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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第三章 隣国の皇子
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三人目の精霊

ふっと目を開けると、シグナに膝枕されているのがわかった。そして横にいるカイルの手を握りしめている。


えーっと?どうしたんだっけ


「大丈夫?僕がわかる?」

「ん?何言ってるのシグナ?」


まだ寝ぼけているのかぼーっとした意識の中で答えると、少しほっとしたシグナが一気に眉間に皺寄せ不機嫌になり、ジュリはびくっと覚醒した。


「カ、カイルは!?大丈夫?」

「大丈夫みたいですよ、沈んでた意識は浮上したみたいです」


ジュリがほっとするとおかえりと呑気に笑いかけてくるのはカズラで、シグナは彼女に標的を変えた。


「勝手にジュリを深層世界に連れて行くって何考えてるんだ。僕たち他の精霊は立ち入れないし、下手すればジュリもこの男も心が壊れてしまってた可能性もあるんだよ」

「えっ!?そうなの?」


ジュリが青ざめながら会話に参加すると、ランも少し心配した様子で話しかけてきた。


「精神と言うものは、とても繊細な部分です。貴方が何をしてきたのかわかりませんが、それがこの男の人格に影響する場合もあります。生身の肉体で相手に訴えるよりも、何倍も相手に伝わりやすいものですから」


私何を言ったっけ…!?


おろおろしていると、カズラが少し笑みを消してシグナ達を見据えた。


「試練として受けた時点で私も本気よ。そこに誰かの意思は関係ないわ。この子の身に何かあったとしても、相手の心が壊れてしまっても自分で選んだ結果でしょう?…貴方は危険があれば人を助けないのかしら」


今度はジュリに話を振られて、ちらっとシグナを見ながら少し考えながら答えた。


「シグナから自分の命を大事にしてって言われてるし、自分の力量を考えるのは大切だと思う。私は誰をも救う力がないのはわかってる。それで自分が身代わりにでもなれば、きっと相手に負い目を負わせちゃうのも…」


自身の精霊たちは、黙ってジュリの言葉を聞いていた。


「けど大事な友達だったら、そんな事考える間もなく助けちゃうと思うし、それが間違いだとはやっぱり思わない」

「ジュリ!」


シグナに怒られてひえっとカズラの後ろに隠れた。カズラはシグナにめっと指差しした後に、ジュリに向き直った。


「私達精霊は主を嗜めるためにいるわけじゃないのよ。望みを最大限生かすためにいるの。貴方がそう思うならそれでいいのよ」


いつも説教されている事とは違う言葉を返されて、ジュリは目をぱちぱちさせた。


「いいの…?」

「けれど自分の我を通すなら覚悟が必要よ。昔私と一緒に居た人間は人も精霊も関係なくみんな助けたいと言ってたわ。そしてその責任を知ってる人だった、だから…」

「やめてください」


そこまで言って制止してきたのは師長だった。


「師長…?」

「以前の契約者の事は関係ないはずです。余計な知識を話さないように、貴方ならわかるでしょう?」


カズラと師長が睨み合っているの見ながら、ジュリはわけがわからず首を右往左往した。


この二人そういえば知り合いだっけ?師長がこんなに必死になってるの初めて見た


「貴方はまだ…」


そう言いかけたのを止めてカズラは頭についている花を一輪、ジュリの胸元に差し出してきた。それが魔力の一部だったのか、受け取るとすうっと手の中で消えて行った。


「私は天狐のカズラ」

「天狐って…じゃあカズラは」


魔物は種族の名で呼ぶと教えてもらったはずだ。


「昔、人間の女の子にもらった大事な名前なの。素敵でしょう?」


とても嬉しそうに話す女性を見ながら、きっとその子はもういないんだろうなと思った。彼女たちの昔とは人間が思うよりもずっと長い長い時間の中で出会った、過去の人だろうから。


それでも自分を覚えてくれる存在が名前を大切に思ってくれているのは、きっとその子も嬉しいだろうな


人は命を繋いでいくが、長い時間を生きる精霊は記憶を繋いでいく。


シグナも私を覚えていてくれるかな?


自分は人間だから精霊よりも先に死ぬのは決まっている。けれどこうやって、ふと思い出してくれるといいなと思った。


「私はジュリ、よろしくね。カズラ姉さん」


そこまで言うと、草むらからごそごそ音がして周囲は一斉に警戒した。


「あいたた…ジュリちゃん~」

「アルス?」


そういえばすっかり忘れていたとは口が裂けても言わない。


「どうしたの?擦り傷だらけだけど、転んだの?」

「何か気づいたら、気を失ってたんだよね。魔獣にでも突進されたのかな」


大丈夫なの、それ?


普通に歩いているし、平気そうに見えるがちょっと心配になった。アルスは倒れているカイルに驚いた後、師長や精霊が居る事にも何があったのと騒がしかった。


「カイル!大丈夫か」

「うっ…」


アルスがカイルに声をかけ続けると、ゆっくりと目を開けてくれた。アルスの後ろからほっとしながら覗き込み様子を伺う。


「アルス?痛っ」

「どうした?頭か…?瘤出来てるな」


はっそれ私かも!?ああああごめん、カイル


気に寄りかかっているカイルを揺さぶった時、そのままゴンッと倒れたのを思い出した。せめて謝ろうと身を乗り出すと、カイルと目が合った。


「ジュリ…」

「はい?」

「約束、覚えてる?」


何のこと?と不思議がるアルスの横目に、彼はまだあの夢の続きの中にいるのかなと思った。一方的に相手の心を覗いて何かを植え付けてしまうのは、やっぱり公平じゃない。


カズラ姉さんに何か言われても、もうあの力は使わないようにしよう


「覚えてるよ。一緒に行こうね」


そう言うと安心したように、カイルは再び深い眠りに落ちたようだった。アルスには寝ぼけたみたいだねと適当に話を合わせたが、腑に落ちない顔をしていた。


「そういえばアルスは、カイルがなんで赤色が好きか知ってる?」

「え?あいつがそう言ったの?聞いた事ないけど…そうだなあ、騎士のほとんどは赤は好きだと思うよ」


意外な答えが返ってきて、どうして?と興味津々に話を促した。


「騎士の間で絶対読まれる英雄伝説の本があってさ。今は騎士団の色は赤なんだけど、昔は違ったみたいなんだよね。戦争に駆り出される騎士の中に、目立ちたかったのか、一人だけ赤いマントを付けて出陣した奴がいたんだ。そしてそいつはその戦で結局死ぬんだけど」


まあ悪目立ちしたら、敵に狙われるもんね


「同じ部隊の仲間たちは、それで彼の評価を下げなかった。誰よりも強くて優しくて、敵を葬ったのだとね」

「強いのはわかるけど、優しい?」

「彼は目立ちたかったから赤いマントをつけたのだろうけど、それは自分の為じゃなく仲間の為だったんだ。誰よりも敵をひきつけて戦って、その部隊の死者数はどこの部隊よりも少なかったらしいよ。それから彼を讃えて、騎士のローブやらマントは赤になったって話だからね。本当かどうかわからないけど」


本が好きなカイルはその話を知ってた可能性が高い。騎士に憧れているなら尚更だ。


「そっかあ、英雄はかっこいいけど、カイルにはそんな風になって欲しくはないかな」

「そこは同感。死ぬのはいつでもできるけど、生き残るのはずっと難しいんだ。その場限りの伝説になれなくても、派手じゃなくても永く騎士団を支えていくのも偉大な事だと思う」


穏やかな雰囲気で二人の話が終わると、師長から帰りますよと集合がかかった。師長の元にいくと、いつもよりも覇気がない顔で、淡々と仕事をこなしていた。


師長はもしかして私がカズラと契約するのは、あまり好ましくないのかな


過去に何かあったのはわかるが、それを聞けるほど野暮な事はできなくて黙っていたら、師長の方から話しかけられた。


「カズラは“心眼”を冠する魔物です。使い方によってはどんな精霊よりも脅威になるでしょう。よく考えて彼女との信頼を築いてください」

「はい」


そこで話は終わったと思ったが、少し間を置いて再び師長が語り出した。


「以前彼女と契約していたのは、僕の知人でした。知人はカズラがとても厳しいと愚痴を言っていました」

「厳しい…ですか?」

「ええ、ちっとも自分の意のままに動いてくれない、けれど誰よりも自分の事を考えて厳しい事を言ってくれるのもわかるから怒れないと。とても優秀な魔術師だった知人に意見できる者など、その当時殆どいませんでした。道を見失わないようにずっと見守っててくれたのが今はわかります。誰よりも厳しくて優しい、だから知人は彼女の事をずっと“慈愛”のカズラと呼んでいました」


慈愛…


「私はまだ彼女の事をよく知らないけど、その方の事がすごく好きだったんですね。相手から慈愛なんて言葉を返してもらえるのは、惜しみなく愛情を与えたからだと思います」


そうですねと言った師長の横顔は、何かを思い出している様に少しだけ寂しそうだった。

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