聖女の真実・後編
師長が義母の事をとても尊敬していると話す度に、なぜかそれが辛そうに見えてジュリは戸惑った。
「それ、私が聞いてしまってもいいんでしょうか?」
「貴方に隠す事はもうありませんからね。それに聖女に関して全く無関係の話でもないのですよ」
隠す事はないって昨日も言われたっけ…
「聖女の事について秘匿にすべきなのは理解しました。けど…四属性の、聖女候補にも隠す必要があったのでしょうか?例えば、精霊と契約しないようにするとか…もしくは、精霊が集まった後の事を先に教えておくとか出来なかったんですか?」
これはずっと不思議だった、師長は意図的に生徒に教えないようにしていたのは確かだった。その師長はもっともですねと笑顔で言っている。
「まず最初の精霊と契約をしなければよいとの質問ですが、僕は魔術師と精霊の契約は必然だと思っています。遅かれ早かれ精霊と出会い契約は交わされるものなのだと。ならば、学院で常に教師がいる状況で管理した方が危険は少ない。何より国は強力な魔術師を歓迎していますし、出来る事ならその力を利用したいのです」
「そういえば、先輩が卒業したら勝手に精霊と契約できないと言ってたような…」
「ええ…元々四属性には聖女になる可能性がある限り、卒業後も監視がつきます。宮廷魔術師になるのは対処しやすい場所に居てもらう為、という意味合いもあります」
高位の精霊とは後からでも契約できる可能性があるんだよね、じゃあ私はもう大丈夫なのかな
「審判の終わった者にも別の意味で監視はつきますよ。聖女候補程ではありませんが…」
まさか心を読まれたのかと目を見開いて驚いた。
仮に国外に逃げても、何かの拍子に戻って来て勝手に精霊と契約でもされたら大問題になる。国外から連れ戻されるわけだよね…
「次に聖女の審判の内容ですが、これは僕は先に教えていても良いと思うのですよ。ただ聖女試験の設立者があえて伏せる様に、教育課程に組み込んだのです」
「え?なぜですか?」
師長は言葉を切って、どう話せばいいか少しだけ思案しているようだった。
「もし答えを知っている貴方がもう一度同じ場面で、反対の選択肢を選べと言われたら選べますか?」
反対って言うと、白の扉だよね?
しばらく考えて、ジュリは首を振った。
「無理だと思います」
「でしょう?夢の中は深層心理であり、自分の心に嘘はつけないのです。たとえこうしなければと思っていても、どうしても抗えない、抗おうとも思えないものなのです。僕の師匠はそんな想いを抱えて、一度きりしかない学生生活を過ごしてほしくないと言っていました。もっと大切な事があるのだからと」
…何となくわかる気がする。聖女の誘惑に負ければ殺されると日々教えられながら、学院生活を楽しむなんてきっと出来なかった
「審判は他人が助けてあげる事は出来ません。だから僕たち教師が、聖女が持つ恨みや憎しみの対極にあるものをもたせてあげられるように、教え導く事を最善としました」
ジュリも師長から魔術以外にも、沢山教えられた事はあった。しかしその方法は、もし聖女になれば生徒に負い目が残らない代わりに、教師の責任が重くなるような気もした。
「優しい方ですね…」
「ええ全く、あの人が他人より自分の事を考えてくれていたら、今ここにいたかもしれません」
何となく、もういないんだろうなと思っていた。師長が爵位を名乗っていると以前聞いた事があったからだ。婚姻する際に爵位は早めに譲ったりもできるが、独身の師長が持っている理由にならない。先代が亡くなった後に受け継いだと思うのが自然だった。
「知りたいですか?」
その聞き方はずるいと思う。亡くなった人の事をはい聞きたいですなんて、軽々しく言えるはずない。何より師長があまり言いたくなさそうなのは、明らかだったから。
「言いたくないなら無理に聞こうとは思わないです。でも先ほどの聖女に関して全く無関係の話でもないと言うのは…?」
ああ…と師長はまたしばらく無言で考えて、結論から先に言った。
「僕が幼い頃、聖女になりかけた女性を見たことがあります。僕の義妹であり同じ四属性でした。その時に師匠も…亡くなりました」
「…えっ!?」
師長の家族関係はいまいちわからないが、侯爵家は血筋を重んじると聞いたことがある。義理とはいえ、もし養子として入ったのなら、師長も遠からず血は繋がっているんだろうなと思った。
師長の血筋は優秀だったのかな、兄妹でふたりとも四属性って珍しいよね?
「僕が生涯忘れられない光景であり、背負うべき贖罪です」
これは本当に辛そうだった、だからジュリも何があったのかは詳しく聞けない。きっとその悲しみも後悔も師長だけのものだと思うから。
ジュリは話の方向性を変えて、別の話題を振った。
「…そういえば師長も四属性なんですよね?審判の時に聖女に会ったのですか?」
愚問かなと思ったが、一応聞いてみる。
「ええ、自身の心の弱い部分につけこむようなやり方は、本当に胸糞悪いですよね」
おお、師長の言葉遣いが乱れている…
「それに聖女を拒絶するという事は、もうひとつの扉を受け入れたはずです。その時点で光属性と真逆の闇属性を選んだことになるので、聖女は二度と現れる事はないでしょうね」
「え?もう一度いいですか?」
「聖女はもう二度と…」
「いえ、その前」
闇属性?
「僕の闇属性の精霊が見えているでしょう?貴方もすでに持っている、というか契約していると思いますよ。聖女の他にどなたか会いませんでしたか?」
「え?え?そんな人誰も…」
そう言いつつ、扉を選んだ後に出てきた声を思い出した。黒い靄で聖女をおばさん呼ばわりしてびっくりしたのだ。
「黒い靄みたいなの見ましたけど、あれ…ですか?姿も全くわからなかったんですが…」
ちらりと師長の隣の紳士に目をやると、そういえば彼は何の魔物なんだろうと思った。自然界に闇属性の生物は存在していないはずだ。
「聖女は確かに人間ではありませんが、貴方は彼女にどんな印象を抱きましたか?」
「印象…ですか?天使みたいだなって思いました」
顔は見えなかったけど、白い翼だけはよく覚えている。師長も僕もそう思いましたと頷いた。
「では天使と対を成すものは、どんなものだと思いますか?」
対と言われてなんでだろうかと思った。光と闇だから?
「…悪魔?」
師長はにっこりと笑って否定も肯定もしなかった。悪魔とかいるの?本当に?
「手に入れた闇属性は、リスクはありますが四属性にはないものを持っています。貴方は今後、それを知っていくことも課題に含まれるでしょう」
「それは必要なのですか?私達は何のために闇属性を得たのでしょうか」
「さあ…それこそ属性は何のために存在するのかに至りますが、そうですね…僕は均衡を保つためだと思います。四属性は互いに得意不得意を合わせ持った欠く事のできないバランスで成り立っていますね。光もまた強ければ闇が生まれるのは当然です。この世に唯一のものは神でしかありえない。そして聖女は神ではないという事でしょう」
んん…?つまりどゆこと?
聖女の審判を受けて、闇属性を手に入れても頭は良くならなかったようだ。
「神だとしたらどんなに人間が抗っても決して勝てません。けれどそうでないのなら、止められる手段があるという事。少なくてもそれで…この国の人間は生き延びています」
生き延びると聞いて、それは同時にこれまでに多くの四属性が犠牲になった事も表す。しかし魔術師の国が、犠牲を良しとしている独裁国家ではないのは十分わかった。たった一人の犠牲で何万人もの命が助かるなら誰でもそうするだろう。
「なぜそんな酷い事をするのに聖女なんて呼ばれてるんでしょう?」
「そうですね、聖女も初めから恨み辛みを持った者ではなかったはずです。国を助け、誠心誠意人間を愛そうとしてくれた、そして周りの人々に愛されていた証拠だとも思えます」
師長は白い翼の少女と男性の絵画を見上げた。話を聞いてから見ると、これは聖女とこの国の初代王様を描いた絵なのだなと思った。
「僕はなぜ四属性は人間だけなのか、という点がずっと不思議でした。精霊も魔獣もひとつの属性しか持っていないでしょう?自分の身代わりにしたいならなぜ脆弱な人間の身体を選んだのか」
そういえばそうだなと思った。聖女は元々人間ではない、精霊に近いものだとするならば、最初から精霊に四属性を与えればいいのではないか。
「弱いから良かったのかも?だって人間よりも精霊の方が全てにおいて強い様な気がします。その精霊に四属性を与えちゃったら、聖女よりも強くなっちゃうから…とか」
ジュリは未だにシグナとの憑依で主導権はとれない。何だか言ってて虚しくなってきた。
「それか、人間になりたかったのかも」
「…人間に?」
予想外の答えだったのか、師長がジュリに聞き返した。
「きっと人間じゃない聖女には、王様が何故自分以外を娶ったのか理解できなかったのかもしれない。悲しくて悔しくて、自分も人間だったらと思ったんじゃないでしょうか」
人間の生き方は精霊には分からない事も多い。それはシグナと過ごしてきた時間を思い出すとよくわかる。
「なるほど、それは斬新な見解ですね。なら聖女が愛は求める物でなく、与える物だと学んでいたら悲劇は起きなかったかもしれないですね」
それはとても上級者な愛情でジュリにはまだよくわからなかった。今はまだ聖女の嫉妬心の方がわかり、彼女はとても人間らしいとさえ思った。
私だってシグナが誰かの精霊になったらやっぱり嫌だと思う
最後に落ち込んでいるようなシグナの顔を思い出して、なぜだか無性に会いたくなった。