入学式
「そうですか、特定危険植物ね」
提出された焼け焦げた草を見ながら、何はともあれ怪我がなくよかったですと師長は自室にいる誰かに話しかけた。端から見れば、師長は一人で話してるようにも見えた。
「選民思想の貴族が、平民を甚振るのはまあ、毎年の事ですが…これはちょっとその範疇を越えてますね。下手したら怪我ではすまない」
報告書を見ながら、でもまだ特定はできない相手を思い浮かべた。
「まだ時がくるまでは、あの子達を守らなければ。そんな時が来ないことを願ってはいますけれどね。貴方は、引き続き職務を全うしてください」
控えている人物は一瞬礼をしたかと思うと、そのまま暗がりに消えて行った。
入学式の日、部屋に備え付けの制服とローブを着ながら、朝ごはんを食べていた。そう、寝坊したのだった。カレンと前日の爆発騒動で少し夜更かしをしていたら、二人ともそのまま寝入ってしまったのだ。
黒いローブはケープのようになっていてなんか可愛い。ただ、制服も黒いので全身真っ黒に見える。
本当に魔女みたい…
魔女を見たことはないが、聖女のイメージカラーが白なら魔女は黒のイメージだった。でも、薬学も学ぶらしいので、実験などで汚れても目立つ心配をしなくていいかと、ジュリはポジティブに思うようにした。
ローブと一緒に入っていたバッジと懐中時計みたいなものはなんだろう?
バッジには水晶の飾りの中に種のようなものが見えた。カレンもローブにつけていたので自分も一応付けておく。懐中時計は形こそそうだが、なぜか長針がなくて、短針が1の所を指していた。何の意味があるのかわからないが、とりあえずポケットに入れた。
廊下に出ると、沢山の女生徒がいたがローブの色がバラバラだった。青が一番多くて、次に緑で黒はいなかった。
「ね、カレン、どうしてみんなローブの色が違うの?」
「案内書に書かれていただろ?青が魔術師、緑が官僚、女生徒の中には見当たらないが赤が騎士だ」
「私たちはなんで青じゃないの?」
「聖女候補だからだろう」
そんな目立つようなことはやめて…
「聖女って言われたら白のイメージだけど黒なんだね」
「あくまで候補であって聖女ではないからじゃないか?それに、この国では白は特別視されているみたいで着られることが少ないな」
カレンとは一晩話すとよく打ち解けてくれるようになった。一言二言で終わってたのが嘘みたいだ。まるで警戒心たっぷりの猫が少しずつ懐いてくれた感じがして嬉しい。
中庭に男子も集まっていて、一年生が集合するような形になった。やはり黒いローブは六人しかいないので、とても目立つ。
「ジュリ!」
「あ、カルロ、おはよう」
「ジュリさん、おはようございます。そちらのお嬢さんも」
「ライさん、おはようございます」
黒ローブが集まってきて、あまり集団行動が得意ではなさそうなカレンは、顔が引きつっている。
「お前何もしてないだろうな?ちゃんと寮で大人しくしてたか?」
「カルロさんはジュリさんのお母さんですか?」
「誰だよお前は」
「カ…カルロっ言い方!」
全員の顔見知りはジュリだけだったので、一通り三人を順番に紹介していった。カルロはライが平民だと知ると、溜飲が下がったようで悪かったなと謝っていた。
あと二人の黒ローブの令嬢達は、貴族のお嬢様の群れの中で戯れていた。シェリア様は目が合うと、にっこり綺麗な笑顔を返してくれた。あの人本当に感じがいい。
黒と同じくらい目立つのが赤いローブの集団だった。青や緑に比べて圧倒的に人数が少ないが、その分とても目立っていた。そして見知った三人組の集団を見つけた。
「ジュリちゃーん」
ひらひらと手を振って来たのは、アルスと呼ばれた三人組の一人だった。彼らは騎士コースの一年生だったらしい。
「アルス様、おはようございます」
「覚えててくれたんだ?でも様付けやめてよ、寂しいから」
「じゃーアルス」
「いいね!その躊躇ない感じが堪らないね」
彼は変な性癖でも持っているのだろうか。
「ごめんね、こいつ馴れ馴れしくて」
「…行くぞ」
二人にずるずる引きずられていくアルスを見ながら、仲が良いなあとジュリは三人を見送った。着々と貴族平民関係なく、謎の人脈を開拓していくジュリにカルロは驚愕していた。
入学式は特に問題なく終わった。学院長の長い話は少し眠くなったけれど。他学年の生徒もいたが、見た感じ魔術師や騎士の人数の比率も同じくらいに見えた。ただ、黒ローブは各学年に一人いるかどうかだった。
六人程度しかいないジュリ達でも悪目立ちして居心地が悪いのだ。ひとりなんてどれだけ心細いだろう。
貴族だったら、そうでもないのかな
ジュリはどんな学校生活を送っているのか、他の黒ローブの先輩たちと話してみたいなと思った。
今年はそう多くなかったのか、一年生は一クラスに纏められた。担任は女性の魔術師で、クラスでも魔術師コースは女性が多かった。官僚は半々くらいで、騎士はほぼ男性ばかりのようだった。
魔術師って女の人が多いのかな?でも師長は男の人だしな
「貴方、バッジは女子は右よ。左に付けるのは男子だけだわ。学院の案内書に書いてあったのちゃんと読んだの?」
「え?あ…」
話しかけてくれたのは、聖女試験で一緒だった薄紫の髪色の少女だった。文字が読めないので、カレンに聞こうとしたのだが、朝寝坊してしまってそれどころじゃなかった。素直にジュリはごめんなさいと謝ると、未だに名前も知らない少女はツンとした態度でそっぽを向いた。
簡単な説明を受けて、今日は授業もなく帰りの時間になった。まばらに帰りだした人が出てくるくらいで、近くの女子たちが聞こえるくらい大きな声で噂話らしき事を始めた。
「ねえ、ご存じ?平民のくせに貴族の騎士方に荷物持ちをさせた方がいるんですって」
「まあ、私も頼まれましたわ」
昨日の薄緑の髪の少女だった。カルロは横目で、お前じゃないよなと訴えている。女子たちがざわざわしながら寄ってくる。噂の騎士たちは帰ったようで、巻き込まなかっただけ良かったと思った。
「部屋の扉も早々に壊したとか」
「流石、平民ですわね。どんな野蛮な生活をされているのかしら」
カルロがイライラしながら何か口走ろうとしたが、ジュリは無言で止めた。悪意ある言い方をされているが、噂自体は真実なのだ。
「ローザ様もそう思われるでしょう?」
ローザと呼ばれたのは、聖女試験で一緒だった薄紫の髪色の少女だった。ローザ様って言うんだ…。
「…ええ、身分は弁えなければいけませんわ」
薄緑の髪の少女は満足そうに笑った。
「でも大衆の前で、大声で噂話は下品ですわ。平民なのだから私達の理解が及ばないこともあるでしょう。寮に帰りましょうシェリア様、時間の無駄です」
ん…?
ローザ達の身分はかなり高かったのか、薄緑の髪の少女たちは意外そうな顔をして黙った。
「なんだあの女、感じ悪いな」
カルロが傍で呟いたが、ジュリはそうだろうかと思った。噂話をしていた少女たちと違って、ローザは特に悪意ある言い方はしなかった。確かに身分に対する偏見は強いが、それが貴族ならではの彼女の矜持なのだろう。
さっきのバッジの事も、悪意があるならそのまま黙ってジュリが失敗して笑われるのをみてたはずだ。
「あの人、そんな嫌な人じゃないかも」
人は色んな見方ができるのだなと思った。特に親切にされたと言うわけでもないのに、ローザの優しさをどことなく感じる事が出来たのだから。
「お前何言ってんの?扉を壊したって何だよ」
「なんかね、瓶が入ってて扉が吹っ飛んだの」
何言ってるか全然わからんと怒るカルロに、ジュリは同性の友達が出来た事を嬉しそうに話した。