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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第四章 聖女の真実
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買い物日和

学院での最後の年末という事で、いつもは帰省する生徒たちも多くが学院に残っているようだった。しかし今年は生徒が攫われる事件が起きて厳重警戒になっており、市民街への許可が下りなかった。


「貴族街はいいのには市民街はダメなの!?」

「あそこは国外からの旅商人も入って来るからな。貴族街の住民のように身元確認は難しいからじゃないか?」


安全面を考慮して、四年生に必要な材料はカタスティマで揃えるように書かれている。ジュリは市民が暮らす懐かしい雰囲気の街並みが好きだったので、少し残念に思った。


「買い物の期間もほぼ入学式の直前だね、カルロ」


いつもの買い物メンバーであるカルロに声をかけると、あっとジュリを見て何かを思い出したように口を開いた。


「今年は居残り組にローザがいるだろ?あいつの買い出しに付き添う事になったから別行動な」


何でもローザは魔力の上限が見えたので、魔術師コースから官僚コースに移るそうで少しだけ落ち込んでいるらしい。だから側にいてほしいと言われたと、ローザの願いを承諾したカルロに仄かな優しさを感じた。


以前ローザの懐中時計を見た時は針の位置が9だったのを思い出した。ジュリの懐中時計は既に4を示しているが、卒業までに一周する事はないだろうと思う。


「でも聖女候補だけど魔術師コースじゃなくてもいいもんなんだね」


確か聖女候補は最初から魔術師コースに強制的に入れられてたはずだ。


「ああ…、自分はこれ以上魔術師として成長できないからと、ローザが師長に直訴しに行ったら構わないと言われたらしいぞ」

「へえ?でも魔力量ってそんなに大事なのかな?量が多い方が様々な魔術が使えるってのはわかるけど…ローザ様は私よりも魔術の扱い上手かったよね」


ジュリは時計を見ても量だけはありそうだが、いつまで経っても上達もしないので、ものすごく宝の持ち腐れな気がした。


「魔力量って強い精霊との契約でも必要らしいぞ。精霊は自分を受け止められる器かどうか魔術師みりゃわかるらしいし」


契約でそこまで魔力が必要だったかなとジュリは首を傾げた。でも憑依は魔力を結構消費するのを思い出し、確かに高位精霊には必要になるかもしれないなと思った。


「まあ本人が決めたのならいいんじゃないか?俺たちは魔術師になる為だけに生きてるわけじゃないからな」


それはジュリにはとても遠い言葉に聞こえた。正直自分自身がなりたいというものではないが、ならなければいけないとは思っている。自分から魔術師になる事をとったら何が残るんだろう?


家族もジュリが戻って来るよりも魔術師として国に貢献した方が喜ぶだろう。聖女候補として送り出したのだから。


聖女かあ…そんなものになれるのかな



後日、カタスティマへの通行入口で壁の洗礼を受け、ジュリは数年前に訪れた街並みの中に居た。


「うう、あの舌ほんと慣れない…」


カレンは初めての魔術師の道具屋に少し興奮気味に目をキラキラとさせている。冬なのに相変わらず暖かくて花が咲き乱れているのが不思議だ。


「すごいな」

「カレンはいつも帰省してたから来れなかったもんね。でも私も一回しか来た事ないんだけどね」


目の前には古い本が並んでおり、懐かしい気持ちで背表紙を見ていったがあの時の建国神話の本はなさそうだった。


そしてどこか行きたいところはあるかと、横のカレンに聞こうとした時異変に気付いた。


「えっ!?カレン!?」


人混みに紛れてカレンの姿が消えていた。


いきなりはぐれた


帰りはまた同じ道を通るので、どこかで会うだろうけれどちょっと寂しい。時間は限られているので、ジュリもカレンを探しながら店を回って行った。


少し人だかりの出来ている店の前に通りかかり、気になって背伸びをしながら覗いてみた。


「自分にぴったりの精霊に会える精霊の鍵だよ。どこの扉でもいいから鍵を挿せば、精霊の部屋に繋がりゆっくりと契約できる便利なものだよ」


可愛らしいデザインで鈴のよう飾りまで付いている。そして鍵には召喚の陣よりもやや複雑な陣が書かれているように見えた。授業の陣では高位精霊は呼べないと言われたが、もしかしたらそんな精霊も呼び出せるものかもしれない。


へえ、魔術道具ってすごいな…


そんな事を思いながら、値段を見ると目が飛び出すかと思った。高いなと思われる値段よりも桁がさらに上だった。


ひえええ、たっか!こんなの普通買えないでしょ!


よほど位の高いお金持ちの貴族だったら買えるかもしれないが、国からの支給金でやりくりしているジュリには絶対無理だった。


うーん、精霊召喚に便利そうだなって思ったけど、楽は出来ないもんだね


さくっと諦めて別の店に向かった。すると途中で顔見知りに会って声をかけられた。


「ジュリちゃん?ひとりで何してるの?」


カイルとアルスが歩いているのに出くわした。この二人も残っていたのかとジュリは近寄って行った。


「カレンとはぐれちゃって、どこかで見なかった?」

「見てないなあ…」


そしてディアスがいない事に気づき尋ねてみると、案の定な答えが返ってきた。


「最初は一緒に回ってたんだけど、シェリアとのいちゃつきぶりに僕たちが耐えられなくなって…僕も男より女の子がいいよ」

「僕は一人でも良かったんだが、お前の為に一緒にいるんだからな?アルスは方向音痴だから帰れなくなるだろ?」


あの事件から二人の仲が気まずくなっていたらどうしようと思っていたが、そんな心配はなかったようでほっとした。


しばらく三人で話していると、誰かを嘲笑するような声が聞こえた。その矛先は露店の隅の方に座っている老人で、身なりは市民街の住人よりもやや下層に見えた。カタスティマは貴族ばかりなので、さらに見窄らしく見える。


カイルが止めさせようといち早く動いて、老人に駆け寄った。さすが熱血君。


「大丈夫ですか?ここは目立つので別の場所に移動するなら手を貸しますが」

「じいさんは何でこんな所に?客じゃないっぽいし…迷い込んじゃったの?」


カイルもアルスも老人が浮浪者のような言い草だが、ジュリはそうは思えなかった。


「もしかしてお店?」

「えっ?」


この身なりで?という意味だろうが、貴族の二人からしたらそう見えるかもしれない。


「ここ城下町だから市民も高そうな服着てるけど、地方の農民には普通の服装だよ」


ジュリがいた村ではもっと粗末な服装の村人はいっぱいいた。そんな人がなぜカタスティマにいるのかは流石に疑問だったが、浮浪者には見えない。


「それに…」


ジュリは老人の顔をじっと見ながら、言葉を続けた。


「貴方は自分を卑下したりしてない」


貴族ばかりの場所に平民がいるとどうしても恐縮してしまうが、老人は自分の誇りを全く疑わない目をしていた。それは多分この人が貴族だからだ。なのにこんな場所で粗末な恰好をして笑われても尚、居続ける理由はなんだろう?


「なるほど、君は平民か」


その瞬間、老人の姿が若い男性の姿になって三人は飛びのいた。


幻覚…!?


「お察しの通り、僕は自分の作っているものを売っているよ。ふふっ何が欲しいのかな?」


いつの間にかずらりと並んでいる道具を見ながら、カイルが違法ギリギリだなと眉を潜めた。アルスはあまりの怪しさに男を凝視している。


「まあね。僕の作るものは人を騙したり、害したりできるものが多くてね。だから売る人間は厳選したいのさ。人を見下すような奴らはまともな使い方をしないからね」


だから最初から弱弱しい平民の老人を装っていたのだろうか。


「だからって…でもそんな事してたら売れないでしょ」

「別に無理に売ってるわけじゃないのさ。僕の道具を必要とする人間だけに売ってる。どんなものでも使い方次第で人を助ける事はできるし、そうであってほしいから」


商売としては別の物もちゃんと売ってるからと笑っていた。そのちゃっかりした所はどこかカルロをような商人気質を彷彿とさせた。


値段も手ごろだったので、ジュリも先ほどの姿を変える幻覚の薬を買った。何だか香水のようでちょっといい匂いがする。


「匂いが香る範囲と時間に気を付けてね。悪いことに使用しちゃダメだよ?」


にこやかに手を振る男性にお礼を言ってその場を後にした。その後四年生に必要な教材も買って、両手いっぱいに買い物したカレンと合流してから学院に戻った。



入学式前日、ジュリはシグナといつもの中庭で報告も兼ねて話をしていた。一定期間会わないとシグナが拗ねるので、たまに精霊としての用はないが話し相手として会っていた。


「それでね、老人が男の人になってね…」


何を話しても穏やかに聞いてくれるシグナに安心する。そして話していたジュリの言葉が止まると、シグナが不思議そうに顔を覗き込んできた。


「どうしたの?」

「うん、もうすぐ学院生活も終わるなって…。その前にやる事はいっぱいあるんだろうけどね」


ふと、シグナなら言ってもいいかなとジュリは不安を打ち明けた。


「シグナは四属性の精霊を集めない方がいいって言ったよね?今もそう思う?」

「思う」


シグナは間髪いれずに答えた。


「でも漠然としてよくわからないんだよね?私も何が正しいのかよくわからない事があって…」

「ジュリは怖がってるの?やりたくないならそれでいいじゃない」

「でも学院の規則だから…やらなきゃ」


規則とシグナがぼそりと呟いたのと同時に、ひょいとジュリの身体を持ち上げられた。


「え?」

「なら人間の世界にいる事なんてないよ、おいでよ」


そのまま抱きしめられたと思ったら、いつの間にか中庭の水の中に引き込まれていた。

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