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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第三章 隣国の皇子
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帰還

ジュリは学院に帰って来て、そのまま元通りの生活とはいかなかった。ひとつは数日間に及ぶ何人もの人による審問だった。体調に関する事から見聞きした事の言論統制まで含まれる。


質問された事には真実で返したが、ひとつだけ聞けなかった事がある。ライが言っていた何十年か前の四属性の平民の死亡記録だ。


あれって今はそんな事件はないって事だよね…?でも…


気にはなったがこれが隠されていたとするならば、ジュリが知っている事で何か問題が生じるのではないかと考えた。その場合危うくなるのは平民であるジュリの方であり、最悪近しい人間も疑われるかもしれない。


結局これは自分から言う事はなく、黙っていることにした。


そしてふたつめは学業の遅れであり、ジュリにとってはこっちの方が問題だった。攫われている間も他の生徒は普通に授業を受けていたので、皆と同じところまで勉学を進めなくてはならない。


「うっうっうっ」

「おい、泣くか食うかどっちかにしろ!」


ジュリは放課後、教室で居残り授業をさせられていた。カルロとカレンは差し入れを持ってたまに様子を見に来てくれる。


「もぐもぐこれ美味しい」

「今貴族街で流行りの菓子らしい」


三年生からは外出できる機会が多くなるため、生徒たちの興味は専ら貴族街らしい。城下町は市民が暮らす区域とは別に貴族が住む区域もあり、隣接して貴族が買い物するための少し高めで綺麗な店が並んでいると聞いた。


貴族は自分の家に商人を呼ぶと思ってたけど、ちゃんとお店あるんだ。まあ外食とかしたいもんね


学院の生徒は殆ど貴族なので、貴族街の出入りが認められている。こんな美味しいお菓子があるならちょっと行ってみたいなと言うとカルロから勉強しろと怒られた。


「うー前にもこんな事あったような…」

「ああ、あれだろ?お前字が書けなかったから別教室に移されて」

「そうそう!でもカルロとライが一緒に…」


そこまで言って、言葉に詰まった。今はいないライの事情を、カレンもカルロも知っているだろう。けれど三人でその話題について話し合うのは意識的に避けていた。仲の良かった仲間の事を、どう言えばいいのかわからなかったのだと思う。


「もういいよアイツの事は。平気な顔で結局騙してたんだろ、しかも人を…」

「カルロ」


ジュリが制止しようとする前にカレンが口を開いた。


「私達は理由を聞いただろう?」

「はあ?だからって人殺しを肯定しろっていうのかよ」

「そうじゃない、秩序ある中で法を犯せばそれは誰が何を言おうと罪人だ。それは揺るがない。けれど…家族を天秤にかけた時、大事な人の命を見殺しにして他人の命を選べるだろうか?ライの言った大事なのは自分の身内と一部の人間だけ、というのは私はわかるかもしれない」

「そりゃ他人と比べたら自分の家族の方が大事だよ!だからって、さあ…」


正直ジュリはどちらも言い分もわかった。道理に適っているのはカルロの方だと誰もが思う。しかし人間の感情は理屈だけで動くわけじゃないのも知っている。


「家族の為に自分が犠牲になるという選択なら出来る人間も多いかもしれない。けれど家族の為に他人を殺すのは別の覚悟だと思う。罪も罰も自分ひとりが背負う事は普通は出来ない、悲しい生き方だと思う。だからこそ非難されるのかもしれないが」


カレンは決して肯定しているわけでも、生き様を称賛しているわけでもない。ただ当事者になってみないと本当にその人の気持ちをわかってあげる事は出来ない。


「そりゃ…わかる部分もあるよ、けどそんなの辛いだけだろ…アイツがここにいたらやっぱりそれは間違っていると言うと思う」

「ああ、カルロは思い切り叱ってやればいい。友達だからな」


黙って聞いていたジュリだが、友達と言い切った二人の会話が純粋に嬉しかった。間違っていると思っていても、分かり合えなくても、だから友達じゃない理由にはならない。少しだけ緊張感が解けた空気の中で、教室の扉が開く気配がした。


「授業を…ってあれ?人数多くないですか?君達も補習受けるんですか?」


師長がカルロとカレンを見て、不思議そうな顔をしながらまあいいかと言った。


いいんですか


「授業の邪魔をしなければ何人いてもいいですよ。実技ではないので、教科書を覚えるだけですからね」


教科書を開くように言われて手に取ったが、上手くつかめず落としてしまった。思わず拾うと横からカルロが話しかけてきた。


「大丈夫か?まだ身体が本調子じゃないんじゃね?」

「いっぱい寝たし大丈夫と思うんだけど、魔力の戻りが遅かったからかな。憑依されて枯渇起こしちゃったから…」


そんな話をこそこそと言っていると、師長がは?とジュリを覗き込んできた。


「主従契約したんですか?そんな面白…大事な事、何で先に言わないんですか」


いきなり授業が脱線した。


「身体は大丈夫ですか?貴方くらいの年齢だとまだ、耐性がないでしょうから」

「耐性…ですか?」


以前の呪術の授業の続きで、さらに呪いに対する耐性を学ぶと言う。その中に憑依に関係する事も含まれているらしい。


「ええ、僕たちが精霊と契約する主従契約には、憑依というものが備わっているのは教えましたよね?精霊が術者の身体を使う事が可能になりますが、主導権は術者にあるのが普通です。自分を依り代に使い、精霊の力を術者が使うのです」


ん?私はシグナに憑依されて身体動かす事もできなかったよね?反対じゃないの?


不思議そうにジュリが質問すると、そうなんですよねと納得された。


「精霊は術者の許可がないと身体を使えないのが普通なんですよ。でないとあの膨大な魔力を人間の身体で使うとすぐ枯渇を起こしちゃうでしょう?術者の意識がない時は別ですけどね。貴方はまだ若くて呪いの耐性がないので、抵抗できないのだと思います」


それ危なくない?シグナが私に何かするとは思わないけど…


「憑依されると精霊の世界が見えませんでしたか?」


あの綺麗な魔法の事かな?


ジュリが頷くと、師長がふふっと笑った。


「けれど覚えていてください。精霊の力はとても魅力的ですが、魔術を使うのは魔術師でなければいけません。精霊の力を人間が使うのは人ではなくなるという事。これは国の理に反します」

「…国、ですか?」


黙って聞いていたカレンが師長の最後の言葉に反応したようだった。


「そうです、天に則るとまた違う見方になるのでしょうけど、国の決まり事には守らねばならない理由があります」


この国に住んでいる以上、秩序の為には従う義務はあるけど…何となくそれだけの意味じゃないような?


少しだけ気になったが、それとは別にジュリは師長に聞いておきたいことがあった。


「師長って精霊と主従契約する時、キスしたりしました?」


今度は師長が笑顔のまま教科書を落とした。


「…は?」

「いやだって、主従契約って魔力を与え合うんですよね?」

「だからって口づけをする必要はないでしょう?貴方は鸞から魔力の一部を差し出されたと思いますが、特に触れ合ってはいなかったはずですよ」


師長の精霊は男性体が多いのか、怖い事言わないで下さいと呟いていた。


ああ、そっか。シグナは拘束されてたからかな?


「誰かにそんな事をされたんですか?」

「え?いや…違います」


師長が面白そうに目を細めたが、詳しく詮索するような事はしなかった。カルロがじっと疑わしそうな顔をしてるのを手で避けながら、ふと考えた。


なんで秘密にしたんだろ


特に言っても問題なかったと思ったが、つい否定してしまった自分に少しだけ驚いた。




そして授業も終わって、最後に助けに来てくれた師長に再びお礼を言った後、一緒にいたあの騎士は誰だったのか聞いた。会う機会があるならお礼も兼ねてちゃんと挨拶したいと思ったのだ。


ちなみにジェイクには起きて一番に謝罪をしに行った。しばらく怪我で救護室に運ばれていて、依頼料金が減らされたと嘆いていた。


「あれは副団長の息子さんですよ、すごーーく口うるさい僕の同期の騎士です」


副団長って…アルスのお父さんじゃなかったっけ?ってことは…


「えっ!?アルスのお兄さん!?」


誰かを彷彿とさせたのは覚えがあるが、今思えば髪の色や顔立ちもアルスと同じだった。


アルスよりだいぶ大人で格好良かったけど…


カルロ達が興味津々に聞いてくるので、余計な事は言わないで似ていたとだけ言っておいた。

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