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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第三章 隣国の皇子
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隣国の皇子

初めて会った聖女試験では、穏やかに笑いかけてくれたのを覚えている。

異国風の服装に銀髪の中性的な顔立ちで、彼はその時と同じように微笑んでいた。


「ライ…」


へたり込んだジュリを見下ろしながら、少年は何か悪態をついていたが耳に入って来なかった。


ライが少年に何か指示をするように話しかけると、少年は近くにいた仲間の二人と一緒に人混みに消えて行った。なぜ彼が少年たちを使ってそんな事をするのか、悲観よりも困惑の方が大きい。


そして手早くジュリのペンダントを奪うと、手首に何かを嵌められた。中央に描かれた陣に見覚えがあり、それが魔術封じのものだと気付いた。


「…なんで?」

「一緒に来てもらいます。道中に質問に答えましょう、もうすぐ騒ぎが起こりますから」


そうしてジュリを長いローブのような物で包み口を緩く塞ぐと、そのまま担ぎ上げた。すると背後から笑い声のようなものと何人もの叫び声が聞こえた。


な、なに!?


フードを被せられてて良く見えないが、血のように赤いものが見えた気がした。ライはそのどさくさに紛れて裏手から一番近い門に行く。門番らしき者は騒ぎの為か見当たらなかった。


「三年生からは許可さえ取れば、街への出入りが自由になるの知ってましたか?二人以上での行動が厳守となりますけど。バッジはつけていますね」


…?何の確認?


そのまま何の問題もなく門をくぐると、近くに用意していたと思われる馬にジュリを乗せ、自分も後ろに跨り、そのまま方角を確認すると馬を走らせた。


いた、いたた


走っている馬に乗っているのは意外とお尻が痛い。塞がれている口でむーむー言っているとライが話しかけてきた。


「国境付近までは休めないんですよ。話すと舌を噛むので、しばらくはそのままでお願いします」


そのまま長い間走り続けて、ようやく降ろされたと思ったら日が暮れていた。小さな街というより村のようだが、ジュリの生まれた場所と違って、観光業が栄えているのかそれなりに人が居た。


宿をとって二人で小さな個室に入ると、ようやくライが口を塞いでいる布を取ってくれた。


「あまり暴れないでくれて助かりました。女性と同室で申し訳ないですが、我慢してくださいね」

「…暴れても無駄でしょ。体格が違うし、ライの身体能力は知ってるから」


そうですかと笑った顔は普段と変わりなく見えて、それが余計に怖く思えた。


「どこにいくつもり?ここはどこなの?なんでライがこんな事するの?」


疑問はあげればきりがない程あるが、まずはずっと気になっていた事から尋ねた。


「当然の疑問ですよね。まずここは貴方が生まれた魔術師の国と隣国との中立地帯の街です。どちらにも干渉せずにただ通行だけを管理する場所といいますか、なのでどの国も積極的に関与できないんですよ。簡単にいえばもうここは魔術師の国じゃありません」


だからここまで休みなく走っていたって事?追っ手に追跡されない為?


「行先は隣国、僕が育った国です」

「…なぜ?なぜ私を連れて行くの?」


少し間を置いて、ライは一度視線を外した後にもう一度ジュリを見て柔らかく尋ねた。


「ジュリさんは、なぜ魔術師になりたいんですか?」

「え?」


いきなり別方向からの質問に一瞬呆気にとられたが、冗談ではなさそうだったので正直に答えた。


「最初から魔術師になりたかったわけじゃないよ。聖女試験は国の強制的な制度だし…両親も喜んでくれたから…」

「僕もそうです、魔術師の拉致は王命に従っています。実際貴方じゃなくてもよかったんですが、丁度使えそうな兵士がいたので」


は…?


「じゃあライは、隣国の間者だったの?最初から…?」

「はい、もう五年以上前からでしょうか。学院に入る事だけが難しかったのですが、この国は魔力を持っている人間をあまり疑いませんよね。だから命じられたとも言いますけれど」


確か魔力を持った人間はこの国でしか生まれないと聞いたはずだ…ライから


「隠している事はありましたが、概ね嘘は言ってませんよ。僕がこの国で生まれたのは本当です、けれど両親は隣国の者なのです」

「だから国の命令は絶対って事?なぜ王様がそんな命令をするの?」

「元々魔術師が国外に出る事も殆どないのでそこまで重要じゃないのか、世界史はまだ詳しく習っていませんよね?この世界の情勢は魔術師の国を敵視するものが多いんですよ。魔術と言う人外な力を持っている国なんて脅威でしかないでしょう?」


確かに精霊の力も加わると、普通の人間に太刀打ちできるものじゃないけど…


「隣国は魔術師の国を敵視しているの?」

「そうですね、友好条約などは一度も結ばず競い合うために、植物改良技術の向上、そして魔術に相反する力を求めました。魔術師のような強い力を欲し、妬み、けれど憧れて、歪な統治形態が出来ました。そのひとつが女性君主の国だという事です」


女王が治める国…?


ジュリのいる国の王様は確か男性で、次の王太子も男性だったはずだ。爵位も女性が継ぐこともできるが、殆どは長男に受け継がれる。どこの国もそれが一般的な事だと思っていた。


「だけどなぜそれが歪なの?魔術師に関係ある?」

「僕たちの国が女性の皇族を重んじるのは、女性にこそ聖なる力が宿ると思われているからです。なぜなら魔術師の国の建国神話の特別な人物が、聖女だったから。笑ってしまうでしょう?僕のように内部情勢を探ったり、時には薬の被験体として利用したりもするのに、どこか魔術師に焦がれている。長い歴史の中で、もう憎んでいるのか求めているのか、分からなくなっているようにも思えます」


薬…?


ジュリは自分の手首にはめられている腕輪の陣を見て、嫌な事に思い当たった。


「ライは…錬金術って聞いたことある?」

「ええ、先ほど言った魔術に相反する力というのがそれになります」


それを聞いて、ぐっと手を握りしめた。まさかと思ったけれど、錬金術が隣国から持ち込んだものならば、それに関連する事件はライが主体という可能性があるのではないだろうか。


「錬金術を最初に見たのは一年の術技大会だった。聖女試験の時の女性が襲ってきて…ライは何かした?」

「老齢の魔術師でしょうか?情報と薬剤貯蔵庫の鍵を貰う代わりに、薬草や身体強化の種をあげましたね。試作品だったけれど」


ああ…


「二年生に黒ミサに参加したの。その時にも錬金術の陣を知っている人がいた。何年も前に参加した少年が使ってた物だって」

「…おかしいですね。目撃者は全員すでにいないはずですが。あれはどちらかというと、精霊の武器化の実験でした。魔力のない人間には反応しなかったので、学院の若い子供を対象にしました。成人の魔術師は用心深い為、結果を見る前に研究所に保管されそうだったので」


ジュリはもう聞きたくないと思った。彼が見せていた笑顔も、言動も、優しさも全て嘘だったのだろうか。


そしてはっとある事に気づいた。


「待って、学院を抜ける前に話していた兵士には何もしてないよね?」

「彼らには少し改良した種をあげました。だから言ったでしょう?騒ぎになると」


あの種を使った末路をジュリは何度も聞いていた。サッと青ざめてライに問いただす。


「ライは命令なら、人を殺す事を何とも思わないの?」

「僕が大切なのは、自分の身内と一部の人間だけです。貴方もそうではないですか?あんな風に扱われて、彼らの命を尊ぶことができますか?」

「あの人たちの事は好きじゃないけど、死んでいいとは思わないよ…」

「僕だって快楽殺人者じゃないですよ。薬の実験報告は潜伏する間の義務でしたし、犠牲は最小限に抑えたつもりです」


なぜそこまでして国に尽くすのかわからなかった。人殺しを断る事もできない国なんて存在するのだろうか。


そう思ってライと目を合わせると、なぜだかよく知っている表情をしていた。


これ、兄ちゃんと同じ目だ


ジュリは兄が心配するような顔をよくさせていた、幼い記憶を思い出した。


「ライは隣国にいる両親を人質に取られているの?だから命令を聞いているの?」


ライは少し驚いた顔をした後に、ふっと笑って言った。


「隣国では女王は子を産まずに、皇族に連なる女性たちが次世代の子供を産みます。僕の母は皇女でそのうち然るべき相手と婚姻するはずでしたが、官吏の父と恋に落ちて国外に逃亡しました、けれど結局連れ戻されて父は処刑されました。今は母親が王宮に住んでいます、監視付きで」

「ならライは皇子様なの?でも皇子に暗殺なんてさせる…?」

「僕らの国は皇女は大事に育てられますが、皇子はそこまで重要視されません。しかも魔力のある子供で、相手が誰かも疑わしい。つまりいてもいなくてもどうでもいいという事です」


そんな…


非難していいのか、同情したらいいのか複雑そうなジュリの顔に、ライが笑った。


「なぜそれを私に話してくれたの?」

「貴方にはこれから危険な目にあわせる事になる、だからせめて嘘はつきません」


ライと目を合わせると、その表情は嘘をついているようには見えなかった。こんなに意思を持って見返してくれたライの目を、ジュリは初めて見た気がした。もう寝ましょうと言って、ジュリに寝台に入る様に促したが、彼は窓辺に立って眠る様子はないようだった。


興奮してても横になるとだんだんと眠気が襲ってくる。今日は身体も心もとても疲れた。うつらうつらしながら、ジュリは独り言のように呟いた。


「ライは…私達と一緒にいて少しも楽しくなかった?…本当に笑えた事は一度もなかった?」


ジュリはライといてとても楽しかった。だからそれが全部嘘だと言われるのは、とても悲しかった。何か返事を返してくれているようだったが、目を閉じるとすぐに夢の中に落ちていって聞く事は出来なかった。

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