学院祭の夜
昇級試験が終了すると最後は学院祭だが、今年は衝撃の事実が判明した。
「なんで!?」
せっかくダンスの練習もしたのに、ジュリは学院祭の参加が認められなかった。数日前に通達されて悲しみに暮れたジュリを見ながら、カレンが不思議そうに尋ねた。
「そんなに踊りたかったのは意外だな」
「ダンスは別にいいけど、美味しいものが…」
ああそっちかと納得されつつ、何か持ってきてくれると約束してくれた。カレン大好き。
「学院祭は貴族の品評会のようなものだからな。学院の警護を破って生徒をさらわれたなどと、学院側も出来るだけ広めたくないんだろう」
そういうものなの?確かに聞かれたら上手く誤魔化すなんて出来ないけど、やっぱり参加はしたかったな
当日はひとり寮に籠って大人しくするように言われた。カレンを見送りながら、窓の外から見る鮮やかなドレスを着た女子たちが少し羨ましい。
いいなあ…
せめて楽しめる様にと、流行の恋愛話の本を友人達から沢山貸してもらった。これはこれで楽しみだったので、本を抱えて寝台に寝っ転がった。
行儀悪いけど誰もいないからいいよね
「最近の恋愛ものは身分違いが流行りなのかな?」
高位の貴族と下位の貴族の恋など、実際にありそうな話だが物語のように最後は結ばれると言う事は、現実では殆どない。
だから少女たちは夢を見る。こんな幸せな恋がいつか自分にも訪れてくれるのではないかと。
本のタイトルをざっと見ていく中で、一冊だけ違う系統の本を見つける。
騎士物語?あ、でもちょっとだけ恋愛がある?
戦地に赴く騎士が幼馴染の少女に最後の告白をするようなものだった。愛よりも騎士としての志をとり戦死する言うなれば悲恋で、全体的にあまり明るい話ではない。
騎士としては正しいんだろうけど、最後はハッピーエンドがいいなあ
そんな事を思いながら読書に没頭していたら、カレンが帰って来た。
「カレン何だかいい匂いがするね!」
約束通り美味しいお土産を持って帰ってくれたようで、ジュリはうきうきと近寄った。
「第一声がそれか?」
「おかえり!学院祭は終わったの?」
カレンが頷きながら次は仮面舞踏会だと嫌そうな顔をした。
「兄が来るらしいから参加しないといけない」
「ああ、なるほど。頑張ってね」
にこやかに手を振りながら、ジュリはひとり部屋の中で佇んだ。こんなにひとりでいるのは久しぶりで、少し気分が落ち込む。
ベッドに寝転がりながら、早く終わらないかなと呟くと窓を叩くような音が聞こえた。
ん?
気のせいかなと窓を見るとやはり断続的に叩くような音が聞こえて、ジュリは血の気が引いた。きっとカルロなら失神していると思う。
みんな舞踏会に出てるし…誰もいないはずだよね?
おそるおそる窓に手をかけると、見知った人物が手を振っていた。
「ミカ!?何してるの?」
「ジュリに会いに来たんだよ」
ここ女子寮だよと言っても、誰もいないじゃないとにこやかに返された。このマイペースさは本物のミカだ。
部屋に入れると嬉しそうにふふっと微笑まれた。
「仮面舞踏会は参加しなくていいの?」
「ジュリがいないなら意味ないからね」
嬉しい様なそれでいいのかという複雑な気持ちが入り混じって、ジュリは変な笑いを返した。
「何か学院祭はいつもミカといる気がするね?一年生の時は一緒に踊って、二年生も怖い事件に巻き込んじゃったけど、一緒にいたよね」
「ああ確かに…。ジュリは今年はドレス着ないの?見たいんだけど」
参加しないのに着る必要はないので、棚に閉まっていると答えると見たいと言われた。
「え~めんどい」
「着てくれたら、今度僕の領地の美味しいお菓子取り寄せてあげる」
「着るね」
ジュリちょろいと笑顔で言われたが、お菓子には代えられない。
ドレスを手に取ると、なぜかミカがにこにこと立っている。出てって?
「僕は気にしないで。なんなら手伝おうか?」
とんでもない事をいうミカを追い出しながら、ジュリはドレスに袖を通した。去年よりも少しだけ背が伸びているのを実感しながら、背中を止めようとして気付いた。
ぎゃー!これっひとりじゃ着られないやつだ!
去年はカレンに手伝ってもらって着たのを思い出しながら、ジュリは焦った。
「ほらね?無理でしょ?」
「ぎゃーえっち!」
笑いながら扉から普通に入ってくるミカを見ながら叫んだが、僕だからいいでしょとわけのわからない事を言う。
「このタイプは後ろのリボンが複雑なんだよね」
「…?ミカはドレスの着方がわかるの?」
姉がいるからとミカは少し嫌な思い出を語るように、ジュリのドレスを着つけていった。
「どうしてお姉さんがいるとドレスに詳しくなるの?流石に着替えるのを見ていたわけじゃないでしょ?」
しばらく間があって、あまり言いたくなさそうにミカがため息をついた。
「悪戯好きな姉がいると、弟なんて着せ替え人形の玩具だよ」
ああ、そういう…
笑いをかみ殺しながら、見てみたいなと言うと怒られた。
「うん可愛いね。じゃあ、はいこれ」
そう言って手渡されたのは、仮面舞踏会に参加する用の仮面だった。
「外は暗いし、仮面をしてたらバレないよ。ジュリの代わりに僕が残って対応するから安心して」
「え…と?えっ?」
「参加したかったんでしょ?」
言っても仕方ないから誰にも言わなかったが、出来るなら参加したかった。けれど突然どうぞと言われたら、困惑してしまう。
「どうしてミカにはわかるの?」
「ジュリの事なら何でもわかるからね。それに君は今日仮面舞踏会に参加しないといけない」
何故?と聞くと、にこりと首を傾げられて行ってらっしゃいと言われた。
…?
外はもう暗くて顔の判別は出来ないほどだった。これならバレないかもしれないと舞踏会の会場に足を踏み入れた。
人々の熱気と数に押されながら、場の雰囲気を懐かしむ。一年生の時は驚いたなと思い出しながら、辺りをきょろきょろと見回した。
やっぱり知り合いを探すのは無理か
出来ればカレンやカルロと合流したかったが、偶然会えるほど簡単じゃなさそうだった。しかしゆっくり進んでいくと、女性の集団に出くわした。あの光景は二年前に見覚えがある。
高位の男性が群がられているのかな?
確か仮面舞踏会は無礼講で、身分関係なくアピールできるのだとか聞いた覚えがある。じっと見ていると、よれよれした男性が見えた。
カイル?
断る事が苦手なのか、律儀に相手をしていたら捌ききれなくなったのかもしれない。以前と違ってアルスがいないようで、カイル一人で負担を背負っているようだ。
うわあ…
通り過ぎても良かったが、ジュリは身体の小ささを利用して人の隙間を潜り抜けて、カイルの手を取って走り出した。
「こっち!」
「えっ…わっ」
後ろで女性たちの声が聞こえていたが、振り返りもせずに会場の外に出てきた。二人は息を弾ませながら月夜の下でテラスに腰を落とした。
「ここまでくれば大丈夫だと思う」
「ありがとう、えっと君は…」
一応ジュリがここに居る事は秘密にしておいた方がいいので、それじゃあと踵を返して去ろうとしたが、カイルに引き留められた。
隣に座るとちょうど綺麗な月が目の前に見えて、先ほど読んだ騎士の小説がふと頭を掠めた。あれは月夜に男性が女性に愛を語るのだ。
「本当だ、月が見てるみたい…」
「あの騎士小説の?そういう台詞あるよね」
何気なく呟いた言葉だったが、カイルが話に乗ってきた。彼も本を好む騎士なので、読んでいても不思議ではない。
「月は君を見ている。僕の代わりにいつだって君を照らしてくれるだろう…だったかな。あの本の作者は、騎士だったんだよ。あれは実体験で、自分の婚約者に向けたものだって言われている。騎士の本って検閲が厳しくて、騎士道に背くものは出版できないの知ってる?」
「えっそうなの?」
「ただ騎士の恋愛話はいいんだけど、愛を選んで戦から逃げ出すなんてのは許されなかったんだろうな。でも本当は生きてもう一度婚約者に会いたいと言ってるように聞こえる」
じゃあ作者は本当に婚約者に告白した後に戦死したのだろうか。それを知るととても悲しくなった。
「これは私が騎士じゃないからそう思うのかもだけど、騎士の生き様は素晴らしいけど愛を選ぶのが恥ずべき事だとは思わないよ。だって恋人の女性だって言ってたじゃない。月が昇る度に私を悲しませるのですか、貴方が私の騎士なら月なんかじゃなく共にいて下さいって。女性を悲しませるのは騎士じゃなくてもダメだと思う!」
む~とムキになって話すと、いきなりカイルが笑い出した。
「そうだね。女性を悲しませるのは騎士失格だと僕も思うよ。ジュリ」
え?
正体がバレているのに驚いて知ってたのと聞くと、声でわかると納得の答えが返ってきた。それはそうだ。
「それにあの本を差し入れたのは僕だから。読んでくれてありがとう」
まじかという顔で固まると、その顔が面白かったのかまた笑われた。そのままアルスが途中抜けて救護室にいるという事で、様子を見に行くのに誘われた。
「アルス具合悪いの?」
「う、ん?言いたがらないからわからないんだよ」
結構前からディアスもおかしいと言っていたのを思い出して、気になるのでジュリも同行する事にした。