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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第三章 隣国の皇子
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試合終了

シグナが周囲を警戒してくれている間に、ジュリは辺りを見回した。お互いの精霊による炎が視界を塞いでいたが、何故だかランの炎は火傷をしたり、目を傷めたりすることはない。


不思議…契約すると魔力が混じるらしいけど、そのせいかな?


水属性の陣を思い浮かべながら目を閉じるジュリを、後ろ抱きにしたシグナが手を重ねてくる。


「僕に合わせて」


シグナと魔力の同調するのはとても気持ちがいい。心地よい水の中を泳いでいるみたいだ


「何だか懐かしいね。昔はシグナの手が大きく感じたけど」

「ジュリが大きくなったんだよ」


けれど少し低い体温も爽やかな香りもずっと変わらない。絶対的に信頼できる自身の精霊に身を預けながら、手から一気に水を放出させた。それは広範囲に広がって近くで試合をしていた他の生徒も声をあげる。炎で姿はよく見えないが周囲の足元を水で浸され、動揺したようなシェリアの声が近くで聞こえた。


「…水?」


それでも炎をかき分けて二人を視界に捉えたシェリアは、大きく跳躍して距離を詰めた。しかしあと少しという距離で、突如ジュリ達の姿が消えた。


「えっ…?!」


それを見計らったように、姿が見えた場所よりも大分下の方からジュリが飛び出してきた。


腕の紐さえとれば…!


ジュリは精一杯腕を伸ばしたが、リーチはどうしてもシェリアの方が長い。気づかれた瞬間に器用に方向転換して、シェリアはジュリを抱き込んだ。


「あえ!?」

「ふふっ」


しかも柔らかくて、何だかいい匂いまでするう…!


ジュリの腕についている紐にちょんと触られると、それは黒ずみになって跡形もなく燃えた。


そこで試合終了の合図が聞こえて、精霊共々一斉に戦闘態勢を解いた。


「負けちゃった…」


水を張ってくれていたシグナがジュリの近くにやってきて、怪我はない?と顔や首筋などを触って確かめてきた。くすぐったい。


シェリアも自身の精霊を労いながら、ジュリの方へ向き直った。


「とても驚きましたわ。予想外の所から出てくるのですから。あれは?」

「えっと…温度差があると一定の条件下で、見えているものの場所が異なって見えるんです」


村の近くの湖には、夏の暑い日によくシグナと涼みに行った。そこで教えてもらった現象で蜃気楼というらしいが、ジュリには原理がよくわからなかった。


「ああ、だから熱せられた空気の中で、急激に冷やしたのですね。光の屈折でしょうか」


よくわからないが、何かそんな感じという理解しているような表情で頷いておいた。


「けれど私を捕まえるのは、精霊に任せてもよかったのでは?」


シェリアが自身で突っ込んできたので対峙するのは同じ魔術師でないといけない気がしたのだ。精霊は強い分、それをしてしまうと卑怯に思えてしまうから。ただしそれは真っ向勝負になるので、相手と同じ力量が必要になる。


「貴方は少し勝負事を嫌う傾向がありますね」


師長が会話に加わってきて、ジュリの検討を始めた。


「勝負にはどんな手段を用いても絶対に勝たなければならないものと、自身の成長や誇りを守るために勝ち負けに拘らないものがあると思います。前者は時に誰かを危険に晒す事にも繋がりますので、判断を見誤らないように」

「…はい」


しょんぼりしたジュリにシグナとランが、心配そうにのぞき込んできた。


「あの男は嫌いだけど、言っていることは的を得ている。ジュリはもっと僕らを使う事を覚えるべきだ。実践なら絶対許可しなかったよ」

「ええ、私達は貴方の盾であり矛なのですから。もしその選択が間違っていると思ったら必ず止めますから、私達を信頼して下さい」

「うん、シグナもランもありがとう。それと二人とも今度はもうちょっと仲良くしてくれたら嬉しいかなって」


その言葉をまるで聞こえなかったかのように二人はスルーした。こういう所は気があっていると思う。師長が次の生徒の試合を見に行った後に、シェリアが振り返った。


「ああ、そうですわ。私も今年は精霊探しにご一緒させて頂く事になりそうです」

「え?シェリア様も森へ行くのですか?」

「何処かは伺っておりませんけれど…」


高位精霊と契約してしまったら、次に契約する精霊にも必然的に同じレベルを求めなければいけない。去年の事を思い出しながら、また大変な目にあうのかなと少しだけ憂鬱になった。


周りの生徒たちが続々と勝敗を決めていく中、カルロがくそっと言いながら息を弾ませていた。おそらく負けたのだろう。


「カルロ誰と当たったの?」


横を見ると、ローザが口元に手を当ててふふっと笑っていた。


「私、勝負に私情は挟みませんの」


ああ…、でもローザ様のこういう所、嫌いじゃないんだよね。きっと負けても、正々堂々認めると思うから


「お前はどうだったんだよ」


反対にカルロに聞かれて、ジュリはふと考えて口にした。


「負けたけど…なんか、柔らかくていい匂いだった」

「何言ってんだ?お前」


カルロに怪訝な表情で見られながら、初めての魔闘の授業は終わった。





「うーん、どうしよ」


魔闘の授業から数日、師長から一週間後に精霊を探しに行きますと言われた。今回は校外に行くので、兵士か騎士を雇わなければならない。


最初ジュリは自分の兄に頼みに行ったが、兵士として雇えるのは最低でも一年、学院で訓練を受けた者に限られるらしい。


兄ちゃんは今年入って来たから、来年まで無理って事だよね


ぽてぽてと歩いて教室に戻って来ると、シェリアやカイル達が歓談しているのが見えた。


そういえばシェリア様はどうするのかな?領地からの護衛はいるだろうけど新しく騎士を雇うのかな


じっとシェリアを見ていると、なぜかカイルが気づいてこちらに声をかけてきた。


「やあ、ジュリ」

「みんな集まってどうかしたの?」


彼らが仲が良いのは知っているが、教室で話しているのをあまり見た事なかったので珍しかった。


「シェリアの精霊探しの騎士選びだよ。まあ誰にするか決まってるけどね」


アルスの返答を聞きながら、なるほど婚約者がいるからねと思っていたら予想外の声が聞こえた。


「ええ、私のエクス契約の相手はディアスですもの」

「えっ!?カイルじゃないんですか?」


ジュリの驚いた声に、シェリアが不思議そうに顔を傾けた。


「この中で一番剣技に長けた者はディアスですもの。次はカイルかしら」

「お姫様酷ーい」


実力主義な言葉に、省かれたアルスが抗議の声をあげた。


「でもシェリア様もかなりお強いですよね。この前の魔闘では完敗でした」

「見てた見てた!シェリアはカイルと幼い頃から剣術で遊んでたから、結構武闘派なんだよね」

「小さい頃は剣術の先生に僕よりも褒められてたよ」


カイルとアルスが懐かしい思い出話を聞かせてくれるのを、ジュリは微笑ましく聞いていた。


「ジュリさんは兵士を雇われるのかしら?」

「そのつもりですけど、まだ…」


なら僕が同行しようかと申し出てくれたのは、カイルだった。唐突な申し出に目を見開くジュリに代わって、窘める声を出したのはシェリアだった。


「まあ、カイル。頼まれてもいないのに、そんな事を言えばジュリさんは断れないでしょう?」

「けれど困っているのだろう?僕は誰ともエクス契約はしていないし…」


彼が善意で言ってくれているのはわかるが、シェリアは身分的にジュリの事を考えて庇ってくれている。聖女候補でも平民が騎士を雇う事はまずないと言っていい。周りから見れば、かなり目立つ行為にもなるうえ、二人をそういう間柄だと勘ぐる人間も出てくるかもしれない。


「君には霧の校舎でも助けてもらったから、そのお礼として…じゃ駄目だろうか」

「その理屈だと僕もジュリちゃんに助けてもらったから、ついて行かなきゃいけなくなるんだけど?」


それでいいんじゃないかと言い出したカイルに、場の収拾がつかなくなったので一旦保留という事にした。


上流階級の輪を離れると、周りの女の子からひそひそと何か言われている様だった。その中には一年次に衝突した薄緑の髪の少女がいた。


学年があがるとあからさまな嫌みは言わなくなったが、仲が良いというわけではない。あまり彼女たちを刺激しないようにしようと思い、ジュリは自分の席に急いだ。

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