聖女の真実・前編
師長は白い翼の少女が描かれた絵画の前に移動したので、ジュリも後ろからついて行く。
多分師長は聖女に関して既に様々な事を知っていると思っていた。教えてはくれなかったけど、それは国の重要機密に関わる事だから仕方ないとも理解していた。
けれど今になって全てを教えてくれると言うのは、ジュリがその秘密に深く関わってしまったからに他ならない。それは四属性を集めた時に見た夢が、重要な意味を持っているのだと思った。
きっと、あの夢の事も知ってるような気がする…
「あの…ひとつ聞きたいんですけど」
「はい?」
後ろから問いかけたジュリの声に、特に振り向くことなく師長が返事をする。
「国は聖女を探すために候補を集めているんですよね?私は夢の中で聖女になる事を確かに拒んだと思います。その…退学ですか?」
国の意向に背く行為ともとれる、下手すれば刑罰を受けるかもしれない。家族に害が及ぶなら全力で立ち回らなければいけないので、これは早めに確認しておきたかった。
「国は確かに聖女候補を確保していますね、けれど…そうですね、僕が貴方に一度でも聖女になるように言った事はありますか?」
「…え?」
そういえば、直接的にはない…?立派な魔術師になれるとは言ってくれたような気もするけど
「聖女は神聖な物であり、讃えられるべきものと思うなら、それはきっと国の印象操作が上手くいった結果でしょうね。聖女の代わりに対極の魔女を忌むべきものとしていますが、現実に魔女が何か実害を及ぼしましたか?それは何かを持ち上げる時に、比較となる者を下に置いた方が都合がいいからです」
何が言いたいの?
師長は絵画の前に来るとそれを見上げた後に、こちらに向き直った。
「この国の建国神話は知っていますか?」
「はい」
___昔々、王族の先祖がこの地を訪れた時、作物も育たぬ荒れ果てた大地で、どうしても人が住める場所ではなかった。けれど、一人の少女がどこからともなく現れ、不思議な力で大地を緑にかえた。彼女は聖女と呼ばれ王国は潤い、順調に発展していくが再び災厄が訪れる。聖女は白い獣に姿を変えて、災厄を退けるが、力尽き亡くなってしまう。彼女の亡骸は空へと帰り、恵みの雨を降らせた___
ジュリは建国神話が好きだったので、すでに暗唱できる。
「神話の半分は少し違います。といっても歴代の王族が受け継いできたものなので、真実かは確かめようがないのですが、過去にあった事案と照らし合わせると、概ね事実も含まれると思います」
「…?」
「王族が不思議な力を持った少女、僕たちは創世の魔術師と呼んでいますが、それらと出会ったのが始まりでした。白い翼を持った少女はどうみても人間ではなかった。けれど彼女は国の発展に協力してくれた、それはこの国の王族に恋をしたからです」
やっぱりあれって恋物語だったの?確かに聖女が王族と結婚してたバージョンもあったね
建国神話は年代によって、少しだけ違った話が織り交ぜられていたのを思い出す。
「王は喜んで聖女を王妃にしますが、彼らに子供はできませんでした。けれど王が子を作るのは義務です。何人もの側室を迎えた王に、少女は嘆き悲しみ、最後は恨みに変わりました。そしてこの国ごと、王を滅ぼそうとした…結局それは叶わなかったようですけどね」
最後聖女が亡くなるのは共通していたけど、大元が悲恋だったからなの…
「問題なのはその後です、少女の恨みはこの国を覆い、それはこの国に生きる全ての者に降り注ぎました。少女の不思議な力、これは後々魔力と呼ばれるものです。人間は持っていなかった魔力を持ち、獣は魔獣に、人語を話す魔物と呼ばれる者まで誕生しました。それはなぜなのか」
師長はなぜ建国神話を話し出したのか不思議だったが、それはこの後に続く国の成り立ちに関わるのだと理解した。
「約百年前の記述に聖女が復活した記録が残っています。聖女は光属性、光は人間が持ちえない原初の属性なのは教えましたね。そして四属性は光から生まれた眷属でもあります。彼女は四人の眷属を生贄にして四属性を持つ人間に憑依して蘇り、国を滅ぼす。それが過去に実際に起こった事です」
「は…?」
じゃあ何…?聖女って、魔力って…
ライが言っていた、魔力を持った者はこの国にしか生まれないという言葉が繋がっていく。それは過ぎし日の彼が言っていたような、本当に呪いというものだったのかもしれない。
「なぜ人によって属性の数に違いがあるのはわかりません。平民から貴族までいますからね、ただ不幸に導かれやすい人間なのではないかと思っています。聖女は恨みを糧にこの国に復讐するものですから」
「じゃ…あ、過去に聖女になってしまった人間は…どうなったのでしょう?」
ジュリは怖くて師長の目を見れなかったが、師長は淡々と答えてくれた。
「例外なく殺されたようですね。聖女に憑依されたら自力でどうにかできるものではないです。対処できるなら、過去の先人がすでに試していたはずです」
だから先ほどの殺すという言葉に繋がるの…
それは現在も変わらないのだろう。もしあの時聖女の誘惑に負けていたら、白の扉を開いて楽になっていたら、きっと殺される運命だった。聖女となり、だれか大切な人を殺してしまう前に…。
「憑依って、聖女は…光属性の精霊なのですか?」
「それに近いものだと思います。そして同時に人間の比ではない力を持っているという事、戦いになれば敵う相手ではないでしょう。昔の魔術的に優れていた時代で、多大な犠牲が出たようですから」
精霊…だから王様と子供ができなかったのかな
ここまで聞いたなら、もうジュリは言ってもいいだろうと黙っていた秘密を口に出した。
「随分前の記録に、平民が大量に殺害されていたのって関係ありますか?」
「…昔、国は四属性とわかった時点で対処していたらしいですね。人道的感情を排除すれば、それが一番確実で国の為だというのも理解できます」
師長はジュリにそれを教えた人物をわかっているのか、あえて聞く事はなかった。
以前、憑依に対する耐性は必須だと言っていた。特に聖女候補はと言われて、なぜだろうと思っていたが、やっとわかった気がする。
聖女に憑依された時、できるだけ抵抗して、誰かが殺してくれる時間を稼ぐんだ
真実はとても残酷で、そして悲しかった。私達はただ殺すかどうか選定するために、集められたのだろうか。
「なぜ、国はそんな嘘を…?」
「国は必死で四属性を探していたのは理解できましたよね。しかし聖女を排除する旨を告知していたら、四属性として名乗り出たでしょうか?他の貴族達の攻撃の対象にもなるでしょう。まあ、聖女試験が出来る前は貴族の間でも暗黙の了解したけどね。学院にも通えず、なぜか四属性は忌避されているのだと。それを聖女試験を設け、聖女にならなかった四属性に宮廷魔術師の地位を授け、長い時間をかけて払拭していった方がいました」
そうだ、それを知りたかった。カレンの祖父も聖女試験を知らなかったと言っていたのを思い出す。
「その方は高い地位にいながら、自身の保身を顧みず、人命を第一に国と交渉し改革をしてくれました」
師長が少しだけ寂しそうな遠い目をしたのを見て、彼に関わりの深い人物なのかなと思った。
前も何かの拍子にその表情を見た事あるような
いつだっけと考えていると、ふふっと笑っていつもの顔に戻っていた。
「彼女はミストレイア侯爵、僕の義母であり、師匠だった方です」
師長は家族関係どころか、名前すら教えてもらってないので、これにはすごく驚いた。親が聖女試験の設立者なら、それを子供である師長が引き継いだのも理解できる気がする。
最初に聖女試験の場に責任者として会ったのも、彼だったのだから。
ただ今まではどこか避けていたようにも思われるのにわざわざ教えてくれるのは、聖女試験の話をするうえで、避けては通れない人物だからだろうか。
「彼女はただ四属性と言うだけで、罪もなく犠牲となる子供を見過ごす事ができないと言っていました。そして聖女候補の未来の人権と教育に生涯を費やしました。その意思をついで、僕も今ここに居ます。貴方のように聖女に打ち勝ってくれる事を心から望みながら」
師長の表情を読む事は難しいが、それが本心なのは珍しくわかった。そしてどこか少しだけ過去を悔やむような、悲しみを感じさせた。