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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第四章 聖女の真実
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遠い月

ジュリはミカの隣にちょこんと座ると、目線は一緒だがややミカの方が背が高く感じた。


「背、伸びたね?」

「そう?僕の方がジュリよりちょっとだけ年上だからね」


学院には本来十二歳で入学するがジュリは十歳で入ったため、学年がひとつ下のミカよりも年下になる。成長期の子供の一年はとても大きいのだと周りを見て実感していた。


「ねえ、先にここから出る事はできなのかな?精霊を呼べば何とかならない?」

「精霊は人間と同じ肉体はないけど、実体がないわけじゃない。呼び出しても扉を粉砕して資料室をめちゃくちゃにするしかないだろうね」


うん、やめよう


「ここに来ることを誰かに言ってきたなら、寮に戻らなければ探しに来てくれるよ」

「そう、だね」


いつ恋愛の話をされるのか、ぎこちなく話すジュリが面白いらしく、ミカは楽しそうに見ている。それに耐えられずにジュリは自分から話を切り出した。


「れ…恋愛の話って何?」

「そのままの意味だけど?ジュリは好きな人いる?」

「すっ!?…きな人!?」


声を裏返しながら叫ぶジュリを見て、そんなに驚く事?とミカが首を傾げた。


「年齢的に異性に恋するのは普通だと思うけど」

「…よくわからないよ。兄ちゃんは恋はすごく楽しいって言ってたけど…」

「ジュリは楽しそうとは思わないんだ?」

「なんか、なんかね?怖いの」


恋物語も大好きだし、人の恋を聞いたら応援したいと思う。けれど自分が当事者になる事に、よくわからない不安がある。未知のものに対する不安とはまた違うようにも感じる。


「どうして?」

「わからない、けど何かを失うような気がして…」


好きな人が出来たら、むしろ失うよりも得るものが増えるだろうに、何故だか反対の事を思ってしまう。これだけ聞くと、ただ恋愛に臆病なだけだと思われそうだが、ミカは特に詳細を聞こうとはしなかった。


「そう。でもきっと好きになる気持ちって止められるものじゃないと思うよ?ジュリはずーっと後になってあれは恋だったんだって気付きそうだね」

「そうかなあ…」


正直今は勉強に忙しくて、恋をしたいとは思っていなかった。どっちも両立している周りの生徒たちはすごいなと思うくらいだ。


ミカはそんなに語れるほど恋を知っているのだろうかと聞こうとしたら、さらに尋ねられた。


「じゃあここに閉じ込められる原因になったカイルって人は?疑われる程仲がいいんじゃないの?」

「カイル?仲はいいと思うけど…友達だよ」


そう言った瞬間、鍵が開くような音がして、がらりと扉が開いた。長く話していたのかもう日は沈みつつあり、室内は思いのほか暗かったようで、廊下の灯りが眩しかった。


「ジュリ?」


何故かカレンだけでなく、カイルやアルス、ディアスまでいた。なんで?


「良かった、いたな」


ほっとするカレンを見ながら、ジュリは置手紙読んでくれたんだねとお礼を言った。


「いや、あの手紙は私の机に入ってなかったんだが」

「…えっ?」

「僕たちが訓練から戻ったら、ディアスの机に入ってたんだよ。それで一応カレンちゃんに渡そうと思って持っていったら帰っていないって言うしさあ。みんなで探しにきたんだよね」


アルスの説明を聞いて、やらかした事にやっと気が付いた。しかも机に入れていたら最悪明日まで気付かないと指摘を受けて、確かにと頷いたらチョップされた。


「まあ、無事でよかった…」

「ねえ、カイルって人この中にいる?」


労いの言葉を遮って、ミカが騎士の三人に尋ねる。


「カイルは僕だけど」


ミカはカイルを見据えると、にこっと笑って言葉を続けた。


「ジュリはね、貴方との仲を疑われて令嬢にいじめられてるんだ。ここに閉じ込められたのもそう。何とかしてくれない?」

「ミカ!?」


それを聞いてカイルは驚愕の顔をして言葉を失った。ディアスは知らんぷりしてくれているが、出来れば本人には伝えたくなかった。いじめはカイルのせいではないのだから。


「ほんと?ジュリちゃん」


アルスに問われて、ジュリは弱々しく頷いた。ここまでばれたら誤魔化してても仕方ない。


「あ~そんなに珍しい事じゃないんだろうけど、酷いことはされてない?」

「うん、大丈夫」


貴族が多い学院で、平民が卒業まで嫉みを受けない事はほぼない。ジュリが出来るだけ平気そうに答えると、横からカイルが話しかけてきた。


「大丈夫じゃないよ…僕が原因なんだろ?いつから?なぜ教えてくれなかったんだ?」

「カイル落ち着け、言えなかったに決まってるだろ。身分的にも友達としても」

「言わなくてごめんね、その、心配かけたくなくて…」


謝るジュリの顔を一瞬見たかと思ったら、そのまま目線を逸らしてカイルは部屋を出て行った。


「あっおい!じゃあねジュリちゃん、うまく宥めておくよ」


カイルを追いかけてアルスが出て行くと、続けてディアスがぽんとジュリの肩を叩いて出て行った。


「本当に知らなかったみたいだね」


その声の主を振り返ってジュリは早口で問いただした。


「ミカ!何で言うの!?」

「むしろ何で言わないの?ジュリだけ耐えるのは割に合わないでしょ」


ミカがジュリの心配をしてくれてるのもわかったから、強くは言い返せなかった。カレンに教科書を半分持ってもらいながら、とりあえずこの件は終わった、と思っていた。



次の朝、カレンと一緒にジュリが教室に入ると、何だか皆の雰囲気がおかしかった。こそこそとこちらを見ている人が多い気がする。


何かあったの…?


カルロはまだ来ていないようで、聞ける人間はいないだろうかと周りを見ているとシェリアから声をかけられた。


「少しよろしいかしら」

「え…?はい」


そして廊下に出て朝教室であった事を聞いて、ジュリは驚いた。


「カイルが…?」

「ええ、貴方に対する嫌がらせをやめる様に教室中の人間に言ってました。愚行を正すのは大事ですけれど、今回の事は逆効果になるのではないかしら」


カイルはクラス内でも上位の貴族であり、それなりの影響力があるひとりだ。けれどその権力は平民を守るために使う物ではなく、それによって彼の立場が悪くなる可能性の方が高い。


たまらず教室から出てカイルを探すと、目的の人物は近くの空き教室に居た。アルスが一緒のようで、何か二人で話している。入るのを躊躇ってそっと扉越しに様子を伺うと、会話がジュリの耳にも漏れてきた。


「あんな事したら、お前とジュリちゃんの疑惑も深まるだろ」

「だからって傍観していろと?僕は騎士だ。女性が責められていたら守るのは当然だろ?」

「守るにしても皆の前でジュリちゃんを特別扱いしてはいけない。中途半端に手を出すと、返って他の貴族を刺激してしまう」


多分アルスは貴族としての立場で、カイルに意見している。何よりカイルを守るために必死で止めているのがわかった。


「カイルはジュリちゃんをずっと見守る事はできないだろ?お前の婚約者はシェリアなんだから」

「…貴族である以上はそうだろうな。例えば爵位を放棄すれば、平民は貴族にはなれないが反対は可能だろう」

「カイル?何言ってんだよ?出来るわけないだろ」


ジュリは声を出しそうになるのを必死で両手で抑えた。


「守りたい相手を見捨ててまで、貴族にこだわる必要があるんだろうか?僕はこの学院に来て、やっと自分の気持ちに正直に生きれる気がしてる」

「騎士団長はどうするんだよ。魔法剣士にもなれなくなるぞ?」


…あ


幼いカイルが嬉しそうに笑っていた夢を思い出した。それは貴族でないときっとなれない夢。


ジュリは暗い廊下を見つめながら、カイルと話した騎士小説を思い出していた。離れたくはなかった騎士と置いて行かれた恋人の話だ。あの時ジュリは女性側の立場で感想を言った、しかし今は男性側の気持ちが分かる気がした。


本当はやりたくなかった、言いたくはなかった、けれど全ては家族の為に、恋人を守るために。自分がいなくなっても大事な人が幸せであるように願って。


ジュリはペンダントに魔力を灯して小さな声で呟いた。


「シグナ、お願いがあるの」



しばらくしてジュリが教室に帰ってくると、カイル達はすでに戻っており教室の雰囲気は気持ち静かに思えた。ジュリはカイルの正面に足を進めると、それに気づいたカイルが少し微笑みながら応えてくれた。


「ジュリ…」

「カイル、私貴族に標的にされてとても迷惑しているの。私達は身分も違うのだしやはり気軽に友達付き合いはやめましょう?」

「ジュリ?」


信じられないといった顔で、カイルが差し出した手をジュリは払いのけた。


「さようなら、カイル様」


そのまま教室を出て行ったジュリを見ながら、茫然とするカイルに周りの生徒はどよめいた。大半はカイルに同情的で、ジュリに文句を言う声が多かった。


それを少し悲しそうにシェリアは黙って見つめ、アルスは心の中でジュリに礼を言った。



中庭に座り込むと、憑依を解いたシグナがジュリを後ろから抱きしめた。


「ありがとシグナ、どうしても自分で言えなかったから…」

「でもジュリが悪者になる必要なんてなかったのに」

「元々クラスの貴族の人達にはそんなに好かれてなかったからいいんだよ。カイルは優しいからちゃんと嫌われないと、きっと自分の立場を顧みない事しちゃう」


そんな事はしてほしくなかった、彼はきっと立派な騎士になるのだから。


「アイツの事好きだったの?」

「多分、恋とは違うと思う…だって全然楽しくなかった。ちょっと辛い」


育てて行ければ、もしかしたら大輪の花を咲かすような出会いだったかもしれない。それを自覚する前に摘み取らなければいけなかったけれど、シグナはそれを教える気はなかった。


「今はシグナがいてくれれば、いい」

「ずっといるよ。これからも」


柔らかな春風が頬を撫でていくが、何故だかとても冷たいと感じる。それが自分の頬を伝う涙の痕だと、シグナが優しく拭ってくれて気付いた。

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