寮の同居人
入学式の前日、寮への移動が始まった。
一年次は二人部屋で、当然女子と男子は別れているため、カルロはいない。
学院は四年生で、そこからさらに専門分野に分かれて二年学ぶか選択できるらしい。ちなみに聖女試験に受かった者は学費等は無料、国が出すようになっている。
「魔術師の寮は…東?」
だから東はどっち!?
見慣れない地図をくるくるしながら、ジュリは大きな荷物を持って、自分の部屋のある場所へ向かう。王宮の裏手に併設された魔術師学院はかなり大きな建物で、学び舎、寮などの建物の他に、訓練所や庭園、なぜか森と売店という規模ではない店が並んでいるらしい。
「んんっと北がこっちだから…東は右で…地図の校舎はこっちだから…まっすぐかな!?」
「女子寮は左だよ」
えっと周りを見ると、少し年齢が上に見える数人の少年がいた。
「ここは男子寮への渡り廊下だから、そのまま行くと男子寮に行ってしまうよ」
「君、ちっちゃいな~名前は?」
柔らかに笑って教えてくれた金髪の少年と気安い感じで話しかけてくれた薄茶色の髪の少年、そして黙って見ている真っ赤な髪が印象的な少年の三人組だった。
「ジュリと言います、すみません、よくわからなくて、迷ってしまったみたいです」
「わかるわかる、僕もカイルがいなかったらたどり着けなかったよ」
「アルスの方向音痴は重症だからな」
アルスと呼ばれた薄茶色の髪の少年は、ジュリの頭をぐりぐり撫でながら、女子寮まで送って行こうかと言ってくれた。
「お前が行くと二重遭難になる可能性が高いだろう。それに、女性に気安く触るものじゃない」
ぺしっとアルスの手を諫めたのは、先ほどカイルと呼ばれた金髪の少年だった。見るからに育ちがよさそうな風体をしている。そして、ジュリの荷物をひょいと持ってくれたのは、ずっと無言だった赤髪の少年だった。
「…どこ?地図みせて」
「あっディアス!お前何ひとりで、格好つけてるんだよ!このむっつり!」
ディアスと呼ばれた赤髪の少年は、まるで何も聞こえていないように見事にスルーした。カイルもいつもの事だからと騒がしいアルスを放置してジュリをエスコートしてくれた。貴族が多い学院で友達作りを少し諦めてたジュリにとって三人の仲の良さは羨ましいものがあった。
これ以上は入れないからと、女子寮の前まで送ってくれた三人にお礼を言う。ジュリの服装から平民だとわかっただろうに、彼らの態度はどこまでも紳士的だった。
なぜか周りの女子たちにひそひそ言われて、居た堪れなくなり、早く入ろうとしたら今度は女性の三人組に話しかけられた。薄緑の長い髪に黄色のリボンが印象的な少女だった。
「ねえ貴方、あの方たちのお知り合い?」
「え?いいえ、迷子になっていたのを助けてもらったんです」
そういうと、くすくす笑われた。ちょっと感じ悪い…?
「あら、ごめんなさい。そうよね、平民ですものね?お詫びに、お荷物を運ぶのを手伝うわ」
「え?」
そういうと、後ろの召使いのような人がこちらの了承なく、荷物を担いで寮内入って行った。
「ちょ…ちょっと、いいです!大丈夫です!」
ジュリは小さく、まず歩幅が違うため、すたすた進む彼女らに追いつくために、かなり駆け足になって追いかけた。あらそう?と少女はあっさりと荷物を置いて、ごきげんようと去って行った。
な…なんだったの?
部屋に入るとすでに同居人が荷物を片付けて、本を読んでいた。聖女試験で一緒だった、髪の短い少女だ。
「こ…こんにちは。よろしくお願いします、ジュリです」
「うん」
少女はちらっとこちらを向いてそれだけ言った。会話終わった!
せめて、名前くらい聞きたいんだけど
名簿は貰ったけれど、ジュリは文字が読めない。もう少し話したいな~オーラを出したのが分かったのかじっと見つめ過ぎたのか、少女は怪訝な表情で話しかけてきた。
「…なに?」
「良かったら、名前を教えて欲しいなって思うんですけど…」
「カレン」
あれ?領地持ちの貴族は、自分の親の爵位を名乗るって聞いたけど…
ない場合は、姓を名乗のるのが一般的だとカルロに聞いた。どちらもないのは平民だけだ。
「他にも何か?」
「いえ、カレン様、綺麗な名前ですね」
「様付けやめて。敬語もいらない、同居人に気を使われるのは疲れるから」
「あっうん、わかった」
なんか初めてのタイプかもしれない。けれど、平民を見下す人ではないようで、少し安心した。あまり人と話すのが好きではないのかもしれないと思い、それ以上話しかけるのはやめておいた。
買ったものをごそごそ整理していると、見慣れない小さな瓶のようなものが入っていた。中には紫の液体と下に草のような物が沈殿している。もちろん買った覚えも、貰った覚えもない。
「何これ?」
何の草だろうと少し振ってみると泡のような物が湧き出てきた。
「えっ!?」
ジュリの驚きの声にカレンが振り向き、ぎょっとする。
「それを放せ!」
カレンが叫ぶと同時に、ジュリの持っていた瓶を弾き飛ばす。瓶は、宙を舞って扉の方にコンッと落ちたと思ったら、轟音を立てて爆発し、扉を吹き飛ばした。
「きゃあっ」
カレンがシーツを引っ張り、二人を覆い隠してくれたおかげで、扉の破片が飛んできたが、大きな怪我をしなくて済んだ。
「な…なに??」
扉の外でざわざわと人の集まっている気配を感じながら、カレンとびくびくしながら爆発した近くに行く。瓶は粉々になっていたが、入っていた草のようなものは落ちていた。
その草を見ながらカレンは訝し気に尋ねる。
「アンタ、何でこんなもの持ってた?」
「こんなもの…?私知らない、入れた覚えもない」
「じゃあ、ここに来るまでにアンタの荷物に触れたのは?」
カルロを除けば、親切だった三人組の少年と先ほどの少女の召使くらいだった。
「ね、あれ何なの?」
「あれはソルドリ草と言って、水に溶かすと発火作用が起こる。激しく振れば先ほどの様な爆発の危険性もある特定危険植物のひとつだ。買うのに許可がいるし、もっと南の方でしか手に入らない」
「な…んでそんなものが…?」
一応、荷物に触った人達とその状況を説明すると、カレンはあまり腑に落ちない顔をした。
「少なくても、恨みがある相手のような気がするが…、そのご令嬢にしては達が悪すぎるな。知らない内に腕くらい吹っ飛んでてもおかしくない代物だぞ」
ジュリはぞっとしながら、カレンの話を聞いていた。そして咄嗟に、危険を顧みず助けてくれたのだと思った。余裕のない時はどんな人間でも素が出る。彼女は人を助ける事の出来る優しい人間なのだなとジュリは思った。
「ありがとう」
「アンタ…」
「何事ですか!?」
会話はそこで中断され、駆け込んできた寮長に説教される羽目になった。そして夕飯は抜きとなった。
「ん」
お腹をすかせて部屋にいるジュリに、なぜかカレンがパンを食べていて、片手にもっていたひとつをくれた。
貴族の令嬢もそんな食べ方するんだ…でもどこから持ってきたんだろ?
お礼を言って受け取ると、先ほどの爆発事件の話をカレンがふってきた。
「あれは、アンタを狙っていたんだと思う。何の恨みがなくても、平民だというだけで目障りだと思う連中もいるから」
「それで大けがさせようとするの!?」
「貴族の中でも選民思想といって、過激派と言うか手段を択ばない奴もいるのさ…あんたは将来宮廷魔術師になると決まっているから」
宮廷魔術師は貴族階級で侯爵程度の位と同等の権限を持つことも可能らしい。そんなものをただの平民が持つことを許さない人たちもいるのだろう。自分たちが使ってた下の者に仕えなくてはいけなくなるのだから。
「それはそうと、カレンって薬草を見ただけで、そんなことがわかるんだね!すごいね!?」
命の危険について話してたのに、いきなり話を方向転換したジュリに、カレンは目を丸くした。
「あ…ああ、私は薬師の分野に進みたいからな」
「カレンは聖女候補なのに、魔術師以外にもなれるの?」
なんでも魔術師コースは魔術、薬師の分野に分かれていて騎士、武官の騎士コースそして領主、文官の官僚コースと大まかにわけて三つになるらしい。一年次と二年次は実践以外ほぼ合同で、三年次から本格的にそれぞれの分野について学ぶ。
へええ!なにそれ初めて知った
「呑気だな…?アンタ狙われてるかもしれないのに」
「うーん、でも誰でも彼でも疑って、遠ざけたくはないから。話してみると、カレンみたいにいい人もいるしね。注意はするよ!」
呆れた顔のカレンを見ながら、怖い体験もしたけれど気持ちは暖かかった。初めて女の子の友達が出来たことが、ジュリはとても嬉しかった。