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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第三章 隣国の皇子
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龍の湿地帯

三年生の精霊探しはシェリアと一緒に行くことになった。のだが…


「…多くないですか?」


師長が不思議そうに呟くジュリの後ろには、カイルとアルスの二人の騎士がいた。結局あの後ちゃんと決まらなくて、勝手に兵士を雇うわけにもいかず、なあなあに当日を迎えた。


シェリアとディアスを入れて生徒は五人で、師長を入れて六人と前回の倍の人数だった。


「前回の森ほど危険区域でもないですし、どちらか一人で十分でしょう」

「じゃあお前は留守番だな、アルス」


カイルがすぱっと切り捨てると、異議ありと言うようにアルスが手をあげた。


「魔術師長、高位精霊を獲得できる機会を僕にも下さい」

「え~人数が増えるとその分引率の僕が忙しいんですけど」


その時すっとアルスが師長に何か小さな布で包まれたものを手渡した。その中を見た師長がいいでしょうと即答した。何っ!?


「多分、師長の好む様な賄賂を渡したのだろう。小賢しい」


小賢しいって…


ディアスの呟きに心の中で突っ込みながら、何故そんなに一緒に行きたいのかなと疑問に思った。そこまで高位精霊に拘っているようにも思えなかったけど…


「今回はどこに行くんですか?」

「龍の湿地帯です」


龍!?とジュリが驚くと、本当にいるわけじゃないですよと突っ込まれた。


「それほど大きな湿地という意味で付けられた名です。沼地も多いので気を付けてくださいね」

「そんな所に精霊がいるんですか?」

「ええ、その場所は良質な大地の魔力に満ちている場所です。魔物は魔力を回復する必要がありますから、自分の属性の強い土地に集まります。貴方たち二人は風と水と火の高位精霊しかいないでしょう?今回は土属性の精霊を探してください」


土属性かあ…シグナ達と仲良くしてくれる人だといいんだけど


今回はすでに道があるのでと言って、なぜか薬学室の方へ連れていかれた。そこにいたミルゲイ先生が、いきなり現れた大人数に目を瞬いた。


「はっ!?何なのアンタら」

「龍の湿地帯にいくので、あれ貸してください」


あれと言われてわかったのか、ぴくっと反応したミルゲイが嫌よと断った。


「あそこには希少な薬草も多いはずです。タダでとは言いません、これで」


師長が指の数で何かを示すと、ミルゲイが無言でさらに指を追加していた。


あ ここでも何か怪しげな取引が…


話がまとまったのか、その後奥の引き出しから小さな宝石箱のようなものをミルゲイが取り出した。生徒たちは覗き込むように、箱の周りに集まった。


そして箱を開けると中には暗い空間が広がっていて、何か星のような物がキラキラと瞬いている。


「綺麗」


ジュリが呟くと、これは転移装置のようなものだと教えてもらった。よくわからずに首を傾げながら尋ねてみる。


「ここから湿地帯に行けるんですか?どうやって?」

「指を突っ込むのよ」

「こう?」

「あっまだよ、ばか!」


ずぼっと指を突っ込むと、ぐっと腕を強い力で引っ張られている様で抜けなくなった。そのまま引きずりこまれるように、視界が暗転した。


「ジュリ!」


誰かの声がしたと思ったが、そのまま暗闇に落ちていくような落下感にジュリは目を閉じた。




次に目を開けると、視界はやや暗く誰かに強く抱きしめられるように倒れていた。少し雨が降っているのか頬を濡らす水滴が冷たい。


シグナ…?


雨から逃れるように、目の前の相手の胸に顔を埋めると、いつもよりも熱い体温と柑橘系の香りがした。


!?じゃない…!


驚いて顔を見上げると、シグナと思って勘違いしていたのはカイルだった。


「カイル…?!」


思わず声に出して呼ぶと、カイルも目を覚まして抱きしめていた手を慌てて緩めた。


「ごめん…わざとじゃない!」

「う、うん。私が箱に吸い込まれて、それで…」


多分追って来てくれたのだ。以前も助けてもらったが、騎士の瞬発力が高いのは知っている。ジュリが吸い込まれるのと同時に手を掴んでくれたのかもしれない。


また守ってもらったんだ


「こっちこそごめんね。ありがとう!おかげで怪我とかしてないみたい」

「良かった。今日は僕が君の騎士だから」


ふわっと笑ったカイルの笑顔に、目を離せなくてジュリは次の言葉が続けられなかった。


「僕もね」


どこからともなく響いた声に、ん?とジュリとカイルが振り返ると、近くにアルスが倒れていた。


「アルスもいたの!?」

「いたんだよね」


ついでのように言われたアルスが、ややいじけながらカイルに手を貸してもらって立ち上がった。


「子供はすぐに手を出すから嫌いって叫んでたよ?薬学の先生」


ああ~ごめんなさい…


しばらくその場に留まって見たが、他のメンバーが来る気配はなかった。三人はとりあえず湿地帯を歩き出す事にした。


沼地も多く、小雨も降っているからか、足場がぬるぬるして歩きにくい。


「気を付けて」

「うん…わっ」


注意を受けた直後に、ジュリはべしゃっと思い切り転んだ。


「え!?大丈夫?ジュリちゃん?危なっかしいなあ」

「そんな何もないような所で転ぶのか、君は」


うう、わかったからそんな真剣に私の失態を語らないで…


そしてすっとカイルが手を差し伸べてくれ、アルスが警戒するように先頭に立った。どちらかがジュリの護衛に立つと、何も言わずに片方が周囲に気を配る。彼らはそういう習慣を身に着けた騎士なんだなと実感した。


「私は大丈夫。カイルは両手を開けておいた方がいいと思う」

「そうだけど、今日は護衛が最優先だから」

「でも…」

「ぐだぐだ言うならこのまま抱えて運ぶよ?」


ひえっ


笑顔で凄まれて、ジュリは急いで手を差し出した。満足そうに力強く笑ったカイルだが、手は握る力はジュリに合わせてくれているのかとても優しい。


「カイルってちょっと強引だよね」

「今頃気づいたの?僕は末っ子だから甘やかされて育ってるからね」

「お兄さんかお姉さんがいるの?」

「…いや」


どういう意味だろう?一人っ子で末っ子って言うかな?


不思議に思ったが特に詳しく聞かないまま、辺りは暗くなってきた。


「夜に動くのは危険だから、ここで休憩しようか。僕らは訓練でなれているけど、ジュリは大丈夫?」

「私は貴族のお嬢様じゃないから。どこでも寝れるよ」


頼もしいなと言って、カイルが笑った。


「アルス、僕たちは交代で見張りをしよう。初めは僕が周囲を回るから、先に休んでて。あ、不埒な真似はしないように」


アルスは顔を引きつらせながら、しないよと否定していた。ジュリはアルスと二人きりになり、火の陣で焚火を起こした。


「こういう時に、四属性は強いよね。僕には火属性はないからなあ」

「でも私もまだ強い魔術は使えないから。これから頑張るつもりだけど!」


ふっと笑ったアルスが、君のそういう所はいいよねと言った。


「どういう意味?」

「そのままの意味だけど…真っすぐでとても好感を持てる。いい子なんだろうなって思うよ」


いつもと違う雰囲気の会話に少し不思議そうにジュリが黙ると、アルスはどこか言いにくそうに話を続けた。


「カイルもさ…いい奴なんだけど、ちょっと世間知らずな所あるだろ?あれってカイルのせいじゃないんだよね」


何の話だろうと、続きを促す様にアルスの目を見つめた。


「カイルの母親が過保護でさ、アイツには貴族として正しいものだけを教えて、汚い部分とか間違った事を聞かせてこなかったんだよ。だから関わる事のないだろう平民の事も教えていないから、カイルは見下す事を絶対にしないだろ?」


ジュリは頷きながら、話の意図を考え続けた。


「けどそれってさ、自分では何も考えられなくさせられたんだよ。多面的に知らないと判断が出来ない事って沢山あると思うんだ、貴族としても人としても」


シェリアはその点全てを補っているかのように、物の見方を弁えていた。知らなければ将来恥をかいたり、間違うのはカイルであって一種の虐待のようにも感じる。


けれどアルスはそれを自分に言う事で、何を伝えたいんだろうか


「カイルに関わる人間もかなり厳選されてたんだ、家柄、良識を持っている似たような者だけを…。だからその、カイルにとって君はとても新鮮と言うか、魅力的に見えるかもしれない。君を気に入っているようにも見えるからね」


その言葉で何となくわかった気がした。


「惑わすな…は言い方がおかしいか、そうだな、あまり期待をさせないで欲しい。僕は恋愛は自由だと思っているけれど、将来カイルに仕える者としては承諾できない。あまりいい結果にはならない事はわかっているから。カイルにとっても、君の為にも…」


彼はこの為についてきたのだ。ジュリを牽制するために、二人が間違って距離を縮めないように。


身分というものは相手を縛る為にも使えるのだなと思った。けれどアルスが自分たちの事を心配して言ってくれているのもわかるので、ジュリは頷くしか出来なかった。

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