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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第三章 隣国の皇子
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少年の過去

ジュリの後ろにいたのは、ずっと探していた人物だった。


「師長!今までどこにいたんですか?」

「それはこちらの台詞なのですが。僕だって当てもなく人間一人を探せるほど万能じゃありませんよ」


つまり師長ほどの魔術師でも、迷子を捜すのは難しいようだった。ならばなぜ今になって、都合よく現れたのだろうか?


ふと足元をみるともふもふした動物のような物がぴょんぴょん飛び跳ねていた。


あれ?可愛い。でもこの子見た事ある。どこだっけ


「産土が以前会った貴方の精霊の気配を覚えていたので、召喚するのを待ってたんですよ」

「あっ前にシグナと戦った時の!」


以前教室をめちゃくちゃにした事件で、師長の精霊のひとりだったはずだ。一匹かな?


「そして…」


ちらりと女性の方を見た師長がお久しぶりですと挨拶した。


「お知り合いですか?」

「ちょっと縁があったので、以前契約してもらおうと思ったら、振られたんですよ」


じゃあ彼女はやっぱり魔物なんだ


どう見ても人にしか見えないし、話してても何の違和感もなかったのにと、ジュリはじっと彼女を見つめていたら、にこっと微笑まれた。


「私は昔から積極的に契約して来たけれど、人間って素敵よね。特に家族愛は人間に教えてもらったわ」

「家族愛?貴方にも産んでくれた親はいるんでしょ?」


ジュリがカズラに質問すると、なぜかシグナから答えが返ってきた。


「僕たち魔物に子育ての概念はないよ。生きていけるかは運と自分の生命力次第だね」

「え…じゃあシグナもひとりで生きてきたの?」

「僕にはジュリがいるから」


シグナの答えになってない返事に、そこ二人の世界を作らないようにと師長から突っ込みが入る。穏やかにカズラが話を続けた。


「カズラ姉さんって呼んでくれた子ははじめ小さな女の子だったわ。だからそう呼んで欲しいのは、今もそんな家族ごっこに憧れてるのかもね。とても嬉しかったから」


だから僕と契約しましょうと言ったのにと師長が言うと、カズラは嫌々するように首を振った。


「私は友愛も家族愛も好きだけれど、恋話が大好きなの」


…ん?なんの話?


「だから契約は殿方より女性としたいのよね。男性は恋よりも地位や名誉に執着する方が多くて、淡白な方が多いのよ。やはり女性の方が恋に積極的で面白いの。純愛も片思いも悲恋だって素敵よね」


うっとりとどこかを見るカズラを見ながら、はじめいい話だったのにえ?そんな理由?みたいな所まで話が吹っ飛んで行った気がした。


ランとの真面目な出会いの格差が激しすぎて、茫然としているとふふっと笑われた。


「あとそこの坊やたち、私は強くはないわ。戦闘能力で言ったら貴方たちの方が強いんじゃない?私はただ長く生きているだけ。人が好きだったから、ずっと誰かの側にいたかったの」


それが何で長く生きる理由になるのかと思ってシグナを見ると、彼はまた疑問に答えてくれた。


「人間との契約中は、生存競争の輪からはずれると言ってもいい。危険がないわけじゃないけど、魔物として徘徊しているよりはよほど安全だろうね」


そういうものなんだ。それって魔物としては結構珍しいタイプなのかな?


強くないと言っても、師長が契約を迫ったのならただの高位精霊じゃないような気もするんだけど…


そんな事を思っていると、ジュリの目の前で少し屈んでカズラが話しかけてきた。


「だから貴方となら契約してもいいわ。ここに女の子が来るのは珍しいし」

「私と?でも…」


ジュリは彼女が期待しているような恋の話は提供できない気がした。


「私の試練は好きな子に告白してもらったりするんだけど」

「ひえ!?無理無理!いませんからっ」


貴方小さいものねとカズラは未だに寝ているカイルに目をとめて、あの子は?と言ってきた。


「え?カイル?」

「じゃああの子を助けるってのはどうかしら。看た様子だとちょっと治療しないと目が覚めないようなのよね。魔力が濃縮された薬草や果実の効果は何倍にもなったりするから、悪夢でも見ていると心配よね」

「そんな…」


助けて欲しいと懇願するように師長を見ると、ゆっくり首を振られた。


「見た所身体の傷はないと思われます。精神的なものや要因がわからない場合は精霊や医療魔術でも治す事は難しいです。ミルゲイ先生に摂取物の特定をしてもらい、治療薬を作ってもらうのが一番早いでしょう。幸いすぐに命に別状があるわけではないようですし」

「薬草の中にはね、身体に影響があるだけでなく、幻覚を見せて精神をとらえるものや心を徐々に蝕むものもあるの」


ジュリが青ざめていると師長がちらりとカズラを見た。


「そういう精神感応系に対応できる方もいます。彼女なら助ける事ができるかもしれませんよ」

「本当?どうすればいいの?」

「やる気になってくれた?では行きましょうか?」


どこへ?という間もなく、いきなり手を引っぱられたかと思うとぬるんっと土の中へ沈んだような感覚があった。


え…え!?


そして足がついたかと思ったら、どこか屋敷の中に居た。側にいたカズラはいないようで、ジュリはひとりで茫然とした。


ここどこ!?何の説明もされてないのに


屋敷を見回すとカレンの家よりも立派な造りの館だが、どこか殺風景に見えた。肖像画が飾ってあるのも少し不気味で、色のついたものと白黒のもののふたつが飾られていた。


白黒の物は老人が多い?あ、でも若い子の絵もある


ジュリと同じくらいかもう少し幼いかもしれない。なんとなく誰かに似ているなと思いながら、廊下を進んでいくと明かりのついた部屋があった。


そこには幼い子供と母親らしき女性がいて、何か話している様だった。


「今日はあまり課題が進んでいませんね」

「すみません、母様。子猫が迷い込んでいたので、使用人に見せてもらって…」

「まあ、野良猫なんて触って病気になったら大変でしょう?お兄様はそんな事しませんでしたよ?今後その使用人とは口をきかないように」


はいと小さく頷く少年をジュリは知っているような気がした。


「今日はおばあ様から贈り物を頂いたのよ。赤いリボンと青いリボンのものがあるけれど、カイルがどちらの色がいいかしら」


カイル…?そうだ、あの子カイルの面影がある


じゃあここはもしかしてカイルの過去なのだろうか?夢でもみているような不思議な光景だった。


なぜかびくっとしたカイルがちらっと目線を合わせたのは赤いリボンのものだったが、選んだのは青いリボンのものだった。


「そうよね、貴方は青を選ばないとね」

「…?」


そして贈り物を持ったカイルが自室に下がったので、ジュリもそのままついて行った。少年は寝台に腰かけて贈り物を開けようとはせずに長い間見つめていた。


「開けないの?」


あまりに身動きしないので、ジュリは思わず声に出してしまった。すると少年が不思議そうにこっちを見つめた。


「だれ?」


えっ!?見えるの?


ここが過去の思い出だとしてもジュリは存在しないはずなので、見えない物と思っていたので驚いた。


「新しい使用人の人?」

「う、うん、私はジュリ。それ開けないのかなって思って」

「これは僕がもらったものじゃないから」


どういう意味だろ?


「カイルは本当は赤い方が欲しかったのかなと思ったんだけど」

「…!うん、でも僕は兄様にならないといけないから、青を選ばなくちゃいけないの。赤を選ぶと母様に怒られるから」


ジュリはよくわからずに首を傾げると、お兄さんは青が好きなの?と聞いた。


「うん、でも僕が生まれる前に死んだみたい。とても立派で賢くて、母様の自慢だったんだって。だから兄様みたいになりなさいっていつも言われてるの」


アルスに聞いた話と組み合わせると、何となくだが背景が見えてきた。カイルは兄の代わりとして育てられてきたのだろう。ひとりぼっちで寂しそうに話すその言葉が痛々しい。


けれどカイルとしての個性を蔑ろにしていないだろうか。こんな小さなころから親の顔色を見ながら、期待に応えようとする姿勢が少し悲しかった。


言おうとしたことをぐっと踏みとどまって、ジュリはカイルに聞いた。


「お母さんやお父さんは、好き?」

「うん、母様は厳しいけどいつも抱きしめてくれるよ。父様はかっこいい魔法剣士なんだ。将来僕もそうなりたいなあ」


その笑顔が嘘偽りないものだったので、親を非難するようなことは言わないでおこうと思った。暴力でも振るわれていたら何としても助けるが、育て方に意見できるほどジュリは貴族を知らない。いつか魔法剣士になりたいと言ったカイルの言葉が、強制されたものでなく自分から望んだものだったのも少し安心した。


でもカイルはカイルなのにな


どんな立派な人物でも、今生きている人間の方が大事なはずだ。彼には彼のいいところもいっぱいあるのをジュリは知ってる。


「カイルはね、本が好きなんだよ。私は沢山の本を教えてもらったの。それにアルスやディアスと一緒に強い騎士になるんだよ」

「アルスやディアスはたまに会えるよ!一緒に剣術の稽古が楽しいんだ」

「今は寂しくても大きくなったら学校に行って、もっと賑やかに楽しくなるよ!カイルは友達とやりたい事ある?」


ほんと!?と言って、一生懸命考えている姿が可愛かった。


「みんなで街とか行ってみたいな!ジュリも一緒に行こう?」

「え?私も連れて行ってくれるの?」


早く大人になりたいなと笑ったカイルの手を取ると、視界が真っ暗になったかと思ったらカズラの声がした。

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