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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第三章 隣国の皇子
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ダンスの練習

ジュリとカレンは朝、寮の扉を開けて目を丸くした。


「何これ!?」


ちょうどジュリ達の部屋の前の廊下に、泥のような物が撒かれていた。どう考えても自然に汚れたものではなく、誰かが故意にやったものだった。


うわ


カレンが眉根を寄せて何か考えながら、嫌がらせかとぽつりと呟いた。


「嫌がらせ?」

「そうじゃないか?明らかに人為的なものだろうこれは」


…なんで?


とりあえず人の迷惑にならないように、二人で手早く片付けた。まさか貴族の多い学院に来てまで、こんな事をされるとは思わなかった。


口頭で嫌み言われるのは多かったけどな


二人で教室に向かう道すがら、カレンが話しかけてきた。


「前にジュリは教科書がなくなったと言ってただろ?あれもそうだったんじゃないか?」

「あれ結局見つからなかったんだよね。じゃあ嫌がらせの相手は私?」


カレンに何か心当たりはないのかと言われたので、ジュリは考えてみた。


教科書がなくなるより前の事だよね?隣国から帰って来て、勉強漬けの毎日だったけど…あ


「貴族街に行ったの関係あるのかな?カイルと」

「カイル?侯爵の?その時誰かと会ったか?」

「誰にも話しかけられなかったと思うけど…夕日の綺麗な場所でお菓子食べただけだよ」


夕日と聞いてカレンが怪訝な表情になった。


「丘の上の?それは定番のデート場所なんじゃないか?女子もよく行く場所だろうから、見られた可能性はあるな」


そういえば貴族街は恋愛イベントの場所が多いんだっけ


婚約者のいる貴族の男性が平民の女性と一緒だと、よく思わない人が出てくるのは想像に難くない。身分は不自由であり、また理不尽な理由で差別を受けるのをジュリはよく知っていた。


「相手も分からないなら、騒ぎ立てない方がいいか…。こちらが不利にだからな」


ジュリは頷いて教室に急いだ。


それからも直接的な暴力などはなかったが、私物がなくなることはまれにあった。教室の隅に捨てられた折れたペンを拾っていると、誰かが覗き込んでいるのに気付いた。


「…わっ!?」


怪訝そうな顔で見下ろしていたのはディアスだった。しかし彼は何も言わずに一緒に落ちていた私物を拾ってくれた。元々無口なのもあるのかもしれないが、行動はとても紳士だ。


「ありがとう」

「…こういうのは反応しない方がいい。相手もそれでいつか飽きる」


えっとジュリが顔をあげると、そのままディアスは教室を出て行った。彼が苦労している生い立ちを以前聞いたことがあるが、もしかしたら同じような事をされていたのかもしれない。


慰めてくれたのかな?


大げさに心配しないのも何だかディアスらしい。カイルなら思いっきり深入りして大事にしそうだし、アルスはひっそりやり返す方法を一緒に練ってくれそうだなと思った。




今日の体術は技の習得ではなく、学院祭に向けたダンスの練習だった。

高学年にもなるとダンスは避けては通れない為、授業にも取り入れられる。元々今後の社交界にも必須になるので、貴族の子供たちは既に踊れる子が多い。


まずは男女ペアを作れと言われて困った。聖女候補でも平民と組んでくれる貴族の男性は少ない。貴族は婚約者同士で組むのが定番らしく、シェリアやローザはそれぞれの相手と手を取り合っていた。


カルロからは身長差がありすぎて、初心者の俺には無理と断られ、ジュリはぽつんと余った。


「…組まないか?」


そう言って話しかけてくれたのはディアスで、驚きはしたがジュリは快く承諾した。


そっか、シェリア様はカイルの婚約者だもんね


いくら恋仲の二人でも公の場では隠さなきゃいけない事に、ジュリは少しだけ悲しくなった。そして手を取られたが次にどうしていいかわからない。


「踊った事は?」

「あるけど…どっちかというと振り回されただけっていうか…」


それを聞いてディアスは足の位置や顔の角度などゆっくりと、けれどわかりやすく教えてくれた。きっと上手く踊れる人なのに、初心者相手にごめんなさいと思いながらも有難く享受した。


あああああっ


何度もぶにぶにと足を踏みつけ謝るジュリを見ながら、彼は珍しくくすっと笑った。


「気にするな、教えるのは懐かしい」


誰かにも教えたことがあるのかなと思って聞くと、昔シェリアがダンスだけは苦手で何度も練習相手をさせられたと語ってくれた。なんとあの、何でもこなせるシェリアに苦手なものがあった事に驚いた。


「…シェリア様とそんなに昔から一緒だったんだね」

「カイルやアルスともな、五歳くらいだったか。あの頃はとても楽しかった」


いつもより能弁に話すディアスを見ながら、誰かの幸せな思い出を聞けるのは嬉しいなと思った。


私もシグナとの思い出は大切だからよくわかるよ


「そういえばあの事みんなに言わないでいてくれたんだね、ありがと」


嫌がらせをあの事で察してくれたのか、ディアスは特に顔色も変えずにああと頷いた。


「別に、誰かにいう事でもないだろう。アルスだったら黙っていなかったかもしれないが…そのアルスだが、最近おかしくないか?」

「え、そう?私はわからないけど…でも体調悪いって言ってたような?寝込んだりしているの?」


そうじゃないんだがと何ともいえないような顔で、首を傾げた。見て分かるほどではないが、幼馴染なりの違和感を感じたのかもしれない。


今度アルスに聞いてみると言ってこの話題は終わり、ダンスの練習に集中した。ミカの時も思ったがぐるぐる回ってみんな目がまわらないのだろうか?慣れかな?


息を切らして顔を真っ赤にしたジュリに、びくっと気付いたディアスは熱中症かもしれないから外に出た方がいいと言った。


「大丈夫か?」

「あ、ごめん。せっかく教えてくれたのについていけなくて…」

「そうじゃなくて、限界だと思ったら遠慮なく言えと言っている。アンタも人に頼るのが下手なんだな」


…も?


上気した頭でふらふらと聞いていたが、それはとても優しさを含んだ助言に聞こえた。しかしシグナ達に言われて、大分頼る事も覚えてきたと思っていたのに、また他人から指摘されるのは心外だった。


そのまま中庭の木陰に連れて行ってもらって、強制的に休まされた。ひんやりした風がとても心地よい。


「自分の弱さを見せる事は恥じゃない。頼ると言うのは相手を信じるという事にも繋がるから、多分周りもそっちの方が嬉しいんじゃないか?我慢や忍耐も大事だが、無理はするな」


そしてそのまま訓練所に戻っていくディアスを見ながら、その台詞は何となくシェリアに向けての言葉なんだろうなと思った。


シェリア様も弱みをみせないようにしてるけど、多分ディアスにはバレてるんだろうな


あの二人が幸せになる未来があればいいのにと目を瞑り一人になると、無意識にシグナのペンダントを手に持っていた。会いたいなと思い魔力を注ぐと、ふわっとシグナの気配があらわれる。


「ジュリ、どうしたの?」


瞬時にいつもと違う様子を悟ったのか、そのまま両手でジュリの顔を挟み額を合わせた。すると、靄が晴れていくように、思考が回復してくるのが分かった。


「え?すごい!シグナ何かした?」

「のぼせ、くらいはね?本格的な病気はどうにもならないけど」


身体が軽くなって立ち上がると、くるくると回りながらシグナにお礼を言った。


「どうしたのジュリ、まだどこかおかしい?」

「あっ違うの。今日ダンスの授業があって習ったステップなんだよ。シグナは踊れる?」


踊ったことはないと言われて、だよねと苦笑いした。


「踊りたいの?」


そう言うとシグナは中庭の池の方へ進んで、そのまま水に中に足をつけた。しかし不思議な事にシグナは水の中に沈まずに水の表面に立っている。


「え!?どうやってるのそれ?」

「ジュリも出来るよ、おいでよ」


そのまま手を取られて池に足を入れると、同じく沈まずに水の上を歩けた。面白い感触にジュリは目を丸くしてはしゃいだ。


「あはは、面白い!」


するとそのままシグナが、ジュリの両手をとってまわるように踊り出した。ダンスで習ったような物ではなく、ただ回ったり跳ねたり好きなように動いているだけだ。けれどとても自由で楽しい。


ジュリが笑うと嬉しそうにシグナも笑う。二人の足元は水を弾きながら、その水滴が水の中に落ちて歌のように聞こえた。


あ、これミカに聞かせてもらった水の音楽に似てる


そういえば初めてのダンスの相手もミカだったなと思い出した。私より全然上手だったけど…


シグナとミカはちょっとだけ似てるような気がした。もちろん姿は違うし、ミカは人間でシグナは精霊だ。ただジュリにくれる優しさの形が似ているような気がした。


休んでたはずのジュリがびしょ濡れで訓練所に帰ってくると、ディアスに何故?という顔されたが、元気そうだったので何も言われなかった。

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