆるいスロープもあったのね。ミニバンちゃんは異世界でも快調。レッツドライブ。
ーーーーーー
「とまあ、そういう事だったのよ」
ちょっとばかり紫がかった空。広がるふかふかの草原に囲まれた石造のお城をバックに、ミニバンに乗ったままリアウインドウをちょっとだけ下げて、魔王に私の事情を説明した。
やたらとキラキラした笑顔のロミオカボパン王子に手を振られながら神殿を脱出し、携帯コンパスで一路西へ。最初はガソリンの減りを気にしていたけれど、どういう力が働いているのかメーターはフルのまんま。魔法だか祝福のお陰かなと思って、気にしない事にした。
走れるだけ走って車中泊する事四回、青空が紫がかった青空になって、そこから更に車中泊三回で魔王のお城に着いた。
魔族の国オルランドに入ってから街の城壁兼関所を五回通ったんだけど、『バルドルが召喚された救世主殿ですね。お一人ですか?我が王は会談を望まれています』ってあっさり通してくれた。
最初の一回目はびっくりしたけど、『救世主殿が軍隊を連れているのならいざ知らず、お一人で、しかも私どもに一切攻撃をなさいませんのに、こちらから何かするなんてとんでもありません』『魔王は無駄な戦いはしたくないとおっしゃっております。いきなり攻撃してくる様な救世主殿でなくて我々も安心しております』『食料は足りておられますか?異世界の食べ物はありませんが、人族が食べられる物もありますよ』なんて、ミニバンの窓越の向こうで武装解除の両手万歳状態で声を掛けられれば、あの人攫い国より遥にまともな対応だと思う。
肌の色が青とか赤とか緑とかでも。ツノや翼が生えてる人、いや、魔族でも。二足歩行の獣みたいでも。大きさがおかしな事になっている獣みたいでも。
食料に関しては携帯食が山程あったし、お腹を壊して面倒が増えると嫌なのでご遠慮したけれど、『困ったらいつでもどうぞ』『たくさん必要になった時は、我々が使える異世界の道具と交換していただける助かります』と明るく返された。実にまともだ。
『成る程。で、コハク殿はどうするつもりだ?異世界の救世主は我ら魔族を消し去る力を持っている。過去にもオルランドの力が強くなるとバルドルの連中は救世主を召喚し、我らを殲滅して魔力バランスをとってきた。コハク殿もそうするつもりか?』
お城の前庭で、ガラスみたいな花弁をバックに花壇の縁に座わる魔王フォールト。シュッと整った顔立ちに、ショートの黒髪に黒い瞳のつり目という見慣れた色彩配置に安心感が漂う。肌が青白すぎるけれども。目にがっつりしたアイラインみたいな縁取りがあるけど。薄い唇が血の様に真っ赤だけれど。黒いスーツから覗く手に透ける血管が赤と緑だけど。
最初に城から出てきた時は身長が十メートル以上、刺青みたいな模様がムッキムキの身体中に、背中には半透明の羽が左右四枚くっついてた。こっちがミニバンをUターンさせようとしたら『待ってくれ、人族に近い第二形態になる』と言ってしゅるしゅると縮んでくれたのも、相手を思いやる気持ちがあるということでポイントが高い。スーツとカボパンだったら断然スーツだし。
「まさか。この世界の問題はこの世界の中で解決すべきですよ。大体戦いの無い国の平凡な国から来た私が、何で恨みもなーんにも無い魔族の皆さんを滅ぼせると?出来ればこのまま帰りたいんですけど、帰れます?」
『無理だな。召喚術は時空を捻じ曲げるから片道だ。それにコハク殿は元の世界で苦労していたのではないのか?過去の救世主は、魔族を滅ぼしたのち、望む相手と結婚し一生幸せに暮らしていたと聞く』
「はー、それは何というか、まあ、元の世界で苦労していても、やっぱり慣れている世界の方が良いと思うんですよ。楽しみは自分で見つければ良いし」
私の場合はソロキャンプとかソロキャンプとかソロキャンプとか。
『しかしコハク殿、魔族を滅ぼさねばバルドルに戻れぬのだろう?』
「いや、別にそれほど戻りたくありませんし、魔族は滅ぼされても良いんですか?」
『出来れば滅ぼされたくないが、魔王といえど救世主の力には無力だからな』
「うーん。根本的な問題を話してくれませんか?異世界人視点で、平和的解決法を思いつくかも知れませんよ?」
魔王を心配して私達を取り囲んでいる魔族達は、みんな悲痛な顔をしている。そりゃそうよね。私が念じたら塵とか怖すぎ。
アルティルス大陸には地球には無い魔素というのがある。魔素は魔法を使う時のエネルギーになるんだけど、魔族とオルランドの動物は魔素を吸って微量の瘴気を出す。大気中の魔素が減ると不完全燃焼みたいに体内で作られる瘴気が増加、排出量がグッと増える。
バルドルの生き物は瘴気が増えると体に支障をきたし最悪死亡する。だから瘴気は絶対悪かといえばそうじゃなくて、オルランドの植物は瘴気を吸って魔素を出す。植物と動物の生命サイクルっぽい。だから瘴気がゼロになれば魔素も無くなってしまう。チャイローマは瘴気を浄化して欲しいって言ってたけど、この関係をきちんと理解して無いのかもね。
救世主の力で魔族が滅ぼされると、魔素に変換する瘴気が不足するのでは?と聞けば、殲滅は過去に一度も出来ていないんだって。魔族は長命なのだけど子供を授かりにくい。でも母親が子供を守る力はもの凄く強くて、例え塵になっても子供をその塵でコーティングして地中に潜ませ、子供は少量の魔素を取り込み少量の瘴気を出しつつ救世主の絶対ビームを掻い潜る。
それと、魔族が減っても瘴気を出す動物はいるからサイクルは循環する。なので、魔素の総量はかなり減っても『救世主の奇跡の力の元になったに違いない』と人族は勝手に結論付けていた。
で、生まれるまでに数十年掛かるから、平和だ〜!と浮かれた人族は潜んだ魔族の子供に気付かない。なので、バルドル人は魔族を自然に生まれる瘴気から時間を掛けて発生すると勘違いしているそうで。
うーむ、環境バランス大事。システム理解大事。
結局、魔素と瘴気のバランスが取れないのは、人族が魔法を使いすぎるからっていうのが魔族側の見解。なので、過去に『魔法使い過ぎると瘴気が増える。何でも楽して魔法と魔法道具を頼る姿勢を変えろ』とバルドルに通達したら、『そんな事あるか。魔族は人族を騙そうとしている。魔族死すべし』と。
アホなのかな?アホなんだな。
国境の小競り合いも、バルドルの血気盛んで手柄を上げたい連中がどんどん突っ込んで来るから、オルランドが防衛していただけって事だし。
記録によれば今迄召喚された救世主はノリノリで『人の世界を恐怖に陥れる魔王め!救世主ビーム!』と攻撃してくる厨二病さんばかりだったと。同じ世界出身者として申し訳ないが、他所様の厨二病キッズの事で謝るのもおかしいので、ソウダッタノデスカーと流しておいた。
『コハク殿が魔族を殲滅する気が無いというのであれば、子供達は見逃してくれぬか?オルランドの奥地に秘密の地下迷宮がある故、そこに避難させた後、我ら大人達を殺してバルドルに証拠とすれば「ちょっと待って」ん?』
「だから、私は戦いの無い世界から来たし、魔族を殲滅しないって言ったでしょ?こうやって話の通じる相手を殺すとか絶対無理だから。魔族の誰一人殺さない。救世主としてバルドルに魔法の使用制限をすべきって言う!」
ふんす!腰に手を当てて気合を入れたら、思わず勢いよく鼻から息がでた。何故か魔王が可哀想な子を見る目でこっちを見て来たので「塵にしてやる」と言ったら、『私を塵にするのは構わないがみんなは許してくれ』と返された。ごめん、冗談にならない冗談だった。
ーーーーーー
複数のボンファイヤー。木を組んででっかい焚き火を燃やす。キャンプでやったらキャンプファイヤー。
焚き火は良い。心が和む。心が和めば話もしやすい。
魔王曰く、私には周囲を和ませる能力と言葉に従いたくなる力があるらしい。救世主なのに洗脳系とか悪役っぽいよね。
でもとっても便利で必須な能力だ。戦いを回避して世界のバランスを取る為には、バルドルとオルランドの話し合いが必要だもん。
で、魔王側の出す瘴気を浄化しながら、バルドル王国側に「私は言葉が通じる相手を倒せない。それに魔素と瘴気の関係は話し合いで解決すべきだと思った」とだけ言って後はお任せ、ボンファイヤーを熾火状態にして焼き芋作りスタート。
サツマイモっぽいお芋をオルランドで見つけたので、濡らしてミニバンに積んでいた新聞紙とアルミホイルで包めば、後は熾火の中に入れるだけ。魔族達も手伝ってくれたので、いっぱい用意した。ガソリンだけじゃなくミニバンの中にある物は、幾ら使っても寝ている間に元に戻っている。システムかは分からないけれど、クーラーボックスの肉とかが補充されるのは大変ありがたいので、深くは考えない事にした。
会談に選んだお城の前のどでかい広場までは、私はミニバン、魔王とその側近は流線型みたいな空飛ぶ竜で来たんだけど、夜になって車中泊をして朝出発するたび、魔王が助手席に座りたがった。新しい物好きなのかな?お芋を包むのも手伝ってくれたし。食事もやたらと見てくるから分けてあげたら喜んで食べてたし。これって餌付けになっちゃう?キャンパーのお約束で現地の野生動物?の餌付けは厳禁なんだけど、魔王は現地の野生動物と同じカテゴリなのか、そうでないのか?
食べながら、焚き火の熱にやられたのか青白い顔を赤緑に染めて『コハク殿の世界の料理は美味だ。コハク殿の料理の腕も良いのだな。コハク殿も食べてしまいたい』と言われたので、火かき棒で突きまわした。魔王は異世界人を食べるのか⁉︎ と聞くと、必死に否定していたけれど、隙を見せたら美味しくいただかれるかも知れないと思って、材料も補充されるし一人分作るもの二人分作るのも手間は同じだからと食事を提供したんだけれ、拙かったかな……、ま、いっか。
『救世主コハク、其方は人であろう?魔族の言う事を信じて与するのは間違っている。バルドル王国は魔王の侵略を受ける度、救世主を召喚し魔族を滅ぼしてきた。そうしてアルティス大陸は平穏を取り戻して来たのだから話し合いは無駄だ』
この世界の事はこの世界の王様と魔王で話し合うべきで、傍聴人である私に話を振られても、ねえ。芋焼くのに忙しいし。遠巻きに囲んでる街の人達や煌びやか衣装軍団に、こっち来るなって手を振るのに忙しいし。
魔王が魔素と瘴気の関係を丁寧に説明してくれたのに、自分達の都合で生活改善しないって言うのは良くないと思うよ。
「えー。勝手に異世界から人攫いして、自分達は何もしないで恐ろしい相手を倒させようとする人達にそんなふうに言われても。魔王はちゃんと説明してくれて、大人は消滅させられても良いから、幼い魔族の子供達だけは見逃して欲しいって言ったのよ?人間が魔法に頼りすぎてるのが問題なんでしょ?魔法に頼らない機械仕掛けの開発をすべきよ」
ロミオカボパンが顔を真っ赤にして私に人差し指を突きつけた。
『異世界の救世主コハク、お前は私、スティール・ヴィン・バルドルを心から愛し、全ての望みを叶える者だ!今直ぐ魔王と魔族を消し去れ!』
…………。でっていう?っていうか、フルネーム初めて聞いた。
何が何だか分からない。ドヤ顔ロミオカボパンがビシって、人を指差してはいけません。
『バルドルの王子よ、優しき救世主殿に魅了服従魔法を掛けようとは。何という卑怯な事を』
みりょーふくじゅーまほー。何華ヤバげな響き。
『なっ?神女スレイアっ、何故コハクは言う事を聞かぬのだ⁉︎ 』
『おかしいですね。救世主召喚の聖典では名前で意思を縛る事が出来るとなっております。コハク様、貴女のお名前は本当にコハク様でよろしいのですか?』
おうふ。とんでもない事を仰いましたよ、チャイローマは。意思を縛るってヤバい洗脳じゃないデスカー!!!ロミオカボパンを愛するとか絶対嫌だ!!!
「あだ名だけど?」
『愛称というやつですか⁉︎ 正しい御名を教えていただけませんか⁉︎ 』
「今の話の流れを聞いて教えると思ったのなら、私が余程のバカと思われているか、バルドル人が余程の馬鹿であると判断させていただきますが?」
『うっ!』
ガシャりと音を立てて戦闘態勢を取る中世騎士風味の皆さん。杖を掲げる魔法使い風味の皆さん。
「戦争反対。らぶあんどぴーす。ボンファイヤーにはフォークダンスがよく似合う。スマホ再生すいっちょん!」
ーてれれっててれれれてってってー
「洗脳には洗脳を!ソロキャンパーな私でも、時にはソロキャンパーオフ会に参加する事がある。ネタとしてダウンロードしてあるフォークダンス曲が役に立つとは思わなかったわ。さあ!皆、藁の中の七面鳥でオクラホマミキサーを踊って心を一つにするがいい!」
『かっ!体が勝手に動く!』
『何だこの陽気な曲は⁉︎ 』
『うわあ、なんで俺は男と組んで踊っているんだっ⁉︎ 』
『コハク殿、何故我々までっ⁉︎ 』
『やだっ⁉︎ 私のパートナーが魔族にっ!』
『それはこっちの台詞だっ!』
「安心して下さい!パートナーが次々変わるのがこのオクラホマミキサー!種族、地位、老若男女関わらず、ペアになり踊り狂うがいい!」
魔族人族、老いも若きも男も女も王族貴族も街の皆さんも、二重の輪になってオクラホマミキサー。気分良く従ってしまう力が炸裂。
ーてれってれってーてれってれーてれってれれれれてれってれーー
『『『『『『『『『『うわああああああ!!!!!』』』』』』』』』』
「はーい、焼き芋配りまーす。食べ物でーす。お好みで皮を剥いて食べてくださーい」
曲が終了し、脱力しているみんな達にホカホカ出来たて焼き芋を配布。炎は見ているだけで癒されるんだから、その周りを御手々繋いで踊りまくれば、荒んだ心とささくれた感情が和んだ筈。そこにダメおしの遠赤外線ほっこり焼き芋をみんなで食べれば、世界は一家人類は皆兄弟。いや、人族と魔族。
魔王が高熱の熾火の中からホイルで包んだ焼き芋を次々出してくれたので、無駄に火をひっくり返さなくて済んで助かったけど、素手を炭火の中に突っ込めるのがすごい。流石魔王。炎で血色の悪い顔が赤く照らされていると、普通の顔色のシュッとしたかっこいいお兄さんに見える。ツノ生えてるけど。手の甲に謎の赤い石みたいなのが嵌ってるけど。
「ちゃんと説明したのに、私を操ってまで戦おうとするのはダメですよ。次やったらジンギスカンの刑です」
普段、使わない筋肉を使った上に、魔族や平民と踊らせるなと大騒ぎをして無駄な体力を使って倒れ伏している、カボパン王とロミオカボパンとチャイローマと王国のお偉い方々の頭の上に焼き芋を乗せていく。
『熱っ!』
『この無礼者!』
『何と不敬な!』
『この私を誰だと心得る⁉︎ 』
『救世主なんて調子に乗って言われた事をはいはい聞く王国の奴隷だろうが!』
『今直ぐ魔王と魔族を殺せ!さすれば、冨貴も好みの伴侶も思いのままだ!』
『人として魔族に与するなどおかしいとは思わないのか⁉︎ 』
ジンギスカンの刑発動決定。
スマホから流れる軽快な旧西ドイツ初のユーロビート音楽。かつて日本のディスコとやらで流れまくったという音楽は、単純かつやたらと疲れる振り付けでちびっ子から学生さんの運動会や移動教室のレクリエーションで愛され続けている。レクリエーションって、肉体的精神的な疲労を癒し、元気を回復するため休養、娯楽、気分転換なんかの意味だけど、ジンギスカンは肉体的疲労度がアップすると思うのは私だけだろうか。
ソロキャンパーオフで浮かれた幹事が二連続ジンギスカンを発動させて、みんなからの熱い感想で精神的にフルボッコになった事もあったっけ。
『コハク殿、これは異世界の儀式の踊りなのか?』
「さっきのダンスと同じカテゴリーだけど」
フォークダンスという意味で。私の小学校ではフォークダンスだったもん。
一曲終わった後も『魔族がー』『裏切り者ー』『悪魔の踊りをー』『救世主の名を探知ー』『異世界人のくせに生意気ー』『人としてー』等と煩いので、更にジンギスカン二回追加の刑を実行した。
『きゅ、救世主様、救世主様のお言葉に従います』
「そうしてくれると嬉しいです。良いですか、これからは、何でも魔法に頼るのでは無く、魔力のいらない生活道具で済む事は魔法を使わない。無駄な魔法を撃たない、使わない、使わせない、です。はい、繰り返して」
『『『『『『撃たない、使わない、使わせない』』』』』』
その後、バルドル国にオルランド国の瘴気を吸って魔素を出す植物を植える作業をしたり、救世主として両国が友好を結んだ事を知らせるべく、ミニバンちゃんに苗を積んでアルティルス大陸巡りの旅に出発しようとしたら、植える量を調整しないといけないからと言って魔王が助手席に乗り込んで来た。正確には、前魔王。私に同行したいから、二番目に強い魔族に魔王を譲ったんだって。
『私が一緒なら、苗を取りに戻らずとも現地で増やせるぞ。それに優しいコハク殿を騙して悪さをする者がいるかも知れん』
「まあ確かに、人を操ろうとまでしたカボパン集団が大人しく便利な魔法を手放すとは思えないもんね。魔族に味方した裏切り者って私を嫌っている人達もいっぱいいるみたいだし」
『その事については本当に申し訳ないと思っている。魔族を守ってくれたコハク殿の事は命に変えても私が守るが、近くにいる事も気に入らないというのであれば、一定の距離を保って警護させて貰いたい』
「何その、無駄に堂々としたストーカー宣言。元魔王のストーカーとか勘弁して欲しいんだけど」
『ストーカーとは?』
首を傾げる魔王。
「特定の相手に付き纏う人の事だけど。確かに一緒に行って貰えれば色々楽だけど、人族に憎まれている魔王は嫌な思いばっかりするよ」
『ふむ、私は全く気にならん。コハク殿が好きだからな、もう魔王では無いし、フォールトと呼んでくれ』
「は?」
好きとは?す、す、す、スキレット、スタッキング、スリーピーマット、ストーブ、スクリーンタープ……。
『異世界から無理やり連れて来られたのに、コハク殿と酷似しているバルドル人族だけの言葉のみで動く事も無く、たった一人で態々オルランドまで足を運んでくれて、冷静に話を聞いて判断してくれた。その行動力と優しさと思慮深さと時折見せる可愛らしい笑顔を心から愛している。一緒に行動してコハク殿の力になり、あわよくば私を好きになって欲しいと思っている』
「ふえっ?」
ええええええ⁉︎ モテ期ですか?モテ期なのですか?異世界でモテ期?といっても、救世主の力を利用したいロミオカボパンを筆頭に、下心丸見えのバルドル陣営の男性陣と、人間にしておくのは惜しいほど面白いので良かったら嫁に来いという訳の分からない口説き文句を放つオルランドの複数魔族さんに、だけどね。あ、これモテ期違う。
うーん、私基本的にぼっち好きのソロキャンパーなんだけど。でも、告白してくれた人に不誠実な態度を取るのは良くないし、アルティルス大陸を一人で巡るのは危ないから、一緒にいてくれれば助かるのは事実で……。ここは一つ、わがままを言ってみよう。
「すっごく狡い事を言うね。バルドルの人達がやたらと近付いてくるけど、救世主として利用する気満々だから一緒に行動したくないし、フォールトさんが居たら寄って来ないと思う。だけど、元々私は一人で行動するのが好きだから、一人になりたい時は放っておいて欲しいし、今まで異性とお付き合いした事が無いし、ましてや異世界の魔族さんとお付き合いをするなんて想像もしてなかったから、フォールトさんを好きになるかどうも分からない。それでも良ければお手伝いしてくれると助かります」
フォールトさんはびっくりした顔で何度も瞬きを繰り返してから、大きく相好を崩した。ぱかっと開けた口には犬歯というよりも確実に牙といえる歯が覗いているけれど、ロミオカボパンやカボパンキング、胡散臭い貴族やチャイローマのような打算が見え隠れする営業スマイルと違って、かわいい笑顔で、思わずこっちが赤面してしまった。
『勿論だ。ではよろしく頼む』
フォールトは私のとの約束を守ってくれて、移動中はこちらから声を掛けない限り、黙って車窓から外を眺めたり、キャンプ用具を興味深そうに確認していて、宿泊地でもほど近い場所には居るものの、どこからか出した本を呼んでいたり、然りげ無く薪を補充してくれたりした。
気がつけば、無言で並んで焚き火や夜空や風景を眺めたり、一緒に焼き芋を配ったりオクラホマミキサーを踊ったり、迫り来るロミオカボパン王子から隠して貰ったり、ご飯やお茶をしながら次はどこに行こうと地図を覗き込んだりしていて、何かよく分からないけれどドキドキしたりして、そうして、それから……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「斯くして五十年ほど前に異世界から人族の救世主として召喚されたコハク様は、人族の言葉だけでなく魔族の言葉も聞いてアルティルス大陸の救世主となられたのじゃ。魔法至上主義だったバルドル王国の辺境に、魔力無しで追いやられた人々が開発実用していた道具をコハク殿が強権発動して両国の国策として広めてからは、魔素の安定に繋がった。それからも大陸の隅から隅まで無駄な魔力を抑え、人族と魔族の友好を訴える旅を共にしたコハク殿とその活動を魔族代表として支え続けた元魔王フォールトは愛を育み、子供が出来難い魔族には珍しい二男二女という四人もの子供を儲けたのじゃ。大陸が平和になって魔素と瘴気が安定したのちは、田舎を走る異世界の乗り物や、二人が静かに黙って寄り添う姿や、突然現れて異世界のダンス大会を開催したり、心がほっこりする救世主特製焼き芋を配る姿を多くの者が目撃しておるのう。子供達は大陸各地で凶暴な魔物や獣を倒したり、公共工事の陣頭指揮を取ったり、魔法を使わない治療所と研究所で活躍しておられるな」
「コハク様は歳を取らないの?もうお婆ちゃんなの?」
「コハク様は魔王だったフォールトと心を通じたので、魔族の長い寿命を分け合ったから今も若いままじゃろうな」
「おばーちゃんはコハク様を見た事があるの?」
「子供の時に一度だけあったぞ。正確には、あの恐ろしい踊りを二連続で踊らされた事がある」
「あの踊りって、種族差別したり、魔法で楽をしようとする悪い子の所にはコハク様が現れて、有無を言わさず踊ってしまうというあの?」
「あのジンギスカンじゃ!通っておった学校に人と魔のハーフが編入して来て、それで揉めたおったら突然校庭にコハク様と元魔王フォールトが現れて『世界は一家、人族と魔族は皆兄弟。先ずはジンギスカンで、そして出会いと別れのオクラホマミキサーで心を一つにすると良いわ!』とな。確かに、二連続の踊りで皆の心が一つになった、止めてくれ、許してくれと。そして疲れ切った状態で踊るオクラホマミキサーは、誰と手を繋ごうがもうどうでも良くなっておったのじゃ」
「すごーい。私もコハク様に会ってみたいな。悪い子しか会えないの?」
「いいや、良い子も会える。コハク様は賑やかなのが好きでは無いらしいのじゃが、みんなが仲良くしている所に突発的に現れて、大きなボンファイヤーと美味しい異世界のバーベキューパーティーを開催してくれるのじゃ。この時に流れる連続ジンギスカンは強制では無く、踊りたい者だけが参加出来るから、回数チャレンジする若者も多いぞ。それこそみんなで踊って倒れて健闘を称えあう姿が見られるのじゃ」
バルドル王国とオルランド王国の間にあるちょっと大きめの村の広場で、老婆が子供達にコハクの話をしていると、村の外から一人の男が走って来た。
「みんなー!村の外にコハク様がいらっしゃったぞ!バーベキューパーティーだ!!!」
その声に、村の人達は歓声を上げながらどんどん飛び出して行く。
空は青く住み渡り、醤油ベースの香ばしい香が風乗って、大きなボンファイヤーの炎が天に向かい、そしてあの曲が流れる。
この世は全て事も無し。平和が一番、と最大限な粉とケミカルな白い粉を掛けた肉を焼くコハクとフォールトが、飛び出して来る村人に弾けるような笑顔で手を振った。