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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第四章 聖女の真実
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審判の扉

眩しい白い光に覆われたと思ったら、次に目を開けた時は真っ暗な闇の中だった。


「ここどこ…?シグナ?師長?」


前も後ろも暗くて、距離感もつかめない。ひとりぼっちでわけがわからず心細くなったジュリは、無意識に両手を握りしめた。


するとぬっと闇の中から出てきた小さな手がジュリの左手を掴んだ。


「ひっ」

「大丈夫、怖がらないで」


いきなり出てきた手に怯えるジュリを、少女のような声が宥める。何だか記憶も曖昧でぼんやりしながら知らない誰かに声をかけた。


「誰…?」

「私は貴方の敵じゃない、信じて」


暗い闇の中に誰かいるのはわかっても、白い手以外の顔は見えない。けれどジュリはこの少女を知っている気がした。


霧の校舎で見た…女の子の声に似てる?


誰かわからないまま、闇の中を少女に手を引かれて進んでいく。しばらく歩いていくと、何もないと思っていた空間にふたつの扉が現れた。


淡い光を放っているその扉に近づくと、左の扉は白色、右の扉は黒色をしている事に気づいた。


なに…?


少女に覗いてみればと言われて、おそるおそる白い扉に近づくと、鍵穴の部分から中が覗けるのか光が漏れていた。


片目を近づけると、そこに見えた景色は学院のようだった。


何あれ…


皆に囲まれて笑顔でいるジュリがいた。カレンやカルロと楽しそうに話しながら、何故か沢山の生徒達から讃えられている。


「あれは聖女になった貴方の姿かしら。魔術師の夢よね」


夢?私は聖女になりたかった…?


もうひとつの黒い扉も同じように覗くと、ジュリはひっと言って後ろに尻餅をついた。それを見ていた少女が手を差し伸べてくれる。


「大丈夫?何が見えたの?」

「何って…」


あれは私だ。村に居た時の…。


黒い扉の先に見えたのは、幼いひとりぼっちのジュリだった。暗い瞳に何も映していない、魔女と呼ばれる毎日だった自分だ。


思い出したくない記憶に、動悸が激しくなる。何で今更こんなものを見せられるんだろうか。そんな想いで少女を見上げると、ふふっと笑った声が降ってきた。


「四属性を集めたご褒美に、望みの未来を選べるのよ。まぁ考えるまでもないでしょうけど」

「…は?」


望みの未来?聖女か…魔女か?


そんなの決まってる、過去の自分には戻りたくない。もうひとりは嫌だった。けれどジュリは聖女になれば、あんな笑顔で本当に喜べるのかも疑問だった。


「絶対どちらかしかないの?」

「どちらかを選ばないと、どうせここからは出られないもの」


そもそもここは何なのだろう?四属性の精霊を集めて…それで…


ジュリはとりあえずこの暗い場所から出たかった。白い扉に手をかけようとして、何故かその手を引っ込めた。


「どうしたの?」

「…わからない」


このまま何も考えず幸せな事だけを選べばいい、嫌なものを見ないようにして…。けれどそれでいいの?という自分の心の声が聞こえた気がした。


いつだっけ、前もそう思った事がある


あれは精霊の森で火の試練を受けた時だ。シグナに守られて、何も見ようとしなかった自分が嫌になった。


そういえばシグナ…なぜか悲しい顔をしていたな。別れ際に何か言ってたような…


“僕との出会いを忘れないで”


出会いって言われても、シグナは何も話してくれないから忘れようがないんだけど!


シグナとの出会いは村に居た時という事しかわからない。村…と考えて、ジュリは黒い扉を振り返り、意を決してもう一度覗いてみる。


今度は目を逸らさずに、自分を見つめた。そこには暗い場所に一人佇む小さなジュリがいた。泣きもせず笑いもせず、ただ生きているだけのジュリがいた。


ちがう…誰かいる


ジュリの後ろにシグナがいた。彼は悲しそうに見つめながら、ジュリの片手を握っている。繋ぎとめる様に。


そうだ、私にはずっとシグナがいたんだよね


そしてふとある事に気づいた。


「白い扉の自分は幸せそうだったけど、シグナがいない…?」


学院の友達や師長、兄を含む家族までいたのに、笑っている自分の側にシグナがいなかった。その問いに応えてくれたのは、顔の見えない少女だった。


「聖女の力が手に入れば、精霊なんて不要でしょう?」

「不要…?」


ジュリは最初から精霊の力だけを欲してたわけじゃない。自分が一緒にいたかったから、ただ側にいて欲しかったからシグナを求めていた。


「憎い村の人間に復讐する事だって出来るわ」

「憎い…?ううん、そんな事思ってない」


小さな頃の記憶はただただ悲しかった。けれど恨んでやり返そうとは思わなかったのは、ずっと側に癒してくれる存在がいてくれたからだ。


「あの時小さな私を抱きしめてくれたのはシグナだった…目を背けてた自分自身を、代わりにシグナがずっと護ってくれてたの」


私の代わりに怒って、悲しんで、笑ってくれた。そしていつしか私もシグナといる時は笑えるようになった。


だから今度は私が笑いかけてあげたい、本当は泣いていた自分に


ジュリが黒い扉に向き直るのを阻むように少女が声をかけてきた。


「なぜ…?あんな惨めな自分に戻ってもいいの?望めば何だって手に入る未来があるのに!」

「そうなんだけど、何でかな…?きっと今の自分が幸せだからそう思えるんだと思う。村に居た時の自分なら、きっと選べなかった」


友達が出来て新しいものに触れて、学ぶことも考える事も、悩む事だってあった。楽しい事も嬉しい事も、過去の積み重ねが続いて得られたものだ。なかった事にはならないし、向き合って生きていかなければいけない。魔女と呼ばれてもあれも私なのだと。


あの時楽になるように逃げていたら、シグナがいなかったら、きっとジュリは今いなかった。


そんな自分を抱きしめてあげたい。


聖女になれない事をがっかりされるかもしれないけれど、そんな大層なものになる前に自分の弱さを認められる、恥じない自分でいたいから。


「待っ…」


少女が声を荒げた途端に、黒い扉からぬるっと靄のようなものが出てきた。


「見苦しいからやめなよおばさん」


えっ!?


靄が流暢に話し出したのに驚いたが、どう見ても少女の姿におばさんて。


「この子は選んだ、残念だったね」


話し方は幼い少年のようだったが、姿がないのでよくわからない。ジュリが不思議そうに見ていると、さっさと開ければと突っ込みまで入れられる。


「馬鹿な子…後悔しても遅いのよ?」


後悔と聞いて、いつかの師長の言葉を思い出した。


“自分に問いかけるのは後悔しないか、でしょうか。貴方も迷っても悩んでも、どれだけ時間がかかってもいいので、そんな時が来たら過去を振り返りながら選び取ってみてください”


確かに過去がなければ、自分にとっての正解は選べなかった。それはきっと今までジュリと関わってきた全ての人から教えてもらった事だ。


「それにね、私はシグナがいないとあんな風に笑えないの」


もう何も言わない少女の姿が少しだけ朧気に見える。そこにはいつか見た白い翼のような物が背中にあるのに気が付いた。


天使?


そしてジュリは黒い扉を開けた。


そこには小さなジュリがひとりでぽつんと立っていた。その子に近寄って行き、話せる距離までくると目線を合わせる様に腰を落とした。


「ずっと見ないようにしてて、ごめんね」


目だけをこちらに向ける小さな頭を、ジュリはゆっくり抱きしめた。


「私はたぶん自分を見つめる事が怖かったんだ。愛されなかった自分を、憎まれる自分を、何の為に生きてるのかわからなくなりそうだったから。自分の過去を嫌う事で貴方から逃げてた」

「…幸せ?」


え?と聞き返すと、小さなジュリから今幸せ?と再び返って来た。


「幸せだよ。もうひとりじゃないよ」

「…私もひとりじゃないよ」


そう言うと、小さなジュリは後ろを振り返った。そこには笑ってジュリの手を握るシグナの姿があった。


「そうだね、ずっと一緒にいてくれたね。私を見つけてくれてありがとう、シグナ」


たとえ魔女になっても、ただの平民のジュリでも、きっとシグナは側にいてくれる。


「大好きだよ」

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