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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第三章 隣国の皇子
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臆病な二人

ジュリは中庭でシグナを呼び出して、憑依の練習をお願いしていた。せっかく主従契約したのに、いざとなって使えないのは勿体ないと思ったからだ。


「ジュリが全く抵抗しないから」


なんで?抵抗って何!?


以前憑依は、術者が主体となって精霊の力を使うものと教えてもらったが、何度やっても身体の主導権がシグナになってしまう。


「魔術師は基本、呪いの耐性があるから、普通はこんなに綺麗に身体を乗っ取れないよ」


主従契約って呪いなの?


「うーん、そこら辺はよくわからないけど、魔物は人間を操ったりできるよ。それは呪いに分類されるんじゃない?魔物と精霊は密接に関わっているから魔術師は僕らを好意的に言うけど、普通の人間からしたら惑わし騙すために人語を話すなんて言われてるから、あながち間違っていないかもね」


惑わす?人間を?


「そう、僕らの主力は魔力でしょ?属性の高い地に居れば回復はするけど、時間がかかるんだ。だから人間から魔力を奪った方が効率が良かったりする。高位の魔物はそういう意味でも人間を襲ったりするね」


え…?シグナも?


「僕も人間を食らう種類の魔物だよ。ジュリと会ったのも最初はそれが目的だった」


ええ!?魔力を奪われたらどうなるの?枯渇起こすよね?


「さあ?奪う量にもよるけど死ぬんじゃないかな?人間が生物を食すのと同じだよ」


シグナが毎回ジュリ以外どうでもいいと言っていた冷淡さが嘘ではないのだと実感した。けれど契約者を大事に思ったり、様々な感情のある部分を見ると人間とそう変わらない気もして、とても違和感を感じた。


でも今私が生きてるって事は、シグナはそうしなかったんだよね


出会った時の記憶が曖昧なので、ジュリはそんなシグナがなぜ自分と契約してくれたのか不思議だった。何度か教えてと頼んでも、もう少し大きくなったらねとはぐらかされている。


今も人間を襲ったりしたい?


「今はジュリの精霊だから。精霊になると人間は襲えないし、その必要もなくなるんだ。なんていうのかな、魔術師から必要最低限の魔力の供給もあるし、消費量もかなり抑えられる」


そうなの?


「不思議だよね。何だか…魔物にとっても精霊にとっても、人間は必要な存在みたいだ。そしてお互いを契約と言う形で干渉させる理は誰が作ったんだろう?」


精霊との契約は学院の必須科目なので、国かなと思ったがジュリはその前からシグナと契約している。平民でも魔力のあるものは、必然的に関わり合う可能性はあるという事だ。


うーん…考えてもそんな壮大な事は私にはわからないよ。けどシグナに会えて良かったといつも思っているよ


それを聞いて、自分の身体がふふっと笑うような気配がした。


「まあ、そういう経緯で普通術師は、魔物の危うさも知っているから、精霊の何もかもを信用はしてないんだと思う。ジュリが僕を拒絶しないのは、そうやって受け入れてくれてるからじゃない?」


そうなのかな?未熟なだけじゃなく…?


それもあるかもと言われて、自分の身体に慰められる奇妙な状態の中で、ジュリは少しだけ嬉しさも感じていた。シグナが自分の事や過去の事も、少しずつ話してくれるようになったからだ。


昔はもっと頑なだった気がするんだよね


学院に来てジュリも成長していると思っているが、一緒に居るシグナも確かに変化しているのを感じていた。それが精霊として良い傾向なのかはわからないが、人間味を増したようでジュリは好きだった。



教室に帰り扉を開けると、すれ違い様にローザとぶつかった。


あいたっ


ローザはこちらを見ずにそのまま廊下を走り去っていった。何事かとその後ろ姿をしばらく見ていたが、教室の中の空気もちょっとおかしい。


カレンに近寄って何かあったのかと聞くと、修羅場だったと返って来た。


修羅場!?


何でもローザがカルロに街に行かないかと誘いをかけたのが始まりだったそうだ。それはデートのお誘いではと思ったが、とりあえず突っ込まずに話を聞いていた。


「私もちゃんと聞いていたわけではないが、何か話してていきなりカルロが怒鳴ったんだ。それで彼女は出て行った」


うーん?何か仲違いしたのかな?


くるっとカルロの方を向き直ると、話したくないというようにそっぽを向かれた。


「ローザ様に何か言われたの?カルロは原因もなく女の子に喧嘩売らないよね?ねえ?」


覗き込むように話しかけるジュリが鬱陶しかったのか、デコピンされた。痛い。


「喧嘩なんて売ってねえよ!ただ…あいつが金の心配はすんなとか、余計な事言うから…」


ああ、相手は貴族でカルロは平民だもんね…、でもやっぱり女の子にそんな事言われたくはなかったのかな


身分はあれどカルロも男の子だ。年齢的にも格好つけたいお年頃だろう。ただジュリが言ってもそこまで怒る事でもないと思うのにこんな事態になったのは、ローザが貴族だったのも関係あるのかもしれない。なぜ昔から貴族に異様な苦手意識を持っているのか不思議だった。


「カルロって貴族が嫌いだよね?どうして?」


いきなり何言ってるんだという顔で睨まれたが、その答えを人数の多い教室で言う気はないらしく黙った。そしてジュリはカルロの手を引いて、ちょっと来てとばかり教室を出て行った。


「お、おい!?」


困惑しながらもカルロはとりあえず付いてきてくれる。そして渡り廊下まで来ると、振り返って話の続きを始めた。


「ここなら誰も聞いてないよ。ねえ、何で貴族が嫌いなの?」

「またそれか、特にそんな大げさな理由はねえよ。貴族が好きな平民なんかいるか?」


私は好きだけどと言うと、カルロがはあとため息をついた。


「カルロは昔から商人見習いで色んな貴族を見てるから、嫌な事でもあったんじゃないの?」

「そりゃあな、商人を馬鹿にするやつもいたし、そんな奴に頭を下げる親の姿も見てきたさ。けどそれはまあ商売だし、仕方ないって思ってる。平民の富裕層の客もクソな奴はいたしな」


特別嫌いでもないって事?首を傾げながらジュリが考えていると、カルロがさらに口を開いた。


「…俺が小さい頃、小さな領地の貴族にお得意様がいたんだよ。そこに俺より年上の息子がいて、俺たちは親の商談中によく遊んだんだ。俺は上がいなかったから兄ちゃんが出来たようで嬉しかった」


どこか懐かしそうに語るカルロを見ながら、すごく好きだったんだなと思った。


「何年か付き合いがあって、俺はいつも遊んでもらって、それなりに仲が良いと思ってた。けど…父親との会話を聞いちまってさ。ぶっちゃけ平民の子供と仲良くしすぎるなって親に忠告されてたんだけど、そいつ何て言ったと思う?」


商人の子供はいずれ商人になるのだから、親しくしていて損はない。領地に実績ある商人が居ついてくれれば、それなりに役立つのだと。


「あーなるほどなと思ったよ。友達と思ってたのは俺だけで、結局身分の上では対等な関係なんて築けないんだよ」


カルロは笑っていたけれど、その表情も声も辛そうに見えた。


カルロは傷ついたんだね。そしてもうそんな想いをしたくないから、相手に期待をしたくないから…


けれど村でジュリを攻撃して、分かり合おうとしなかった少年たちとは違う。何もかも拒否しているわけではなく、どこかでまだ信じたいと、わかりたいと思っている気がした。ただ彼はとても臆病なのだ。


「うん、身分差はあるよね。けど貴族の人達の中には歩み寄ろうとしてくれてる人もいるのに、そんな気持ちを受け取れない人間になるのは嫌かなあ…」


ジュリは何度も人に絶望してきたが、それでもまだ人を信じたい。そういう出会いが確かにあったから。


「それに!せっかく誘ってくれたのに怒鳴るのはダメだよ!そこはちゃんと謝って、嫌だった部分はちゃんと説明しなきゃわかんないかもでしょ?これは貴族とか平民とかじゃなくて友達としてね」


性別も身分も生き方だって違うのだから、話してみないと何も始まらない。カルロにもそんな縁を大切にしてほしかった。いつかまた身分なんて関係なく誰かを好きだと言えるように。


自覚はあったのか、少し気まずい表情でローザを探しに行った。よしよしと見送りながら、ジュリは先に教室に戻ると、アルスが話しかけてきた。


「ローザどこに行ったか知ってる?」

「カルロが探しに行ったようだよ。多分大丈夫と思う」


少しほっとした顔で笑うアルスが、こそっとジュリに耳打ちしてきた。


「彼女さ、貴族街で男が喜びそうな場所を必死で尋ねてきたんだよね。多分すごく楽しみに計画してたようだから、出来れば一緒に行ってあげてほしかったんだけど、心配ないかな?」




それからカルロがローザの手を引いて教室に帰って来たのを微笑ましく見ていた。まだまだ時間はかかるだろうけど、きっと二人の距離は縮まっていくと思う。


カレンが三人での貴族街での約束は当分先のようだなと少し笑って言うのを聞きながら、ジュリも目を細めて頷いた。

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